第66話 チュウ
「おはよう。少し遅れちゃったかしら? 待たせてごめんなさいね」
場所は奇しくも、拝賀君に脅されたあのカラオケ店の、同じ部屋。
少し早めに来た俺達と違い、時間ぴったりにミライさんと拝賀君の御一行はやってきた。
ちなみにどうでもいいことではあるが、ピーちゃんとマルは店の外で待機だ。どれだけ頼んでもやはり駄目だった。まぁ二匹ともテイムされた証は身につけているし、一般人よりも遥かに強いから危ないことはないだろう。
「いえ、遅れてないので気にしないでください。俺達が早く来ちゃっただけなので」
「そう言ってもらえると助かるわ。さあ、あなた達も座りなさい」
「はい。失礼します」
落ち込んだ顔で拝賀君とその仲間達は、テーブルを挟んで俺たちの対面のソファに座る。ミライさんは一人外れて部屋の入り口側、テーブルの端にある椅子に座って、俺たち両方の顔を見れる位置取りだ。
司会、進行役をしてくれるつもりなのだろう。
拝賀君は気まずそうな顔を堪えながら、俺達に向かって頭を下げた。
「この度は小畑さん達に失礼な態度を取ってしまい、誠に申し訳――」
「拝賀。違うでしょ? やるべきことをやりなさい」
「ぐっ……ッ!!」
ミライさんの厳しい声に、拝賀君は苦渋の表情を浮かべで黙り込んだ。
やるべきこと? 謝罪じゃないのか? というか、いつの間にかミライさんはスマホを拝賀君に向けている。……動画撮ってんの?
拝賀君は、ふぅぅぅぅ、と長いため息を吐きながら下を向き、数秒ほど固まってから、勢いよく頭を上げた。
「いえーい!! 小畑会のみんな見てるー?」
「俺たち小畑さんに謝っちゃってまーす!」
「えへへ〜! 僕が悪かったでーす! しゅっかり小畑しゃんに分からされちゃいました〜! ――助けてっ」
両脇の仲間達が肩を組み、拝賀君は見事なまでのアヘ顔ダブルピース。それなりに顔の整った子がやるそれは見るに耐えない。
無論、俺達は引いた。ネットで見る分には笑えるが、現実にすると意外と笑えないな。
なんでNTRビデオレター風なんだよ。誰だコイツにこんなこと仕込んだやつ。
あまりの衝撃に、十秒近く無言の時間が続く。ピコン、とミライさんのスマホから撮影終了の音がはっきりと聞こえた。
とりあえず、なんだけどさ――
「本当に謝る気ある?」
「ありますよ! 僕だってこんなことやりたくなかったんです! だっていうのにあの外道ども! 面白がってくれるしこっちの方が誠意が伝わるからやれって! やらないと殺すって! そうしたらやっぱりドン引きじゃねぇかよクソが!」
「嫌だったのに……拝賀に巻き込まれて、連帯責任って……ッ」
「一応俺らだってもう社会人だぞ……なんでこの歳でこんな目に遭わないといけないんだ……!」
やはり命令されてたのか。皆容赦ないな。まぁ罰を与えるということなら仕方ないんだが。
さめざめと泣いている拝賀君達に一切顔色を変えず、淡々とミライさんは言った。
「今の動画は小畑会のメンバーに流したわ。次舐めた真似したらネットに流すからね」
「お前ら鬼かよ!! 頼むからそれだけはやめろくださいっ!!」
惨い。まさかここまで容赦が無いとは。
指示を出した責任を感じてしまうな……。
「ま、まぁ謝ってくれるなら別にいいよ。仲間になってくれるってことは、もう自分の計画は諦めたんでしょ?」
「当然ですよ。というか、小畑会と比べたら僕がやろうとしていたことなんて、お遊びレベルじゃないですか。完全にバカらしくなりました。しかもこんなに仲間を集めていたなんて。初めから知っていればこんなことしなかったのに……」
「ああ〜、それは相手が悪かったとしか。焦りすぎたんじゃない? ちゃんと背後関係調べたりしないとさ。あと、俺と交渉した時に〈呪術師〉の契約書を用意しておけばよかったのに。そうすれば俺も従うしかなかったよ」
その場合、後で小畑会の皆にマジで殺されることになっていたと思うけどな。
「契約書? ああ、そういうことですか」
ふっと、拝賀君は小馬鹿にするような笑みを浮かべて続けた。
「あれは脅して使えるような都合のいい道具じゃないですよ。完全なる合意を前提とした契約書ですから。例えば、従わなければ殺すと脅されたり、人質を取られたりした状況で頷いたとして、これ、完全に合意してるって言えますか?」
「それは……まぁ本心からではないよね。渋々従っただけで」
「でしょう? そうやって不本意な状況に追い込まれてのサインだと、契約書の効果は発揮されないんです。詐欺に騙されて自らサインした場合はお互い納得してのことなので、きちんと効果が出ますが」
「へぇっ、そうなんだ!」
無理やり脅されても意味がないのは俺にとってはありがたいことだな。逆に詐欺はマジで怖くなるが。ちゃんと契約内容は確認するようにしよう。
人に教えて気持ちよさそうにしている拝賀君に、ミライさんはふっと小さく笑った。
「流石。自分の身で経験しただけあって説得力が違うわね」
「ちょっ! やめてくださいよ! 今はこうして仲間になってるでしょ!?」
「ミライさん。それどういう意味です?」
「昨日はこの子、最後の最後まで契約書が使えないでいたのよ。それだけ負けたことが不服で、自分の計画に未練タラタラだったってことね。使えないでいる自分にも戸惑って、正直あれは面白かったわね」
♦ ♦
「はいまたダメー。お前いい加減にしろよ。これで三枚目だぞ?」
「契約書だってただじゃねぇんだぞ? 他の仲間は一発でクリアしたってのによぉ」
「なあ、もうよくね? それだけ反抗心持ってるってことだろう? 不穏分子だし処分しようぜもう」
「待って! 本当に待ってください! 降伏するつもりなんですってば! なのに契約書がちゃんとしてくれなくて」
「そりゃお前の本心を悟ってるからだろ。お前の心は偽れても契約書は偽れないってことだ」
「お願いだからもう少し待って! もうちょっとだけ! マサ君! マサ君からも言って!」
「でも拝賀君。これだけ小畑会の加入と敵対に関するメリットとデメリットを伝えてるのに駄目なら、僕にはどうしようも……」
「――お前のプレゼンが下手だから俺がいつまでも納得出来ないんだろ!? 俺のこと助けたいんじゃないのかよ!? だったらもっと本気でプレゼンしてみろよ!」
「それが助けを求める奴の態度!? こんだけ懇切丁寧に説明していまだ理解しないバカを説得する方法なんか僕だって持ってないよ! クソ! 他にメリットといえば……トップシークレットだけど、小畑さんは【鑑定】だけじゃなくて【人工生命体創造】のスキルがあって――」
「――――――マジで!?」
♦ ♦
「笑ってください。どうせ僕は身の程知らずの大望を抱いたバカですよ。そしてホムンクルスの誘惑に負けた愚か者です……」
「いやいや、そう卑下するもんでもないと思うよ」
ホムンクルスに釣られて仲間になっただけで信頼できるよ。男だね!
「今回は失敗したけどさ、あんな大それた計画を立てて実行しようとしてるだけで大したもんだって」
「はぁ? 下手な慰めはよしてくださいよ。どこが凄いっていうんですか」
「慰めじゃないよ。野心を持って行動できている時点で凄いんだよ」
この歳まで惰性で生きてきた人間だからこその結論ではあるが、野心っていうのは大成するのに必要不可欠な物なんだよな。
「金持ちになりたい、有名になりたい、影響力を持ちたい、キラキラした生活がしたい、チヤホヤされたい。野心にもまぁ色々あるけど、世の中の目立つ人っていうのはそういう欲求を原動力にして、誰よりも努力して結果を出しているんだよ」
だけど、こういう野心を持てる奴ってかなり少ない。
現実という壁に当たり自分に見切りをつけて、あえて程々の環境で留まる。
それが癖になって、大成する自分を想像できないでいる。
現状で満足しちゃって、それ以上を目指せなくなる。
目先の誘惑に流され必要な努力が出来ず、今が幸せだと思い込もうとする。
これまたいろんな理由で、野心が見つからなかったり、捨てることになったりする人が大勢居る。
「俺なんか何も目標が見つからず、楽な方へってそのまま惰性で生きてきた人間だから、なおさら思うんだよ。野心を持って行動できる奴は、それだけで凄いって」
「……失敗しても、ですか?」
「そうだよ。というか失敗って行動した証だからね。挑戦しない奴は失敗すら出来ないぞ。んでもって世の中の大半が行動すらしない奴らなんだよ」
動けばもっと良くなると分かっているにも関わらず、変化を恐れて現状に甘んじる。
そしてそういう奴に限って愚痴が多かったり、高い目標を持って行動する奴を貶したり、成功した奴を妬んだりするんだよな。んでいつまでも自分は変わらない。
最近は、適当にやった方が人生楽しいぞ~、楽に生きようぜ~、みたいな意見がSNSで結構多く見られて、実際それは一理あると俺も思う。会社で成果を上げても見合った報酬が返ってくるとも限らないし、頑張りすぎた挙句潰れる奴も居るし。
でも、高望みは良くないかもしれないけど、そういう野心があるからこそ上に行けるっていうのもまた事実なんだよ。
俺はそれを選べなかった人間だから、なおさらそういう奴を尊敬している。
あくまでその有り様をって意味だけどな! そいつの全部を肯定する訳じゃないし、どんなに偉くなろうがクズはやっぱりクズだし!
「俺が君と同じくらいの頃なんか、マジでなんも考えずに働いて、努力もせず同世代の結果出している奴を妬んでばかりだったぞ。そのくせ何も行動せず毎日好きなゲームとかアニメ見るのに時間使って。それに比べたら、君は本当に凄いよ」
「……そうですか。僕は凄いですか」
拝賀君は小さく笑うと、ほんの少し目を伏せる。
今の話を聞いてどう感じたのかは分からないけど、少しでも自信を取り戻してくれればいいな。
これからガンガン俺の為に働いてもらうことになるからねぇ……!
一度は敵対した相手だ。ちょっと褒めるだけで従順になる可能性があるならやり得だもんね。いくらでもおだててあげるから、そのまま木に登って俺の為に働いてねぇ……!
内心でニチャア、と邪悪に笑っていると、伊波が重々しく頷いた。
「流石に生まれてから今まで流されて生きてきただけのことはある。説得力が違うね」
「お前も同類じゃろがい」
お前こそマイペースすぎて野心の欠片も無い男だろうが。なんで感心してんだ。俺以上に今の話を理解しているだろうに。
「……なるほど。新鮮な意見だったわ。現状維持に留まるなんて、私には一生理解できないけど」
貴方はそうでしょうね。典型的な野心家――純粋な欲望で動けるタイプの人だもの。だから一流の探索者になれたとも言える。
というか、小畑会の皆ってたぶんそういう人ばかりだな。今さらながら俺が会長でいいのかと劣等感に襲われてきた気が……天城さんは癒し。
まぁ、今の俺は野心という意味では誰よりも持っているし、気にすることはないなっ!
ホム嫁ハーレムの為ならどんな苦難だろうが超えてみせる……ッ!!
「だからさ。そんな君が仲間になってくれるのは、すげぇ頼りになるんだよ。よろしくな」
「……はい。本当にすみませんでした。これからよろしくお願いします」
拝賀君は照れくさそうに笑って、しっかりと頭を下げた。
素直な態度で、反抗心のようなものはもう見えない。うん、これなら大丈夫だな。
「拝賀君には俺が欲しい素材集めを手伝ってもらおうと思っている。【錬金術】で色々と試したいことがあってね。俺達じゃまだ難しいダンジョンだったり、深い階層でも、君なら採ってこれるだろ? パシリみたいでちょっと申し訳ないけど、俺からもいろいろと融通するからよろしくね」
「はい。それはもちろん構わないのですが、その、あまり深い階層だと僕達でも難しくてですね……」
「そうなの? 三十層くらいなら行けたりしない?」
「三十!? いや、流石に厳しいですよ! 僕らよりも格上の魔物がうじゃうじゃ居る階層です! ハッキリ言ってそれはムリです!」
「ああ、そうなのね。ごめんごめん。【身代わりの術】があれば生き残るだけなら余裕で帰ってこれるもんだと――」
「あっ、バカッ!」
バカ? バカと言ったか? やはりコイツ、俺にまだ敵意を?
俺が本気で不信感を持つ前に、拝賀君の仲間の一人が声をかけてきた。
「あの、小畑さん。すみません、ちょっといいでしょうか? 今【身代わりの術】とか言いましたよね? それってなんですか?」
「え? いや、拝賀君が持っているスキルだけど……」
「小畑さんストップ! それ以上は本当に――」
「お前は黙ってろ。あの、その【身代わりの術】ってどういうスキルですか?」
「えっと、自分に集まったタゲを他の生物に移すスキルだね。文字通り身代わりにして、疑似【挑発】として使えるっていう感じだと思うけど」
「――変だと思ったよ!!!!」
スキルを聞いてきた仲間は立ち上がり、拝賀君に怒鳴りつけた。
他の仲間も怒りを隠さない表情で、拝賀君を責め始める。
「最近やけに魔物が都合よく向かってくるなと思っていたけど、お前【身代わりの術】で俺らに押し付けてたな!?」
「〈忍者〉になってから最初の先制攻撃も、お前が真っ先に突っ込むようになったもんな! あれも自分が【身代わりの術】を使うための下準備だろ!?」
「らしくないとは思っていたけどさ! 強くなって自信がついたから、リーダーとして責任感が強くなったのかと俺らは好意的に思ってたんだぞ! それなのになんだ【身代わりの術】って! クズの所業じゃねぇか!」
「思い返せば敵に狙われたお前をカバーに入る度に、敵はお前に興味を失くしてすぐに俺らに向かってきてたもんな! 俺らは必死で助けていたのに、お前はチャンスだって笑ってた訳か! 本っ気で裏切られた気分だわ!」
「いや、ちょっ……し、仕方ないだろ! 仲間に敵を押し付けるなんて印象が悪いじゃないか! 無駄な揉め事を起こしたくないからあえて黙っていただけだ! 実際に俺が上手い事敵をコントロールしていたお蔭で、ここ最近は戦闘も楽に進んでいただろ!?」
「詭弁使ってんじゃねぇぞボケ! だったらなおさら素直に仲間には伝えろよ! お前が何をやっているのか分かればもっと効率よく動けるだろうが!」
「黙って使っている時点で魂胆が見え透いてんだよ! いざとなったら俺らを見捨てて自分だけ逃げるつもりだろ!?」
「それだけは絶対にありえない! 信じた仲間を裏切るような真似が出来る訳――」
「実際に裏切ってるだろうがぁああああああああ!!!!」
迂闊だったか。とんでもない修羅場になってしまった。
というかまさかとは思ったが、拝賀君、本当に仲間に伝えてなかったのか
いくら結果的にパーティーが上手く回っていたとはいえ、無断で囮に使われたらそりゃ怒るよ。
しかしどうしたもんか。このままパーティーが解散となってしまったら俺の便利なパシリ君が無くなってしまう。それだけはなんとしても避けなければ……ッ!
「そこまでにしておきなさい」
ミライさんの落ち着いた声に、ピタリと拝賀君のパーティーは動きを止めた。
どうやらすっかり調教されているらしい。情けない、とは言わない。俺だってそうなる。
「貴方達の気持ちも分からないでもないけどね。見苦しいにも程があるわ。パーティーの問題は誰も居ない所で、自分達だけで解決しなさいな。いいわね?」
「……分かりました。お騒がせして申し訳ありません」
「あとでしっかりと話しあうからな。逃げんなよテメェ」
「わ、分かった。本当に済まない……」
どうやらこの場での争いは止めてくれるようだ。良かった。ひとまず勢いに任せての解散は避けられそうだ。
後で拝賀君は詰められるだろうが、そこは自業自得と思って諦めてもらおう。
「さて。それでは本題に入りましょうか」
本題? なんだ? 拝賀君たちの謝罪と顔合わせだろ? 他に本題って何がある?
「楓太君。それから川辺君と伊波君も。――その肌、どうしたの?」
――ミスった……ッ! そうだ、この人が気づかない訳ないじゃないか。
いや、それでも薄暗いカラオケルームで離れた距離から気づくってマジか? どういう目してるんだよ。美意識が高いっていうか、執着が強すぎんか?
というかやっぱり本題じゃねぇじゃん。このババア、目的が変わっていやがる……ッ!
「肌? どうしたのって言われても、何のことだかさっぱり――」
「私の目に間違いはないわ。下手な誤魔化しが通用すると思わないことね」
「――ぐっ! いや、そうは言われても何も知りま――」
「ミライさん。たぶんこの人、昨日〈美肌薬〉を作ったんです」
「私達には作れないって言ってたのに、嘘吐かれました!」
「この腐れ姉妹……ッ! 余計なことを……ッ!」
そんなに嘘吐かれたのが許せなかったか!? リーダーを売り飛ばすような真似しやがって!
「へぇ、〈美肌薬〉……」
ミライさんの空気が変わった。
スッ、と立ち上がれば、タケさんに匹敵する高身長で高くから見下ろされる。
その姿はさながらアマゾネス。まるで自分が獲物になったかのような恐怖しか感じなかった。
ミライさんが口を出さずとも、隣に座っていた七緒ちゃんとチヨちゃんがソファから立ち上がり、道を開ける。流れるようにミライさんは俺の隣に座ると、スッと顔を近づけてきた。
ここだけ見ればキャバ嬢のそれなんだが、完全に獲物を品定めしている狩人の目だった。怖い……ッ!
じっと俺の顔を見ると、指先で俺の頬から顎先を撫でる。殺される一歩手前だというのに、ゾクリとした快感になんだかいけないことをしている気分になった。
「この肌色……肌質も……ケアをしない男のものじゃない……一日でこれ……瑞々しい……まさか若返って……?」
鋭すぎる。美意識高い人って皆こうなの? なんで【鑑定】もないのに分かるんだ……?
もう一度撫でると、ミライさんは俺の顎を掴み、キスするのかと思うほど顔を近づけて囁いた。
「ねぇ、楓太君。〈美肌薬〉、あるのよね? 私にも分けてもらえる? もちろんお代は支払うから」
「あっ、やっ、その……ないです」
「嘘吐くならこのままチューするわよ」
チュー!? チューすんの!? それはご褒美じゃ!?
いや、しかし俺にはホム嫁が……いくら美人といえど……くっ!
三十二歳独身、恋愛経験皆無の男として、今さら半端な相手とはそういうことはしたくない! 美人だろうが四十のババアに渡す程、俺の唇は軽くない!!
「無いのは本当です。その、材料が少なかったのでお試しで作っただけで……」
「それじゃあ今日にでも取ってくるわ。必要な材料は?」
「えっと――に――、それから――ですね」
「あら、そんな物でいいの? それじゃあ明日には帰ってきて届けに行くわ。だからとりあえず今ある分で作れるだけ作ってちょうだい」
「……分かりました」
逆らえる訳がない。普通に怖いし、チューされたくないし。
落ち込んだ俺の顔を見て、ミライさんはおかしそうに笑った。
「安心して。貴方の危惧は分かっているから。他の子には伝えず、私とパーティーメンバーだけで留めておくわね。ああ、それからそこの二人にもね」
「わーい! やりましたー!」
「ありがとうございます! ミライさん!」
本当に嬉しそうだね君ら。
はぁ、バレたならしょうがない。黙ってくれるらしいし、大人しく従っておこう。
遅かれ早かれバレる気もするが……。
「お代に関しては使用感を確かめてから、正当な価格で払ってあげる。安心して。美容品でケチろうなんてセコイ真似はしないから」
「そこは信頼しています。ミライさんみたいな人がそこで嘘を吐くとも思えないし」
「ふふふっ、既にそれだけの効果が出ているのだし、期待していいわよ。とはいえ無理を言っているのだから、これだけじゃ足りないわね。他に何か私に出来ることはある?」
「え? いや、急に言われてもちょっと思いつかな――」
「待て楓太。拠点のことを相談してみろよ」
――ああ! そういえばそれがあったな!
ちょうどいい機会だ。聞いてみよう。
「拠点? 拠点を探しているの?」
「はい。実はですね――」
俺は拠点の必要性を説明した。ホムンクルスの作成、実験をするにあたり、どうしてもそれが必要であることを。
隣で腕を組みながら話を聞いていたミライさんは、真剣な顔で頷いた。
「なるほど。それは確かに拠点がないと話にならないわね」
「はい。とはいえ、理想的な場所がそう簡単に見つかるものかと悩んでまして……」
「大丈夫。あるわよ」
あんの? 思わずミライさんの顔をポカンとして見つめてしまう。
ミライさんは悪戯っぽく笑って、俺に言った。
「私が所有している物件に、ちょうどいいものがあるわ。完璧に条件を満たす訳ではないけど、とりあえずの間に合わせとしては十分でしょう。それを貸してあげる」




