暗転 3
「私達が……もう名前は知っているだろう。隠しても仕方ない。『アゼテリ』が君の女友達、高橋梨奈を匿っても構わない。君が彼女を心配するならば」
祐樹はガトゥの提案を、真剣に取り合う余裕がなかった。祐樹は紫紺の羽根団とガトゥの間をどう立ち回るかだけで頭は一杯だった。
そんな祐樹にも構わずにガトゥは但し付きのアイデアを出す。
「ただ、長い間未来にいれば心を患う場合もある。慎重に考えなければならない。どうする? 君に委ねよう」
祐樹は、ガトゥが出来うる限り見せた厚意を跳ねつけるしかなかった。祐樹の衰弱した心ではそれが精一杯の選択だったからだ。
紫紺の羽根団にしても「アゼテリ」にしても、自分勝手な人達にしか祐樹には見えない。彼らは、自分達の目的のために誰かが傷ついても構わないのだ。祐樹にはそれがとても疑わしかった。
祐樹はガトゥに改めて尋ねる。
「彼女の、梨奈の名前を知っているんですね。そして身元も」
ガトゥは穏やかな表情を見せる。ガトゥは優しさと冷たさの両方を持ち合わせていた。ガトゥは見知らぬ一人の人間として出逢えば、魅力ある人間だっただろう。だが彼の任務への思いがその美点を見えなくしていた。
ガトゥは祐樹に告げる。
「知っていて当然だ。調べてある。今回の騒動に関わる人間は皆全て。高橋梨奈しても。祐樹、君にしても」
祐樹の感情の乱れは収まらない。祐樹は不信感を露わにして、ガトゥを挑発する。
「ダデュカのように脅迫はしないんですね。心を患う? そんな場所に梨奈を行かせられるわけがない。俺はあなたを完全に信頼しているわけではないんですよ」
ガトゥは静かに祐樹の言葉を聴いている。ガトゥは感情をほとんど表に出さない。それがなぜだか、祐樹には少し痛々しくも思えた。祐樹は声を振り絞る。
「俺は誰にも頼らない。梨奈一人くらい俺が守ってみせる。彼女は、俺が守る」
ガトゥは祐樹の決意を前にして何も言わなかった。ガトゥは祐樹の置かれた立場から、祐樹のその思いが叶うのが難しいのを知っていた。だが彼は祐樹の気持ちに決して深入りはしなかった。ガトゥは冷静に応じる。
「そうか。分かった」
その言葉を最後にガトゥは祐樹の肩に触れる。その瞬間、風が「振れた」。祐樹は気が付くと一瞬にして、デイトンの人けのない路上にタイムワープをしていた。
祐樹は風が吹き抜ける静かな街並みに立ち尽くしている。祐樹は自分が買い物に出掛けていたのを思い出した。祐樹は少し疲れた足を引きずりながら商店街へ向かう。
「彼女は、俺が守る」
自分の口をついて出た言葉が、祐樹の胸の奥を奮い立たせているのを祐樹自身感じていた。そして少しだけ、ガトゥの振る舞いが、どこか悲しく、切なげでもあるガトゥの振る舞いが、祐樹の心に棘のように突き刺さってもいた。
買い物に向かう祐樹の足取りは重く、鈍い。祐樹の心は沈み込んでいる。ただ、それだけだった。




