暗転 1
オマージュを後にした祐樹は両手を掲げて、街路を歩く。人込みで溢れる街並みは祐樹にとって最高のビクトリーロードだった。
祐樹は急いでガトゥのもとへ向かう。ガトゥは、ビルとビルの狭間に身を潜めていて見えない。祐樹はガトゥまでの距離がとても長く感じた。
だが祐樹が車道を横切り、ガトゥから見て、人波に祐樹の姿が隠れた瞬間、それは訪れた。
また、風が「振れた」のだ。祐樹は物凄い腕力で喉元を抑えつけられ、背中に銃を突きつけられた。
この感覚。粗暴で荒々しい動き、圧迫感。祐樹にはすぐにわかった。自分を抑えつけたのは、「紫紺の羽根団」。美しい容貌とは裏腹な女性、レリュだと。
祐樹の目の前に広がる都会の街並みは遠ざかり、祐樹は、またも以前連れて行かれた倉庫の暗闇の中、壁に押しつけられた。レリュは祐樹の左腕を捻り上げる。
「寝返ったのか? ガトゥ。いや『アゼテリ』に協力したな。裏切りは最大の敵だ」
祐樹は痛みに顔を歪めながらもレリュに抗議する。
「そうするしかなかった。ガトゥさんの言う事を聞くしかなかったんだ! なかったんだ! それに!」
祐樹は胸に秘めていた思いをついに吐き出す。
「ライト兄弟が批判される姿を、俺は見たくなかったんだ!」
レリュは祐樹の息を止めんばかりの勢いで、祐樹の喉を締めあげる。
「あなたのそのエゴで、どれほどの人間が犠牲になるか考えもしなかったの?」
祐樹は苦しげに喉に手をあてがう。祐樹は一つスタンスを決めたようだ。決意したように口元を拭う。
「過去を変えて、得られる未来の平和って何なんですか!? あなた達は間違ってる!」
倉庫の奥、レリュの傍にいたダデュカが祐樹に歩み寄る。
「随分教訓がましいな。余りにも視野が狭い。俺達が過去を『改悪』しているとでも?」
祐樹はダデュカを見据えて声を絞り出す。
「ウィルさんとオービルさんを殺そうとした」
ダデュカはその事を何ら気に留めていないようだった。ダデュカの瞳は冷たい。
「当然だ。彼らの発明が、暗い未来へと繋がっている。ならば正すべきだ」
祐樹は堪え切れず言い返す。
「横暴ですよ。メチャクチャだ」
ダデュカは右の腕をストレッチして、骨の音を鳴らす。
「俺たちが間違っているとでも?」
祐樹の反抗は終わらない。
「セルフリッジ中尉も殺した」
ダデュカは右眉をあげて、祐樹の言葉に反応する。
「それはまだ俺達のせいじゃない。君がどうガトゥに吹き込まれていようが、私達は中尉を殺していない。少なくとも現段階では」
祐樹はもう自分を止められない。堰を切ったように喋り出す。
「嘘だ。あなた達は暴力で未来を変えようとしているんだ!」
ダデュカは祐樹の顎に手をあてて、鋭く睨みつける。
「立場をわきまえろ。調子に乗るな。リトルボーイ。お前のガールフレンドが人質になっているのを忘れたのか?」
レリュも更に強く祐樹の腕を締めあげる。その時、祐樹は身の危険を強く感じた。それと恐怖。そして防衛本能とでもいうべきものを。激しい感情が祐樹の中で鬩ぎ合った時、次の瞬間、風が「振れた」。
祐樹は「場所」だけを飛んだのだ。祐樹はレリュから逃れ、ダデュカとレリュ、二人の背後にワープしていた。
ダデュカが感心したように自分の顎に手をあてる。
「覚醒がいよいよ始まったか。なら尚更協力してもらわなければならないな」
祐樹は喉元をおさえ、呼吸を整える。祐樹は何が起こったのか一瞬、分からなかった。だが自分が「意識して」ワープしたのだと辛うじて「理解」出来た。
祐樹は息を切らしながら言葉を吐き出す。
「こんなマネをするくらいなら、何度でも同じ『時間』と『場所』にタイムワープして、俺を邪魔したらどうです? 今のあなた達はやり方が雑だ」
ダデュカは顔色一つ変えずに、祐樹の胸ぐらを掴む。その瞬間、祐樹はまた、倉庫内の別の場所にワープしていた。
祐樹は左胸に右手をあてる。ダデュカは祐樹を見おろす。
「お前はタイムワープについてまだよく分かっていない。一度変えられた『時間』と『場所』は、新しい歴史が作られるまで閉ざされる」
一度変えられた「時間」と「場所」は「閉ざされる」。この事実を前にして祐樹は、これまでガトゥの方法に感じていた不自然さの理由が分かった。
ガトゥも自由気ままに、何度も同じ「時間」と「場所」を行き来出来るわけではないのだ。ダデュカは淡々と事実を告げる。
「つまり誰であろうと歴史を変えられるチャンスは一度だけだと言うことになる。それでなければお前などに協力を求めたりはしない」
祐樹は、自分に与えられた特権を武器にして、徐々に力強さを増し、反論する。
「そうかよ! なら徹底してあんた達に抵抗してやる。俺には迂闊に手出しが出来ないんだからな。俺は重要な駒の一つなんだ!」
ダデュカは祐樹の服を強引に引き寄せる。すると同時にまた、祐樹はワープした。だが倉庫内からは逃れられない。今の祐樹では、短い距離のワープしか出来ないようだ。
ダデュカは銃口を祐樹の体に押しあてる。
「勘違いをするな。俺達がお前を自由にしているのは、歴史を変えるのにお前が便利だからだ。お前の代わりなど幾らでもいる」
ダデュカは残酷な表情を浮かべて祐樹を威圧する。
「慢心するな。銃口は常にお前のこめかみにあてられている。覚えておけ。お前は俺達の監視下にある。じきに自分の非力さを痛感するだろう」
ダデュカはその警告で、一先ず今の祐樹には用なしと判断したのだろう。その言葉を最後に、レリュが祐樹の体に触れる。すると、風が「振れた」。
祐樹は再び都市の一角、人々が足早に行き交う街並みに舞い戻っていた。祐樹は傷ついた口元の血を拭う。そしてふらつきながらガトゥのもとへ向かった。
祐樹はダデュカの言葉を思い返していた。
「お前のガールフレンドが人質になっているのを忘れたのか」
自分が得たワープする能力と、紫紺の羽根団、ガトゥが何度も歴史を変えられない事実。この二つの武器に祐樹は鼓舞されながらも、ダデュカの言葉は深く祐樹の胸に突き刺さっていた。




