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 ちくたく、ちくたく。かち、こち。かち、こち。

 秒針がテンポよく進む軽い音、長針と短針がゆっくり動く重い音。

 糸子は、ふと時計の進む様子を見ては、あの日のことを思い出す。




 ――いっちゃん、時計見てて何かおもしろいことを見つけたのかな?


 今は一緒に住んでいない、年の離れた兄がまだ一緒に住んでいた頃のことだ。

 小さい頃から、糸子はずっと時計を見つめ続ける子だった。

 全く飽きることもなく、じぃーっと、一日中時計ばかり見ていた……いや、時計に穴が開くくらいに凝視ている子だった。

 しかも、デジタルではなく、針のあるアナログな時計だ。かちかちと鳴る、従来からある時計を、だ。

 そんな妹に目線をあわせてしゃがみ、兄はにこにこと聞いたのだ。


 ――うしゃぎさん、いちわと、かめさん、にひきのおいかけっこみたい、で、あきない、の!


 と、まだ幼さの残る舌足らずな声で、そう答えたのを糸子は覚えている。

 せっかちな秒針がうさぎ、それをゆっくり追う長針と短針がかめ。童話と違って、決して追い付かないうさぎ一羽と、かめ二匹。

 そんなファンタジーな思考回路をしていた妹に、兄は優しく微笑んで頭を撫でた。

 すこしずれた考えの妹を慈しむ、優しい兄だった。


 ――いっちゃん、素敵な考えだね。いっちゃんはどっちが勝つと思うのかな?


 糸子は、頭を撫でるくすぐったい気持ちよさに目を細めてきゃっきゃっと笑い、無邪気に答えた。


 ――あのね、じゅーにじのとこになるとね、みんなおなじに、ごーるするの。だから、おあいこなんだよ。すてきな、ばしょなんだよっ!


 確か、たどたどしく自分の言いたい言葉を伝えようと頑張る妹を見て、兄は笑みを深くしたのだ。微笑ましくて、可愛くてたまらないと。


 ――どうしてそう思うのかな?


 すべての針が揃う場所、十二の数字。それが幼い糸子には素敵な場所に見えた。

 誰もが、等しく並んで立つ平和な場所。

 それは、幼い糸子が欲し、けれ叶わなかった希望。


 ――だって、ぱぱとままも、なかなおり、できそうなの! ながいはりさんも、みじかいはりさんも、すばしっこいはりさも、みーんな、みんな、けんかしないばしょなの。ぱぱとままも、ここにたてばいーのに!


 確か、糸子はそういって首をかしげたのだ。


 すると、兄はいまにも泣き出しそうになるのを我慢しているような、ぐしゃぐしゃっとした表情を浮かべたのだ。


 ――おにいちゃん、くるしい、の? いたい、いたいなの?


 兄の顔に触れようと、紅葉のような小さな手を伸ばした妹を兄は抱き締めた。

 ……いまの糸子には、当時の兄の気持ちがわかる。

 あの当時、兄は妹を腕の中に閉じ込めて、妹の視界を塞いで、声を押し殺して泣いていたのだ。涙をこらえていたのだ。



 ――その後、何ヵ月か経って両親は離婚をした。




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