第40話 小畑会結成③
その言葉には、この場の全員を止めるだけの力があった。
その意味を考えるだけで思考が止まり、理解が遅れるだけの。
ようやく理解したとしても、何かの聞き間違いだろうと考え直すほどに。
だからこそ、マサ君は引き攣った愛想笑いを浮かべ、聞き返した。
「あの、小畑さん。今なんと……?」
「ああ、いえ。ちょっとした世間話です。なんだか皆さん熱くなってらっしゃるようなので、そういう話が出来なくなりそうだなと思って、思い切って」
はははと愛想笑いを浮かべ、俺は続ける。
「トシさんは〈上野ダンジョン〉の四十層まで行ったとか? 凄いですね。自衛隊でもそこまではいけないって聞きましたよ?」
「ん。おっ、おお。まぁ、本気で準備すればな」
「世永さんは〈歌舞伎町ダンジョン〉の討伐指定魔物を討伐したそうですね。おめでとうございます」
「あっ、ああ。ありがとう」
「そして僕の方は【人工生命体創造】のスキルを取得しました。以上です。すみません、止めちゃって。ただ――言わなければならないかと思いまして」
小さく頭を下げつつ窺うように皆に目線をやる。タケさん以外の誰もが、目を瞠り俺を見ていた。
全員が固まっている時、ボソリと川辺が言った。
「お前最近ゴキブリの漫画読み直したろ?」
「当然。全部読み直したよ」
だってまさかの連載再開だもん。そりゃ一巻から読み直すだろ。
正直もう二度と先を読めないと覚悟していたからな。そこで突然の復活となったらそりゃ履修しなおしますわ。原作者様、復帰ありがとうございます。たとえ年一の連載になろうと読み続けます!!
さて、俺の趣味の話はここまでにして、ようやく皆が内容を理解し始めたらしい。会議室のあちこちで、ボソボソと話し声が聞こえてくる。
「ホムンクルス……ホムンクルスって、あの?」
「えっ? まじで? 冗談じゃないの?」
「いや、冗談でこんなに集めないだろ……」
「ってことはマジで? マジでホムンクルスを作れるのか?」
「嘘だろ? そんな夢のようなスキルが!?」
口々に話し合い、誰もが怖いほど真剣な表情になっている。確かめるような視線がタケさんに向かい、タケさんは呆れるようなため息を吐いて頷いた。
「契約書を用意してまでお前らを集めた理由が分かったろ? 分かったら大人しく席に着け。遊んでる場合じゃねぇんだよ」
「確かにその通りだ。争ってる場合じゃねぇ」
「とんでもない話を持ってきましたね……ッ!」
トシさんが怖い顔で頷き、マサ君が慄きながらも席に着く。皆がそれに続き、先ほどまでの争いが嘘だったかのように静かになり、俺の話を聞こうとしている。
全員が俺の言葉を待っているのを感じつつ、俺は口を開いた。
「この【人工生命体創造】のスキル、あくまで感覚的に分かっている範囲ですが――」
タケさんにも話したスキルの内容をざっと伝える。少ない情報ながら、それだけで皆の目の色が変わった。
「入れる魔物素材によって性能が変わる……とんでもないな。その気になればどんな魔物も作れて、自由に操れるのか」
「それこそ人型を作れば、理想の能力を持ったパーティーメンバーを増やせる。ステータス的にはどうなのか? スキルは覚えられるのか? レベルは上がるのか? 気になる点はあるが、裏切る心配が少ないというだけでもありがたい」
「仮にそれら全てがダメだったとしても、大量の荷物を運べる馬力のある魔物タイプにするだけで十分すぎる。〈調教師〉と同じことができるようなもんだ。これは探索環境が大きく変わるぞ」
「何が百億でも足りないだよ。数千億あっても足りないだろ」
「いえ。というより、お金で代えられるものじゃありませんよ。ホムンクルスを作れるということは、つまり――」
「そんなことはどうでもいい!!!!」
ドンッ! と世永さんがテーブルに拳を叩きつけた。
世永さんの殺気すら感じる気迫に、ホムンクルスの考察に夢中になっていた皆の意識が向かう。
だが世永さんはそんな視線を意に介さず、俺に言った。
「小畑さん。確かめたいことがある」
「なんですか?」
「そのホムンクルスは――女も作れるってことでいいんだよな?」
『――――――ッ!?』
世永さんの発言に、この場の人間ほとんどが目を見開いた。
フッ。やはり流石だ、世永さん。探索者仲間の中でも極まったブ男。気づくならあなたが一番最初だと思っていた。
「世永さん。それは違いますね」
「そっ、それはどういう――」
「〝女も作れる〟じゃありません。〝世永さんだけを永遠に愛してくれる美女も作れる〟です」
「おっ――おぉおおおおおおおお!!」
会議室に世永さんの雄叫びが響く。振動で壁が破れるのでは、というような叫びだが、誰も世永さんを責めようとはしなかった。
それほどまでに、その事実は衝撃的過ぎた。
「そっ、そうか! サキュバスをベースにするだけで美女が簡単に作れるんだ!」
「マジか!? あの人間とは比べ物にならないほどの美女を!?」
「俺、初めてサキュバスを見た時、ガチ惚れして死にかけたわ」
「分かる。俺もそう。そして自分で殺してちょっと泣いた」
「目の前に極上の女が居るのに触れないどころか、油断すれば自分が死ぬとかなんの罰だと思ったが、まさかこんな形でサキュバスが手に入るなんて」
「しかも俺のことをずっと愛してくれるとか。こんな理想の女が居るか?」
「男だけで集まれってまた変な話だと思ったが、これなら納得だ」
「ああ。とてもじゃねぇがアイツらには言えない。でもどうすりゃいい? 同じパーティーに居る以上、いつかはバレる――というか、所持することも許されないんじゃ?」
「……別れることもやむなし、か。」
「ああ。良い奴らだったが、そうなったら仕方ねぇ。サキュバスが手に入るなら、俺はアイツらに唾を吐くのも辞さない」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。皆さん本気ですか?」
皆がホムンクルス美女に想いを寄せている中、マサ君は一人だけ様子がおかしかった。
一体どうしたんだ? まるで珍獣を見るかのような目で俺たちを見ている。
「美女が作れるだの、手に入るだの、そんなくだらない話をしてる場合じゃないでしょ?」
――は? なんだこのクソガキ?
おそらくそれが会議室に居た男たちの総意だった。皆してマサ君を殺気立った目で睨みつけている。
しかし、マサ君は負けじと強気な態度で続けた。
「このスキル、扱いを間違えればとんでもないことになりますよ! そういうバカみたいな話は後でいいじゃないですか! それよりも話し合うべきことが山ほどあります! というか、初めから自分を好きな女の子の何が良いんですか? 自分に興味の無かった子を口説いて振り向かせるから、恋愛は面しろ――お゛っ!?」
世永さんの拳がマサ君の横っ面にめり込んだ。メキィ、という音が聞こえるほどマサ君の整った顔が歪む。
手加減なく振り抜かれた拳によりマサ君は吹き飛び、パーティーメンバーに受け止められる。そしてそのまま転がされて仲間によってリンチが始まった。
「ちょっ、ちょっと待て!? お前ら何で――」
「なんでじゃねぇだろボケがぁ! 舐めてんのかお前!」
「俺らまで敵に回そうたぁいい度胸だ!! いい加減にしろよクソが!! いっぺん死ね!!」
必死に仲間を止めようとするも、同じパーティーメンバーの方がそれ以上にマジだった。
ものの数十秒でマサ君はボロ雑巾のようにされ、気を失う。
そんなマサくんを見て少しは気が晴れたのか、冷静になった世永さんは頭を下げた。
「すまん。お前らのリーダーに手を出しちまった。だがどうしても我慢できなかった」
「いえ、こちらこそウチのバカが失礼しました」
「気にしないでください。リーダーとして信頼はしてますが、前から鼻につくところのあるなぁと思っていたので。むしろいい機会ですよ。皆さんもすみませんっした。あっ、小畑さん。コイツどうします? 外に捨ててきますか?」
「ああ〜、まぁ静かにしてくれてるならいいでしょ。部屋の隅に置いといて」
「うっす! 了解です!」
オラッ、とゴミのように蹴飛ばされ、マサ君は部屋の隅に転がされる。少々可哀想かもそれないが、まぁ彼に非があることだし反省してもらおう。
さて、と腰を上げる。
皆の注目が集まる中、俺は語り出す。
「俺は常々考えていました。結婚とは所詮――妥協の産物に過ぎないという事です」
「マジかアイツ……ッ!」
「あの野郎、タブー中のタブーに突っ込んできやがった……ッ!」
「それだけは言っちゃあいかんでしょうよ……ッ!」
過激な発言に、ざわざわと会議室が騒ぎ出す。
世間に非難されるだろう意見であることは分かっている。だけど訂正するつもりはない。
「異性に惚れる。それは外見から始まります。その好みは人の性癖の数だけありますが、そもそもそれを満たせる異性が果たしてどれだけいるでしょうか?」
理想を追い続ければキリがない。自分で努力するのは難しいけど、相手に理想を押し付けるのは容易い。だからこそ愚かな男は、その理想を追い続けてしまう。
そして見つかったとして、そこで終わりではない。
「運良く理想に近い女性に出会えたとして、交際まで持っていける男性が果たしてどれだけいるでしょうか? 様々な理由で女に袖にされます。――他に好きな人が居るの。実は付き合ってる人が居て。今は恋愛に興味ない。良い人なんだけど。ごめん、そんなつもりじゃ無かった。友達としては良いけれど、彼氏には出来ない。リップサービスなのに、まさか本気にしたの? なんというか、生理的にムリ――ゔぉえ!」
「楓太!! ムリをするな!!」
だ、大丈夫だ。幸いにも俺にはそんな経験はない。いや、それはそれで悲しいが、ただ想像しただけでダメージが入っただけだ。
俺なんかより他の人達の方がまずい。半数近くの人がうめき声を上げて苦しんでいる。特に世永さんはまずい。まるで薬が切れたヤク中のようにブルブル震え、今にも卒倒しかねない。
「そ、そこを乗り越えたとして、結婚となると今度は内面の審査が始まります。本当にこの人は自分を愛しているのか? ATM扱いなんじゃないか? 浮気しないか? 自分の財産目当てじゃないか? 托卵を狙ってないか? いくら好みの女でも、自分を不幸にするようなサゲマンは死んでもゴメンです」
「確かにな。俺もそれで結婚が嫌になった。籍を入れる前に本性に気づいたから良かったが、あのまま結婚したらどうなっていたことか……」
どうやら経験がある様だ。トシさんが苦い顔でぼやく。
厄介なのはこの内面の判別が難しいってことなんだ。それまでは演技をしていて、結婚してから本性を出す奴らっているからな。
このリスクと、もっと理想の女に出会えるんじゃないか? こういった思いから、見つかることのないオアシスを求めて当てのない旅を続け、ズルズルと引っ張った挙句に自分を迎えるのが――妥協だ。
「いい歳になって結局理想の女とは巡り会えず、なんとなく付き合っていた女が側にいる。顔もスタイルも完璧ではないけど、性格は悪くはない。まぁ居ないよりはマシかなぁ――で、なんとなくそのままゴールイン。これが結婚の現実じゃないでしょうか?」
「全国の女性が激怒する内容だよ。あと愛妻家からも凄く怒られる」
冷静に伊波が突っ込んでくるが、でも現実にはこんなもんだと思うぞ。愛妻家なんて人はそれに値するパートナーを見つけられたごく一部の幸運者で、参考にはならん。
その証拠に見てみなさい。ありえる……みたいな顔をしている男が何人もいる。
ここで話を終えれば、皆を不安にさせただけのゴミ野郎だ。しかし、当然そんなことあり得ない。
――理想の嫁が見つかるか不安? でも大丈夫! ホムンクルスさえ居ればね!
「自分だけを一途に愛し、浮気の心配は一切なし。家事を全てこなし、我儘も一切言わず自分のいうことを素直に聞いて、生活のサポートをしてくれる。当然サキュバスをベースにすれば夜の方も――ね?」
「マジかよ。そんな男にとって都合の良すぎる女が俺の手に……?」
「しかも見た目はサキュバス……こんなの専業主婦という名の寄生目的な女が勝てるわけがねぇ!」
皆の目に熱狂が宿る。それに合わせて暴言が飛び交っていく。
まぁ、実際はそこまで出来るか検証してないからわからんけどね。きっと誤差だよ、誤差。
だが彼らはまだ理解が浅い。
「どうやら勘違いしているみたいですが、何も俺が作れるのはサキュバスだけではありません。最初に伝えた通りです。ホムンクルスは素材を投入する事で、特徴を混ぜ合わせる事ができるのです」
「特徴を……ッ!? そっ、それはつまり、サキュバスをベースにケモ耳を付けたり」
「出来ます。そうやって架空の種族を作るのはもちろんのこと、スタイル、髪や肌、目の色、外見を自由に決める事ができます」
ザワ――ッ!!!!
本日何度目か。そして最大のざわめきが起きた。
そして、我先にと皆が必死な顔で次々と捲し立てる。
「峰不〇子みたいなスタイルの日本人も!?」
「作れます」
「胸と尻がバインバインのダークエルフも!?」
「作れます」
「身長二メートル超えの鬼娘も!?」
「作れます」
「ケモ度七割くらいの獣人も!?」
「作れます」
「無表情クールなアンドロイドも!?」
「たぶん作れます」
「〇歳くらいのロリっ娘も!?」
「作れま――異端者だ!! 殺せ!!」
「はっ!!」「はっ!!」「はっ!!」
「はっ!? いや、ちょっ、まっ――!」
バキッ! ボコッ! ドカッ! ドスッ! ――ぐぁぁ……!
数人に囲まれて瞬く間にズタボロにされ、マサくんと同じところに捨てられる者がまた一人。
冗談のつもりだったんだが、まさか即座に反応して本気でしばいてくれるとは。この人達ノリが良いなぁ。それにしても良い気分だ。
「浄化が進むと清々しい気持ちになるな。そうは思わないかね? 川辺君」
「ぶひっ……!」
川辺は青い顔で、ぎこちない返事をする。
君も気をつけたまえよ? いつああなってもおかしくないのだからねぇ……!




