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質疑 2

 待ち構えていた男は、葉巻の火を消すと祐樹に席へ座るよう勧める。祐樹は椅子に腰かけて、男とテーブル越しに向かい合う。男は早速口にする。

「君の告発が信用できるか確証が欲しい」

「僕もそれを望んでいます」

 祐樹が下から覗くような瞳でそう応えると男は訊く。

「君はラングレーの騒動が起こる前に、それを予測していた。率直に訊こう。なぜ今回の騒動を予測出来た? そしてラングレーの過ちをどうして指摘出来た? なぜだ?」

 この男は、ラングレー教授の騒動以上には踏み込んではこない。そう直感した祐樹は一呼吸おいて事実を告げる。

「それは、ラングレー教授が参考にした論文。その偽の論文を……、俺がライト兄弟の報告書に入れたからです」

 男は軽く顎をあげて、祐樹を冷たい瞳で見ている。男は無暗な詮索はしない。真実が男にとっては重要なようだった。祐樹はゴクリと息を飲む。

「だから俺にしかラングレー教授の考えが分からない。教授は偽の論文を元に間違いを犯している。これだけはたしかです」

 男は口元に手をあてがい、無精ひげを撫でる。男は胸元のポケットから取材手帳を取り出すと、メモを書き込んでいく。

「詳しいいきさつについては立ち入らないようにしよう。それが二人の約束なのだから」

 男は祐樹の予想通りの人物だった。金にならない事実には興味を持たない。それが男のスタンスだ。いよいよ男の質疑が始まる。

 男が注目しているのは、ライト兄弟を批判するきっかけになった数式を、なぜラングレーが信じ込んでいるのかという点だった。

 祐樹は自らが忍ばせた2枚の偽論文と、ライト兄弟の報告書がどう繋がっているかのトリックを明かす。祐樹は、にわか仕込みの知識で話をしていく。

 男は飲み込みがとても早く、瞬く間に祐樹の話の中身を掴んでいく。

 二人の張りつめたやり取りは30分弱続き、男の質疑は終わった。冷たい汗を拭う祐樹に男は、最後にこう告げる。

「君を信頼して、特集記事を組もう。もう一度ライト兄弟が飛行実験を人々に見せるのが一番いい。それで問題は片づくのだから」

 そうして男は椅子の背凭れに寄り掛かり、吸いかけの葉巻にもう一度火を点ける。祐樹はそれで満足だった。

 祐樹は男に挨拶すると、立ち上がり席を離れようとした。だが部屋の扉を開ける祐樹の背中に、男の言葉が突き刺さる。

「それにしても謎だ。君はどこでその知識を蓄えた? 君はまるで未来を予見しているかのようだ。いや未来からの使者というべきか。……謎だ」

 鋭い。男の余りに的を得た指摘を前にして、祐樹は何も応えなかったし、何も応えられなかった。男は自分の名前を明かす。

「俺の名前はトパーズだ。ユウキ・サガミ。覚えておいてくれ。もう会うことも、ないだろうから」

 祐樹は一瞬、男の一癖ある顔立ちの奥に潜む、もう一人の男を垣間見た気がした。それは聡明で人間味があった。

 トパーズ。その名前を刻み込み、祐樹は足早に取材部屋を、そして「オマージュ」を後にした。

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