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ギルティス―本能の楽宴―  作者: Blue NOTE(ぶるの)
第一章§夢現流浮
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06 ストーカー

 街路樹のざわめきはにわかに色を変えていた。

 青々とした葉は湿った風を吹きつけてくる。猛る音が耳朶を打つ。見上げてみると、濃い透明感を宿した空をバックに、緑が薫っていた。

「ねえ、聞いてるの?」

 咎めるような声が急に発せられる。

 真鶴がそちらを見ると、綾は拗ねた子供のように唇を尖らせていた。

「ん? なんだったっけ」

 きょとんとした表情の真鶴。綾はそれを見るなり「もう」と頬を膨らませた。

「マナくんが聞いてきたんだよ、なにか変わったことはないか、って……」

「ああ、そうだったな」

 悪い、と一言いうが、真鶴に反省の気持ちはなかった。

「まあ、いいですケド」

「で、なにか変わったことがあったのか?」

「うぅ、どうしようかな。マナくん、私の話なんて興味なさそうだし……」

「お、おいおい、悪かったって。あんまり怒るなよ……」

 歩調を速めた綾、真鶴はそれを追いかける。肩を掴むと、振り向いた彼女の表情は笑っていた。

「あはは。ごめんごめん。マナくん、からかうとちょっとおもしろいかも」

 予想外な彼女の言葉に、少し面食らった。

 そのまま、また歩き始める。

「……お前なぁ。なんか性格悪くなってないか」

「マナくんがいっつもそんな風に冷徹クールだと、素直になれなくなっちゃうよ。私は可愛い仔犬じゃないんだから」

「俺は……クールなんてもんじゃねえよ」

「じゃあ、荒廃ドライなのかな」

「…………」

 言葉に詰まった真鶴を見て、綾はあはッ、と笑った。

「今のはちょっと酷かったね。ごめん。うん、変わったことならあったよ」

 鞄を両手で持ちながら、彼女は歩く。真鶴はその隣についていた。

「最近ね、スクールカウンセラーの先生が来たの」

「スクールカウンセラー……?」

「うん。学校っていろいろとあるじゃない? 勉強とか、進路とか、人づきあいとか、それこそいろいろと。それを相談する相手として、近くの病院の先生を呼んだの」

「ああ……『心の教室』とかいうやつか」

 そうだよ、と彼女は返す。

「その先生がね、若くてかなり美形なんだ。人気高いんだよー、特に、女子の間でね」

「ふーん。それはそれは、暇なやつなんだな」

「あ、ちょっと妬いてるでしょ」

 またからかってくる綾に対し、彼はんなワケあるか、とだけ言って顔を背けた。

「私は行ってないけどね、顔は見たよ。全校集会があったから。その時に、理事長先生が紹介したの」

 理事長がね……――真鶴は、本題とずれたところに目をやっているようだった。しかしすぐに思考を変える。

「てっきり、綾も興味あるのかと思ったぜ。そのイケメンカウンセラーとやらに」

『イケメン』の言葉をやけに強調する真鶴。

 その言葉が仕返しだとすぐに気づいた綾は、ぷく、とまた膨れた。

「私はそんなんじゃないよー」

「はいはい」 真鶴は意に介していないらしい。気のない返事だった。

「ふう、酷いんだ、マナくん」

 俯く綾は、いじけた子供を連想させる。

 その様子を見て、真鶴はまぁまぁ、と彼女の肩を叩いた。

 彼女は、恨めしげに彼を見る。

「笑ったな」

「全然」

 たしかに、真鶴に笑顔を浮かべた様子はなかった。だが綾にはわかるのだろう、彼の微妙な表情の変化が。普段あまり心情を表に出さない真鶴にとって、それだけ、恋澄綾の存在が大きいということなのだろう。

 ゆっくりと流れる雲をを見る。その優雅さに、一瞬、時が止まった気さえした。

 そう言えば、と綾は言った。

「どうした?」

 真鶴の声に、彼女は俯く。いじけているわけではないらしい。その表情はどこか暗さを帯びているように見える。

「……あの子も、空が好きだったなって」

 空が好きだといったあの子。

 純粋で可憐で、ひとつ願いが叶うならば空を飛びたいと願った――夢を見る少女。

「あの子?」

 真鶴が訊く。

「マナくんは知ってるかな、三嶋みしまさん。三嶋彰子(しょうこ)さんのこと」

 真鶴は顎に手をやる。

 が、その名前を聞いた覚えはなかった。

 同じクラスだったのに、と綾は嘆くが、知らないものは知らないのだ。

「彼女ね、今、入院してるんだ」

「それくらい誰でもするだろ。もしかして不治の病だったりするのか」

 冗談半分で言ったつもりが、彼女は更に暗さを濃くしていく。

 ビンゴかよ。

 真鶴は頬を指先でかいた。どう声をかけていいのかわからないもどかしさに襲われる。

「そんな感じかな。近々、退院するけど」

 深く嘆くでもなく、綾は顔を上げる。

「親友ってほどの仲じゃないけどね、クラスの友達だし。気遣いはするよ。だって、心の傷は癒えないからね……」

「心の傷?」

 時が経てば癒えるものじゃないのか、と言いたい。しかし、彼が続けるその前に、綾は割って入った。

「彼女、ストーカーに遭ったらしいの」

 ストーカー。

 真鶴は、その重大さを知ることに欠けた。

 妙な圧迫感がつきまとうその威圧は……時間の経過では養生することができない傷を作る。

「怖いよね……何をされるかわからないんだもん」

 知らないという恐怖。

 無知の哀しさ。

「お前につきまとわなくてよかったじゃないか」

「そうだけど……そういう問題じゃないでしょ。マナくん、本当にわかってないんだから。女の子の気持ち」

 知らないということは弱いということ。

 真鶴は、そんなことすら知らないでいた。




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