第32話 現実②
「吐きそう……」
翌朝、というか寝すぎて午後になっているが、俺は二日酔いで死にかけていた。分かり切っていたこととはいえ、寝起きから今にも吐きそうになっていてやばい。
普段飲まないくせに、あんだけ飲めばこうなるのも当然だ。気を使って付き合ってくれたタケさんのペースに合わせたのも悪い。なんであんだけ飲んでるのに平然としてるんだあの人。イメージ通りではあるんだが、高レベル探索者はやはり化け物か。
「休みにしておいて良かった。探索を入れていたら迷惑をかけるところだった」
アイツらへの相談は……明日か、次の探索が終わってからか……なんだったら二層へ行く話が出てからでも……まぁその内話す時があればその時でいいかな。
べ、別に話しづらいからひよった訳じゃない。こんな体調じゃまともに話すことも難しいしな。大事なことだから万全な時に話す。それだけだ。
――ピンポーン。
……宅配の予定は無いんだよなぁ。
来ちゃったかぁ。いや、最近はずっとこんな感じだししょうがないんだけどさぁ。
仕方あるまい。体調が悪いということで帰ってもらうか。話すにはまだちょっとだけ覚悟がね。
方針を決め玄関を開ける。当然のように、そこにはデブとガリの姿が。
ここが演技の見せ所。申し訳なさそうな表情を作って、
「おはよう。来てくれたところ申し訳ないんだけど、ちょっと体調が悪くて――」
「タケさんから連絡来たぞ。楓太がついていけないって泣き言を零していたから話を聞いてやれって」
「――あのオッサンはほんとによぉ!! 何してくれちゃってんのマジで! どうぞお上がりよ!!」
「これは見事なキレ具合」
タケさんから聞いているんじゃ誤魔化しようがねぇ。
二人を中に入れ、飲み物を用意する。いつもならゲームをしながら話すところだが、今日は今後に関わる重大な話だ。たまには真面目にやろう。
ちゃぶ台を囲み、早速尋ねる。
「それで、タケさんからどこまで聞いたの?」
「ステータスが低くてついていけないから、ダンジョンに潜るのは止めるんだろ?」
「でも本当は続けたいから辛い。一緒にやれなくて悔しいって泣いていたって。あっ、酔い止めとか胃腸薬とか買ってきたけど、要るかい?」
「全部聞いてんじゃねぇかよ! そうだよその通りですよクソが! 薬はください!」
マジで全部知ってんじゃん! 信頼して話したのに普通バラすか!?
荒れる俺を見て、二人はおかしそうに笑った。
「お前からすればそうだろうけど、俺は教えてもらってありがたいと思ったぜ」
「そうだね。楓太のことだから、いざとなったら言いづらくて話せないってことになってたんじゃないかな。だからタケさんも僕たちに教えてくれたんだと思うよ。実際、さっき仮病で追い返そうとしたよね?」
「……二日酔いで体調悪いのは本当だから仮病ではないです」
完全に読み切られている。
当たっていただけになんの反論もできん。
「そんで? 本当に無理なのか? 何か方法はないのか?」
腕を組みながら、真面目な顔で改めて聞いてくる川辺。
その顔に気圧されつつ、俺は力無く頷いた。
「無理だ。これ以上差が開くとなると、ついていくのも難しい。俺と一緒のままだと一層が限界だろうな」
だから、俺を置いていくしかない。そう続けるはずだったのに、口に出すことが出来なかった。
この期に及んで未練がましい自分に呆れ、内心で自嘲する。全て、昨日の酒で飲み込んだはずなのにな。
改めて口に出そうとした時、川辺はあっさりと言った。
「そうか。じゃあ階層は一層でストップだな。他に稼げそうな素材でも探してみるか? あるいは他のダンジョンを見てみるか?」
「そうだね。ダンジョン毎に取れる素材も大分変るだろうし、他に売れそうなアイテムを開発出来るかもしれない。やってみる価値はあると思うよ」
「…………え?」
いや、何で一層止まり? 他のダンジョン? 二層以降に進めばいいだけだろ?
混乱している俺を見て川辺が、ん? と間の抜けた声を上げた。
「どうした? 何か変だぞ?」
「いや、どうしたっていうか……何で一層止まりで他のダンジョン?」
「はっ? いやだって、お前二層以降は無理なんだろ?」
「そうなると、同じダンジョンを隅々まで探すか、他のダンジョンに行くかしかないね。何も変なことは言ってないと思うけど」
「そうじゃなくて、俺がパーティーを抜ければいいだけの話だろ!? 俺が生産に専念してサポートすれば、お前らならもっと上に行けるだろ!」
だから悔しいけど諦めようとしているんだぞ俺は。置いて行かれるようで寂しいけど、それよりもお前らの足を引っ張りたくないんだよ。
同情されて俺に合わせるのが、一番嫌なんだって! そうなるくらいなら俺のことは気にせず進んでほしいんだ!
そのことを必死で伝えたというのに、二人の反応は微妙な物だった。
気まずさと呆れが絶妙にブレンドしたような顔で、申し訳なさそうに川辺が口を開く。
「ああ~、その、楓太さ。そもそもの話なんだが、何で俺らが上を目指してる感じになってるの?」
「えっ?」
「君、僕らの活動目的忘れてないかい? ほどほどのスリルで、マイペースに稼げればそれでよし。リスクは追わずに安全第一に。そんな感じだったじゃないか」
「それは……ッ! ……まぁ確かにそうだけど」
そこは今も変わってないし、訂正するつもりはない。でもこれは全く違う話だろ!
「それはお前らが無理する必要はないって意味だろ。でも今回はそうじゃなく、俺がついていけないって話だ。お前らは普通に探索するだけで上に行けるのに、俺のせいで邪魔されるのは違うだろ。仲間だと思っているからこそ、馴れ合いはダメだろ。お前らは俺を置いて上に行くべきだって」
「……うーん」
真っ当な事を言ったのに、川辺は微妙な表情で首を傾げるだけだった。
何で悩んでるんだよ。俺の何が間違ってるってんだ。
「例えばさー、ここにサッカーが好きでプロになれる才能の子供が居るとするじゃん?」
「えっ。何だ急に」
「まぁ聞け。でも、子供はサッカーはあくまで趣味レベルで、プロになる気はなかったんだよ。他の夢が有って、進路は他の道をって考えていたの。ところが、親が才能あるからプロ目指しなさいって強制するわけ。これどう思う?」
「親の気持ちも分からんでもないけど、子供の気持ちを無視したらその時点で毒親だなって思う」
「楓太。今の君がそれだ」
伊波の指摘に、思わず固まる。
えっ……あっ? 嘘だろ、そんなバカな……。
「俺は……お前らのパパだった?」
「気色悪い事をぬかすな。あとポイズンが抜けてるぞ。ポイズンパッパな」
「僕らの気持ちを無視しているって意味では毒親と変わらないね。というか、いつから僕らはそんな勤勉な人間になったんだ」
二人は顰めっ面になって続ける。
「そりゃ命がかかってるし真剣にやってるけどよ、遊びの延長で仕事してるようなもんだぞ」
「まったくだ。そもそも上を貪欲に目指そうという者が一勤二休なんて舐めたスケジュールを認める訳ないだろう」
「そうそう。今のままでも十分満足してんのに、お前を置いてまで上を目指すとか考えると思うか? むしろなれ合い上等だろ」
「いや、でもさ……」
こいつらの言い分は理解できる。元々俺だってそういう考えだしな。
だが、そうだとしても――
「申し訳ないんだよ。俺のせいでお前らが損してるみたいで」
「それも俺らがずっと感じてたことなんだよなぁ……」
「え、そうなの? なんで?」
「何でも何も、どうして自分のことだけ評価が低いんだい? 楓太の稼ぐ力があったからこそ、僕らは今の時点で理想的な生活が出来ているんだよ? それなのに君は利益を山分けにするし。七緒ちゃん達からも新人の辛さは聞いただろう? 君がいなかったら、確実に僕も川辺も探索者を辞めていたよ」
「俺ですら流石に申し訳ないと思ってたぞ。いつか俺が力になれば良いやって割り切っていたけどな。お前は最初っから、俺達の力になってたんだよ」
まぁ、ようするにさ――と、川辺は思い起こすように続けた。
「ダンジョンに潜って、打ち上げして。生産を手伝って、駄弁ってゲームしたり、思いつきで遊びに行ったり。本当に遊んでいるような毎日で……俺らもお前と一緒で、楽しかったんだよ」
――ああ。そうだったのか。
その言葉を聞いた瞬間、ふっと肩から力を抜けたの感じた。
気が抜けて、力なく笑う。
「そっか。楽しかったか。お前らも」
「そうだよ。当たり前だろ。今さらお前抜きで探索とかやってらんねぇよ。だから気にしなくて良いんだよ」
「そういう事だね。ふふっ、気恥ずかしいものがあるけど、たまにはこういうのも良いかもね」
「おおっ、この歳で今更アオハルやってるわ」
エモイだの青春だのとバカなことを言っている奴らを、安心して見ていられる。
現金なものだ。あんなに悔しさで溢れていたのに、今ではそんなものが最初からなかったようにスッキリしている。
そんな俺の心境を見抜いてか、川辺が揶揄うように言った。
「おっ。どうやらもう大丈夫みたいだな」
「ああ、分かったよ。もう俺を置いていけ、なんて言わない。でもそれはそれとしてお前らは上に行け」
「「なんで?」」
二人は揃って俺を見る。信じられない、とばかりの表情だった。
「お前今の話聞いてた!? どうしてそうなるのよ!?」
「ここはこれからも一緒に、って流れだろうどう考えても! まだ意固地になってるのか!?」
「いや、それはない。本当にありがとうな。お前らのおかげで俺もすっきりしたよ。もう生産に専念するとは言わない。これからもよろしく。でも、それとはまったく別の話でさ。お前らが行ける範囲で上に行って強くなってくれた方が、俺の護衛という意味では助かるだろ?」
「それは……まぁ、その通りか」
「別に無理して上に行けって訳じゃないよ。あくまで今まで通り、絶対に死なない、怪我をしないことを第一に行けるとこまでだ。二層以降に進んだ方が魔物の経験値も上がるだろうし、その方がお前らが強くなるのも確かなんだから」
「むぅ。まぁ理に適ってはいるけども」
「あと、これはお前ら自身、気づいていないと思うんだけどさ」
俺のことを分かっていないと言うが、こいつらも自分がどういう人間なのか分かってないと思う。
「今のまま俺と一緒に一層に専念したら、絶対にレベルを上げたいとか考えたくなる時が来ると思うぞ。だって伸ばせるステータスがあるなら、伸ばしたくなるだろ。ゲーマーとしては」
「それは否定できねぇ……」
「新しいスキルを覚えたり、強くなっているのを実感するの、楽しいんだよね……」
やりこむならカンスト目指すよな、ゲーマーなら。ましてやこの世界、かなり自由度が高い成長をするみたいだし。リアルの自分がどんなキャラなのか確かめたくなるだろ。
それに上で手に入る素材を融通してくれるなら、俺も新しいアイテムが作れるようになるし、どっちにも損がないんだよな。
「あと何より、七緒ちゃん達の事もあるからね。せめて新しい仲間が見つかるまでは面倒見てあげないと」
「ああ~、それはその通りだわ。放っておくわけにもいかんしな」
「どうかな? 彼女達も僕らの方針には賛同しているからね。このまま一緒にやりたがると思うけど」
「その時はその時だ。そのまま受け入れてやればいい。どのみち強くなって損することはないだろ」
一緒に探索して強くなれば選択肢は増える。どんな結果になるのかは分からないけど、喧嘩別れするようなことにはならないだろ。
「生産を中心にして、そのスケジュールの兼ね合いで材料集め兼運動目的で一緒に一層を探索。俺がダンジョンに潜らない日に、お前らは更に深い階層で探索。労働と休日のペースは今まで通り。これならお互い損はないだろ。俺も一層とはいえ探索は続けるから僅かでもレベルは上がるだろうし、もしかしたらその間に俺もジョブやらスキルやらが手に入るかもしれない」
これなら川辺達は成長できる。俺もペースが落ちるとはいえ強くなれるし、今まで通りの生活を維持できる。まぁ最後のは望み薄だが。
俺の話に納得したのか、川辺が一つ頷いて確認してきた。
「確かに俺ららしいやり方だな。本当にそれでいいんだな?」
「うん。むしろこれが良い」
「そうか。楓太がそれで納得できるなら良いと思うよ。でもそうなると、もう少しで同じレベルで一緒に探索することもなくなるよね。だからという訳じゃないんだけどさ」
そう言うと、伊波はゴソゴソと封筒を取り出し、俺に渡してくる。
その中身を見て、俺は目を瞠った。
「お前、これっ」
「昨日の帰還報告は僕がやっただろう? その時に職員に渡されたんだよ。どうやら元々候補としては上がっていたんだけど、タケさん達が推薦してくれていたみたいだね。手に入れたのは偶然だし、本当は楓太の希望になるかもと思って持ってきたんだけど……」
俺の希望になる。その言葉を聞いて、俺は納得していた。それだけの内容がここには書いてある。
封筒の中に入っていた資料は、冒頭にこのような文章で始まっていた。
――〈渋谷ダンジョン一層ボス優先権に関するお知らせ〉
「渋谷ダンジョン一層フロアボスへの挑戦。予定とは違ったけど、一区切りをつける最後の探索としてはちょうどいい相手じゃないか?」
♦ ♦
【探索のヒント! その十九】
〈ダンジョンフロアボス優先権〉
各ダンジョンには一層毎に、フロアボスと呼ばれる魔物が存在している。
魔力スポットと呼ばれる空間に近づくと出現する特殊な魔物であり、そしてその強さはその層の平均を大きく上回る。まさにボスと呼ばれる魔物に相応しい。また、討伐後一定期間が過ぎ、魔力が溜まると再出現する性質を持っている。
仕掛けない限り襲い掛かってくることがない為、戦いを避けることが無難な相手ではあるが、倒した場合の恩恵も相応しく、稀少な魔物素材やアイテムを入手することもできる。場合によっては新たな力を得た者も居るとか。
その恩恵から、フロアボスの討伐を巡って探索者同士の争いが過熱した時期があり、探索者協会の介入が入った。
独占を避ける為に幾つかのルールが定められたが、重要な点は二つ。
(1)各フロアボスの討伐は、協会で定められた各層攻略推奨レベルの範囲内であること。
(2)フロアボスの討伐優先権は、協会へ一定の貢献があると認められた者達による抽選、あるいは協会、上位探索者による推薦で決まる。
これにより上位探索者による低層フロアボスの独占や、探索者の風紀形成に役立つことになった。素行の悪い者はいつまでもフロアボス討伐の恩恵を受けられないからである。
なお状況にもよるが、ルールを破り討伐した者は手に入った素材等の没収に加え、協会から厳しい罰則が与えられる。




