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たき火


 ガラクタだらけの町。

 瓦礫だらけの道。

 夕日が赤く染める世界を、車いすを押す青年とその周りを楽しそうに回る黒い犬。

 いや、それは犬ではない。正確には犬の形をしたロボット。愛玩用機械の一つである。

 「ああ、あの場所はどうでしょう」

 車いすから聞こえてきた声に反応するようにして犬は声のした方に走っていく。

 と、がたりと車いすが小さくはねた。どうやら大きな瓦礫に引っかかってしまったようだ。

 「悪いな」

 青年は車いすに座る少女に謝る。少女は夜が近いから道が見づらいですねと笑って見せる。

 「本当に、外ってごつごつなんですね」

 「いや、まあ昔はここまでなかったけどな」

 そうなんですかと青年の言葉に耳を傾ける少女はつい最近まで自分の家だけが世界だった。

 帰ってこない両親、訪れぬ『変化』に少女は外に出ることを決意する。

 青年はそんな少女とともに、誰もいない世界をこうして歩いているのだ。

 そこにあった何かを読み取りたいのか、それとも死に場所を探しているのか。

 少女には青年の考えは分からない。同様に青年にも少女の考えは分からない。

 世界が終わった後に出会った二人は、居場所のない者たちの常として、こうして二人でより添いながら旅を続けている。

 目的のない、わからない当てもない旅。

 壊れた町は車いすの少女に対して厳しいものだった。

 それでも少女は満足していた。憧れの空がいつでも見ることができるのだから。

 車いすの少女との旅は青年の足を遅くした。

 それでも青年は満足していた。もし死ぬことになっても、それは孤独ではないから。

  歪な旅。歪な二人。


 そんな二人の目にほのかな明かりが見えたのは、闇が世界を蹂躙するほんの少し前の出来事だった。



  たき火の前でその男は苦しんでいた。

 もがいてもがいて、なんとか自分を保っている。

 静寂に気が狂いそうだった。自分という存在がなんなのかわからなくなっていた。

 そんな男の前に二人組が現れた時、心底男は驚いた。

 一人は車いすに座った女、もう一人はそれを押す男。

 ようやく見つけた生きている人間に、男の口の端がニィとひきあがる。

 そして青年が気付く前に、男は少女の首にナイフを向けた。


 「おいお前!」

 「う、うるせえ!少しでも動いてみろ、この餓鬼の首かっきってやる!」

 怒鳴る男の顔に、青年は覚えはなかった。もちろん、少女もだ。

 黒い犬は青年の足元で男に対して唸っているが少女が「待て」と声をかけたため男に襲いかかることはない。

 「貴方は、どうして殺そうとするんですか?私たちに敵意はありません」

 「関係ない、俺は、俺は人を殺すのが好きなんだ」

 男はそう言って笑う。

 「狂ってる」

 青年はその男を睨みながらも呆然と呟いた。

 「ああそうさ、俺は狂ってる、狂ってるんだ!だが、おれはうれしいんだよ、ようやく二人も殺せる、生きている人間に合えたんだ。少しは俺の話を聞いて行けよ」

 男は明らかに異様だった。青年は焦っていた。

 少女が死んでしまえば自分は一人になる。また、一人だ。

 刃物を突きつけられているのが少女ではなく自分だったら、安心して死ぬだろう。

 どうするべきかと少女を見ていると思った以上に少女は落ち着いていた。

 落ち着いていたというより初めての経験に感情も行動もついていけないのかもしれない。


 「貴方は、ずっと一人だったのですか」


 じりりと緊張の走る空間に、少女の声が響く。

 青年だけでなく男も驚いたようだった。しかしすぐに男は笑った。

 「肝が据わってんだな、嬢ちゃん。そうさ、一人だ。ああ、いや、この街がこんなになってすぐはそうじゃなかった」

 「他の方といたのですか?」

 男の呟いた言葉に少女が訪ねる。ああそうだと男は過去を思い出すように頷いた。


 あの時よりも前から男は札付きのワルというモノだった。

 人を殺さないと生きてはいけない、そんな欠陥品だと自嘲しながら生きていた男は、ある男と対峙していた。

 その日のターゲットだった相手は引くついた顔をしていた。逃げ道を探しているようだったがそんなものがある場所に追い込むはずがない。

 男は、ターゲットの絶望する顔が大好きだった。

 「お前は死ぬ。俺が殺す」

 絶望を高めようと男は言葉を口にする。ターゲットの顔色はより一層悪くなる。

 そろそろ収穫の時かと男がナイフを振り上げた時、“それ”は訪れた。


 「くっそ……あいつはどこだ!」

 揺れが収まり、男は立ち上がる。悪運が強いのか、男の上に振ってきたのは比較的小さな瓦礫だけだった。

 それでも頭を切ったらしくくらくらする。なんとか立ち上がって、男はターゲットを探した。

 意識を少し失っていたと思うからその間に逃げられたかもしれない、そんな男の考えは杞憂で終わった。

 いや、もっとひどいことが起きていた、といった方がいいかもしれない。

 「んだよ……」

 「たす、けて」

 ターゲットだったはずの男は大きな瓦礫に押しつぶされていた。

 まだ、命がある。生きている。それは自分に差しのべられた腕でわかった。

 男はターゲットを助けようとした。殺そうとした相手を助けようとするなんて意味が分からない行為かもしれない。だが、男は無性に腹が立っていた。

 自分の獲物を横取りされたのだ。こいつは俺が殺すはずの相手なのだ、男の頭にたくさんの言葉が躍る。

 「あと少しだ、耐えろ、耐えてくれ」

 瓦礫を男一人でどかす作業は不可能に近かった。

 もう、声は聞こえない。震える手だけがターゲットの生存を示している状態だ。

 必死だった。必死に瓦礫をどかし、何とか差し出された手を引っ張った。


 「腕の先にはよう、何もなかったんだ。不十分な支えで腕が揺れてた、唯それだけだったんだよ」

 そう言って男は笑った。それは狂っているようで、寂しげだった。

 「俺は、俺は!目の前でターゲットを奪われた!殺せていないんだ、殺せないんだよ!」


 俺に人を殺させろ!


 男は叫ぶ。過去を思い出すことで興奮しているようだった。

 すでに少女の首に突き付けられていた刃物はどけられていた。少女は静かに青年に頷く。

 青年は少女をその場から遠ざけた。

 狂ったように叫んでいた男はそれに気づき、あわてて青年に向かって刃物を振りかざそうとする。

 「貴方は、まだわかってないんです」

 少女の言葉も命乞いの一つだと思った。だから興奮した。

 しかし、それは違ったのだ。

 「貴方の近くに、生きている人間はいますよ、すぐそばに」

 ぽかんとした顔をして男は立ち止った。カランと音を響かせて刃物が手から滑り落ちる。

 それを見て青年は車いすを押しながら走った。黒い犬はかけっこだと思っているのか楽しそうにその横を走り抜けた。

 後には焚火と、膝まで崩れ落ちた男だけが残されていた。




 「なんだったんだ?」

 青年の言葉に少女は首をかしげた。

 あの男からできるだけ離れた場所で、今夜は青年は寝ないつもりらしい。少女も付き合うと言ってスリープモードの黒い犬の頭をなでながら取り留めのない言葉を交わしていた。

 「あの男に言った言葉」

 青年にそう付け加えられ、ああ、と少女は頷いた。

 「意味はありません。混乱してくれないかと思ったんです」

 似たような場面で、とある小説に出てくる登場人物がそんな言葉を投げかけていたのだと少女は言った。とはいっても、それは世界が終わる前の歴史小説で、言葉の先にいる相手は黒幕のことだったらしいが。

 「そんなうまくいくかどうかわからないことを土壇場でやるなよ……」

 呆れたような男に少女は笑う。

 「私は別として、貴方はあの場面で死んでもいいと、そう思ったでしょう?」

 「まあ、そりゃあなあ」

 元は死ぬために始めた旅だ。少女をかばって死ぬなんて自分の命の使い道としては中々高尚ではないか。

 「でも、貴方がいなければ私も死にます。瓦礫の道で腰痛くなるくらいですし」

 くすくすと笑うが本当に痛かったのだろう。なにせ道なんて考えずに全速力で逃げていた。少女は手を置く場所を握りしめ、必死に投げ出されないようにしていたのだ。

 「なんにせよ、生き残ったんですよ、私たち」

 「だな」

 少女の言葉に苦笑する。とはいっても、同じようなことが今後も起きるかもしれない。

 「その時は、その時か」

 「そうですね。私たちは目的があるわけじゃない、行き当たりばったりでいいんじゃないですか」

 そんな言葉に、二人は少しだけ、笑った。

                                     ――――――――了?












 男は少女の言葉の意味を考えていた。

 考えて考えて、ようやく気付いた。

 「ああ、本当だ」

 すぐ近くに生きてる人間がいる。動いてる心臓があるじゃないか。

 男は落とした刃物を拾うとふらりと立ち上がり――――


 ――――“それ”の胸に深々と刺した


                                        ――――――了


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