紫紺の羽根団・襲来 1
祐樹と梨奈がテート夫妻宅に戻ってから数日間、ライト兄弟は飛行機の検証を続けた。彼らが故郷のデイトンへ帰る段になって、祐樹達はライト兄弟に頼みごとをした。
ライト兄弟の助手として働かせてくれないかと頼んだのだ。それはガトゥとの約束を守る為だった。
するとウィルとオービルは、若干不思議そうに顔を見合わせたものの、祐樹と梨奈の二人を気に入っていたのだろう。報酬が僅かでも構わないならば、と受け入れてくれた。
祐樹はこれで、ガトゥとライト兄弟との仲立ち役を果たせると胸を撫で下ろした。それに加えてしばらくは衣食住にも困らない、とも頭の片隅で思った。
やがて皆でデイトンへ帰る当日、祐樹は一人、忘れ物を取りにテート夫妻宅へと戻った。ガトゥから手渡された小型モニターを置き忘れたのだ。
寝室に入り枕元に置いてあるモニターを手にする祐樹。何事もなく一日が終わるのを幸せに思いながら、祐樹が背伸びをした瞬間、風が激しく「振れた」。
さすがの祐樹も三回も経験していればもう分かる。これは何者かがタイムワープをした音だ。誰かが、タイムワープで自分のもとを訪れた。祐樹はそう直感した。
その「誰か」は、振り返りざま身構える祐樹の口元を、瞬時に右手で覆い、祐樹の左手を捻る。そして息つく間もなく、もう一度祐樹を連れてタイムワープをした。
風が大きく「振れる」。何度経験しても奇妙な感覚。テート夫妻宅の寝室の光景は瞬く間に遠ざかる。祐樹とその「誰か」が辿り着いた場所は、どうやら薄暗がりの倉庫のようだった。
祐樹の腕を捻る人物はおそらく女性のようだ。目を凝らすと、暗闇の先にもう一人、人がいる。男性だろうか。
祐樹の手を捻る女性は祐樹を藪から棒に問い詰める。
「ガトゥ、彼に何を吹き込まれたの?」
祐樹はこの突然の襲来者、暴力を使うのに何の躊躇いもない女性にも、物怖じせずに歯噛みして答える。
「人に訊くより、まずそっちから自己紹介でもしたらどうですか!?」
女は今一度祐樹の手を捻り上げると威嚇する。
「増長しないで。君を歴史から消すなんて簡単なことなのよ。自分が『キーパーソン』になったなどとは、間違っても思わないことね」
祐樹は捻られた腕を何とか庇いながら言葉を返す。
「そんな態度じゃ、あなた方が不利になる一方ですよ!」
「分かったようなことを言わないで」
女は冷徹に今度は祐樹の左手を締め上げる。祐樹は痛みで声を挙げる。するともう一人の、暗闇の先の人物が女を止めた。声からしてやはり男性だった。
男は掠れ気味の声で、ガトゥの低く落ち着いた声とは対比を成している。男は女性に呼び掛ける。
「レリュ。少しその少年の話に耳を傾けよう。俺達は無闇に人を傷つけるのが目的ではない」
女は「レリュ」という名前らしい。祐樹にもぼんやりと倉庫の様子が見えてくる。倉庫はクレーンなどが格納されているようだった。男は口元を軽く右手で拭う。
「素性を明らかにして、目的を知らせるのも一つの礼儀だろう」
「ダデュカ……」
レリュは確かに「ダデュカ」と男を呼んだ。二人の名前はダデュカとレリュというらしい。そう祐樹は頭に刻み込んだ。ダデュカの言葉にレリュは納得すると、祐樹から手を離す。
レリュが祐樹から離れる瞬間、レリュが見覚えのあるアイシャドウをしているのが祐樹には見えた。祐樹は、彼女があの日ライト兄弟を襲った人物だと朧げに分かった。