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三刻




「うっそー……?」

 いつも見慣れている春呼び時計(目覚まし)が、自分の頭上にもある。思わず、おそるおそる頭へと手をのばした。……やはり、当たり前というか、さわれない。しかも、置き型のファンシーなクォーツの振り子時計である。やはり色は真っ白―糸子は実は初恋はまだ―で、振り子の部分はハ○ジを思わせる服装の女の子が空をバックに、アクロバティックな空中ブランコをしている……まさしくサーカスのように。座ってこぐハ○ジではなく、なぜサーカスの空中ブランコ。しかし、このアクロバティックなクォーツ時計はどこか見覚えがある。はて………?と首をかしげていると、

「「「「ねえちゃんちこくー、ねえちゃんちこくー!」」」」

と四重奏が耳に届いたかと思いきや、一朗と三朗の渾身のタックルを受けた。ぐほっと咳き込み、糸子は思わず後頭部と背中を壁へ強かに打ち付けた。……土壁は意外と痛いものだ。

「……弟諸君……」

 ゆらり、と糸子は酔っぱらいのように動き、弟たちを抱きつかせたまま、両腕を直角に曲げて、指を脇脇と動かす―――とても不可思議な構えをとった。その指は、弟たちに向かって嫌な動きをし、

「ほわちゃーっ!」

 体にわらわらとしがみつく弟たちの脇めがけてこちょこちょを開始した。

「「「「ひょわーーっっ」」」」

―――四人対、一人。数では負けるけれど、経験は姉が上。もちろん技術も姉が上。

 たまに生じる、弟諸君VS姉のこちょこちょの戦い。今回も姉が勝利した。

「………ってぇ!」

 我に気づいた糸子は、恐る恐る壁にかけられた鳩時計を見上げた。

―――くるっぽー……と実に間抜けな鳩の鳴き声が、合計8回鳴った。時刻の数字の回数だけなるこの鳩時計が8回鳴った、ということはようするに。

「はぁちじぃーっ!」

と、糸子が絶叫する頃には既に弟諸君の姿はなかった。弟諸君の通う小学校は目と鼻の先、五分もあれば徒歩でも余裕で着いてしまう立地にある。けれども、糸子が通う高校は真逆だ。今からでは、とても間に合わない………徒歩では。

 糸子はいつもなら、7時半に家を出て、半時間かけて歩いて高校へ通う。

「どうしよう………」

―――糸子は、しばし放心していた。

「……」

 すぐに雑念を追い払うように頭を振る。すると、伸ばしっぱなしの黒髪も一緒に揺れ、糸子の視界を遮った。

「自転車はダメ」

 糸子はがらがらと玄関のガラスの引き戸を開け、門の前に置かれているままチャリを見る。義母がたまに運動ついでにスーパーへ向かうときだけに乗る自転車だ。

 そもそも糸子は、実は自転車に乗れない。うまく漕げないのだ。いつもふらつき、最終的には必ずこけてしまう。だから、自転車という手段も、ない。無理に乗ればふらついて車道にとびだし跳ねられるのがオチだ。

「あわわわ………」

―――なら、どうする。

 父は免許は持っていても、今は田植えの時に怪我をして利き足を骨折していて運転ができない。だから、その考えもパス。義母にいたってはまだ院内なので、パス。ならば、残る手段はあとひとつ。

 糸子はとにかく門の外まで出ることにした。確か、バス停が少し遠いがあったはず。そのバス停には学校へ直通するバスが通るから………

「あれ、土岐原?」

 そこに、佐藤くんが自転車で現れた。

「……佐藤くん?」

 同じクラス、前の席の佐藤くんがそこにいた。彼はしばらく驚いた顔のままでいたが、門の表札を見て納得したのか、こういった。

「―――乗るか?」

と、自転車を指差して。


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