第47話 小畑会団結!!③
「経験値見えんの!? 楓太、俺それ聞いてないよ!?」
「あ、ごめんなさい。伝えるタイミングが無かったもので。あと、正確には経験値じゃなくて魔力値です」
「どっちでもいいわよそんなの! じゃあ本当に見えてるのね!?」
「というか次の必要経験値まで!? そういうタイプだったのかこの世界!」
「下手すりゃホムンクルス以上にヤバい情報じゃねぇか! つぅかタケはなんでそんな大事なこと把握してねぇんだ!?」
「お前保護者だろうが! ちゃんと把握しとけよ! 無能か!」
「誰が無能だ殺すぞ! というか別に保護者じゃねぇよ! 俺に責任求めんな!」
「ちょっと待って! そもそも【人物鑑定】って何!? 小畑さん〈鑑定士〉も持ってたの!? 聞いてないんだけど!?」
「それはお前がその程度の実力しかないからあえて伝えてないだけだ」
「はっ? なんだぁテメェ……!」
――バンッ!!!!
皆が騒ぎ立てる中、テーブルが割れんばかりの音が鳴り響いた。
全員の注目を集め、音を発したミライさんはドスの聞いた声で命じた。
「気持ちは分かる。だが、座れ」
『はい』
あまりにもおっかなくて、素直に全員が従った。
彼女が恐ろしいのはもう十分知っている。だが、今のミライさんからは余裕が感じられず、なおさら怖かった。
「楓太君。一応聞くけど、嘘じゃないのよね?」
「もちろん。実際俺達はこの【鑑定】でスライムを狩り続け、二週間でレベルを5から10まで上げました」
まぁ、最後のレベル10はボス部屋だけどな。でもスライムで上げ続けたのは事実だし間違いではないだろ。
それに生産日含めて二週間経ったってだけで、実質的にダンジョンに潜ったのは数日だ。それを考えるととんでもないな……。
「二週間、それもスライムをわざわざ……そう。己で実践してみせた訳ね」
呆然としてミライさんが呟く。それを聞いた他の人も、大なり小なり驚いている。それだけありえない速度だと気づいたのだろう。
「本当にとんでもない情報を隠してくれたわね。だけどこれは……」
「ええ。やれる。やれますよ、これ」
口元を手で隠しながら抑えながら、マサ君は言った。それは、興奮する自分を抑えるようだった。
「経験値を数値化、把握出来るのだとしたら、明確な計画が立てられる。それなら稼ぎを二の次にして、集中してレベリングする価値がある。おそらくこれまでの数倍――下手したら十倍以上レベル上げの効率が上がります。それこそここに居る全員が、サトウさんや森山さんに追いつくのも夢じゃない。もしこれを小畑会で独占できるんだとしたら……ッ!」
そう、この情報アドバンテージを守り続けるだけで、小畑会とそれ以外とで絶対的な格差が出来る。
国からの干渉を避けるだけでなく、探索者として優位を保てるんだ。誰にも気づかれていない今だからこそ、それが出来るしやる価値がある。
「ま、待ってください。流石に独占はまずくないでしょうか? 小畑会だけがそこまで強くなったとしたら、絶対に何かあると気づかれます。そしてその情報を独占していたと知られたら恨まれますよ。せめてある程度の強さまで至ったら、少しずつでも公開するなどの措置も必要かと。少なくとも国には先んじて伝えるべきでは? 国へ貸しを作るというのも一つの手かと」
ふむ、なるほど。東さんの意見も一理あるか。
言われてみれば当たり前の常套手段だな。妥協して交渉するか突っぱねるかの二択しか考えてなかったから、完全に頭から抜けてたわ。
やはり東さんだ。こんな状況でも慎重で冷静な人は頼りになる。
「それなのですが、僕もこの情報に関しては完全な独占ではなく、特定の人には渡していいのではないかと考えております」
「い、伊波さんっ! そうですよねっ。それが良いと思いますよ」
自分の意見に賛同され、東さんはどこかほっとしているように見える。でも伊波、ちょっと待て。お前、独占する方向で俺達と打ち合わせていたよな?
「国には完全に秘匿しますが、探索者には積極的に教えていく方向でいいんじゃないかと」
「なんでっ!?!?!?」
東さんは今にも目玉が飛び出そうなほど驚いていた。あんな東さん初めて見た。
いやでも、その驚きも分かる。流石にそれはないだろう。
「伊波、お前急にどうした? なんでそうなる? 貸しを作る為に国に流す、っていうのは分かるけど、小畑会以外の探索者に流したら、俺達のアドバンテージが消えることにならないか?」
「お、小畑さんの言う通りだと思いますっ! 断固としてそれだけは避けるべきかとっ!」
東さんは必死に伊波を説得しようとしている。が、伊波は話を聞いているのか分からないような真顔で、小さく頷いた。
「そうだね。最初は僕も同じ考えだった。でも〈呪術師の契約書〉。あれを知ってから、こっちの方がいいんじゃないかと思い始めてね」
「いや、そんなことはありませんよっ! 考え直してください! 絶対に勘違――もがっ!?」
「まぁまぁ東君。伊波さんが話そうとしているんだから」
「否定するならせめて聞いてからにしよう。意外な解決につながるかもしれないし」
東さんの傍に居た人達が、ニコニコ笑いながら口を抑え黙らせる。
良く分からんが、まぁ話してもよさそうなので、伊波を促した。
「まず確認なのですが、あの契約書はどの程度の拘束力があるのでしょうか?」
「どの程度って……まぁ絶対と言っていいよ。だよな?」
タケさんは〈呪術師〉の人に話を振り、その人はスラスラと応えた。
「双方合意で呪いを掛けあうって形になるからこそ、絶対に解除出来ない。その形だと呪いっていうか、バフに近いものになるんだよな。だから解呪で契約破棄、って言うことも出来ないし、それでも力ずくでなんとかしようとすると、契約を果たす意思なしと見られて最悪命を落とす。だからこそ本来は慎重に扱わないといけない代物だ」
万が一詐欺染みた契約書にサインをした日なんかどうしようもないしな。そりゃそうだわ。警戒してもし足りないぐらいだわな。
「そうですか。であれば、やはり探索者には積極的に広めていきましょう。ただし〈呪術師の契約書〉にサインできるものだけに」
伊波は皆を見渡して、続けた。
「大前提として、楓太の力でレベリングのノウハウを作り上げたとしたら、なんとしても手に入れたいと思いますよね?」
「それは当然だな。ハッキリ言って、それを実践している奴とそうじゃない奴とでは、天と地ほどの開きが出る」
「探索者として死活問題になるわ。よほど理不尽な内容でなければ、契約書にもサインするでしょうね」
世永さんとミライさんに肯定され、伊波は確信を持って言った。
「小畑会の加入と自衛以外での敵対禁止、情報の秘匿が条件であれば、特に問題なくサインしてくれるでしょう。そうすれば、探索者全員を小畑会に入会させることも不可能ではないと思います。これで少なくとも、同業者から楓太が狙われることを避けることが出来ます。――ああ、すいません。そういうことなので、正確に言えば“探索者に広める”というより、“小畑会のメンバーを増やす”になりますね」
「待て待て。お前なに、そこまで小畑会の勢力を拡大しようとしてんの!?」
とんでもない野望を見せ始めたなコイツ!?
「普通ならこんな簡単に加入させたりはしないよ? でも、契約書がそこまでの効力を発揮するなら、情報漏洩を警戒する必要がほとんどないじゃないか。だったら小畑会の影響力を大きくするために、仲間を増やしたほうがいいと思わないか?」
「それは……いや、それでも駄目だろ。独占することによるメリットが完全に消えるだろうがよ。具体的には強さの優位性の確保。んでその強さだからこそ得られる利益な」
圧倒的な強さを持てば、他の探索者に狙われることがなくなるし、強く出られる。襲われても返り討ちできる可能性が高まり安全になる。そしてその強さでダンジョンの深層を潜れば、貴重な素材を回収して儲けることができる。
これらは一部の強者しか出来ないからこそ得られる物だ。皆で横並びになるようならどちらも消える。今から協力してくれようとしているこの人たちがそれを認めるとは思えないし、俺もそうなることが分かっていて頼みたくない。
「もちろんそこについては考えている。洗練した最高効率のノウハウはここに居る幹部になるであろう人達。そして小畑会に貢献した、あるいは出来ると判断した信頼の置けるメンバーだけに共有する。それ以外の奴らは一部の情報だけしか渡さない。それでもこれまでよりはレベル上げが捗るだろうし、不満があっても小畑会から離れられる訳がない。なにせ離れたら自分が置いて行かれるだけと分かり切っているからね」
「……うん。それならまぁ、受け入れられるな」
「抜け穴がないようガチガチに縛れば、心配する必要もないか……?」
伊波の話に皆考え込んでいるが、意外と悪くはない反応だった。
アリか? アリなのか? ……いや、待て。まだ危険はある。
「やり方次第でいけそうなのは分かった。だけど、無作為に人を呼び込むのはやっぱり反対だ。その中に絶対に力を与えちゃいけないようなクズが混じるだろ」
例えば、芹澤みたいなゴミクズにノウハウを渡してみろ。どんな悪事をやらかすか分かったもんじゃない。
「もちろんそれはあり得る。だから怪しそうな奴には“犯罪行為の禁止”とか、“悪事は働かない”という契約を追加する。〈呪術師の契約書〉ならこれも可能だ」
「めちゃくちゃシンプルな解決法できたな。意外と悪くないような……いや待て。クズがそんな契約書にそもそもサインなんかするか?」
「しないならしないで、そいつは危険人物である証拠だろうから、警戒対象だと思えばいい。というか、それはこれから犯罪しますと言っているようなものなんだから、その時点で殺してしまえばいいだろう」
伊波はあっさりと言った。
無論、皆が引いた。
「伊波、お前……」
「素質はあると思ったが、とうとう覚醒しやがったか……」
親友である俺らでさえ冷や汗が出る。コイツ、今本気で言いやがったぞ。
「いや、悪人なら別にいいだろう? それに今さらじゃないか。アキラさんみたいに間引きをしている人も居る訳だし」
「アキラ。アンタ後輩に悪い見本を教えちゃったわね」
「流石にこれは私のせいじゃないでしょ。本人の資質だよ」
思わずアキラさんもいつもの口調を忘れ、素が出るほどだった。そらそうよ。こんな狂人の思考を自分のせいにされたらたまったもんじゃねぇし。
「まぁ殺すかどうかはさておき、怪しい奴にはそれで対処できる。これなら全探索者を小畑会の支配下に置くことも――」
「絶対にダメですよ! それは!」
拘束していた人を振り払って、東さんは叫んだ。
バンッと両手をテーブルに叩きつけ、伊波を睨み付ける。
「いずれはサトウ、森山レベルを抱えることになる探索者集団! この時点で確実に国から警戒されるのに、最終的には全探索者を支配下に置く? もはや組織を超え、探索者そのものが危険視されかねない! 国には情報を秘匿して探索者だけにその恩恵を与えるなんて、その探索者が暴れた時、一体誰がそれを止めるんですか!? そうなったら自衛隊でももう止められない!」
「いや、えっと、東さん。そういう悪党とは取引しないようにするし、そもそも契約で悪事を働かないようにすると考えている訳で……」
「その契約書の絶対性がこの先崩れないという根拠はどこにあるんですか!? いつか抜け道が見付かるかもしれない! 誰かが契約を安全に破棄する方法を生み出すかもしれない! その可能性がある以上、絶対なんてあり得ないんです!」
俺の反論はあっさり返された。
それを言い出したらキリがないとは思うが、まぁ分からないでもない。今は大丈夫だから、といって軽く考えることは出来ないか。
「本当にそうなってしまったら、確実に今の社会が崩壊する! 法よりも、強者の意志一つで全てが決まってしまうような、そんな無法な世界になりますよ! これは皆さんだけの問題ではありません! 日本の――いえ! 世界全体までこの流れが広がりかねない! それを分かっているんですか!?」
東さんの必死の訴えには、思わず納得してしまうほどの力があった。
実際、その内容には説得力がある。確かにそうなってもおかしくない。いや、むしろそれが自然だろう。
俺達がやろうとしていることは間違いなのではないか? ホムンクルスの為なら全てを犠牲にしても構わないと思っていた俺でさえ、そう思ってしまうほどに。
だが伊波は――まるで失望したかのように、東さんを見ていた。




