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ギルティス―本能の楽宴―  作者: Blue NOTE(ぶるの)
第一章§夢現流浮
15/16

15 殺す者

「彼女の両親を殺したのは……私だ」

 完璧なタイミングで飛び出した。住宅街はそこらじゅうに隠れる場所がある。家を囲んだ塀の陰から飛び出すと、三嶋みしま夫妻が驚いた顔で自分を見ているのがわかった。

 三嶋夫妻の車が電柱にぶつかった。爆撃でも受けたような音だった。

 悪運がよく、二人とも死んでしまった。

 これで……あの子を守るカラはなくなった。



「私はな、あの子を可哀想だと思っていた。みんなに可愛い可愛いと言われて守られる彼女が。皆でこぞって彼女を守りたがる。皆でこぞって彼女を見たがる。まるで保護されて飼育される動物のようだ。私だけでよかったんだよ、彼女を守るのは。彼女を守れるのは私しかいないのだ」

 草薙くさなぎおさむはナイフを両手で構えた。

 腹の前での突きの構え。

 ナイフを握る手は極端に震えていた。

「両親まで殺してたか。最初から救いようはなかったわけだ」

 至極平坦な口調で、真鶴まなづるは呟くように言う。

「しかし、彼女を傷つけて、何がおもしろいのかね」

「くふふ……」

 草薙はおかしそうにわらった。

「君はわかっていない。人間というのは散りゆく様が美しいのだ。死ぬことではない……直接的に傷つくのは美しくない。ただ、精神的に追い詰められていく様が、この上なく素晴らしいのだ。彼女も例外ではない。

 本当は、死んだ高崎の姿を見た彼女の反応も見たかったがな」

 クハハ!

 草薙はいっそう愉快そうに嗤う。

「ああそう」

 それだけを低く言うと、真鶴はポケットに入れていた両手を抜き出す。

 そして刹那の間を置いて、彼は右足を天に突き上げた。

 草薙の手元を通過したそれは彼のナイフを蹴り上げる。赤いナイフは天井へと突き刺さった。

「うわッ……」

 自らの手を通ったものが信じられなくて、たまらず床に伏せてしまった。頭を抱える草薙に、言葉が降ってくる。

「お前の言っていることも、お前の考えてことも、俺には理解できるぜ。たしかに、人は散り際が美しい。花とおんなじだ。それに、殺したいほど愛すって感情も……理解できるぜ」

 真鶴は草薙に近づき、しゃがんだ。

 草薙は顔を上げる。そして下顎に、何か冷たい感触を感じた。

 真鶴が右手で彼に押し当てているものは拳銃だった。

 月明かりを反射している自動拳銃オートマチック。銀色に輝くガバメントだ。

「正式には『デルタエリート』だ。コルト社の傑作……威力が強すぎてレシーバーが吹っ飛ぶほどだがな。俺のはさしずめ改良版カスタムってところさ」

 銃を草薙につき当てながら、真鶴はニヤリと笑った。

「俺はな、殺人鬼なんだ。一時期は連続殺人犯として世の注目を浴びていた存在だ。結局、誰も俺をとっ捕まえることができなかったわけだけどな」

 静かな声は否定を許さない。反論さえも。

 草薙には死の恐怖がこびりついている。己に地獄の炎を焼きつけるために。

 彼の言葉が真実であろうが虚言であろうが、そんなことに興味など向かない。

 草薙は、真鶴の言葉など耳に入らなかった。

 しかし、彼は続けた。

「人間を殺すことは最低の行為だ。どんな理由があろうと許されることじゃない。お前は既に三人もの人間を殺めてしまった。自分の欲望のために……」

 つらつらと語る真鶴に、精一杯の冷静を装った草薙が返す。

「……だが、お前は、どうなんだ? お前は、以前何人かを殺したと、そう言ったな……。今だってこうして、私に銃口を向けている……。お前こそ、許されるべきものではないのではないか」

 草薙の質問に真鶴はただ「そうだ」と返し、依然笑っていた。

「俺だって許されるものではない。罪には、罰を与えなければいけない。俺は、一度地獄に落ちたんだ。死んだんだよ。それで許されてるのかどうかは知らないが、今もこうして……生きている実感もなく生きている……」

 悲しそうでもなく、しかし妙に静かな声で、彼は言った。

「けど、別にいいさ。俺が死ぬべき時には、あの男が殺してくれるだろうよ」

 ガチガチと震える歯の音を抑えるように、真鶴は銃を更に押しつけた。

 ひッ!……甲高く啼く声がして、真鶴は笑う。

「ちょ、ちょっと待て!」

 トリガーに手をかけ力を入れる。が、撃つまでには至らなかった。

「私が死んでも、彼女の状況は変わらない! 高崎は死んでいるし、もう私以上に彼女を守ってあげられる人間はいない! 私は誓おう! これ以上彼女のことを傷つけない! 誰になんのダメージも与えることのない生活を送ろう! 私はまだ――死にたくない!」

 まくしたてるように言う彼の目には涙が浮かんでいた。表情は怯えきり、声は上擦っている。

「私が死んで得をする者など……!」

「お前はもういらないんだよ」

 真鶴は真剣な顔で言った。目だけが笑っている、恐ろしいほどの魔顔まがお

「家族さえも捨てていなくなったお前にはわからないだろうがな……三嶋にはもう新しい両親がいる。家族はそれ以上にないほど安らげる空間だ。お前はもういらない。それに何より……」

 やや沈黙を含んで、彼は告げる。

 まるで執行人のように、ゆっくりと。

「これは三嶋のためじゃない。死んでいった高崎のためだ」

 その言葉が最後だった。

「や、やめてくれ! 私は死にたくなんかない! まだ……まだ私には――!」

 ガチン――。

 トリガーが引かれる。爆音が響く室内……銃口からは煙が上がっていた。



 札差ふださし京斗けいとが廊下で待っていると、草薙の寝室から真鶴が出てきた。

「高崎の方が……遅かった。殺したのか」

 それだけ言うと、真鶴はいや、と首を振った。

「何? 今確かに銃声が聞こえたぞ」

「そうだな。その内人が来るだろう」

 急いだ方がいいぞ、言って横を抜けていく真鶴を、京斗は呼びとめた。

「空砲か……。音だけを鳴らした、と?」

「ああ。おかげでお医者様は気絶。俺の役目は終わった」

 もう興味がなくなったのか、ことを終えた真鶴は素っ気ない。

「なぜだ。殺してもよかったはずだぞ。どうせ奴がやった証拠などない。いや、血痕は残ってるだろうが……しかし警察がやってこようとあいつは捕まえられないぞ。目が覚めれば奴は証拠を隠すだろうからな」

「あいつは目覚めねえよ。人格をコロしといた。脳死状態だよ。あいつはもう自分で思考することさえできない」

 常人では理解できないであろう言葉に、京斗は納得する。

 京斗が沈黙していると、真鶴は視線を足先に伸ばした。

「高崎が死んだことで、俺はもう、この事件では殺気が失せた。もう依頼者はいない。三嶋彰子を守る役目も終わったさ」

「腹いせに、三嶋彰子でも殺すのか……?」

 京斗の問いは真剣さを帯びていた。彼ならそれをする可能性があると危惧しているのだろう。

「……ま、それもいいかもな」

 本音か嘘か。そんなことを言って、真鶴は消えた。

 京斗が立っていると、少女が彼と入れ替わるように現れた。

 命里めいりは冷静な足取りで京斗に近づく。

「草薙の書斎を漁ってみたわ。思った通りよ。彼、最悪ね……」

 悪寒を感じたように体を抱えている命里。

 彼女が草薙のパソコンを開くと、そこには……三嶋彰子の写真があった。

 その写真は、彼女が部屋でテレビを見ているところ、料理をしているところ――着替えや風呂、トイレまで…………。

 草薙修は外側から三嶋彰子を見ているだけでは飽き足らず、彼女の家中にカメラを仕掛けてその姿を撮影していたのだ。

 寝ているシーンもあった。がしかしそれは明らかに定点カメラではなく人間の撮影したものだった。草薙は彼女が寝ている隙に、布団を剥ぎ、パジャマを脱がし、下着を取り去ることまでしていた。

 全裸の少女のあどけない寝顔が、パソコンの中には保存されていた。

「幸い、三嶋彰子が草薙修に犯された様子はなかったけれど……そうでなくてもクズね、あの男」

 二人は室内まで進んだ。京斗はそのまま倒れた草薙のもとまで行き、しゃがみ込む。

 手を合わせることはない。ほとんど死者である彼に祈りを捧げる気にもならない。

「真鶴はどこに行くのかしら……」

 京斗はいかにもつまらないように言った。

「あいつは……三嶋彰子を殺しに行った」

 彼はゆっくりと腕を伸ばし、真鶴が落とした薬莢やっきょうを拾い上げた。




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