プロローグ
白い天蓋を持つドーム状の建物の屋内。そこで二人の男が向き合っている。一人は三十代前半と思しき男で、目鼻立ちがくっきりとして、端正な顔立ちをしている。もう一人は老年の男で白装束を身に纏い、顔はヴェールで覆われ、その表情、顔貌を窺い知ることは出来ない。老年の男は、自分の目の前にかしずく三十代の男に告げる。
「ガトゥ。聴こえるか。ガトゥ」
「議長。ガトゥはここに。しかと聴こえます」
ガトゥと呼ばれた男は老年の男、「議長」と敬称された男に最大限の敬意を払っているようだ。「議長」は重々しい声でガトゥに告げる。
「ガトゥ。愛しい子よ。我が愛弟子よ。私達が常に眼中に置かなければならないのは『正しい歴史』への愛だ」
ガトゥは静かに議長の声に耳を傾けている。「正しい歴史」への愛とは二人の共通認識であり、二人が共有する、一つの「善」でもあるようだった。議長は両手を広げて、諭すようにガトゥへ語り掛ける。
「過去、現在、未来を行き来して、歴史を修正することなどあってはならない。そのような奸計を目論む者たちを取り締まるのが我々の役目だ」
「勿論です。タイムワープが出来る人間が数多くなった現在となれぱ、それは尚更です」
ガトゥの返事に議長は満足しているようだった。そして一際警戒心を強めるとガトゥに告げる。
「『奴ら』が動き出している。奴らを管理し、制御せよ。それがガトゥ。お前の役目だ」
「御意に。重々承知しております」
ガトゥはスラリとした体を起こすと議長に今一度向い合う。議長はそのガトゥの怜悧さ、凛々しさにいたく目を細める。
「ガトゥ。21世紀初頭の日本でタイムワープの能力に覚醒しようとしている少年がいる。その少年を監視せよ。そして……」
そう言うと議長は苦悩と苦渋が入り混じる様子で顔を両手で一度拭う。それは彼の歩んできた人生の過酷さ、凄絶さを表しているようでもあった。
「『奴ら』は動く。狙いはライト兄弟だ。奴らはライト兄弟の作り上げた歴史に干渉し、歴史を修正しようとするだろう。……奴らを仕留めろ」
その言葉を聞いたガトゥは左掌を左頬前に翳すと自信ありげに口にする。
「このガトゥ。必ずや議長のご期待に応えてしんぜましょう。時間は一刻も無駄に出来ません。それでは議長。私は任務へ」
そう言ってガトゥは体を斜めに一度、素早く傾ける。するとガトゥの周りで風が大きく靡き、「振れた」。次の瞬間にはガトゥは議長の前から瞬く前に消えた。議長はその様子を、微笑を浮かべ見つめていた。そして彼、議長は最後に零す。
「相模祐樹。何と言う因縁だろう。何と言うカルマだろう。相模祐樹。私のところへやってこい。何れお前は私を葬ることになるだろう。その時が楽しみだよ。その時まで私は今際の時を楽しむつもりだ」
そう言うと議長は静かに歩を後ろに進め、闇の中へと、消えた。