第5話 不遇生産職
「とりあえず、お疲れさんでした。はい、カンパーイ」
川辺に合わせて、チンッ、と三人でグラスを重ねる。
思った以上に疲労が激しく、あの後すぐに講習を終え、とりあえず休める所で話そうと自然な流れで打ち上げとなった。
ちなみにここはチェーン店の居酒屋である。焼肉屋はこの前に行ったばかりだし、ついさっきまでやっていたことを考えたら、ね。生肉は見たくなかったのよ。
しかし、打ち上げだというのに全くはしゃぐ気分になれない。平日の夕方、働くサラリーマン達を酒の肴にして優越感に浸れる、この世で一番楽しい時間だというのにだ。
……いや、マジでそんな気分になれないんだよなぁ。
「まっ、なんだ。いろいろあったな」
黙って酒を飲み続ける中で、川辺がポツリと呟いた。
うん、と。どこか虚ろに、俺と伊波も続けた。
「思った以上に大変だったな。頭では分かっていたつもりだったけど、全然分かっていなかった。殺し合いってさ、怖いんだな」
「当たり前だろうと言いたいところだが、そうだね。正直、いろいろと舐めていた。僕が前で戦えるはずがなかったんだ」
「俺と楓太は分かってたよ。っていうか戦う前から気づけよ。止めなかった俺らも悪いけどさ」
「あの伊波が自分を鍛えたいっていうからさ、成長する子供を見守る親の気分だった。でもぶん殴ってでも止めてやるべきだったな」
「ああ、そうだな。全員の命が掛かってるんだから、たとえなんと言おうと意見を変えさせるべきだった」
「いや、あの時の僕に何を言っても無駄だっただろう。こういうのは経験しないと分からないものだ。君たちは悪くないから気にしないでくれ」
はぁ、と重い溜息が重なる。
――いや待てや!
「そこは本当に俺ら悪くねぇよ!」
「そうだ! 百パーお前が悪い! 現実見ろよ!」
「むっ。……まぁいいじゃないか。むしろこの段階で経験しておいて良かったと思わないか? 護衛もなしにあんな状況になったらそれこそ死人が出ていたぞ」
「それは俺らが言うセリフなんだよなぁ。お前が言うセリフじゃねぇんだよなぁ」
「その被害で俺が〈戦士〉になってんだからな? 次はないと思えよテメェ」
「す、済まない。本当に申し訳ない」
珍しく気まずそうにする伊波。あれだけの醜態を晒せばこうなるわな。
「ったく、しょうがないな。〈魔術師〉になったし、結果オーライでいいよもう。でもあれだよな。意外と魔物を殺すことには躊躇なかったな俺ら」
「それな。殺したくないとか一切思わなかったわ。いや、そんな余裕がなかったって感じだけど」
「魔物を殺すのは犯罪でもないし、そもそも向こうの方から殺しにきているからね。野生の熊に自分が襲われて殺したら可哀そう、なんて考えるバカは居ないだろう。大人しくしている家畜を捌くほうが罪悪感で迷うだろうね」
いったん喋り始めれば、皆どんどん口が軽くなっていく。言葉にするってやっぱり心が軽くなる行為なんだな。
そうしていつものノリが戻ってきた時、川辺が何気なく言った。
「にしてもあれだな。楓太が〈錬金術師〉は驚いたな」
「いやいや、当の本人が一番驚いているからね! 嘘だろって思ったわ。はははっ! …………そっかぁ。〈錬金術師〉か~」
「“今最も不遇な生産職”だったか」
伊波の言葉に、またなんとも言い辛い空気が流れた。悲壮感とかではないが、どうすればいいのこれ、みたいな。
どこか責めるように、川辺が伊波を見る。
「伊波……お前はほんとに……」
「川辺が先に言い出したんじゃないか。それにこれは避けては通れない問題だろう。誤魔化してどうするんだ。こういう時こそ現実を見ないといけない」
「だからそれをお前が言うなや! もうちょいこう、なんかあるだろ! なんか! クソみたいなハズレくじを引いた楓太の気持ちを考えろ!」
「庇うふりしてトドメ刺してくんじゃねぇ! 殺すぞお前!」
いや、茶化してくれるほうがまだありがたいけども! 言い方だよ! 言い方ぁ!
……しかし真面目な話、どうすればいいんだろうなこれは。
この世界のダンジョンにも、いわゆる生産職と分類されるジョブが存在する。戦闘ではなく物作りに特化したジョブだ。
戦闘職とは違い、戦いで役立つことはない。しかし生産職の手によって作られるアイテムは、戦局を左右するほどの力を秘める力があるというのは、サブカルを嗜むオタクであれば容易に察せられる。
実際、それは正しい。
〈薬師〉の回復アイテムや〈鍛冶師〉の装備など、生産職の手によってダンジョン素材で作られたアイテムは、科学技術で作られた現代の道具を凌駕する。
だから生産職も重要なジョブではあるんだ。なんだったら戦闘職よりも需要がある。
しかし、よりにもよって〈錬金術師〉かぁ……。
「“器用貧乏の生産職”。他の生産職と比べて、半端な効果のアイテムしか作れない」
「しかも生産に必要な素材の数が他の生産職と比べて多く、コスパが悪い」
「やめろやめろやめろ! 次から次へと嫌な情報を並べるな! その代わり一人でいろんなアイテムが作れる長所があるだろうが!」
二人の言うことは正しい。苦し紛れに利点を言い返すが、それにしたって欠点がでかい!
例えば〈回復薬〉だ。生存率を上げる探索の必須アイテム。もはや説明する必要すらないだろう。
これは薬に分類されるので〈薬師〉が得意とするアイテムだが、同じ物を〈錬金術師〉も作ることが出来る。
しかし、効果で言えば腕の良い〈薬師〉の方が一回り、二回りは良くなる。専門のアイテムを生産する際にプラス補正がかかるようなスキルが存在するらしく、その分〈錬金術師〉の作るアイテムが劣るのだ。一定ラインは超えるので最低限の性能はあるのだが、良い物と比べると、まぁ。
そして生産の必要素材数。こちらもスキルに必要素材数減少といったものがあるらしく、それに比べると〈錬金術師〉は多く素材が必要になってしまう。リアル目線で言うと、この効果はマジでデカい。なんせ収入に直結してくるからな。
アイテムの効能とコストパフォーマンス。この点において〈錬金術師〉は専門の生産職に勝てない。
あらゆるアイテムを作れるが、この問題はどのアイテムでも同じであるわけで――
「“器用貧乏の生産職”。確かにその通りだ。〈錬金術師〉を現すのにこれ以上相応しい言葉はない」
「ただまぁ、言われているほど酷い扱いでもないってのは幸運だったんじゃないか? 東さんの言うことだし、間違いないだろ」
「ぬぐぐっ……それは……そうなんだけど……」
そうだな。そこがせめての救いか。
ネットでは散々な言われようなのだが、東さんの話だと協会での〈錬金術師〉の評価はむしろ高いらしい。
というのも、そもそも生産職自体が少ないのだ。なぜか最初に獲得できるジョブで、生産を取得できる人はほとんどいない。全体の数%くらいらしい。いやマジで少ないな。
腕の良い悪い以前に、アイテムの需要に対し供給が足りていない。ぶっちゃけ性能を求めるのは贅沢すぎる話で、アイテムがあるというだけでありがたいとか。
そんな中で、効能が並みで必要素材が多くなるとは言え、あらゆるアイテムが作れるフリーの〈錬金術師〉が居たらどうなるか?
結論。どこの協会でも歓迎される。数が足りていない現状、専門性よりも汎用性のある能力の方が求められるのだ。
「実際、協会に報告したらお前だけ熱心に勧誘されたもんな。あれは正直羨ましかった」
「そうだね。僕も一度でいいからチヤホヤされてみたいものだ」
「確かにちょっと嬉しかったけどさぁ……」
協会の職員という立場のある人達から、是非うちの~なんて詰め寄られたら、そりゃ舞い上がる気分だったよ。
でもさぁ……!
「何が不満なんだよ。死ぬ危険もない。給料も良さげ。公務員という社会的地位も手に入る。良いこと尽くめじゃんか」
「分かってんだろうがお前っ! 俺はお前らと冒険したいんだよ!」
給料はともかく! 危険だの公務員だの考えるんだったらそもそも探索者なんか目指さんわい!
俺の叫びに、二人はおかしそうに笑った。
「分かってるよ。冗談だよ、冗談」
「しかし、そうなるとなおさら問題がある。単純に楓太がついて来れない可能性が高いということだ」
「だよなぁ……!」
そう、そこが一番の問題。生産職は単純に弱いのだ。
生産職のくせに戦闘職より強い、みたいな定番の展開がある。だが、少なくともこの世界においてそれはない。生産職はマジで弱いらしい。
「ほんの少しレベルを上げるだけで、戦闘職についていけなくなるとか?」
「ああ、東さんにも確かめた。マジで生産職は弱い。レベルを上げても身体能力があまり変わらないらしい。だからダンジョンに潜っている奴は一人も居ないってよ」
聞いて驚け。なんと〈魔術師〉の身体能力にすら普通に負けるそうだ。俺がこんなモヤシに負ける時が来るだと? 何の冗談だよ。
考え込んでいた川辺が、真剣な表情で言う。
「生産職をパーティーに入れるってことを考えると、逆に〈錬金術師〉であることは利点だよな。前線で必要なアイテムを生産できるってのはデカい」
それはその通りだ。生産における汎用性の高さが最大限活きると言っていい。
でも、それも最低限の強さがあっての話だ。
「戦闘で役に立つどころか、文字通りついていくだけでも精一杯。いくらアイテムを作れるからって、そんな奴を連れていけるか? 貴重なパーティー枠を潰すことになるし、実質お前ら二人だけで戦うことになるんだぞ?」
「「…………」」
いや、黙るな黙るな黙るな。
本気で苦い顔しないでくれ。俺はそれでもついて来いって言って欲しかったんだよ!
「へっ、へへへっ。まぁ、二人に限って俺を置いていくなんて、ねぇ?」
「――悪いな楓太。このパーティー二人乗りなんだ!」
「ま、まぁ川ちゃま! 駄目でザマス! そんな意地悪をしては!」
「とりあえずだが、楓太はこれから餃子と名乗るべきでは?」
「はっ? 餃子? なんで餃子……あっ! チャ〇ズってこと?!」
「楓太は僕が置いてきた。修行もしてないしハッキリいってこの闘いにはついていけない」
「陰湿なイジメは止めろ! マジで泣くぞ?!」
実際、置いて行かれそうで今本当に泣きそうだからな!
この歳になっても仲間外れは本気できついからな!
俺の反応に満足したのか、笑いながら川辺は言う。
「安心しろ。いきなりお前を外すってことはしないよ。それは実際、どれだけのもんなのか確かめてからでも遅くないだろ」
「そうだね。やってみれば意外といけると感じるかもしれない。レベルが上がれば戦闘用のスキルを覚える可能性もある」
「それは……どうなんだ? 今の所、そんな話は東さんも聞いたことがないらしいし」
「そんなの分かんねぇじゃん。レベルを上げている生産職が居ないんだから、可能性はあるぞ。こうっ、パンッと手を叩くだけで地面を変化させることが出来るようになるかも」
「それを出来るようにするには実の弟と手足を失う必要があるんだが……」
「錬金術師は強い、っていうのが定番だから、ないとは言い切れないぞ。錬金術師とか言いながら、ほとんど魔術師みたいなキャラなんかごろごろいるじゃないか」
「それは確かによく見るけどさ~。本当にそうだったらどれだけ良かったか……」
とりあえず、いきなり追い出されるということはないらしい。良かった。追放ザマァ系主人公のルートを辿ることは避けられそうだ。
密かにほっとしていると、ただ――と、川辺は言った。
「俺達はお前を無理に追い出すなんてしないけど、あくまで最初だけだぞ? これ以上は無理、そう感じたら……」
「ああ、それはもちろん。分かっている」
俺だって分かっている。ただ、試す前から終わるのは嫌だって話だ。
もちろん、三人で冒険はしたいと思っているし、置いて行かれたくないってのはあるが。
それ以上に、俺の我儘でこんな良い奴らを失うのは、もっと嫌だ。
「お前らに言われる前に、俺の方から言うよ。そこまで迷惑はかけられないからさ。とりあえずレベル五……十……いや、十五まで」
「増えてる増えてる。どこまで寄生する気だお前」
「やはり厳しい目で見よう。どうせダンジョンが駄目でも協会に拾われるんだ。見捨てても心は痛まない」
「嘘だよ! ちょっとした冗談だろうが! マジっぽいこと言うのは止めろ!」
その後は重苦しい空気になることもなく、下らない話で打ち上げを楽しんだ。
どうせ明日、明後日は筋肉痛で動けなくなる。という訳で三日は様子見。ダンジョンはそれ以降ということで別れる。
この判断は正しく、一日遅れで来た筋肉痛のせいで、ピッタリ休みを使い切っての探索になった。三十台の衰ぇ……。
♦ ♦
「なぁ。実際どう思う?」
打ち上げ後、一人だけ乗る電車が違う楓太と別れ、川辺は伊波に問う。
何を、とは聞かなくても分る。楓太のこれからのことだろう。
「正直、難しいだろうね。戦える生産職。そんな人が居るなら、とっくに噂になっている」
「だよなぁ」
もちろん応援しているし、そうなって欲しいとは川辺も思っている。しかし、現実的に考えればまずありえない、ということは分かっていた。
創作のように主人公が特別で、不遇職が思いもよらないルートを発掘なんてまずない。今の時代、ダンジョン関連の情報は探索者協会から大っぴらに発信されている。
ましてや、検証をしているのは自衛隊などの国の組織。都合よく抜け穴がある訳がない。
「でも、楓太ならもしかしたら、とも思ってる」
「ふ~ん。なんで?」
「昔から、楓太は勿体無いと感じる時があった。人から信頼される良い奴だし、頭も悪くない。ただ控えめというか、遠慮するところがある。立場が人を作るって言うだろ? いっそリーダーに据えれば結果を出せるような、そんな奴なんじゃないかと思ってたんだよ。まぁ僕と同じでそういうタイプじゃないし、そんなことはなかったけど……」
ただ、今は違う。
「探索者っていう、本気でやりたいと感じる仕事を自分から選んだんだ。そして会社員じゃなく、探索者っていう個人事業主だ。全ての責任が自分にかかってくる立場になった。となれば、アイツは本気でやると思う。僕らについていくために何をすべきか、死に物狂いで考えて行動するよ。そうすれば、もしかしたら本当に――っていう期待感がある」
「ああ。確かにアイツはそういうとこはあるな。追い込まれないとやらないけど、そのくせやれば出来るっていうか。……こうして聞くと腹立つな。最初っからやれよっていう」
「あと、よりにもよって楓太が〈錬金術師〉を取れたというのが少し気になる」
ん? と不思議そうにする川辺に、伊波は言う。
「僕が取るならまだ理解できる。だが、楓太だぞ? 運動神経もあって、前衛で戦うことが嫌ってわけじゃないやつだ。本人もそのつもりだったし、実際〈戦士〉になっていたら頼りにしていた」
「ああ~確かに。アイツ無駄に器用で運動神経は良いんだよな。今日も一番動いていたし」
「そう。なのに取ったのは〈錬金術師〉だ。ここまでくるとさ、ダンジョンの意志みたいなものを感じないか? もしそんな物があるんだとしたら、何か壮大な理由があったんじゃないか。そして、それはとてつもない力になるんじゃないか。そう思うと確かめてみたくならないか?」
「……本気で言ってる? 本当にそんな運命めいたものがあるって?」
「あったらいいなと思うけど、今のはこじつけみたいなものだよ。だから結局さ――僕も三人で仕事したいって思ってるだけだよ」
「ん、だよな」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
そう。結局のところ理由なんてどうでもよい。
友人と遊べるこの状況を続けられるのなら、僅かな可能性に懸けたくなるものなのだ。
♦ ♦
【探索のヒント! その四】
〈錬金術師〉
ダンジョン素材を使用することで、分野を超えてあらゆるマジックアイテムを作成することが出来る生産職の中で最も汎用性の高いジョブ。
が、種類を問わずアイテムを作れる分、専門家に比べれば素材の使用量が多かったり、効果が薄かったりと劣る部分もある。
便利ではあるが、専門家には届かない。現状、器用貧乏的な扱いを受けるジョブである。が、それはあくまでも能力のみを見た場合の話。
ところ変われば評価も変わる。生産職が少ない現環境において、本職に劣るとはいえ様々なアイテムを作れるという利便性の高さにより、探索者協会や探索者製品関連企業からの好待遇の勧誘が後を絶たない。
つまり、現状ある意味で一番美味しいジョブであると言える。もし取得できた者は、生活に困ることはまずないだろう
しかし――〈錬金術師〉のポテンシャルはその程度ではない。
器用貧乏と評されてはいるが、異なる分野の生産が可能であるということは、魔力を用いた創造、その根幹に流れる技術に触れやすいということでもある。そして、それを全てのアイテム作成に流用できるという意味でもある。
錬金術を極め、生産職の秘奥に届いたとしたら、最早その者に作れぬ物は存在しない。
人知を超えた秘宝、果ては生命の創造でさえ可能にする――神に並ぶ存在になるだろう。




