03 暁烏真鶴
扉を開ける。カラン、と涼しげな音が響いた。
どこにでもある喫茶店だ。
店内は随分とシックな造りになっている。内装のほとんどは木でつくられているのに温かみを感じない。おそらくはそれがすべて黒いせいだろう。どこか寒気すら感じるものだった。
しかし対照的に、窓から入る光が明るい。相対する2つの効果が、この店の中途半端さを表している。
札差京斗は、迷うことのない足を店の奥へと運んだ。
窓際の席に、見覚えのある後ろ姿を認める。
「ここにいたのか、真鶴」
声をかけると、真鶴と呼ばれた少年はこちらを向く。いかにも面倒だ、と言いたげな目つきだった。彼は無言のままで窓へと向き直る。
京斗はふう、とついてから真鶴の向かいに座り、脚を組んだ。
やってきた店員にアイスコーヒーを頼む。それから彼は目を瞑った。難事件を目の前にした探偵のように、なにやら考え込んでいるようだった。
それからしばし、無言の時間が続いた。
離れて見ると、おかしな二人組だった。
二人の格好は似たようなものだ。Yシャツとスラックス、真鶴の方はそこに上着を羽織っている。季節柄、二人共腕をまくってはいるが。
それは学校の制服にも見えたが、絶対にそうではないと断言できそうなものだった。二人の服装には装飾が多い。ところどころに金色や銀色の細工が見られた。
京斗は目を開けた。そこには、先程から変わらず、窓を見つめながらアイスココアのストローを咥える真鶴がいる。
「……お前も物好きだな」
辛辣な言葉。京斗のそれにも、真鶴は無関心に反応した。
「なんのことだ」
「あれだろ、お前が見ていたのは」
腕を組みながら、京斗が顎をしゃくる。示しているのは窓の向こう側のようだ。
そこにはある建物が見える。二人のよく知る学園だった。
校門の門柱には『私立光奏学園』と文字がある。
「まだ昼間だ。こんな時間にあの子が現れるわけもないだろうに」
「お前にとやかく言われる覚えはない。誰が迷惑するわけでもないだろ」
「可愛くないねえ、どうも」
京斗は店員が運んだアイスコーヒーを持つと、ガラスのコップに口をつけて飲む。無造作に注がれていた闇は今やその量を三分の一にしている。とても味のわかる飲み方とは思えなかった。
豪快な飲み方をする彼の姿を、真鶴は冷えた目で見つめていた。
ふと思う。
この男と知り合ったのはいつのことだったか……。
つい最近――ほんの2カ月前のことなのに、もっと昔のことのように思える。
2か月前のあの日……彼は死んだ。
暁烏真鶴は死んだのだ。
今はこうして、死んでいる感覚がないために生きているようなものだが、その本質は幽霊と変わらないだろう。
彼は今、何のために生きているのか、何のために存在しているのかがわからない。
考えても、それは永遠に浮かばない解答なのだと思った。
暁烏真鶴は、以来、彼らと行動を共にするようになった。
通っていた高校も辞めて、自分という痕跡も断ち……自分を消した。
もうこの世に……自分を知る者はいない。
だから自分が生きている意味は、もう彼らと共に歩むことしかないのだと思い知る。
意志もなく生き、意義もなく生きることは、何も思わず死ぬことよりはましだと思えた。
――それでいい。俺は、死んでもおかしくないことをした。幽霊としてこの世を彷徨うのも、悪くない。
この悪魔たちと一緒なら…………。
「で、結局何しに来たんだよお前」
「依頼だよ」
真鶴がぶっきらぼうに言うと、京斗もつまらなそうに返した。
「昨日、事務所にある男子高校生が訪れた。あそこの生徒だったよ」
京斗が親指を向けた先には、店先にある高校――私立光奏学園がある。
聞くなり、真鶴は目を細める。元々鋭い彼の目は鋭利な刃物のようだった。
「それ、綾に関連しているのか……」
「それはわからない。しかし、依頼内容からすると関係ないみたいだがな」
そうか、と言って真鶴はココアを飲み干す。心なしか安心しているようにも見える。その様子を見て、京斗は含み笑いをした。
悪魔が嗤う。
ごく自然な不自然を見つめながら、真鶴は、胸元に提げたペンダントに触れた。