第33話 俺についてこい①
フロアボス。それは名前の通り、ダンジョンの各層に存在するボスのことだ。
ダンジョンには魔力スポットと呼ばれる魔力が溜まりやすい空間があるらしく、その空間に魔力が一定量溜まることで、フロアボスが出現するようになるらしい。
通常の魔物とは違いダンジョン内で生息しているのではなく、その魔力スポットにある程度接近することで、フロアボスは姿を現すとか。そしてその強さはその層の平均を大きく上回る。
強さといい特殊な出現方法といい、まさしくボスと呼ばれるに相応しい。こちらから仕掛けない限り現れることもないため、基本的には近づかないことが望ましいが、それでもフロアボスの挑戦をする者は後を絶たない。
それはフロアボスを討伐した際の恩恵として、希少な素材やアイテムが手に入るからだ。
この世界のダンジョンには未だ宝箱のようなものは見つかっていない。だからこそ、このフロアボス挑戦がそれに近い扱いを受けている。ダンジョンが用意した物、という意味では似たようなものだが、まぁ片方が存在しないからこそ猶更という感じか。
危険を冒して挑戦するだけの価値がフロアボスにはある。魔力スポットの魔力により生まれるせいなのか、そのボスの素材はもちろんのこと、特定のボスが身につけている装備、アイテムが破格の性能を持っているらしい。
なんでもその中には、スキルやジョブを習得できる〈オーブ〉なるアイテムがあるとか。伊波の言った希望というのもこれだ。
フロアボスから〈オーブ〉が出れば、俺の問題を解決できる可能性がある。これでも駄目なら諦めもつく。だからこそ、一区切りの挑戦として丁度いいのだ。
「――なるほど。それでフロアボスの挑戦ですか」
休み明けの渋谷ダンジョン協会支部エントランスホールにて。俺はその旨を七緒ちゃんとチヨちゃんに打ち明けた。
七緒ちゃんは小さく溜息を吐いたあと、申し訳なさそうな声で言った。
「最近、焦っているようだから大丈夫かなと心配していましたが、そこまで追い込まれていたなんて思いませんでした」
「そうですよ。できれば私達にも相談してほしかったですっ!」
「ごっ、ごめん」
ぷくっと頬を膨らませるチヨちゃんに思わず謝ってしまう。
悪いとは思うけどね。これでも大人だからさ。出来れば子供の前ではカッコつけたいし、心配させたくなかったんだよ。
気まずさを感じる俺に、七緒ちゃんはふっと笑って首を振った。
「いいですよ。言い辛いのも分かりますし、こうして教えてくれたんですから。しかし、フロアボスですか……」
「やっぱり不安かな?」
「いえ、そんな事ないですっ! 今ならピーちゃんとマルも居ますからね! 頑張ります!」
「ピー!」
「ウォン!」
強気なチヨちゃんの声に、ピーちゃんとマルも鳴いて応える。当然だ、とでも言うような態度が何とも頼もしい。
そんな妹を見て、七緒ちゃんも頷いた。
「そうですね。今の私達なら良いと思います。それに、ここで受けないと優先権も失われるんですよね?」
「そうだね。受けたい人は大勢いるから」
この優先権には期限がある。指定された日時までの間に挑戦しないと、その権利が失われるのだ。
いくら推薦されたからといっても、後ろがつかえている訳だからな。いつまでも保留にすると騒ぐ奴らが出てくるため、当然とも言える。
「それなら尚更やりましょう。みすみす権利を他の人に譲るのも面白くありませんし。その代わり――」
「準備はしっかりとしてから、だよね?」
俺が言うと、七緒ちゃんは苦笑する。
「楓太さん達には言うまでもありませんでしたね」
「安全第一に、だからね。当然その辺りは怠らない。というか、もう用意は出来てるんだよね」
「えっ?」
目をパチクリとさせる七緒ちゃんに、俺は続ける。
「元々いつかは挑むつもりだったから、準備はしてたんだよ。まずフロアボスの情報だけど、渋谷ダンジョンの一層だとゴブリンの上位種か、狼系の上位種が多いみたいだね」
フロアボスの種類はランダムであるが、これが出やすいという偏りがあるらしい。ここで言えば〈ゴブリンソルジャー〉やら〈バトルウルフ〉といった、二層以降の魔物が出てきやすいようだ。
もちろんそれが多いというわけで、まったく関係ない魔物が出てくることもあるらしいが――
「それはレアケースだから、そう心配することもないでしょ。それに万が一そうなったとしても、確認されている魔物ならだいたい分かるから大丈夫だと思う。いくら何でも一層で深層の魔物が出るなんてないだろうしね」
「確認されてるならって、まさか協会が調べた魔物を全部覚えてるんですか?」
「うろ覚えのところもあるけど、特徴は一通りね。そんな驚くことではないでしょ」
「私も渋谷ダンジョンの魔物くらいは覚えてますけど、それも攻略するところだけで、他のダンジョンのことなんてとても……」
「楓太さん、思った以上に勉強していたんですね。凄いです」
チヨちゃんが驚いた目を向けてくる。
正直照れるが、マジで大した理由ではないんだよな。
「いや、なんかゲームのキャラを覚えるみたいで楽しかっただけなんだよね。渋谷ダンジョン終わったらその流れで他もってだけで。あとさ、姿形が似てるやつはほとんどやってくることが一緒だから、上位種はこうって感じで特徴だけなら覚えやすいっていうか。うろ覚えのところもあるって言ったでしょ? 細かいとこまでは覚えてないのよ」
「オレは流石に渋谷ダンジョンしか見てねぇな。すでに記憶力の衰えを感じるわ」
「僕は全部見たけど、それは確かに感じたね。子供の頃ならゲーム関係の知識なんかすぐに頭に入ったんだけど」
分かるわーと、三人でしみじみと昔を思う。
子供の頃はゲーム関係ならどんな情報も一発で覚えられた。今は好きなキャラでさえ名前を間違えたりするからな。悲しくなるわ……。
「物資は元々揃っているから今更でしょ? あとは装備だけど、急いで昨日のうちに揃えました。どうかお納めください」
「わぁ! 私のですかっ!? ありがとうございます!」
「ここまで準備をしていたんですね。というか昨日? よく間に合いましたね」
挑むと決めたからにはね。急いで作りましたよ。元々材料も揃っていたから、あとは作るだけだったしね。【錬金術】は本当に便利だ。正直疲れたけどな。
装備の入った紙袋を受け取り喜ぶチヨちゃんとは反対に、七緒ちゃんは恐縮している。そして俺と伊波を見て、そういえばと声を上げた。
「いつもと同じ装備ですけど、お二人は装備を変えないんですか?」
「うむ。僕は今のままでも困らないからね」
「俺は重い装備はつけられないからこのままで。伊波は魔力補正のある装備を作りたかったけど、それらしい材料が手に入ってないんだよね。だから今回は我慢してもらった」
「そんな、二人を差し置いて私たちが先なんて……」
「いいからいいから。材料が揃えばすぐに作るし、気にしないで。それよりも早く着替えてきな」
「……分かりました。それじゃあちょっと待っててください」
遠慮していたが、何か決意したような顔で七緒ちゃんは更衣室に向かった。その後をチヨちゃんも追う。
今の俺が作れる最高傑作だと自信を持って言える。気に入ってくれると良いけど。
「どうですか? 似合ってますか!」
「最悪……騙された……ッ!! 何で私がこんな服を……ッ!!」
帰ってきた二人は両極端な反応だった。
チヨちゃんはサファリハットにジャケット、ショートパンツにブーツと一式揃えたサファリルック。
〈調教師〉に相応しい格好と考えて何も思いつかなかったので、とにかくそれっぽい恰好をと、趣味で決めた。
嫌がられるかとも思ったが、意外と楽しそうにしているようで良かった。コスプレのようなものと思っているのかもしれない。
七緒ちゃんはセクシーな踊り子衣装とでも言えばいいのか。
青を基調とし、Tバックの上に透けた薄いベールのスカートを履いている。スカートにはスリットが入っており、時折チラリと見える太ももが扇状的だ。それと同じ材質の白いストールを肩と腕に巻き、ヒラヒラと垂らしている。剣を振れば見事に映えるだろう。
胸元はしっかりと隠しているけど、ガッツリひらけている背中とチラチラと見える太もも。チヨちゃんは健康的な美しさって感じなんだけども、七緒ちゃんはただただエッロ!!
予想以上の出来に我ながら震えが止まらない。ファッションには詳しくないのに、曖昧なイメージを汲み取ってしっかりと形に仕上げてくれる【錬金術】は本当に凄い。
七緒ちゃんに相応しい完璧な品を作り上げたという自信がある。なのに七緒ちゃんはお怒りのご様子。これが分からない。
「二人とも似合ってるよ。なのに七緒ちゃんは何が不満なの?」
「不満だらけですよ! ヒラヒラしすぎてたり透けたりするのはやめてくださいって言いましたよね!?」
言ったっけ? 言ってたかな? 言ったかも。
でも了承した覚えはないな。
「アイドル衣装の方が良かった? それよりはマシだと思うけど」
「それは嫌ですっ! でもこれTバックって……しかも透けてるからお尻が……!!」
透けてるから薄っすら見えてるねぇ。ハッキリ言って丸見えよりエロ……いや、綺麗だと思う。
「凄く似合ってるよ。なぁ?」
「おう、マジで似合ってる」
「うん。男なら誰に聞いても同じ答えが返ってくると思う」
エロいよ、ってな。実際さっきから注目集めまくってるもんな。がっつり見てくる奴も居れば、チラチラと何度も見てくる奴も居る。ただでさえ美人だもん。男なら誰でも見るよこんなん。
怒っているのか、恥ずかしがっているのか、七緒ちゃんは頭を抱えてぶつぶつ呟いている。
「ああ、親切だし有能だったから騙された……そうだ、基本こういう人たちなんだ……クズ共と変わらない……」
「騙したとは失敬な。デザインはともかく、装備に関しては手を抜かないよ俺は。だいたい気に入らないんだったら何で着替えてここに来たの?」
「私のために作ってくれたって聞いて、気に入らないなんて言えるわけないでしょ!!」
おっ、おう。律儀な子だな。正直すまんかった。
だとしてもお前が良い子過ぎたのが運の尽きだ。諦めるんだなっ!
「実際性能に関しては凄いんだよそれ。我慢して着る価値はあると思う」
マジな話、性能面で言えば俺が作った装備の中で一番なんだよな。
頑丈さはもちろんのこと、【回避補正】とか【踊り補正】なんて付いてくるとは思わなかったよ。
生産職の装備が求められている理由がよく分かった。こんなのがあると一般の装備なんか着ていられなくなる。
「分かってますよ。着たらなんか体が軽くなった気がしますし。だから本気で怒ろうにも怒れないんでしょ!」
「それじゃあ覚悟を決めよう。ある意味、俺の最後の冒険になるかもだからね。悔いが残らないよう、全力を尽くしたいんだ」
「私は一生に残る恥になりかねないって言ってるんですよ……ッ! こんな格好でダンジョンに潜るやつなんか何処にいるんですか……ッ!」
今にも殺さんばかりの目で睨まれた。マジギレじゃん。こわっ。
「七緒ちゃんが思っているほど変じゃ無いって。ここは初心者用ダンジョンだから見かけないだけで、他のダンジョンには生産職が作ったコスプレみたいな格好の探索者がゴロゴロ居るよ」
「でもっ、でもっ……! そうだ、せめて上から何か羽織れば――」
「重ね着すると装備の効果が消えます」
「――クソがっ!!」
とうとうチンピラみたいな言葉が出てきた。よっぽど不服らしい。
見るに見かねてか、チヨちゃんがおずおずと口を出す。
「お姉ちゃん。似合っているのは間違いないから諦めよ。恥ずかしがっている姿を見られる方が恥ずかしいよ。堂々とすれば逆にカッコいいから」
「……ッ!! …………ッッ!! ――行きましょう」
おお、葛藤を乗り越えた。
堂々と立つ姿は自信に溢れ、より七緒ちゃんの美しさを際立たせる。
ここまでの美しさだと、下心ではなく畏敬の念が出てくる。なんて強いんだ。
「さすが七緒ちゃん。信じてたよ」
「あなたに対する怒りはフロアボスにぶつけさせてもらいますから……ッ!」
マジで怖ぇ……。これじゃあ実は試したことないから、重ね着で効果が消えるかは分からない、なんて今さら言えないな。
スケスケが気に入らないようだし、次に作るアイドル衣装はキャピキャピって感じにしよう。十歳は若返らせてやる。




