表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギルティス―本能の楽宴―  作者: Blue NOTE(ぶるの)
第一章§夢現流浮
16/16

16 夢見がちな少女―最期の夢

『面会謝絶』と書かれた扉を開けると、白が眩しく反射してきた。

 部屋は個室。

 ベッドの上の少女は上体を起こし、細い手を反対の手で握りしめていた。



 恋人の死を目前で目の当たりにした少女。

 床は薄汚れた朱が溢れ、壁までもが鮮烈に濡れていた。

 彼は濡れた中で動かない。

 そこに埋まっているのだとさえ思えた。

 動かない彼はもはや人物ヒトとは呼べない器物モノだ。

 仰向けのままで、ざっくりと開いた喉元に腹部は、家畜の解体場を連想させる。

 あまりのショックで、三嶋みしま彰子しょうこには、その死体が高崎たかさき慶喜よしきだという決断ができない。むしろ「彼だ」などと思いたくなかったのだ。

 そのモノの顔は見えない。彰子の方へは向いていなかった。


「彰子……彰子オォォ…………――」


 そんなかぜが、モノ喉笛かざあなから鳴いているのみだった。



 彼女は真鶴まなづるの姿を目にし肩を震わせた。

暁烏あけう真鶴……の名前は覚えているか?」

 ベッドの横に立った真鶴が冗談めかして言うが、三嶋彰子は震えながら首肯する。目を泳がせる彼女には、何を言ってもまともな返事が返ってくる様子はない。

「私を殺して……。こんな不幸な気分で生きなくちゃいけないなんて……耐えられない。死にたい……。早く慶喜のもとに行きたい……」

「行きたいのなら行けばいい。あいつならおそらく、もう数日後に葬式が行われる。明らかな殺人の跡だからすぐには対面できないだろうが……それでも、あいつの顔なら見られるぞ」

「違う……慶喜の身体じゃない。彼の心と隣り合っていたいの。彼の心が天国へ行ったのだとしたら……私は自分でこの心臓を突き刺してでもそこに……。慶喜のいないここになんて、いる意味がない……」

 顔を覆う彼女の両手から隙間を縫って、大粒の涙が伝わった。

 白で統一された殺風景な病室には、彼女の泣き声のみが、壁を叩くこともなく無残に消えている。空気に溶けるような声は、それからもずっと止まなかった。

 しばらく沈黙した末、真鶴は右手を胸の高さまで上げた。そして握り締める。まるで見えない魂でも掴むかのように強く。

「死にたいのか……」

 両手を外す彰子。

 彼女は濡れた瞳を上げ、真鶴の方を見る。瞳の奥に宿るのは淡い懇願のみ。

 消えそうなともしびが、しかしはっきりと息づいていた。

 濡れたくろの奥にあるを見て、真鶴は頷いた。

「わかった。お前を殺してやろう……」

 握っていた右の拳を開いて、少女の方へと伸ばす。

 少女は、彼のする動作を見逃さなかった。決意に満ちた瞳でじっと見つめる。

 真鶴は、睨むような目の少女へ伸ばした手を、そのまま彼女の頭にぽんと置いた。ちょうど撫でるような形だ。

 彰子は意外な彼の行動に訝しむ視線を投げたが、なんの反応を示すこともない。

 すると彼は、ふっと笑んだ。子供にでも向けるような、優しげな微笑み。

 周囲へのぶっきらぼうな態度からは想像もつかないその微笑えがおは、彼女の頭の中を真っ白にさせた。

 殺してくれないのかと思った。

 自分は、このままではもう生きていくことができない。

 両親を失い、義兄を失い、彼を失い……もう、己をうしなうことしかできない罪深き自分を、彼はころしてくれないのか、と。

 しかし。

「大丈夫」

 と、彼は呟く。

「――三嶋彰子おまえは死ぬよ。今、楽になるから…………」

 右腕は天使の憂愁バラードか。

 それとも悪魔の微笑レクイエムか。

 三嶋彰子は目を瞑った。

 彼女の視界は闇に閉ざされる。

 脳内までもが暗に満ちたその時――刹那のような閃光が彼女を襲った。

 彼女の記憶は白く還り、隅々まで透き通ってゆく。

 黒い霧が澄んでいくような爽快感……心地のいい風が吹き抜けていく気分だった。


 中を侵し尽くす高揚感が満ちみちた時、

 三嶋彰子は――くうになった。



「彰子!」

 一気に入室した二人の人間たちを、ベッドの上の、上体を起こした少女が視認した。

 声を上げたのは女性だった。背は低いが、痩せた線の細い女性だ。しかしそれは痩せたというより、痩せ細ったと言った方が適切かもしれない。

 彼女の後ろについたのはスーツを着た男性だ。どこか彰子に似た目の、どこか彰子に似た顔の男性だった。

 彼女らは早足に彰子へと近づく。

「彰子……大丈夫なの?」

 焦燥の募った声を抑えられない女性は、少女の手を、自らの両手で握った。まるで卵でも包み込むようにやんわりとした温もりが、少女の手を覆う。

 それだけで気持ちがよかった。

 だが――

 澄みきった黒の瞳で、少女は女性を見上げた。

 後ろには一連を見守るような表情の男性もいる。

 不安もなく疑問もないような声で、少女は問うた。

「あなたたちは、誰ですか……?」

 微笑んで……

 少女の幻像は……

 白に消え入った……。



「ねえ、マナくん」

 彼のことをそう呼ぶ人間がいるとすれば、それは恋澄こいずみあやしかいない。

「あの子……三嶋さんだけど、また入院したって…………それに、高崎くんが……」

「なあ、綾――」

 不安そうに震える彼女の声に、真鶴が返した。

 黒いかげと白いひかりの入り混じる店内で、二人は向かい合っていた。

 日曜の昼。

 暁烏真鶴は恋澄綾を呼び出した。誘った、の方が合っているのだろうが、真鶴本人はそんな呼び方を否定することにこだわっていた。

 青空は濃厚な透明感を醸している。

 ざわざわと風に揺れる青葉は見ているだけで清々しい。

 春の陽気が過ぎ去り、梅雨の湿気までもが別れを告げた街で、夏の兆しだけが足音を立てて近づいていた。

 店の奥にある、窓に面した席。

 横顔を晒す彼は雲を見ていた。澄んだ青色の中ではっきりと存在感を浮かせた白を眺める。

 視線を外に向けたまま、真鶴は続けた。

「――葬式に行く格好って、どんな感じがいいんだ?」

 右手で首元をいじる彼へ向けて、綾は言う。

「そうだね。とりあえず、銀のペンダントはしちゃ駄目だと思う……」

 真鶴は右手の先で弄ばれていたペンダントを見る。綾のそこに光るものとまったく同じデザインのそれを、彼はまじまじと見つめてから、もう一度、外へ目を向けた。

 そうだな、と呟く。

「あいつらが見てるか……失礼なことはできねえな」

「あいつら?」

 小首を傾げる彼女に対し、少年は告げた。

「今頃は手に手を取って隣り合ってるだろうよ。高崎慶喜と、三嶋彰子は……」

 いなくなった二人へ、祈りでも捧げるように。




 長々と説明もなしに連載しました第一章の終幕です。

 NOTEと申します。


 さて、今回は私の以前書いた『虚無の識閾』というお話をよりわかりづらく改編したものです。

 未だに、意味のわからないことをするNOTE性は変わっておりません。

 以前書いていたものでさえ、最後まで書いていない始末ですから。皆様もさぞ、第一章最終話を「このまま更新することはないのではないか」という目で見ていたと存じます。

 こうして無事、第一章を終えることができました。

 何これ、と思う設定が多々ございますが、引き続き次章の公開をお待ちしていただけたら幸いです。

 以上。

 NOTEでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ