第42話 小畑会結成⑤
「うっ、うぅ……」
宴もたけなわだが、酒とつまみも無くなり、じゃあ片付けるかぁと言うところで、マサは目を覚ました。
「よう、マサ。ようやく起きたか」
「歴史に残る決起集会だってのに勿体無いことしたな。早く起きればお前も楽しめただろうに」
「タケさんにトシさん……あ痛だだだっ」
マサは二人に声をかけようとしたが、体の痛みに引きずられそれどころではなかった。
「あ、あいつらっ。ここまでしなくてもっ」
「いや、それはお前が悪いだろ」
「だな。挑発したお前が悪い」
恨めしげに殴った世永とパーティーメンバーを見ているマサに、二人は厳しく切り捨てた。無自覚マウントを取っている若いイケメンに優しくするほど、二人はお人好しではなかった。
「僕がいつ挑発したっていうんですか。それよりも、小畑さんは?」
「あとは片付けだけだし、先に帰って貰ったぞ」
「ああ。我らが会長にそんな雑用をさせるわけにはいかねぇからな」
「帰ったんですか? クソ、もっと早く起き……いや待ってください。会長ってなんです?」
「ホムンクルス作成を目的とした互助会、“小畑会”の会長に決まってるだろ。あっ、お前も入るよな?」
「それは……当然入りますけども。僕が寝ている間にどこまで話し合ったんですか?」
「何も? 結成宣言をしてそのまま宴会に入ったからな。何か協力して欲しいことがあったら、楓太の方から連絡が来る予定だ」
「エロ話でめちゃくちゃ盛り上がって楽しかったぜ。お前も参加できたら良かったのにな」
「それで帰したって、あんたらホントに何やってるんだよ!!」
声を荒げたマサに、タケは肩をすくめた。
「そんなに怒るなって。そんなに大きな声出さなくても聞こえてるよ」
「怒りたくもなりますよ! 小畑さんの能力がどれだけやばいものなのか、アンタらなら分かってるでしょ!?」
マサの問いかけに気まずげな態度を取るが、二人は否定しなかった。それは、マサの言い分が正しいかと分かっているからこその反応。
【人工生命体創造】――望んだ命を作り出す力。
確かにダンジョンという点で見れば、探索の環境を一変するとんでもない力だ。だがこの力はむしろ、ダンジョンの外でこそ発揮するとマサは考えた。
「医療・福祉・建設・インフラ整備・農業・教育・日常生活の支援に過疎地域の活性化! 様々な社会問題がありますが、結局の所、殆どの問題の根本は少子高齢化からくる人手不足。これに尽きます。これを解決するには少子化対策に乗り出すか、外から人を引き入れるしかありません。だけどホムンクルスはこの問題をダイレクトに、それも即座に解決できる!!」
少子化対策が上手くいったとして、その効果が出てくるのは最低でも二十年は先。移民は成功しているためしがない。それを思えば、ホムンクルスがどれだけの価値があるかは言うまでもない。
「こんなの、国から管理される対象になるに決まってるじゃないですか! 下手すれば外国からも狙われますよ! 最低でも監視されてホムンクルス製造機扱い。最悪、手に入らないなら暗殺されてもおかしくない! それを避けるよう慎重に事を進めなければならないのに、何も話し合わずに放置なんて……ッ!」
「お前の言いたいことは分かる。だが落ち着け」
タケの強い言葉に、マサはグッと息を呑む。
宥めるように、タケは続けた。
「お前の言うことは正しい。それはここに集まった皆が分かっている。まぁ、一部本気で気づいていない奴も居そうだが」
「だったら――」
「だがな。俺は楓太に余計な事を吹き込みたくねぇんだよ」
タケの言葉に、マサは目を点にした。それは楓太の能力を理解している人の言葉だとは思えなかった。
その内心を察しつつ、タケは理由を述べる。
「楓太はきっと、これからも思いも寄らぬ事をやらかして、俺らを楽しませてくれる。だがそれはあいつらの独特な感性で、なんの気兼ねもなく自由に動いているからこそ見れる景色だ。ここで危ないから止めろだの、自重しろだの、そうやって足を引っ張りたくねぇんだよ。それをした瞬間から、あいつらの良さが消えちまう気がするからな」
確かになと、トシは肯定するように笑った。
「最初は【錬金術】目当てだったが、今では次に何をするのか楽しみで仕方ない。あんな光景を見れたのも楓太のお陰だって思うとな」
あんな? と、疑問に思ったマサはトシの視線を追った。
そこには、目を疑う光景があった。
「おーれっのよーめっを作るンゴ〜!」
『おーれっのよーめっを作るンゴ〜!』
「いーっぱいハーレッム作るンゴ〜!」
『いーっぱいハーレッム作るンゴ〜!』
「妻っ帯リッア充マッジでっザマァwww――草ぁ!!」
『草ぁ!!!!!!』
「ざっけんじゃねぇぞクソジジイ!!」
「もうテメェにはビビンねぇぞコラァ!!」
「はわっ!? はわわわわわっ……!」
「おおおっ!? なんだテメェら!! 敬老精神がなってねぇぞオラァ!!」
「天城さんを虐めるんだったら俺らが容赦しねぇぞボケがぁ!!」
あの恐ろしい天城さんを中心に肩を組んでラインダンスをしていると思ったら、既婚者を煽り倒して炎上。
というか今ンゴって言った? はわわって……。
脳がバグりそうな光景だった。
「なっ? 面白いだろ?」
「面白いっていうか、自分の正気を疑うっていうか……」
「確かにあいつはしっかりしているように見えて、ちょっと抜けてるところがあるし、自分の価値も危険性も全く分かってないような奴だ。お前が心配すんのは分かる。だがよ、それこそお前がカバーしてやればいい話じゃねぇか。そうするだけの価値がアイツらにはある。サポートのしがいがあるって思わねぇか?」
「言われなくてもそうしますけど……いや、ちょっと待ってください。二人は手伝ってくれないんですか?」
「もちろん俺たちだって支えるぜ? 小畑会の一員だからな。ただ、俺達は本質的にはチンピラだからな」
「面白そうって思ったら、止めずにむしろ背中を押しちまうだろうな。そういう意味でもお前みたいな常識的な奴が必要なんだよ。数少ないブレーキ役として、頼りにしてるぜ」
タケに真っ直ぐな目で見られ、マサは疲れたように息を吐いた。
「世話になった二人にそこまでお願いされたら、断れる訳ないじゃないですか。危機意識の低い人を陰ながらサポートって、また無茶言ってくれますね」
「わはははっ! すまんな。だが心配するな。貧乏籤を引くのはお前だけじゃない。――だよな、東?」
いつの間にか近づいていた東に、タケが話を振る。
東は困ったように頬を掻いていた。
「参りましたね。そうなるかなとは思ってはいましたけど」
「俺らの中でブレーキ役になれるのは優等生気質のマサと一歩引いてるお前くらいなんだ。運が悪かったってことで諦めろ」
「はぁ。仕方ないですね。あんまり無茶振りするのは勘弁してくださいよ?」
「はははは! 分かってる分かってる。じゃあ国への対応はお前の担当な。上手く誤魔化してくれ」
「言った側から無茶振りじゃないですか。僕がそんな事できる訳ないでしょ」
「いやいや、出来るだろ。だってお前、公安だろ?」
不意に出た言葉に、東は笑い飛ばそうとして、出来なかった。
タケは笑っている。が、目は笑っていない。アレだけ馬鹿騒ぎしていた連中も含めて、いつの間にか、全員が東を敵を見るような目で睨みつけていた。
「――あ。これもう誤魔化せないやつですね」
「おっ、認めたな? ようやくスッキリしたぜ」
タケが面白がるように言うと、皆がしてやったりというような顔で拍手をして歓迎する。
これには東も苦笑いするしかなかった。
「ちなみにいつからバレてましたか?」
「知り合ってからわりと早い段階で疑ってたぞ。誰かとパーティーを組む訳でなく、いろんな奴と縁を繋ぐが一定以上は近づかない。正体が露見しないように深入りせず、情報収集を続けるためだろ? おまけにお前に愚痴ったら協会が動いてあっさり問題が解決したこともあった。まぁあからさまだったな」
「そうですか。ちょっと恥ずかしいですね。上手く隠せてるつもりでしたので」
「とは言っても、半信半疑だったけどな。今こうしてお前が認めたから確信しただけで。わりとあっさり吐いたな?」
「普通なら絶対に言わないですよ。ここで得た情報は漏らせない。あの契約書があるから肯定できただけで……あ。もしかして最初から嵌められましたか?」
「公的機関との折衝役は欲しかったからな。アレならお前も巻き込めると思っていた。まぁ条件的にサインしない可能性もあったが……見過ごせないだろう?」
「ええ。見過ごせませんね。皆さんが比較的良識ある探索者とはいえ、ここまで腕の立つ者が集まっては」
あの契約書にサインするのは、東としてもリスクが高かった。自分が小畑会と敵対出来なくなるということは、万が一小畑会が国と揉めた時、見ていることしか出来なくなるからだ。さらに言えば、小畑会の情報も所属組織に伝えることもできない。
だとしても、東が小畑会に加入しないという選択はあり得ない。
今の公安にとって、最も警戒すべき存在は探索者だ。
その力で秩序を容易く崩せる探索者の危険性は、カルト集団や暴力団などとは比べ物にならない。過激な高レベル探索者の気まぐれが、国に深刻な影響を与えることも十分にあり得る。いつ爆発するかもしれない爆弾がそこらを歩いているような物だ。だからこそ国は、東のように探索者に成りすました者を使い、危険人物がいないかを監視している。
その人柄は知りつつも、これだけ高レベルの探索者が集まる集会で何が行われるのか、調べないわけにはいかなかった。
情報を伝えられなくとも、いざという時に互いの事情を知る自分が間に入り、双方が納得のいく結末に着地させる。
それをする為に、東はリスクを承知で契約書にサインした。
「楓太のやることはむしろ国益に繋がると分かっただろ? 国を裏切って俺らに付け、なんてムリを言うつもりはねぇよ。ただ困った時にお前の立場を使って、ちょっと便宜を測って欲しいだけだ」
「それが面倒なのですが……まぁ良いでしょう。いくつか懸念すべき点もありますが、小畑さんの性格からして大それたことを考える人じゃありませんしね。そういう点であの人は信頼できる。やりすぎはもちろん駄目ですが、多少のお目こぼしくらいなら僕が上司に叱られるだけで済むでしょう。正直、僕としてもあの人のやることを楽しみにしてますし」
「なら決まりだな。バランサーとしてこれからもよろしく頼むぜ。頼りにしてるからな」
「本来はこういうのはダメなんですけどね。まぁ、これも日本の平穏のためにということで」
かくして、楓太の知らないところで小畑会は頼りになる仲間を引き入れることになった。
東は間違いなく、己の職務を全うしたベターな選択をしたと判断していた。
――この時は。
♦ ♦
【探索のヒント! その二十二】
〈精力剤〉
〈薬師〉、あるいは〈錬金術師〉によって作られたマジックアイテムとしての精力剤。その効力は一般販売されるような物とは比べ物にならない。
精力を失った老人が二十代前半並みの力を取り戻し、一晩中ハッスルしても体力が尽きぬほど。後遺症も一切なく、効果が切れたその後も体調が良くなり、しばらく活力が湧く。
高位のダンジョン素材を使えばその効果は更に上がる。ここまでくると過剰回復による健康被害が心配されるレベルではあるが、その有用性は言うまでもない。
タケが作中で驚いていた通り、この精力剤は探索者協会のショップでは売られておらず、存在すら秘匿されている。理由は商品として販売した場合、現在の生産体制では圧倒的な需要に応えられないことが予想されるからである。
実はこうしたエロ関連アイテムは他にも多数存在しているが、同じ理由で存在を秘匿されている。ただでさえポーションの品薄状況が続いている現状、このようなアイテムを作る余裕は生産者にはない。
探索者の生存を第一とする協会としては、さらにポーションの品薄状況を加速させるような方針を取る訳にはいかない。その為、こうして情報を秘匿して無用な争いを避けている。
――表向きは。
このようなアイテムの情報が流れない訳がない。そしてこのアイテムの効能を知れば、いくら金を出しても欲しいという者は居る。
政治家、官僚といった社会的立場のある者や、莫大な経済力を持つ者達――いわゆる上級国民と呼ばれてる者達は、秘密裏にこのアイテムを探索者協会から知らされ、購入している。
このようなアイテムが探索者協会の大きな収入源になり、なおかつ協会首脳部の懐へ流れ込んでいる。そしてこのエロアイテムの生産には、全生産者のリソースのなんと約二割が使われている。つまり、それだけ探索関連のアイテムを作る余地が削られているのだ。
Q:上級国民にだけ売られているエロアイテムのせいで、ポーションが減ってるんですって。どう思います?
A:殺す
探索者は命がけである。そして、ポーションが無かったせいで後遺症が残ってしまったり、仲間を失ったりといった経験がある者も少なくはない。この事実を探索者が知った場合、確実に暴動が起こる。
高位の探索者は既に自分達の力が国家では止められないものであることを理解している。斬った張ったの世界で生きる以上、いざとなれば躊躇うこともない。そして高レベルの探索者が全国各地で暴れまわった場合、たとえ自衛隊を動員したとしても止められる術はない。
金儲けに走った探索者協会の首脳陣はもちろん、圧力をかけて増産を命じた一部の上級国民の方々が纏めて殺されてもおかしくない。そうなれば下手をしなくとも国が機能不全に陥る。
職員「なので黙っててください……! お願いですから……!」
楓太「えぇ……(困惑)」
楓太がエロアイテムの存在を知り、世間話で職員さんへ振ってみた際の反応である。そりゃそうなる。
心情的には探索者寄りだし、仮にそいつらが殺されても自業自得としか言えないが、流石に国家レベルの大問題になると聞かされては小市民な楓太は黙るしかなかった。
それならせめて自分だけは真面目な〈錬金術師〉になろうと、最近生産にも熱心になった楓太の隠れた理由である。
楓太を一流の生産者に近づけたという点のみ、協会の方針にも良い点があったのかもしれない。




