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霞の記憶 - Nebura Memoria -

夜の絵画

作者: あると

2012.4.13修正

その絵は、薄ぼんやりとした光の額縁に囲われ、波打った布に隠されていた。

布の奥には、時間と共に変化する絵画がある。

昼に見れば光溢れる世界を、夕に覗けば赤い色彩に出会う。夜はと言えば、等しく暗色に糊塗され、静けさがたゆたう。

ネブラは夜の絵しか知らなかった。

月明かりに輝くふくろうの目、息づいた樹木のざわめき、樹間の星々の瞬きが配置された絵は見慣れている。太陽の下で羽ばたく小鳥たち、夕映えの雲の彩りは眺めたことがない。

今、カーテンを横に引けば、初見の絵に会える。もやもやとした想像が形を持つのだ。


見たいか。


ネブラの頭を振った。真っ直ぐな髪が揺れ、幼い顔にほつれ毛がかかる。瑞々しい髪は頬を撫でてからはらりと下を向いた。

大きな青い目が見知らぬ誘惑から逃れようと、天井の暗がりに救いを求めた。主のいない蜘蛛の巣に、少女の視線が絡みついた。

「見たくないわ」

ネブラを誘った声は心の囁きだ。自分でも気づかなかった願望である。

口走った言葉に反して、彼女の目は光を追う。

目が細められた。窓辺から漏れるわずかな光は、彼女にとって眩しい輝きに映る。


我慢しないで、見てしまえ。


心が乱れた。

本当は見たい。前からずっと、昼の世界を覗き見ようと考えていた。

目の先で、光の輪郭をなぞった。

小さな影が通り過ぎた。

「小鳥?」

それとも、浮き雲だろうか。

ネブラは胸の中にさざ波を感じた。

「寝よう」

寝台に入り、何もない壁を睨み付ける。まつげが小刻みに動いて落ち着かない。思い切り目を閉じる。顔に垂れた髪を唇で噛んだ。

一時間経っても、寝付けなかった。

駄目。

声に出さないで言い聞かせる。

昼は、決してカーテンを開けないと、両親と約束していた。彼らはもういなくなって久しい。

ネブラはおもむろに小さな寝床から起き上がった。

「少しだけ」

夜着についた土を払い、毛足の長い絨毯に素足を下ろした。

欠伸が出た。身体は眠りを欲している。しかし、心の眠気はすでに去っていた。

好奇心に導かれるまま、ビロウドのカーテンに手をかけた。

冷たい指先に温度を感じた

「痛い」

すぐさま、焼け付く痛みが走った。すりむいた膝小僧を洗い流すときのひりひりとした痛さだ。指を離すと、それが幻のように消えた。

迷った。

窓の外を見てしまったら、目が痛くなるのではないか。短い時間なら我慢できると思う。でも、痛すぎて見られなかったら困る。

ためらい、そして考えた。

カーテンを思い切り開いて、すぐにまた引けば大丈夫かもしれない。右手で引いて、昼の絵を見て、すぐに戻す。それだけの動作だ。

ほんの一瞬だけでいい。わずかな時間さえあれば、目に焼き付けられる自信があった。

ネブラは意を決して、カーテンをつまんだ。

あたたかさが、少女の身体を蝕み始めた。皮膚が泡立ち、爪が溶ける。

足下から唸り声がした。

「なによ」

踵とくるぶしに毛皮がまとわりついた。やわらかい毛並みがくすぐったい。

「シーカ、邪魔しないで」

ネブラは膝を曲げて、狼の子供に顔を近づけた。二人とも、人間の年齢に換算すれば、十に満たない幼子である。

子狼は黄色い瞳でネブラを見つめた。

「もう、わかったわよ!」

ネブラは根負けして青い目を伏せた。両親との約束は、彼も一緒に聞いていた。

「今回は見送ってあげるわ」

子狼は満足げに目を細めた。ネブラが平べったい額を撫でてやると、彼は舌を出して牙を剥いた。

ネブラは内心でほっとしていた。本当は、少し不安だったのだ。

「あんたは、外がどうなっているか知っているのよね。ずるいわ」

子狼の前肢を持ち上げて、ネブラは彼と手をつなぐ。腹を見せた格好になったシーカは及び腰になった。

彼女は意地悪な笑みを浮かべた。狼の牙よりもかわいらしい犬歯が唇を割る。

「さあ、一緒に寝るわよ」

有無を言わさず命じて、シーカを抱き枕にした。毛皮に顔を埋めると、しばらくして彼女は眠りについた。


シーカは、ネブラの頬を舐めた。起きないことを確認してから、少女の腕から抜け出した。

彼にとって、少女の寝台は居心地が悪い。土が敷き詰められた棺は、死の臭いに満ちており、ゆっくり休むことができなかった。

シーカは絨毯に寝そべって目を閉じる。

二人が目を覚ますのは、宵闇が訪れる頃だ。それまでは、身を縮めて時が過ぎるのを待つ。

牙を突き立てる感触を、夢に見ながら。


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