気高き魔王はいたずらに愛を乞う
奮戦むなしく、勇者パーティは壊滅してしまう。
魔王に背を踏みつけられ、魔剣に貫かれんとするとき、勇者は叫んだ。
「賢者、今だ!」
「くそ! どうなっても知らないからね!」
賢者の魔法が放たれる。直撃。だが、魔王はかすり傷すら負わない。紅の切っ先が勇者の心臓に届く。鎧も筋肉も骨も、薄紙のように切り裂かれた。幾度かの痙攣の末に、あえなく勇者の呼吸が止まる。
その瞬間、強烈なショックが魔王を貫いた。衝撃が背筋を駆け上り、喉を越えて声となる。
「んぐうううううううう♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
―――― 快感。
指先まで痺れて動けない。目がちかちかする。
立っていられず、魔王は自分自身を抱きしめてうずくまった。醜態だ。
「き、貴様、なにをした!?」
言いながら舌がもつれる。得体の知れない攻撃はまだ続いていた。
だが、どこにも負傷はない。毒でもない。これは何だ。体の奥深くを貫き、意識を滅茶苦茶に揺さぶってくる。
防御魔法を展開しようにも、集中できない。無様に喘ぐ魔王に賢者は答えを教えた。
「メスイキだよ」
「めすいき?」
拘束の呪いが解け、自由を取り戻した賢者は、足音高く宿敵に近づいた。魔王を見下ろす。
「魔王様でもご存じない? メスイキは、人間の男がアナル・セックスしたときに起きる性的な高揚の俗称。女の絶頂にたとえてメスイキ」
魔王への攻撃魔法をめくらましに、賢者はもうひとつの魔法を勇者にかけていた。
「おまえを殺した者は死ぬまでメスイキし続けるだろう。ってね」
「呪いではないか!」
「仕方がないでしょ。あんたの魔力耐性はほとんどの魔法を無効化する。その皮膚は剣も弓も火薬も通らない。でも、これは勇者の命を代償に、勇者にかけられた祝福。あんたに直接害を与えるわけじゃないから、はまるんじゃないかと思った。賭けだったけど、うまくいったみたいね」
「こ、こんな祝福があるものか!」
「『それ』、気持ちいいでしょ? 目がハートになってるし、語尾もハートついてるし。通常の射精では得られない多幸感と浮遊感。頭が真っ白になる尊厳破壊級の快感がずっと続く」
魔王は絶句した。これまで完全に自分の肉体をコントロールしてきた彼は、肉欲にも縁がなかった。
「攻撃じゃないから防御魔法に邪魔されないし、体内の反応だから表皮の頑丈さも関係ない。平和的にあんたを無力化できる」
「このような辱めを私に! 貴様、ただでは済まさぬぞ!」
「あんたは自分が殺した男に死ぬまでメスイキさせられ続けるんだ! ざまーみろ!」
賢者は肺が潰れるほど怒鳴って、魔王をにらみつけている。
魔王はにらみ返した。と、言いたいところだが、終わらぬメスイキに涙がぼろぼろ零れている。賢者との言い合いでも彼の声は掠れて上擦り、こらえきれない喘ぎが混じった。
高貴にして冷酷な絶対者である魔王が、いわば透明人間にわからセックスされている。
(魔王様って、メスイキするときあんな顔するんだ……)
(てゆうか、今、メスイキなさってるんだ……)
氷の彫像のごとき美貌が切なげに歪む。この場に居合わせた魔物と人間の性癖も歪む。
膠着状態に割り込んだのは、ひとりの魔族だった。魔族軍の幹部である。
「賢者よ、実にえげつない、見事な策だ。手段を選ばぬ心意気に免じ、ここで休戦を申し入れたい」
「ガルム、貴様何を勝手なことを!」
「メスイキでぼろぼろのひとは黙っていてください」
これこそが賢者が狙っていた展開だった。休戦は、魔王を倒しきれなかったときに望みうる、最善の選択肢である。
無力化したとはいえ魔王は生きているし、厄介な幹部も残っている。そして勇者が死んだ今、人間側には体勢を整える時間が必要だった。
「休戦ね。OK。でも私を帰してくれるなんて親切じゃん」
「下手にあなたを攻撃して、どんな祝福をばらまかれるかわかったものではありませんから。しかしメスイキの祝福は、本当に解けないのですか」
賢者がにんまりと笑う。魔族より邪悪な微笑みだった。
さらに深い絶望を招いてやるために、彼女は答えた。
「魔王が、その祝福の根源である勇者と愛のある優しいセックスを営むことができたとき、祝福は昇華される」
「殺したら発動する祝福の解除が、殺した相手とのセックスだというのですか」
「不可能だよねえ。だから魔王は死ぬまであのままでしょうね。でも勇者はもうメスイキもオスイキもできない。死んじまったんだ。自業自得だろ」
魔王がふらりと立ち上がった。先ほどより、ましな顔つきになっている。
「……体内の感覚を遮断した。少しばかり集中する」
何をするつもりかと警戒する賢者を無視して、魔王は呪文を詠唱した。
「死の岸辺より立ち戻れ。勇者よ、目覚めの時だ」
空中に現れた金色の円環が、横たわる勇者を包み込む。
賢者は信じられないとつぶやいた。
「死者蘇生魔法……!?」
魔王は首を横に振った。
「この男は仮死状態というべき状態だった。呼吸や鼓動が止まった後も、短い時間なら肉体は生き続けるからな。勇者から受けた祝福によって、私とこやつの魂が一筋繋がった。それを縁に呼び戻した」
「メスイキの祝福のおかげか」
感心するガルムと、物凄く嫌そうな顔をする魔王。勇者の瞼が震え、ゆっくりと持ち上がる。
茶色の眼を開くと同時に、勇者はばっと起き上がった。真っ先に仲間に眼を向ける。
「賢者!うまくいったのか!?」
賢者は微妙な顔をした。
「な、なんだよ」
「生き返っちゃったなって……」
「だ、ダメだった? ってゆうか俺、死んでた?」
「死んだら発動する祝福が発動したんだから、死んだんだよ」
「ああ、魔王の動きを封じる祝福だったよな。……魔王、本気でしんどそうだけど、どんな祝福だったんだ? あんた、大丈夫か」
「それ私に言えというのか……?」
「勇者に言葉責めされる魔王ざまぁ」
「……!!!!」
「賢者、やめてやれよ。でも色々ありがとな」
「へいへい」
「魔王、生き返らせてくれたんだよな? ありがとう。攻撃してこないし、ガルムも殺気がないし、戦いは終わったってことなのか?相打ちって感じか?」
勇者の目的は戦いの終結、平和の構築である。
魔王が矛を収め、実家に帰ってくれるならそれでよいと考えている。
自分が死んでいる短い間に何があったのか、魔王は戦闘中の気迫もなく、水色の瞳を潤ませ、薄い唇を噛んで、肩を震わせている。
感覚遮断の魔法が切れ、またメスイキの波に襲われているとは、勇者にも想像がつかないことであった。
勇者とはいえ、まだ十八歳の若者、メスイキした男を見たことなどない。
一方、ゼロ性欲から連続メスイキ絶頂体験中の魔王にとって、これは急性の発作を伴う病のようなもの。病であれば、治療を求めるのは当然のことだ。
ゆえに魔王は勇者をこの世に呼び戻し、今、その手を握って願いを告げる。
「勇者よ、私と愛のある優しいセックスを行い、この呪わしい祝福を消し去ってくれ」
「え」
その日、三年間に渡る魔族との戦の停戦と、魔王から勇者へのプロポーズのニュースが、世界中を駆け巡った。




