第41話 小畑会結成④
「うっ……おっ、おおおおぉぉ……!」
いきなり世永さんが泣き出した。だが、それをからかう気にはなれない。
自分が泣いていることに気づいていないように、世永さんは語り出す。
「俺はこんな顔だから……女にはビビられて、嫌がられて……やっと付き合って結婚までいけそうだった女も、詐欺まがいの金目当てで……それを言ったら、その顔で好かれるとでも思っているのって……夢を見せてあげたんだから感謝しろって……俺、一生結婚できないと思って、でも諦めきれなくて……そんな俺でも……俺でも……おっ、おぉぉぉ……!」
「いい! 世永! お前は泣いていい……!」
「良かったですね世永さん! 本当に良かった……!」
まるで我が事のように貰い泣きしながら、何人もの人が世永さんの肩を抱く。
あの人、本当に不細工なだけで良い人だからな。そりゃ皆慕うし、念願の恋人が出来そうならそりゃ喜ぶよな。俺も嬉しい。
「いや、いくら美女でも人間とホムンクルスじゃまるで話が違うだろ」
だが、そんな水を差すような発言をする奴が現れる。
驚いたことに、それに続く奴が数人居た。
「そうだな。百歩譲って見た目は整形外科みたいなもんだからいいとして、その性格や思考は文字通り作られた物。これだけは覆しようがない事実だ」
「金で買うとかではなく、自分の魅力で本気で好きになってもらって、交際、結婚に至る。それが女を手に入れるということだ。自由意思を持つ女性がそうなるからこそ、男は達成感だったり充実感を得られる。それは始めから体も心も作られたホムンクルスでは得られない幸福だ」
「最初はそれでいいかもしれない。だが一緒に生活をしているうちに、その事実に虚しさを覚えないなんて言えるか? いや、絶対こう思う時が来るだろう。これただのダッチワイフじゃん、ってな」
したり顔で頷き合っているソイツらの発言は、既婚者ならではの視点だ。
正直、言っていることは正しいよなと思う。その点に関しては何も言い返せないわ。
だが同時に、だから何? としか思えない。
ホムンクルスが手に入ると分かっている俺達には、そんなものは何の痛痒にもならん。
「おやおや~? 既婚者が何か言ってるぞぉ~?」
「結婚してなければ理想の女が手に入ったのにねぇえええええ~? 奥さんが居るんじゃホムンクルスを傍に置けないもんねぇ~?」
「悔しいのぅ~! 妬ましいのぅ~!」
「自分が手に入らないからって俺らサゲして結婚マウントして自己防衛とか、哀れでなりませんわぁ~!」
「俺らは俺らで好きにやってるんで、お前らは老いて劣化するだけの嫁を大事にしてくださ~い!」
「このクズ共っ! ぶっ殺――」
「よせ! 流石に人数差がありすぎる! 勝ち目がない!」
「だけどあんなに調子に乗って、しかも妻までバカにされてるんだぞ!」
「先にホムンクルスをバカにしたのはそっちだろうがぁ!!」
「ホムンクルスをダッチワイフ扱い!? そんな発言が出るお前らこそ女を物扱いしている証拠だろうが!! どういう神経してたらそんな考えが出てくるんだ!!」
「作られた体と心に価値がないとは何事だぁ!! どんな生まれ方をしたって生きてるだろうが!! 命をなんだと思ってるんだ!!」
「くっ、この……ッ! 実体は性欲に塗れたエロ猿の分際で、尤もらしいことを言いやがって……ッ!」
「だからよせ! この戦力差じゃ口喧嘩も敵わない!」
ホムンクルスが手に入る優越感を持った独身たちに、既婚者たちの優位性はもう通じない。
数でも質でも、既婚者が勝てる筈がなかった。独身たちの濁流のような勢いの反論に、既婚者が小さくなっていく。実に気分が良い。
だけど、このまま勢力が二分してしまうのは俺の本意ではない。
俺が求めているのは、男たちの団結なのだから。
「まぁまぁ皆さん。そこまでにしましょう。彼らの言うことも一理ありますし」
発起人の俺だからか、独身たちはすぐに言葉の刃物を降ろしてくれた。
ほっと息を吐いている既婚者たちに、俺は頷いて微笑む。
「結婚して子供を作って、その子供が成長を見守っていく喜び。そういったありふれた、しかし確かな幸せもあると分かってほしかっただけですよね?」
「そっ、その通りだ! さすが小畑さん! 分かっている!」
「正直照れくさいけど、なんだかんだ幸せだよ。人間の妻だからこその幸せだ」
うんうん、と既婚者たちは頷く。
俺も微笑みながら、同意するように頷く。
「想像でしかないですけど、分かります。人生も多様化していますし、それだけが正解とは言えませんが、社会人としてはそれが立派な大人の姿ってもんですよね」
「そう、その通りだ!」
「でもそれ、ホムンクルスでも叶えられる可能性はありますよ」
「えっ」
「投入する魔物素材によって性能が変わるんですから、例えば多産っぽい魔物の素材を入れたら出産の能力が付くと思いませんか?」
「それは……」
俺は充分にあり得ると思う。それにおそらく、該当する魔物は多そうだ。ぶっちゃけ獣タイプの魔物なら大体当てはまりそうだし。
出産まで? 子供も作れる? と、聞いていた独身者たちもざわめきだす。子供まで作れるとなったら本当に人間と変わらないからな。ますます欠点がない。そりゃそうなる。
「それとですね、既婚者の皆さん。結婚を悪く言うつもりはないし、むしろ素晴らしいことだとは思いますけど、一度でも考えたことありませんか? ――コイツ、昔は可愛かったのになぁ、って」
「うっ……!?」
「あとはそうですね。思春期に入った娘さんとかに邪険にされて、小さいころは可愛かったのになぁ、とか」
「ぐふっ……ッ!」
「一片たりとも今の結婚生活に不満がないと言い切れる人、居ますか?」
「………………」
その沈黙が何よりの証明だよ。
――だけど安心してほしい。そんな不満も簡単になくなる。そう、ホムンクルスさえ居ればね!
「いろいろと不満もあるけれど、トータルで見れば十分幸せ! そんな既婚者の不満を消し、完璧な幸福を届けてくれる存在が、そう! ホムンクルスです! 何か愚痴りたいことがあれば、傍に居る理想のホムンクルスにぶつけてくださいっ! 彼女達は身も心も貴方達を癒し、全てを肯定してくれます!」
「――バカな! そんなことが許される訳がない! 俺は既婚者だぞ!? 他の女に手を出したら浮気だろうが!」
「浮気は同じ人間だから適用される! ホムンクルスに人権はない!」
「人権はない……人権はないから、浮気じゃない……?」
いや、普通に浮気だよ。奥さんが許すわけないじゃん。バカかお前。
しかし、本音ではホムンクルスを羨んでいた男達だ。浮気じゃなければ……いいのか? バレなければありじゃ……? と心が揺らいでいる。
「独身も、既婚者も関係ない。俺はこの場に集まった皆に、一緒に幸せになって欲しいだけだ。その為に、俺のやることに協力してほしい」
――そうだ、男なら誰だって――関係なく、全員で――ここに居る全てが――やろう――ああ、やろう――やってやろう――!
独身と既婚者の垣根を越えて、男たちの意志が一つになっていく。
いける、と俺が確信しかけたその時、席を立ちひっそりと会議室から出ていこうとした人が居た。
思わぬ人物に驚きながらも、俺は声をかけた。
「どこへ行くんですか、天城さん」
俺が声をかけると、天城さんはピタリと歩みを止めた。
人知れず抜け出そうとした人がいたこと。それが天城さんだったことに、皆が小さく驚く。
皆の意識が向けられている中、天城さんは振り向かずに言った。
「……悪いが、俺は降りる。安心しろ。楓太の邪魔をするつもりはないし、この件を吹聴するつもりもない。契約書にサインもしたしな。ただ、俺は手伝えない。それだけだ」
「そんな……ッ! 何故ですか? 俺は天城さんなら、むしろ喜んで協力してくれると思っていたんですが」
実際、このスキルに目覚めて真っ先に自分の夢が叶うことに喜んだが、次に思ったのは世永さんや天城さんのような、恵まれない人たちのことだった。
ホムンクルスには、そういった男を救う力があると思っていた。傲慢かも知れないが、俺は俺と似たような、そんな男たちに救いの手を差し伸べたかったのだ。
実力者である天城さんの離反に、皆も少なくない動揺を覚えている。
そんな空気の中、ふっと、どこか自虐めいた天城さんの笑い声が聞こえた。
「そうだな。確かに凄い力だ。俺にも嫁がと、身体が震えた。最初はなんでも協力しようと思った」
「だったら何故……」
「……すぐに気づいたんだよ。若いモンはともかく、歳を取った俺には使い道がねぇってな」
「使い道って――ッ!? 天城さん、あなたもしかして……ッ!」
そういうことだ。と、天城さんは力無く呟いた。
「俺の息子は、とっくに死んでいる」
『――――――ッ!!』
結局のところ、三十二とはいえ俺もまだ若いということなのだろう。老化による衰えを甘く見ていた。だからこそ思い至らなかった。
そのせいで、天城さんに辛いことを言わせてしまった!!
「天城の爺さん……ッ!」
「そんな……こんな悲劇があるかよ……ッ!」
一人として、天城さんを馬鹿にする人なんかいない。同じ男として気持ちが分かりすぎる。
よりにもよって時間切れを迎えた後に、ホムンクルスの存在を知るなんて。俺は、なんて残酷なことを……ッ!
鎮痛な空気が満ちる中で、天城さんが独り言のように語り始めた。
「俺は……人と話すのが苦手で……こんなぶっきらぼうにしか話せないで……そのせいで誤解されて……ますます嫌われて……村では奴隷扱いだった……女にも見下されて……どうしようもなくて……ネットで自分を慰めるしかなかった……それでも……こんな俺でも嫁を貰って……まともになりてえって……こうして探索者になって暮らせるようになって……初めてのダチも……これもいいかぁって、ようやく……ようやく、そう思ってたのに……なのに――なんでっ! なんで今なんだ!? あと二十年――いや、あと十年早かったら! 俺だって……俺だって!!」
それは、天城さんの心からの叫びだった。
誰一人として口を挟めない。その気持ちが、同じ男として痛いほど分かるから。
悔しさで体を震わせ、天城さんは続けた。
「器が小さいと笑ってくれていい。だが、俺だけがホムンクルスの喜びを味わえない中で、お前らを手伝うことなんて出来ない。……空気を悪くして済まん。俺のことは忘れて、お前らは頑張ってくれ。応援することは出来ねぇけどな」
力無く呟き、肩を落としながら天城さんは会議室を出て行こうとする。だが、皆が悲痛な顔をするも、それを止めることはない。
何の解決策もなく、持っている者が持たざる者を説得するなど出来るはずもない。ここにいる者たちは、それを恥だと知っている者しか居ない。
「――天城さん」
しかし俺は違う。彼を助ける方法が俺にはある。
これは秘匿すべき情報だ。下手をすれば協会の存続すら危うくなる。だが、それがどうした?
俺は協会なんかより、同じ苦しみを持った男を――歳の離れた友を救いたい!!
「【錬金術】のレシピに超強力な精力剤ありますよ?」
「――本気ンゴ!?!?」
哀愁を背に漂わせていた天城さんが、これでもかとばかり目を見開き振り向いた。
ンゴ? ンゴって言った? と、天城さんの言葉を聞いた何人かが首を傾げる。それに構わず俺は続けた。
「これ、効果が凄まじくてですね。短期間ですが、天城さんの様な高齢者でも二十代前半並みの精力まで回復するらしいです。それを聞いて俺は怖くなったので試してないんですけどね」
いや、実際こんなに効果があるなら、まだ健常な男が使ったらやべえだろ。キンタマ爆発するんじゃね?
「楓太。そんなアイテムがあるなんて俺ですら知らなかったんだが。協会のカタログにもないよな?」
「秘匿されてるアイテムなんですよ。こんなの存在が知られたら、一般人すら欲しがるでしょ? 注文が殺到するとほら、ポーションの補充がままならなくなるじゃないですか」
「あ、ああ。なるほど、そういうことか。確かにそれは困るな」
「老人が二十代? やばいな」
「俺も最近衰えを感じていたから、めちゃくちゃ欲しいんだが」
タケさんの疑問にさらりと答える。幸い、タケさんはそれで納得してくれたし、それを聞いていた他の人たちも効能に気を取られて深くは追求してこなかった。
良かった。ここを深掘りされたら大変なことになっていたからな。
「それさえあれば、天城さんの問題も解決しますよね? さらに言うとですよ? 天城さんは結構な歳ですけど、レベルが上がって寿命が伸びてるんじゃないですか?」
この点に関してハッキリしたことは分かっていないが、あり得るんじゃないかと前々から議論になっている。実際レベルが上がり強くなった人は、身体が若返ったような感覚を覚える人もいる。
「【種族進化】まで行けば、もっと長生きすると思うんですよね。ほら、森山さんみたいな例があるじゃないですか? 進化する種族次第で、誰でも寿命は延びるんじゃないかと」
つまり――と。席を立ち、天城さんに近づいて、俺は伝えた。
「天城さん。あなたの青春はこれからですよ」
「ふっ……ふっ、ふっ……楓太ぁ……ッ!!」
天城さんは力が抜けたかのように膝をつくと、そのまま子供のように泣きじゃくりながら俺の腰元に抱きついた。
「俺も……俺も嫁が欲しいンゴ……ッ!」
「ええ。どんな子でも作ってあげますよ」
「ピンク髪の巨乳巨尻のリアルバニーガール……ッ!! 作ってクレメンス……ッ!!」
「何人だって作ってやるさ。よりどりみどりだぜ」
「ああああぁぁぁ~……!!」
ますます天城さんの涙は止まらなくなった。鼻水まで垂らして汚ねえなぁこのジジイ、とちょっと思ったが、空気を読んで口には出さない。
「良かったなぁ、天城の爺さん……!」
「辛かったんだなぁ……報われて良かったなぁ……!」
「天城さん、本当はただのコミュ障ネット民ジジイだったとは。たまげたなぁ」
「印象がマジで変わったわ。だけどもう緊張しなくて済むから今の方がいいな俺は」
周りの皆も天城さんの姿にもらい泣きして、祝福する人達ばかりでバカにするような人は……まぁ一部評価は少し下がったっぽいが、でもそんなの些細なことだろう。
天城さんは何よりも大事なものを手に入れたんだから。
「よし! 話はまとまったな! おい、外のもんを呼んでくれ!」
「――皆さんお疲れ様です。ささやかですが酒とつまみを用意しました」
パン! とタケさんが手を叩き場を締めると、会議室に例の居酒屋の店長が入ってきた。
店長! 店長! と皆から歓迎された店長の腕には瓶ビールのケースが。それを見て何人かが外に出て、どんどん中に入れていく。
全員の手にビールの注がれた紙コップが渡ったのを確認し、タケさんが言った。
「それでは今より、楓太を会長としたホムンクルス作成のための互助組織。“小畑会”の結成を宣言する。それでは会長。乾杯の合図を」
うむ。と頷く。
いまさら長々と語る気はない。ここにいる皆の気持ちは一つだと分かり切っているのだから。
「漢の夢の為に――乾杯!」
『乾杯!!!!』
その後、俺たちは酒を飲みながら夢を語り合った。
そう言えば聞こえは良くなるが、その内容はゲスこの上ないことは言うまでもない。




