第9話 陰謀論①
川辺が新たな力を得て、俺たちのパーティーはさらに強くなった。
とはいえ、俺たちの目標は“堅実に稼ぐ”だ。そこで調子に乗ることはない。
というか調子に乗ったら川辺が死ぬ。何せ変わったのは川辺が【挑発】を覚えただけだし。
強くなったというより、俺と伊波の安全性が上がって、川辺一人だけ危険度が跳ね上がったプラマイゼロ的な……いや、トータル強化で構わんな。うん。
ともかく、それからも俺たちは無理をしないことを心がけ、マイペースな探索を続けた。そして気づけば探索者になって一ヶ月が経過した。
そこで、重大な問題が発生した。
「レベルが全然上がらなくね?」
薬の素材を集めつつ歩いていたが、流石に疲れたので休憩を入れたところ、川辺が愚痴るように言った。
「別に焦ってるわけじゃねぇけどさ、もう一月だぞ? なのにレベル三ってどうなの?」
「こればかりは仕方ないだろ。俺達だってサボってるわけじゃ無いんだし」
そう、決してサボってるわけじゃ無い。むしろ探索の回数は増えている。
しかし、俺達が最後にレベルが上がって三週間ほど。その間、俺たちは全く成長できなかった。正直、愚痴りたくなる川辺の気持ちもわかる。
ではなぜレベルが上がらないのか?
「魔物と戦えないんじゃどうしようもないな」
打つ手無しとばかりに、伊波がため息を吐く。
そう、それなのだ。レベル上げをしたくとも戦う相手が見つからない。単純にこれだけなんだよ。
正確に言えば、魔物自体は見つけている。ただ、こっちが手を出す前に既に他のパーティーで戦ってたり、なんだったら戦おうとしたら横から掻っ攫われたりする。
特に後者のパターンは今思い出しても腹立つわぁ。六人フルパーティーで動くクソガキ共め。こっちの数が少ない上にオッサンだと思っていい気になりやがってよぉ……。
何が“横取りする気かオッサン!”だよ。そりゃテメェらの方だろうがってんだよ! ぶち殺してやろうかと何度思ったことか。数で負けてたからおずおずと引き下がったけどさ。
よくよく考えれば、と伊波は続ける。
「最初にそこそこ戦えていた僕らは幸運だったんだろうな。ここは初心者に人気のダンジョンで、人が集まるのは当たり前。取り合いが起きるのが自然だ」
「今思えば、川辺が殺されかけたのも運が良かったよな。あれでレベルが上がったわけだし」
「おい。人の不幸を幸運扱いするな」
「今更ながら、東さんのような〈狩人〉の有用性がよく分かる。おそらくこの階層でレベル上げが順調なのは、そういった斥候系ジョブを手に入れたやつだけだろう。それ以外は今の僕らのような苦労をしている筈だ」
確かにな。そもそもゲームのようなレベリング、なんて出来っこないんだよな。だって獲物を探すところで時間がかかるんだから。【気配察知】があってようやく、ってところか。
つくづく現実とゲームは違うと思い知らされる。当たり前だと思っていたことが、決して当たり前じゃない。特殊技能になるんだから。
「レベルが上がらないだけじゃなく、稼ぐこともできない。これなら確かに、親の庇護下にある大学生がバイト目的でやるのが一番賢いよ。小遣い程度ならこれでも十分だし、それで強くなれるんだから」
「でも、俺らの場合稼ぎは増えているよな?」
そうなんだよな。戦えないから仕方なく素材集めに精を出してだんだけど、そのせいでポーション作りに集中できて、めっちゃ稼ぎが増えたんだよ。
初日は一日で三本しか作れなかったけど、レベル三になってさらに作業に慣れたら、最低でも五本は作れるようになった。
で、途中で気づいたんだよ。
あれ? これもしかして、山分けしても今月の収入が前職よりも多くなるんじゃ……。
二人もそれに気づくと素材の処理に熱心になった。そして俺もますます生産に集中するようになった。
誰からともなく、体が慣れると休みが二日は多いよなって言い出して、今では一日探索一日生産を繰り返している。たまに誰かがもう一日休みたいって言った時、休みを増やす感じだ。
自然と週休三日制(生産日は心情的に休み扱い)のスケジュールが出来上がり、探索者になった初月の稼ぎは――なんとびっくり百三十万円ちょい!!
パーティー資金は作った方がいいよね、ってことで、ここから四十万と端数をパーティー口座に貯金。これから消耗品や装備などはここから支払う。
そして残りの九十万を山分けして、一人三〇万が今月の給料になった。
ここからそれぞれ税金だの保険だの払わないといけないから、手取りにしたら二四万くらいか?
うん。前職より増えたわ、月収。
もちろんこれはボーナスを考えてないから年収では負けるけど、でもこれ、プール資金がある程度貯まったらその分さらに増えるからな?
それを考えると、余裕で年収も超えてくるよな? 今の時点で。
というか、労働環境で言ったら前職より休みが多くなってるからな? 生産の日は遊びながら働いてるからぶっちゃけ楽しい。
それに今のペースだとまだ余裕があるからな。なんだったらちょっと頑張るだけで五割くらいは収入増えるぞ?
今の段階で余裕資金を作りつつ普通に暮らせて、レベルが上がればさらに深い階層で本格的に稼げるとなったら……もう希望しか見えないよなぁ!!
「通常ならこの状況を打開するために、人の少ない危険なダンジョンへ向かうことを考えないとならなかった。その場合、死亡率がかなり高まっただろう。しかし【錬金術】という金策を持つ僕らは、そもそも焦る必要がない。遅かろうと安全にのんびりレベルを上げればいい。結論――このままでよし!」
ビシッと手で〇を作って言い切る伊波に、へへっと川辺は恥ずかしそうに笑う。
「すまん。どうやらこの状況に慣れて、心に贅肉がついていたらしい。無駄に焦ってしまうところだった」
「何言ってんだよ。贅肉なんて前からだろっ!」
「あはは、こいつぅ! 伊波ならともかくお前に言われたくないぞっ!」
「ふふふっ、川辺は真面目だからな。まぁともかく、僕らは僕らでやろう。殺伐としたクソガキ共の醜い争いを眺めて楽しめるのは今だけ。こう思うと、この状況も面白くないか?」
「あはは! お前も嫌な性格してんなぁ〜! 確かにこいつらは苦労してんのに俺らは稼いでるって思うと優越感パないわ〜!」
「分かる~! そう思うと横取りも暴言も許せ――いや、スマン。やっぱり許せねぇわ。あのクソガキ共とは一日でも早くおさらばしたい」
なんで俺の快適ダンジョンライフをあんなクソガキ共に邪魔されんといかんのか。
正直、最近は探索する度にどうやって毒殺するかを考えている。精神衛生上良くない。早く排除しなければ。
「だよな。俺もメイスを頭に叩きつけるのを必死に耐えてる」
「ごめん。自分で言っておいてなんだけど、僕も脳内で何度も【魔術】をぶち込んでいる。イメトレはバッチリだ。君達がいいならいつでも行ける」
いや、行くな。いくらダンジョン内は治外法権とはいえそれは良くないわ。
そういえばコイツは元々脳内で殺すタイプだった。いかん、命が軽いダンジョンでは本当にやりかねんぞ。
「わざわざ危険を犯すつもりはないけど、伊波を人殺しにする訳にはいかない。一日でも早くここを抜けられるよう、地道に頑張ろう」
「だな。よしっ、改めてやることも確認できたし、行くか! 今日こそ一匹くらいは魔物を倒したいからな!」
気分転換も済んだということで、休憩を終えてまた歩き出す。
俺を挟んで、川辺が先頭、伊波が後ろといういつものスタイル。
二人に守られながら思う。他のダンジョンに行かないのは、やっぱり俺のせいだろうな。
ここのダンジョンで講習を受け、他でレベルを上げるというのはよくあることだ。それはさっきも話した通り、獲物の取り合いが酷いから。
ここと比べれば他のダンジョンは確かに危険度が高いが、危険なのはここだって同じだ。どこのダンジョンでも死ぬのは変わらない。
それなら少しでも早くレベルが上がりやすいダンジョンに行くのは、探索者なら当然の選択肢に入ってくる。
俺が弱いから、二人は他を選べないだけ。経済的に役立っている自覚はあるが、戦う力がない以上、それだけじゃダメだと思う。もっとコイツらの役に立てるようにならないと。
それこそ、戦う以上に役立てる力が欲しい――
――〈川辺 健斗〉
「え?」
「ん? どしたん? なんかあった?」
「いや、なんかあったというか」
お前の頭の上に、お前の名前が浮かんでんだよ。いつから自己主張が激しくなったんだお前。
……いや、違う。これは【植物鑑定】と同じ――まさか?!
〈鑑定士〉――【人物鑑定】【魔物鑑定】
おっ、おおおおっ!? き、きた!! まさか、本当に?!
「おい! やった! きた! きたぞ! 鑑定だ!」
「鑑定って……えっ? まさか【人物鑑定】!? マジで!?」
「マジだよマジ! あと【魔物鑑定】も覚えてる!」
「信じられない。まさか本当に取得するとは……!」
あまりの驚きで伊波は本音を漏らす。お前信じてなかったんかい、とツッコミたくなるが許す! 俺も正直同じ思いだ。
推測に自信はあったけど、ほとんど賭けに近いものだったからな。それを本当に、しかもこんな低レベルで覚えられるなんて!
俺以上に興奮した様子で、川辺が言う。
「お前マジでスゲェな! これは俺TUEEEEやれちゃうんじゃね?!」
「さすがにそう都合よくは……いや、意外といけるかも?」
「少なくともこれで情報面では優位に立てるだろ! それで、何が見えるようになった? レベルとかスキルとか見えんのか?」
「え? えっと……」
言われ、改めて使ってみる。
すると、これだけが見えた。
【人物鑑定】――〈川辺 健斗〉
――〈伊波 智〉
「……名前だけ、だな」
「え? 名前だけ?」
うん、名前だけ。スキルもレベルも、他には何も見えない。
「それ、何の役に立つの?」
「それは……ほら、相手が偽名を使っているか分かるぞ」
「ああ、なるほど。そう言われると確かに。でも相手が偽名かを疑うってどんな状況だよ?」
「それは……ハニトラとか、結婚詐欺を仕掛けられてると思った時とか?」
「悲しみが過ぎるだろそれは……」
うっせぇな! 自分でも思ったよそれは!
でもしゃあねぇだろ! 思いついちゃったんだから! 俺らに一番あり得るのがそれなんだよ!
「あれ? 真面目な話、アカサギを避けられるのはありがたいんじゃ……」
「まぁ確かに。俺達みたいな奴に偽名で近寄ってくる女だったら、その可能性は高いよな。それを高確率で見破れるのはちょっと普通じゃねぇか」
「ありえないだろうけど、彼女が出来たら言えよ。俺が現実を突きつけてやる」
「余計なお世話だ。俺を慕うのは無垢なロリって決まってるから」
「僕も結婚するとしたら心の美しいエルフか天使。純真な獣人と決めているから。薄汚い心の人間には興味がない」
夢見てんじゃねぇよ。お前にはその人間の女すら寄ってこねぇよ。
あと川辺。とうとう本性を現しやがったな。お前、やっぱり……ッ!
俺がレッドリストに川辺を記入していると、伊波はワクワクとした様子を隠さずに言った。
「心配しなくても、今はまだ名前しか見えないってだけだろう。使い込めばスキルは成長する。僕も【魔術】を使っているから分かるけど、絶対にスキルにもレベルか熟練度のようなシステムが在る筈だ。いずれは名前だけじゃなくて、それこそレベルやスキル。個人情報すら見れるようになるかもしれない」
それは確かにそうだな。【鑑定】なんかまさにそういうスキルで、使えば使うほど素材の情報量が増えていく。なら【人物鑑定】もそうなるはずだ。
もし本当にそこまでいったら問答無用が過ぎるな。一見しただけで情報が抜かれるとかよくよく考えたら反則だわ。性癖とか抜かれたら俺なら恥ずかしくて死にたくなる。
改めて【鑑定】の可能性を考えていると、なぜだか川辺が蔑んだ目で見てきた。
「歩くプライバシー侵害者」
「黙れ。いずれお前の黒歴史を暴露してやるからな」
「やめろ! いや、やめてください! 謝るから本当にやめろよな!?」
「そ、そこまで出来たら本気で恐ろしいな。とはいえ【人物鑑定】はあくまで対人能力。僕らにとってより重要なのは【魔物鑑定】の方だろう。楓太。そっちは何が見える?」
確かにそうだな。俺達は探索者なんだから狙うのは魔物だ。むしろ人を敵として考えるとか、何を想定しているんだって話だし。
ちょっと待て、と一言置いて、俺は周りを見回す。
そして、空を飛ぶ小さな鳥を目にした。
【魔物鑑定】――〈シングバード〉
雀のように小さな明るい緑色の鳥だ。一応魔物だが危険性がないし、あっさり飛んで逃げるから倒す方法がない。俺達もこの階層でしょっちゅう見かける。
「シングバード。やっぱり名前だけだな」
「ふぅん。まぁそりゃそうか」
「え?」
納得するように呟いたのが川辺。
そして、目を点にしたのが伊波だ。
川辺は分かるが、伊波はどうした?
「えっ、ってなに? なんか変?」
「変というか……シングバード? 本当に? 間違いじゃなく?」
「ん? うん、間違いないけど?」
俺がそう言うと、伊波は急に考え込み始めた。そして、時間が経つにつれどんどん難しい表情になっていく。
え? 本当にどうした? あまりの急変にこっちが不安になるだが。
訳も分からず、川辺と顔を見合わせる。向こうも同じことを思ったらしい。俺よりも先に、川辺が尋ねた。
「おい、どうしたんだよ? シングバードだろ? 何もおかしくないじゃんか。協会の資料にも載っているし、鑑定結果が間違ってるわけじゃないだろ?」
「自分で言ってて分からないか? 何で協会の資料と【魔物鑑定】の結果が一致しているんだ?」
珍しく苛立ちを隠せない伊波の言葉。その意味を考える。
資料と、【魔物鑑定】の結果の一致。
――あ。
「そうか、そういうことか。確かに伊波の言う通りだ」
これは明らかにおかしい。だって、【魔物鑑定】はまだ未発見のスキルの筈なんだから。
であれば、協会で公称されている魔物は全て誰かが勝手に名付けた物のはず。伊波は協会で名付けたものではなく、本当の名を知ると思っていた。なのに、なぜ【鑑定】の結果と資料の名が同じなのか?
そんなの、あらかじめ正しい名前を知っているからに決まっている。じゃあそれはなぜ?
俺よりも先に、誰かが【魔物鑑定】をして情報を集めていたからじゃないか?
これは、裏を返せば――
「もしかして、【魔物鑑定】の存在が秘匿されている?」
伊波が苛立つのも分かる。これ、もしかして相当ヤバいんじゃないか?
秘匿するということは、いろいろと理由があってのものだと思う。利益を独占したいから、とかが真っ先に思い浮かぶ。でも他にあるとすれば、危険だからじゃないか?
そしてこの推測が正しいとして、【人物鑑定】も同じく秘匿されているとしたら?
その危険視される理由ってなんだ? その危険度ってのはどういう意味で、どのくらいだ?
もしそれらの所持者が居たとしたら、秘匿している側の人間はどのようにそいつを見る? そして、秘匿しているのはどこのどいつだ?
――俺は、もしかしてとんでもない爆弾を抱えたのではないか?
さすがに事態を理解したのか、川辺も顔を引き攣らせる。
「いや、いやいやいや。そんな陰謀論的な……そうじゃなくて、あれだ。例えば【鑑定】の結果は使用者次第で変わるって可能性はどうよ? 事前に知識を入れたらそれが代用されるとか。あるいは、もっと超常的な……そう、アカシックレコードってやつだ! それを無意識に読み取った結果が反映されているとか!」
それだったら確かに筋は通る。そしてただの【鑑定】の仕様だから、何も問題ない。本当に【魔物鑑定】が見つかっていないだけだ。
だけどこの場合、そこは重要じゃない。その最悪の可能性が、僅かでもあり得るというのがなにより問題だ。
「何が正しいのかは分からない。だけど、そのつもりで備えておいた方がいいよな?」
「そうした方が良いと思う。楓太が狙われる可能性があるからね。まさかいきなり殺されるなんてことはないだろうが……協会に報告はしてないんだよね?」
「〈鑑定士〉を取得したことも報告してないよ。いろいろとめんどくさかったから」
公務員の勧誘を避けるために、あえてそうしていたことが功を奏したな。
もし素直に報告していたら、目を付けられる可能性が上がっていたかもしれない。そう思うとぞっとする。
「とりあえず、これから先も協会には黙っておこう。そしてこれからどうするかは……慎重に考えよう」
伊波の提案に、俺も川辺も素直に頷いた。
力になりたいと、俺なりに必死に考えた結果だったが。どうやら思わぬ厄ネタを抱えたらしい。




