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紫紺の羽根団の指示 3

「それで? 俺の役目は? 俺はまだライト兄弟に完全には信頼されていない。下手に動けばどんな計画も失敗しますよ」

 ダデュカは黙って二枚の紙を差し出す。それは論文か何かのようだった。ダデュカは、祐樹を諭すように、自分の口元に人差し指の指先をあてる。

「祐樹、君の役目は簡単だ。近々、ライト兄弟はラングレーに実験の報告書を提出する」

 ダデュカは自分達の計画が須らく上手く行くと信じて疑わないようだった。ダデュカは仄かに笑みを浮かべる。

「その報告書にこの二枚、わずか二枚の論文を忍ばせればいい。それだけでライト兄弟の発明家人生は破綻する。とてもシンプルだ」

 祐樹は自分の役割は自覚した。そしてすぐさま、代わりに自分達、祐樹と梨奈が何を手に入れられるのかを質問する。

「僕達には何をしてくれますか?」

 レリュは祐樹が報酬を求めたことに抵抗を感じたようだ。レリュにすると、祐樹は囚われの身。報酬を求められる立場にはないと、レリュは考えていたからだ。

 レリュにとって祐樹と紫紺の羽根団は対等ではない。彼女の答えがそれを象徴していた。レリュは無表情に応じる。

「あなた達二人を、21世紀日本へ帰してあげるわ。それ以上に何を求めると言うの?」

 祐樹もただの操り人形ではない。そんな自負を込めて、祐樹は黙ってレリュに一度視線をやった。挑むような祐樹に、レリュは顎を少し上げて、感心したようだった。そんな二人の小競り合いに気づいてか気づかずか、ダデュカが締めくくる。

「君が心変わりしないのをひたすらに願うばかりだ。より良き未来が、たった一人の少年に委ねられる場合もある」

 ダデュカはまさに祐樹を掌で転がす感覚のようだった。ダデュカは祐樹を煽り立てるように右掌を軽くあげる。

「君の献身を期待しているよ。リトルボーイ」

 「リトルボーイ」。祐樹はこの言葉の挑発には乗らなかった。ダデュカは祐樹を試している。感情的になりやすい人間なのかどうかを。もし感情的になりやすいのならばこの作戦に、いや、もといこれからのガトゥとの駆け引きに祐樹は使えない。ダデュカはそう判断しているようだった。

 しばしの沈黙がダデュカと祐樹の間を覆う。ダデュカは、祐樹が自分の言葉に反発しないのを見て、自分の顎元を優しくさする。どうやら祐樹は、ダデュカの投げ掛けたテストを無事クリアしたようだ。

 ダデュカは微笑む。これで双方の取引、交渉が成立した。それを見極めてもう祐樹には用がないと判断したのか、次の瞬間、レリュが祐樹の肩に触れて「風が振れた」。

 余韻に浸る暇も紫紺の羽根団は与えなかった。リニアモーターカーの車内が瞬く間に遠ざかる。

 祐樹の体は、静かな音を響かせて、リニアモーターカー内からライト兄弟宅のキッチンへと舞い戻っていた。ティーカップの傍に置いてあるヤカンからはまだ温かい湯気がひっそりと立ち込めていた。


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