第6話 不遇特殊職
三日の休日が開けなんとか筋肉痛が治ったということで、俺達だけの本格的な探索である。
場所は変わらず渋谷ダンジョン。東さんの言によると、初心者講習で勧められるだけあって、やはり渋谷ダンジョンはもっとも攻略がしやすいらしい。
視界が広い草原であれば、戦闘に集中しやすい。まずは戦闘に慣れつつ、レベル五まで上げてから森へ向かい、徐々に探索の技術を学んでいく。
特に急ぐ理由がなく、命を最優先にやるならこれがベストだとか。
なので俺達は今日も草原で角ウサギを狙い、戦っていた。
「川辺! 狙われてるぞ!」
「分かってる! ぐっ、ルォラアアアア!」
装備は講習会と同じ、自腹で購入した初心者セット。そして川辺は盾を大盾に、そして杖を俺と同じメイスに持ち替えていた。
〈戦士〉のジョブを得た影響か、先日とは見違えた盾捌きで受け流し、すぐさまメイスを振るう。しかし角ウサギはすぐに距離を取ってそれを避けた。
「うぐっ、やっぱり速い!」
「大丈夫だ! 時間稼ぎでいい!」
相変わらず機敏な動きに焦りかける。が、俺達も前回とは違う。
今度は何度も殴る必要もない。一撃で仕留める火力がこちらにはある。
「いいぞ! 離れろ!」
伊波の声に従い、ウサギから距離を取る。
初心者セットの上に〈魔術師〉っぽい黒いローブを羽織った伊波が、青白い光を纏った杖を構えていた。
そして、射抜くような鋭い目で叫んだ。
「氷姫の戯れ!」
なんて?
ポカンとしている間に、伊波の【魔術】が放たれる。杖から白いモヤが出ると、角ウサギの周囲を包み込む。そして地面ごと角ウサギの足を、ピキピキと音を立てながら凍らせ始めた。
「ブッ?! ブブッ、ブー!」
角ウサギが暴れ出し、簡単に氷にヒビが入る。だが動きが止まっているのなら、こいつは怖くない。
「――ドラァアアアアアアア!」
川辺の渾身の一撃が、角ウサギの頭蓋骨を砕いた。そしてピクピクと痙攣するウサギに、そのままトドメ刺す。前回と比べるとあっさりとした終わりだ。
川辺の見違えた動きもそうだが、それ以上に――
「ふっ。見たか。これが僕の真の力だ」
「すげぇな伊波。簡単に角ウサギを倒せちまったよ」
「うん。お世辞抜きに凄いわ。そこは認める。だけど何あれ? なんて言ったの?」
「ん? 氷姫の戯れのことかな?」
何かおかしいことでも? みたいな空気を出してるけど、ドヤ顔を隠しきれていない。
あとやっぱりなんて言ったのか聞き取れん。
「んん? ま、まぁそれなんだけど、え、何語?」
「ドイツ語だ。カッコよかっただろう?」
うん? うーん……まぁ、うん。それは認めるわ。確かにかっこいい。
「【魔術】って、あんな呪文を言わないと発動しないの?」
「いや? 僕が勝手に決めただけだが?」
「命名お前かよ。そういう【魔術】が最初からあるのかと思ったわ」
川辺もさすがに呆れる。そらそうだわ。俺だってそうだわ。
むう、と難しそうな顔で、伊波は言う。
「なんと言うか、【魔術】はだいぶ感覚的なんだ。僕はどうやら氷が得意らしいんだが、自分の出せる力の上限が決まっていて、その範囲内でどんな【魔術】にするか決めるという感覚かな。力のリソースを威力と範囲、どのように振り分けるかみたいな感じだ」
「は~、なるほどね~。術者のセンスが問われる感じだな」
「【魔術】ってそういうもんなのか。――ってちげぇよ。聞きたいのはそこじゃねぇよ。なんであんな厨二チックな名前なんだ。聞いているこっちが恥ずかしいわ」
三十代のおっさんが痛々しいにも程があるわ。
俺らまで同類と思われるでしょうが。酷い風評被害だ。
真っ当な批判をしたはずなのに、逆にこっちがおかしいというような目で伊波は俺を見る。
「何を言っているんだか。今まさに僕らは厨二の世界で生きているだろうに」
「……くそっ! それを言われると何も言い返せない!」
「でも言い辛い名前ってのはまずくね? 咄嗟に放つ時に噛んだらどうすんだよ?」
「ふむ。確かにそうだな。なら君だったらどんな名前にする?」
「へ? あー……シンプルに氷縛とかアイスバインドとか?」
「はぁ、センスの欠片もない。これだから野蛮な〈戦士〉は」
「はぁ?! 恥ずかしげもなく厨二晒している〈魔術師〉よりマシなんだが?!」
俺も川辺に一票。カッコつけるにしてもそのくらいでいいんだ。シンプルにいけ、シンプルに。
ロマンもわかるけど実利を取れ。名前なんて短くていいんだ。いざという時に使いやすい方が――ッ?!
「伊波! 下がれ!」
それに気づけたのは偶然だ。草陰から飛び出した姿が、たまたま目に入っただけ。
伊波を引っ張って後ろにやり、そいつとの間に身体を入れる。牽制にメイスを一振りすると、襲ってくる前に向こうから引いてくれた。
「グルルルッ、ルル!」
角ウサギよりさらに一回り大きな狼――“草狼”が牙を剥いて唸り声を上げている。
東さん曰く、草原地帯の雑魚で一番強い魔物。こいつにだけは気をつけろ、とのことだ。隠れながら接近してくる上、俺達のレベルからすると単純に強いらしい。あと、あまり長引かせると遠吠えで仲間を呼ぶことがあるとか。面倒なタイプの魔物だな。
正直引いてくれて助かった。あのまま襲われたら対応できた自信がない。
「伊波! 急げ!」
「はわっ、はわわわわっ?!」
川辺が前に出て、伊波をしっかりと守る。よし、これであとはさっきと同じように時間を稼ぐだけだ。それだけ伊波の【魔術】は強い。
だから伊波、お前は早く準備しろ。はわわじゃねぇんだよ。可愛くない。
「ヴヴヴ……ヴワァン!!」
「ふっ!! ぐっ、ぬぅうう!! 」
もし俺だったら、小さな盾ごと腕を噛み壊されていたかもしれない。しかし川辺は苦しそうにしながらも、しっかりと草狼の攻撃を受け切った。
地面まで届く大盾に、狼の身体の構造上、攻めあぐねている。盾を持ち替えた甲斐があったな。これが群れだったらまた違っただろうけど、一匹だけなら川辺は鉄壁と言っていい。
これで万が一に備えて俺が伊波の護衛をすれば勝ち確だ。決してサボっているわけではない。確実な勝利のための戦術だ。
だから川辺ぇ! 頼んだぞ! 俺は信じてる! お前も俺を信じろ!
そして、伊波の【魔術】が完成する。
「だすっ! だしゅちゅ、だしゅっ――――アイスバインド!」
噛みまくって結局呪文の詠唱を諦めやがった。最初からそうしろアホ。
伊波の【魔術】が草狼を襲う。それに合わせて俺も飛び出す。ここからは畳み掛ける時。弱いもの虐めには積極的に参加する所存!
角ウサギよりは抵抗したものの、やはり動けないところを滅多撃ちされては草狼も反撃できず、そのまま倒れる。
絶命したのを確認した時、体にカッと熱を感じた。
「おお、もしかしてレベルアップか?」
「だな。意外と早かったな」
講習会の時はそんな余裕なかったが、今ならば良くわかる。熱もそうだが、自分の中で何かが広がった感触だ。逆に言えばそれくらいしか分からん。
「何か体に変化あるか? 力が上がったとか」
「いや、分からん。そこは何も感じん。ところでお前サボってなかった?」
「はぁ? 言いがかりはやめてもらえます? しかしそうか、お前も分からないとなると……」
レベル二程度だとそんなものなのか? 上昇値が少ないから気づかない、みたいな。
「はぁ、はぁ、身体能力は分からないが、魔力量は確実に増えたぞ。使い切った魔力が少し回復してる感じがある」
「なるほど、そっちの変化はあるのか……え? ちょっと待って、魔力使い切ってたの?」
「うむ、どうやら万全な状態で二発が限界のようだ。休憩を挟まないとこれ以上は無理だな」
「そういうことは早く言えよ!」
何も知らず連戦してたら下手すりゃ死んでんじゃねぇか!
「どのみち解体をしなくちゃだし、休もうぜ。伊波の【魔術】がないときついしよ」
「そうだな。悔しいがこいつがメイン火力なのは事実だ。この先、酷使するためにも必要か」
「我が下僕達よ。僕の為にキリキリ働くのだ」
「やかましいわボケ」
肩で息をする伊波を放置し、俺と川辺の二人掛かりで角ウサギと草狼の解体をする。初めての経験ではあったが、飽きるほど繰り返し見た解体動画のおかげで、不格好ではあるがなんとか解体を終える。
ウサギの肉は入るだけの量を小さなクーラーボックスへ入れてから。そしてウサギと狼の革を纏めて、一緒にリュックに仕舞って背負う。
「よっと。あぁ、結構重いわ。動きづらい」
「任せていいのか? 俺も半分くらい持とうか」
「いや、俺よりお前が戦いに専念した方がいいだろ」
「それは……いや、そうだな」
〈錬金術師〉と〈戦士〉。どちらが雑用に回るかと言われたら、悩む必要もないよな。どう考えても川辺に戦ってもらったほうがよい。
そして俺は後ろに下がって安全な位置で寄生させてもらう! ふははは!
……うん、虚しくなるな。止めようこの悪ふざけ。いずれ直面する未来からの現実逃避でしかない。
俺の複雑な心を察しているのかいないのか、川辺は浮ついたような声で言った。
「しかしあれだな。あっさりレベルも上がるし、今日の稼ぎも出来たし順調だな。この皮と肉だけでも結構良い値段するんだろ?」
「そうらしいけど、上手く出来なくて結構傷つけちゃったからな。たぶん値は落ちると思うぞ」
角ウサギに草狼。どちらもありふれた素材ではあるが、消費量が多いので買い取り拒否、ということはないらしい。とはいえ、過失を見逃すほどのものではない。
「たぶん合計で一万五千くらい? いや、正確には分からんけど」
「……一人当たり日給五千円? えっ、命懸けで低っ……いや、綺麗に解体できればもう少し上がるよな? それに下手でも多く狩ればもっと――」
「たった二匹相手にこれだけ疲労しているのに、そんなに多く狩れるものか?」
……うん。そうだよな。
顔色の悪い伊波の疑問は、実に説得力に溢れている。思わず川辺も黙ってしまった。
「そもそも運べる量がたかが知れているだろう。川辺には僕らを守ってもらわなければいけないから、荷物を持たせる訳にはいかない。だとしたら僕と楓太が持つしかないが、僕は【魔術】を数発撃てばそれどころじゃないぞ。楓太だってそう多くは持てないだろ?」
「そうだな。体力的にもそうだし、このリュックだと皮がまだ入るかなって感じだ」
今日は試しにと思ってクーラーボックスも用意したけど、稼ぎを考えるとウサギの肉は正直よくないな。単純にかさばるからそれだけ荷物になるし、入手しやすい食料だから買い取り額がそもそも低めだ。
かといって今はまだ、何匹分もの皮を集めるほど戦い続けることもできない。
「もしかして、探索者って儲からない?」
「何を今さら――と言いたいところだけど、これは実感しないと分からないことだよな。正確に言えば、最初は儲からないっていうのが正しいんだろうな」
もう少し強くなれば多く狩れるようになるし、そもそもそんな必要すらなく、より高額な買い取り素材の獲物を狙える。そうなれば一気に収入も上がるだろう。なんだったら魔物じゃなく、植物とか鉱物の素材でもいい訳だし。
だけど、そこまでが意外と遠い。
「装備も消耗品だから、そのうち取り替えなくちゃいけない。またここで出費が掛かるわけだ」
「そのための貯蓄と生活費を考えると、まるで足りないな。貯金から切り崩すことになる」
「疲労を考えると毎日探索、っていうのも無理だってよく分かったしな。一日入って一日休む。これが出来るようになったとしても働けるのは月の半分。うん、やっぱり足りないな」
「かといって無茶をして怪我すれば、それこそ働けなくなる。その時点で詰むよ」
「でも、焦ってそうなる奴も多いだろうな。俺達もそうだけど、この装備の初期費用で結構な額を使っているし、元を取ろうとする奴は絶対出てくる」
「そうして怪我をして、余計な出費でさらに、か。かといって堅実にやりすぎても収入は減る上に、命の危険がゼロになるわけではない」
「思ったよりも稼げない。下手すればあっさり死ぬ。考えれば考えるほど、挫折する奴も多いってのがよく分かるよな。社会人だとこれはキツイわ。確かに学生のアルバイトとしてやるのが一番賢いかも」
「もしかしたら、僕らは本当に幸運だったのかもしれないね。三人なら危険度と収支のバランス的にも、ギリギリで耐えられ――」
「待って。なんでお前らそんなに冷静なの? このままだと生活できねぇじゃん」
はっ? いや、何でって言われてもな。
「焦る必要はないって再認識できたからな。結局レベルさえ上げれば全部解決するんだよ。そこに行くまでの我慢だ」
「どんなゲームでも最初は手が回らないけど、ある程度進めば楽になるじゃないか。そこに行くまでの初期投資だと思えば、口座の数字が減るのも怖く……待て、川辺。君、貯金はいくら持ってる?」
――まさか。いや、まさかじゃねぇ。もしかしなくてもコイツ!?
うすうす気づいていたが、川辺を見て確信する。
川辺は、照れくさそうに笑った。
「わりぃ。もう今月分の家賃しか持ってねぇ」
「お前っ、ほんとに……! いい歳してなんで……!」
「金は、使うもんだろ?」
「使うなとは言わねぇよ! ただ限度は知れよ! 今度は何のソシャゲに使ったぁ?!」
「“シュガレス”の新キャラ。リシアちゃんにガチ惚れしまして、我慢できなくて天井まで……」
“シュガレス”――“シュガーレスファンタジー”! あのロリコン御用達のゲームか! どこまでも救えない奴め! 課金は家賃まで、なんてバカの妄言だぞ! いい加減目覚めろ!
これにはさすがの伊波もドン引きしていた。
「君、探索者になろうって人間がよく貯金も作らず退職できたね?」
「いや、その、本当に仕事を辞めたくて。探索者なら頑張れば短期間で稼げるかなって」
「本当に辛かったんだな、お前」
もう怒りを通り越して憐れんでくるわ。
予想外ではあるが、こいつほど信頼出来る前衛なんかおそらくこの先見つからない。見捨てるなんて選択肢は絶対にない。実際、既に助けて貰っているし。
「ったく、しょうがないな。川辺。俺が居たことに感謝しろよ」
「ふ、楓太さんっ! まさかお金を貸してくれるので?!」
「貸す訳ねぇだろ。そうじゃなくて、俺のジョブが何か忘れたのか?」
「え? 不遇生産職? 未来の協会専属職員?」
「殺すぞ……ッ!」
こいつ、マジで助けるの止めようかな。
情けをかけるべきか真剣に悩んでいると、あっ、と伊波が声を上げる。どうやらこいつは気づいたらしい。
「そうか。楓太に限って言えば、他の探索者とは事情が違うのか。もしかして何か売れる物を作れるのか?」
正解です。そう。俺が焦ってないのもそういうことなんだよ。
さっきの話は、あくまで戦闘職のジョブを得た探索者の話。だが俺は〈錬金術師〉。生産で稼ぐことも出来る訳だ。という訳で、ジョブを取得してからいろいろ調べました。
「〈錬金術師〉でも作れる低級ポーションなら、この草原の材料で作れるらしい。んで、これ一本三万で買い取ってくれるそうだ。ちなみに店売りだと五万で売ってます」
「まじで!? めっちゃ儲かるじゃん! ていうか店売り高いな! 低級なのに!?」
うん、ビビるよな。俺も知った時はびっくりしたよ。
でも、話を聞けば納得なんだよな。
「低級っていうけどな。欠損とかは無理だけど、大抵の外傷なら時間はかかるけど治せるんだと。それでこの低級ポーション、俺らみたいな初心者はもちろん、中堅の探索者も普通に使うから需要がある。でも生産職は少ないから常に品不足」
「それでその額か。当然と言えば当然だな。もし楓太が居なかったら、僕らも緊急用に買わなきゃならないことを考えると、これほどの優位性はない」
「売って金を稼げるし、買わずに自分で調達できるから出費がない。……え? どこが不遇? 〈錬金術師〉ってかなり有能じゃないか?」
目を瞠ってこちらを見てくる川辺に、優越感で満たされる。んんんんっ! もっと褒めてくれてもいいんだよ?
が、冷静になるとやはり今だけだよなぁと気づく。
「真面目な話、スタートダッシュで躓かないってだけだよ。生産職の中では不遇ってのも変わらないし、少しレベルを上げるだけでこの優位性も無くなるからな」
現環境の生産者の強みが、新米探索者のネックを打ち消したってだけだ。
金にはすぐに困らなくなる。そうなったら必要なのは強さだ。俺には肝心のそれがない。なんとかしてそれを手に入れるか、それに代わる何かを手に入れない限り、こいつらにはついていけなくなる。
そのあたりを説明したら、二人は黙ってなんとも言えない表情で顔を見合わせている。
置いていくことになるよな~、とか思ってんのかな。やっぱり。
「そういう訳だからさ、金の問題は解決できる。魔物を狩ってレベリング。疲れたらポーションの素材集めに切り替えて、また狩るか無理せずに帰宅。しばらくはこれでどうだ? ちょっと悠長かもだけど、俺らは俺らのペースで無理せずにやればよくないか?」
「……あのさ、ポーションの分の利益はお前が多めに取れよ。お前が作るんだし、俺はちょっと報酬に色をつけてもらう程度でいいから」
「うん、僕もそれでいいよ。その代わり、申し訳ないが怪我をしたらポーションは使わせてほしい。なんだったら稼げるようになったら、それまでに使った分は返すから」
「はぁ、なんだよそれ? それじゃあ意味ないし、そもそもパーティーで稼ぐんだから山分けに決まってるだろ」
「いや、だけどさ……」
たぶん、いつか別れるからっていう罪悪感。もしくは友人だからこそのしっかりとした線引き、気遣いからくる提案だろうけど、そんなこと考えないでほしい。
短い付き合いになってしまうかもしれないからこそ、対等な仲間という関係で冒険をするというこの経験まで失うのは嫌だしな。
「よく分らんけどさ、申し訳ないとか感じるなら薬草を集めるのを手伝ってくれ。結構数が要るから。あと俺の護衛な」
「……分かった。護衛は任せろ! 俺が守ってやるわ!」
「薬草なら僕でも運べるし、大量に集めようか。ストックはいくらあってもいい」
それはその通り。というかアイテム作成は基本、ダンジョンの外でやることだしな。材料が足りないからと一人で休日にダンジョンに潜るなんて今は出来ないし、作り切れないくらい集めたほうがいい。
歩き出した川辺が、辺りを警戒しながら俺に聞いてきた。
「で、薬草ってどんなのだ? すぐに見つかるのか?」
「うん。草原ならちらほら見つかるらしい。薬草って言っても一種類だけじゃなくてさ。回復薬に使える種類の植物なら何でもいいんだってよ」
ちなみにこの薬草の配分だったりで、ポーションの効果が変わってくるらしい。
「はー、分類で調合出来るタイプね。ゲームだったら楽でありがたいやつだ」
「分かる。きっちり指定されているレシピはこの素材一個だけ足りない、とかでその為だけにダンジョンに入るとか、よくあるよな」
無理ではないけど面倒なやつ。そしてそういう時に限って出てくるんだ。妖怪一足りないが。アイツは攻略法がない分ボスより厄介。
「ん? もしかして素材の勉強をしてきたりする?」
「当たり前だろ。でないとどれが素材とか分からんわ。とはいえ全部は無理だから、とりあえずポーションに使える素材だけな。〈薬師〉みたいに【植物鑑定】があったらそんな勉強すらしなくてもいいんだが」
生産職にはそれぞれの素材に関する鑑定スキルが標準で備わっているらしい。たとえば〈薬師〉なら植物素材を扱うから【植物鑑定】だ。
「〈錬金術師〉の場合だと、最初は鑑定系スキルを持ってないんだ。でもあらゆる分野のアイテムを扱うせいか、後から【鑑定】スキルを習得することはあるらしい」
「そういう所でも汎用性の高さによる弊害が出ているということか。努力次第であらゆる素材の鑑定ができる、と考えれば釣り合いが取れてはいるが……いや、しかし待てよ。今の段階でポーションだけでもこれだけ……いずれ装備も……」
伊波はブツブツと真剣に〈錬金術師〉について考えているようだが、正直考えるまでもないぞ。なんだったらそれこそ〈薬師〉の方が良かった。
「で? 薬草の材料ってどんなやつ? 教えてくれないことには手伝えんわ」
「それもそうだな。分かりやすい奴もあったけど、その辺の雑草と変わらないような奴もあったからな。それは結構見分けが難しい」
「へぇ。んじゃあこれとかが薬草の可能性もあるの?」
川辺がその場に屈み、本当に雑草にしか見えないものを引き抜いて見せてくる。
――〈痺れ草〉。
「あっ、川辺待て! それ〈痺れ草〉っていうらしい。捨てろ捨てろ!」
「げっ、毒草かよ!? やべっ!」
ポイッと躊躇な〈痺れ草〉を捨て、川辺は自分の手を見つめる。
「大丈夫かな? 別に痺れはないけど……」
「どうかな? よっぽど危険だったら講習とかで説明があるだろうし、もしかしたら効果の弱いやつなんじゃないか? でも気を付けるにこしたことないし、知らない物に触らないようにしとけ」
何気なく触った物が致命傷に、なんてことがこれからあるだろうしな。今の内にそういう癖は付けた方がいいだろう。特に川辺はメイン盾な訳だし、倒れたら困る。
川辺の体調に注意していた俺達とは違い、伊波はじっと捨てた毒草を見つめ、何気なく言った。
「楓太。毒草のことも調べていたのか? さっきは薬草で精一杯と言っていたのに」
「はぁ? してるわけないだろ。薬草だけでも種類が多いのに、毒草まで――」
…………あれ?
「何で俺〈痺れ草〉のことが分かったの?」
「それが気になったから僕が聞いているんだが?」
「いや、本当に毒草のことなんか……ん? んんんん??」
分からないことが分かる? これって――
反射的に自分の中に意識を向ける。そして、頭に浮かぶ言葉。
【スキル】――【植物鑑定】
――はっ? いや待て、おかしい。何で?! いくらなんでも早すぎ……って待て!
〈ジョブ〉――〈錬金術師〉〈鑑定士〉
「――はぁあああああ!? えっ、なんで!? なんでぇ!?」
「おわっ!? びっくりした!」
「どうしたいきなり叫んで。何かあったのか?」
何があったか、なんてレベルじゃねぇよ! 何でスキルすっ飛ばしてジョブ生えてんだよ! しかも〈鑑定士〉!?
あまりに驚きすぎて肩から力が抜ける。本当になんなのこれ。どうなってんの?
「なぁ、本当にどうしたんだよ急に。いきなり慌てだして気持ち悪いぞ」
「そうだ。ここまで積み上げた君の評価が一気に台無しになる行為だぞ。何かあったのなら早く言ってくれ」
「……なぜか【植物鑑定】のスキルだけじゃなく、〈鑑定士〉のジョブが手に入ってる」
「「――はぁ!?!?」」
ほら、そういう反応になるよな。
「えっ、あっ。さっきのレベルが上がった時か?」
「たぶんそうだよな? 身体の変化しか気にしてなかったから……新しくジョブを取得してるなんて気づかなかった……」
「それが普通だろう。レベル二で二つ目のジョブなんて誰が考える。しかし〈鑑定士〉とは、これはまた……」
複数のジョブが手に入る、というのはよくある話だ。実際、俺は戦闘系のスキルかジョブを取得することで、〈錬金術師〉でもこいつらに追いて行ける可能性を考えていた。それこそが俺の希望だった。
しかし、この低レベルで二つ目のジョブなんて考えもしなかった。しかもその貴重なジョブ枠が、よりにもよって〈鑑定士〉って――!
「なぁ。〈錬金術師〉って素材の鑑定が全部出来るようになるんだよな?」
「ああ、そうだな。そして〈鑑定士〉は……」
「やめろ。分かってるから止めてくれ。トドメを刺してくるな……!」
〈鑑定士〉――あらゆるものを鑑定することが出来る特殊職。
商品、素材、それらの価値を正確に見抜き、作品によっては“えっ?! 鑑定士が最強に!?”とか、“えっ!? 鑑定でここまで見抜けちゃうの!?”というざまぁ系主人公によくあるジョブだな。中には鑑定から未来を見る、なんていやそうはならんやろ、みたいなチート能力になったりするし。
だが、この世界の〈鑑定士〉はそんなチートジョブではない。それはなぜか?
口にも出したくないことを、川辺が確認する。
「〈鑑定士〉って、【人物鑑定】とか【魔物鑑定】みたいなスキルはないんだよな?」
「ないね。素材鑑定と、あと美術品や骨董品の鑑定は出来るようになるらしいけどね。ある意味、本来の鑑定士としては正しいが……」
「肝心なのは魔物の情報だろうが……ッ! ダンジョンで〈鑑定士〉を手に入れて何でそれが出来ないんだよ……ッ!」
そう、これなのだ。〈鑑定士〉の最大のガッカリ感は。
このジョブが確認された時、これは絶対に重要だぞと誰もが意識していた。
あれがある。絶対に覚える。覚えない訳がない。皆が当然のようにその時を待っていた。
しかし実態が明らかになるにつれ、あれっ? と首を傾げるものが増え、ついに探索者協会の公式にてスキル情報が発表された時、“いや無いんかい!”というツッコミがネット上で吹き荒れた。
期待させるだけさせといて、それを裏切った怒りにより〈鑑定士〉はこう呼ばれる。
――現状、最大の不遇特殊職。
「あくまでこれも探索者としてはって話で、〈錬金術師〉と同じように協会から素材の鑑定で引っ張りだこらしいから、そう気を落とさなくてもいいんじゃないか?」
「お前、ますます協会職員へのルートが固まっていくな。まるで進めば進むほど、探索者を辞めろと言われているかのような……」
「止めろ。そんなに俺を泣かせたいか?」
探索者になりてぇんだよ、俺は! 決して公務員じゃねえんだ!
「美術品とかはともかくさ、素材鑑定は〈錬金術師〉でも出来るようになるんだろ? ビルド的には失敗だよな。出来ることが重なっちゃってんじゃん」
「それはそうだが、〈鑑定士〉は初期からあらゆる【鑑定】スキルがある。本来努力しないと習得出来なかったところをショートカット出来たと思えば、まぁなんとか……」
「下手な慰めはよせ。余計みじめになる」
「……そうか。じゃあ本音で言うわ。不遇生産職に不遇特殊職とかやべぇなお前。クソにクソを重ねてより大きなクソになってんじゃん。超ウケる」
「まさかこんな二重の極みがあるとは。君、いつ破戒僧に弟子入りしたの? でもこんな使われ方されたらお坊さんも泣くよ?」
「その前に俺が泣くぞ?! 慰めるなと言ったが虐めろとは言ってないんだわ!」
本当になんで俺ばっかりこんな目に。
殺してやる……殺してやるぞダンジョンマスター……ッ!
まだ見ぬダンジョンマスターに殺意を燃やしつつ、二人のからかい交じりの慰めを受けながら、この日は薬草をたっぷりと回収してダンジョンを後にした。
正直、ショック過ぎてこれ以上は探索の気力が湧かなかった。
♦ ♦
【探索のヒント! その五】
〈駆け出し探索者の金銭事情〉
探索者は稼げる。これは紛れもない事実である。
トップ層の探索者であれば、年収にして数億もの大金を稼ぐ。中堅ですら数千万半ばに届き、レベル十に満たない者でもサラリーマンの平均年収程度は超えてくる。
生まれ育ちも関係ない。誰もがそれだけの金を得る可能性がある。その為、探索者になろうとする者が後を絶たない。
――が、それはあくまでも稼げるようになってからの話。
そこに至るまでの駆け出しと呼ばれる時期の労働環境は、過酷を極める。
浅い層で手に入る素材を売却して得られる収入は、とても命を懸けたリスクに見合うとはいえない。ここから装備品、道具などの消耗品の補充、さらに食費、住居費といった生活費を考えると、まともに暮らしていくことすら難しい。
一人で探索すれば収入は上がるが、それだけ死のリスクが高まり、かといって人数を増やせば安全だが採算が取れなくなる。
金が無ければ生活ができない。ただでさえ命懸けの戦いというストレスを抱えながら、金が出ていくばかりの生活は確実に心を蝕む。戦いへの恐怖以上に、この現実という毒によって探索者を挫折する者が遥かに多い。
これを乗り越えるには、ジョブや仲間に恵まれるといった幸運。未来を見据えた確かな計画性。過酷な生活に耐える忍耐力。この全てが必要になってくる。そして、これらを全て持つ者は思った以上に少ない。
探索者は誰でもなれる。しかし、誰でも稼げるような簡単な商売ではない。
だからこそ――駆け出しにも関わらず収入に困らない生活が出来るとなれば、それは将来への道を確約されているようなものである。
もしそんなことが出来る者が仲間に居たら、その者はその仲間に対し、絶大な恩と信頼を寄せることになるだろう。




