第48話 小畑会団結!!④
「東さん。そういった欺瞞はもう止めましょう」
「ぎ、欺瞞? 一体どこが――」
「分かっているのでしょう? 既に秩序は崩れつつありますよ。サトウ氏の存在でね」
ぐっ、と東さんは息を呑んだ。
それは、彼自身が自覚しているからに他ならない。
「単独で自衛隊を撃退し、議員に再起不能の危害を与えた。にも関わらず、サトウ氏は探索者として活動を続けている。これは国にサトウ氏を止める力がなく、放置するしかないという何よりの証拠。そして、力が有れば誰しもがサトウ氏と同じことができ、それが許されてしまうということを証明しています」
「それは……いや、しかし……!」
「今はまだサトウ氏の存在が公になっていませんが、サトウ氏の存在を知っている者は、既にそこを目指し始めている。この先、サトウ氏や森山さんに匹敵する実力者は必ず現れる。時間の問題なんですよ。遅かれ早かれ、強者は法から逸脱するという社会になる。そして、国にそれを止める術はない!」
「ぐっ! ……た、探索者にではなく、国にノウハウを渡せば」
「寝ぼけているのですか、東さん。そもそもホムンクルスに規制を掛けられないようにするための方策ですよこれは。渡す訳ないでしょう? だいたい国ほど信用できないものはない。そんなことをすれば取り上げられて楓太まで拘束されるのがオチです」
ありえる。何らかの理由を付けて利益を吸い上げることくらい平気でやってきそうだ。やっぱり国に俺の情報を渡すのは無しだな。
「東さん。貴方の日本を、社会を守ろうという気持ちは分かります。ですが勘違いをしないで欲しいのは、僕は何も秩序を壊そうとしている訳ではないということです」
「い、今まさにその提案をしているじゃないですかっ!」
「現実を見てください。国に秩序を保てる力は既にないんですよ。そう遠からず必ず崩壊する。であるならば、そうなる前にこちらでコントロールすればいい!」
伊波は改めて皆を見回し、告げた。
「契約書によって犯罪行為を縛り、探索者の暴走を抑止する! 会員に渡す情報を厳選し、良識ある探索者は上にあげ、信用のない物はそこそこのレベルで留める! そうやって全探索者を掌握し、暴力という名の権力をこちらで制御する! 会の外で暴れる者は国の手に負えないのなら、小畑会の圧倒的な力で正義の鉄槌を下す! そうして日本の平和を守る!」
バッ、と両手を広げ、伊波は天を見上げながら言った。
「これぞレベリングの情報を餌にした探索者掌握計画! 名付けて――【小畑会にあらずは探索者にあらず】! 探索者による新世界の秩序は僕が作る! フフッ、フフフッ、フハハハハハハハハハハ!! ――あ。失礼しました。僕が作るではなく、僕達が作るでした」
最後に冷静になったようだが、完全に悪役のそれだよお前。
こいつをここまで恐ろしいと思ったのは初めてだ……。
ゴホンッ、と咳払いをして、伊波は改めて皆を見回した。
「まぁ実際のところ、全探索者までこの計画に取り込むかは状況次第です。ですがこの場に居る皆さんと、心当たりのある善良な探索者。この辺りを巻き込んでレベル上げをするだけで、国は手を出せなくなります。これの良い所は、本命である【人工生命体創造】のスキルから目を遠ざけることが出来る点。何人もの強者が現れば、嫌でもその方法に注目せざるを得ないですからね。そしてその頃には既に、楓太が好きなだけホムンクルスを作れる下地が出来上がっているはず」
如何でしょうか? 伊波の問いかけに、誰もが黙り込んでいた。先ほどまでの騒いだ姿が嘘だったかのように、まるで置物のようになっている。
沈黙の緊張感に耐えられなくなったのか、チヨちゃんと七緒ちゃんが耳元で話しかけてきた。
「だ、大丈夫なんですか? なんか反応悪いですけど」
「メリットは大きいと思いますけど、やっぱり国に逆らうような真似は不味いですよね?」
「うん、それはあるんだろうね。でも心配は要らないと思うよ」
誰だって国という最大規模の組織を相手にするなら、躊躇はするだろう。
しかし、伊波の方策はメリットが大きい。勝算も、賭ける価値も十分にある。
そしてなにより、ここに居る人達は俺達とは比べ物にならない程――探索者だ。
「――ヒヒッ」
勝算があるのなら。掛ける価値があるとすれば――たとえどんな敵であろうと戦いにいくだろう。
「ヒヒッ、ヒヒヒッ――ヒャハハハハハハハハハ!!」
突然、トシさんは立ち上がって狂ったように笑いだした。
そして俺達の方へ顔を向け、高まったテンションで言う。
「面白いもんを見せてくれると思っていたが、まさかいきなりこんな話を持ってくるとはな!! スゲェよ、面白すぎるぞお前ら!! 最高だぜ!!」
「品がない声で笑い過ぎよ。少しは落ち着きなさいな」
「落ち着けぇ? こんな話を聞かされて落ち着けるかよ! それに品がねぇだぁ? そう言うテメェも、いつになく下品な顔をしているぜ」
窘めたミライさんはトシさんに言い返されるが、これまでと違い喧嘩になることはなかった。
トシさんが言った通り、ミライさんもまた、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべていた。口元を手で隠しつつも、その表情は誤魔化しきれない。
「フフッ、フフフフッ! あらやだ、いけないわ。でも駄目ねこれ。隠せって方が無茶だもの」
「確かにな」
クククッ、と。くぐもった声で、世永さんが獰猛に笑った。
「ホムンクルスでハーレムを作りたいから、なんて俗な夢を叶える為に立てた計画が、探索者を利用した日本の支配だもんな。そんな理由で立場を取って変わられたと知ったら、世の権力者は憤死するんじゃないか?」
「でも、仕方ないですよね? だって力がないのが悪いんですから」
真面目なマサ君でさえ、随分と悪い顔をしていた。
そんなマサ君を見て、タケさんも笑う。
「おいおい、マサ。お前には東と一緒にブレーキ役を頼んでいた筈だが?」
「ええ、そうですね。ですが勝てると分かっている勝負でブレーキとか要ります?」
「要らんわなぁ。むしろここで止めようとしたらぶん殴って黙らせていたわ」
「ホムンクルスの嫁が貰えればいいと思っていたが、まさかこんなデカいおまけがついてくるとはなぁ……!」
「私ね。昔から思っていたのよ。何でこの私が、国如きに従わないといけないのかって。むしろ私の為に奉仕しなさいって。――その願いが叶う時が来るとは思わなかったわ」
――キヒッ! ギヒヒッ! ウフフッ! ギャハッ!
ミライさんの最後の一言を合図に、悪意のある笑い声があちこちから洩れてきた。
それは、俺達の行き先が決まったことの証明だった。
「まさかこんな大それたことに参加する時がくるとはね。国に逆らうようで、心が痛いわ」
「マホちゃん~……それは違うよ~……これは秩序を守るための戦い~……そう、むしろ正義なんだから~……!」
「埼玉を拠点としている奴らで、信頼できる奴らが居る。誘っていいよな?」
「私も。女の探索者繋がりで何人か誘いたい子がいるわ」
「俺の地元で、従弟が探索者をやっているんだ。活動場所は遠いが、仲間集めが目的なら教えても良いよな? いろんな地域に仲間がいた方がいいだろ?」
「それだけじゃなく、敵に回したくない奴らも積極的に声をかけるべきだよな。もちろんモラルの有る奴らに限るが」
「むしろこの際、間引きの候補になっている奴らは纏めて審査しようぜ。更生するならよし。駄目なら今の内にやっておいたほうがいいだろう」
「レベリングを見られないようにどうするべきかを今の内に考えておかないとな。情報が漏れるとしたらそこだ。始末することも視野に入れんといかん」
次々に意見が出て、どんどん話しが進んでいく。
もはや俺の手がなくても勝手にやることが決まっていきそうだ。
そんな探索者の先輩たちを見ながら、七緒ちゃんが怯えたように呟いた。
「もしかしなくても、とんでもないことになるんじゃないでしょうか……」
「いや、完全に悪党の雰囲気だけどさ、頼りになる仲間だから」
そもそも探索者なんて本質的にはチンピラと変わりないから。ちょっと攻撃的な部分が見えてしまっているだけだろう。常識人な俺達が少数派なだけだ。
いずれ全てがバレて俺達に恨み妬みを向ける奴らもいるかもしれないが、結果的には真なる秩序と平和を作り上げることになるんだ。問題ないだろう。
その頃には何も出来ないだろうしねぇ! 僕達強いからねぇ!
まぁ、ともあれ、だ――
「伊波の独断には驚いたが、これで計画の《《第一段階》》は達成できそうだな」
「ああ。むしろこっちの方が有りだ。ここさえ乗り越えれば、誰にも俺達を止められない」
計画の全貌を知る川辺と俺は、静かにほくそ笑む。
この第一段階は目くらましであり、土台作りでもある。これを達成したその先にこそ、ホムンクルスの力が真に生きる時が来る。
くくっ、今からその時が楽しみだ。
「終わった……僕は、皆になんて言えば……」
「一緒に頑張ろうなっ! 東君!」
「僕達仲間だもんなっ! 東君!」
「このクズ共……ッ! 人の気も知らないで……ッ!」
皆がはしゃいでいる中で、一人だけ死にそうな顔で天井を見上げている東さんはとても印象深い。本当にどうしたんだろうなあの人。こんなにめでたい日なのに。
東さんを心配していると、クイッと袖を軽く引っ張られる。
いつの間にか、コミュ障お爺ちゃんが忍び寄っていた。
「日本がどうなろうと知ったことじゃないから、一日でも早く俺の嫁を作ってクレメンス」
「……俺の次でよければ、一番最初に作ってやるよ」
「サンガツ」
ブレねぇなぁこの人も……。
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【探索のヒント! その二十三】
〈東幹彦〉
警察庁警備局公安第五課(探索者担当)所属。
警察官であった父の影響からその道に進む。
若いながら早くもその才覚を認められ、父と同じ公安警察職員として推薦される。
公安として働くようになってからは一探索者として活動し、探索者における危険人物の情報収集、監視などの任務を主とする。
その任務中、今では誰もが知る世界的大企業OBATAの前身となる小畑会に潜入。以来、政府と小畑会との折衝役を務める。
実質的な日本の支配者、などと揶揄されるOBATAだが、一時期は本当にその座を取って代わろうと暗躍していたとの噂がある。
それを日本の守護者と呼ばれる大企業という立場に収めたのは、間違いなく東氏の影の奮闘があったからだと言われている。
もし東氏が居なければ、日本の社会は大きく姿を変えていたであろうことは想像するに難くない。
「私がいたからOBATAは一企業の立場に収まった、というがとんでもない。私は終始小畑さんに……あの三人に振り回され続けていた。私は何もできなかったと言っていい。――いや、マジで。
あの三人がモラルのある人達だから良かった。だからこそOBATAは今の形で留まってくれた。まぁ、一人本気で危ない人が居たけども……。
あの人達には手を焼かされ、私は散々迷惑をかけられたが……なんだかんだ彼らと関わってワクワクした自分もいる。
憎もうにも憎めない。本当に困った人達だった。でも正直何度ぶん殴りたくなったか分からない。やっぱり恨みの方がでかい気がする」
晩年、東氏はこう漏らしていたというが、やはりそれが謙遜であったことは言うまでもない。
現役であった頃、彼はとある時期から〈錬金術師〉お手製の胃薬を手放せなくなった。このことから彼がどれだけのプレッシャーに晒されていたのかが察せられる。
日本の未来を左右する組織と国家との板挟み。それが想像を絶する重圧であることは間違いない。




