第31話 現実①
あれから二週間。俺達は順調すぎるほどに成長していた。
川辺と伊波の強さは言うに及ばず、やはり七緒ちゃんとチヨちゃんの成長が大きい。
七緒ちゃんは〈舞踏士〉で。チヨちゃんはマルによって。二人が戦いに直接関与出来るようになったことで、戦闘時間が大幅に短くなった。
マルは戦闘だけではなく、予想通り索敵でも役に立ってくれた。視認性の悪い森でもいち早く敵に気付き、不意打ちされることも無くなった。
そして何よりもスライム狩りだ。俺が思っていた以上にスライム狩りの効率は良すぎた。数日おきに沼でアイテムを使って一網打尽にする。これだけで信じられないほどの経験値が入ってくる。
結果、俺達のレベルは9にまで達した。流石にそろそろ伸びが悪くなってきたが、これは一層を抜けることを考えるレベルだ。
レベルは十分。戦闘も索敵も隙がない。この一層において敵はほぼいないと言っていい。試しに戦ってみたカームライノでさえ、楽に対応できるほどだ。
手に入る素材を売り捌くだけで金になるし、並行して行なっているポーションの取引もどんどん拡大している。最近ではポーション以外のアイテムも相談に乗って調整、客のニーズに応える〈錬金術師〉としてさらに売り上げを伸ばしていた。
以前とは比べ物にならない稼ぎ。十分な戦闘力。探索者としては間違いなく成功者の道に入りかけている。
そう、全て順調に行っていた。
――俺の限界が見えてしまった、という一点を除いては。
♦ ♦
「はぁ、はぁ、はぁ……」
足が重い。動かすのも億劫だ。
肩が痛い。荷物の重さで、肩に紐が食い込む。
でもそれより辛いのが、そう感じているのが俺だけだということ。
他の皆は、別に急いでいるわけではないということ。
俺に気遣って合わせて歩いてくれているのに、それでもついていけないという事実が、何よりしんどかった。
「あの、少し休みませんか?」
七緒ちゃんの善意に、感謝を感じる前に。余計なこと言うなと反発を覚える自分が嫌になる。
優しくされればされるほど、みじめになる。そういう風に考える自分が、本当に情けなかった。
「いや、いいよ。まだいけるから」
「でも、無理するのも良くないと思うんですよ。ほら、時間的にも余裕がありますし、少しくらい休んだ方が……」
「いや、大丈夫だって」
「じゃ、じゃあ私が荷物を持つのはどうですか? ほら、私はお姉ちゃんと違って直接戦いませんから――」
「だから、いいってば!」
気付かぬうちに、語気が荒くなった。
びっくりしたようなチヨちゃんの顔を見て、自分の失敗を悟る。
気遣ってくれた若い女の子に当たり散らして、何やってんだ俺は……。
「ごめん。荷物は俺が背負うしかないからさ。やっぱり休ませてもらってもいいかな? 強がっていたけど、正直疲れてるわ」
「あっ、はい! もちろんですよっ!」
「いいぞー。俺も休みたいとこだったしな」
「そうだね。急ぎでもないしのんびりやろうか」
皆、何も気づいてないかのように振る舞い、雑談し始める。それに混ざりながら、俺は自己嫌悪に浸っていた。
本当に、情けねぇ……。
♦ ♦
「おお楓太。悪い、ちょっと遅れたな」
「こんばんわ、タケさん。時間前ですから気にしないでください」
探索後、俺は皆と別れタケさんに連絡を取っていた。
相談したいことがあったのだが、それは仲間内には出来ない。それで頼りになる人はと考えたら、真っ先にタケさんが思い浮かんだ。
急には難しいかと思ったが、運良く休みの日だったようで夜に会えることになった。で、今こうして二人で待ち合わせ、飲みに行こうとしている。
場所は、以前連れて行ってくれた密談にも使える店だ。
「運が良いな。今日は良い魚が入ってるってよ」
「魔物の刺身か。楽しみですね」
前と同じ奥の席に案内され、とりあえず乾杯。料理を待つ間に近況報告となった。
「最近調子が良いみたいだな。仲間内で評判になってるぜ。楓太は使える。信用できるってな」
「そうですか? 適当にアイテムを作ってるだけなんですけどね」
「いやいや、ポーションをすぐ用意してくれるのもそうだが、こっちの希望通りにアイテムを調整してくれる〈錬金術師〉って居なかったからな。こんなに便利だったのかってお前と取引した奴らは全員驚いてるよ。真面目な話、お前の引き抜き合戦にならないよう牽制しあってるくらいだぞ。揉めないように次にお前に依頼するのは誰にするか順番も決めてるからな」
「そうだったんですか?」
タケさんと知り合ってから、どんどん違う顔が現れ俺に様々な依頼をしていた。仕事が途切れずにいつかパンクする時が来るかもと覚悟していたくらいだ。
今まで絶妙に期限が被らないようになっていたと思っていたが、まさか発注の段階で調整されてたとは。 随分気を遣ってくれてたんだな。
「もちろんこっちで勝手にやっていることだから、自分で販路開拓とかもしていいからな? あくまで仲間内で揉めないようにしているだけだから、気にしないでくれ。でも、できれば俺らの注文もそのまま受け付けてくれるとありがたいんだが……」
「もちろんですよ。むしろ助かりますので今のままでお願いします」
初期から世話になった人たちに不義理を働ける訳がない。それに、当てもなく客を探して碌でもない奴らに当たるくらいなら、知り合い伝手に信用できる取引相手を紹介された方がずっと良い。
幸い、今まで気持ち良い取引……というか、かなりこっちに配慮してくれている人ばかりだからな。このまま甘えさせて頂こう。
「しかしあれだな。楓太一人だけで誘われるとは思わなかったよ。姉妹はともかく、お前ら三人でセットって感じだったから」
「ははっ。それは否定できませんけど、今回ばかりはアイツらに相談出来ない内容なので」
「……なるほどな」
タケさんは溜息を吐くと、重苦しい口調で続ける。
「今ので大体分かった。しかし、そうか。お前らといえど無理だったか」
「ええ。お前らというか、俺のせいですけどね」
流石ベテラン。これだけで全てを察したか。というより、最初からこの時が来ると予想はしていたのだろうな。
キツイとも思うが、最初から分かっていた人になら相談しやすい。
タケさんは腕を組み、途方に暮れたように天井を見上げた。
「まさかよりにもよってお前が原因とはな。むしろ俺は、お前が一番耐えられると思っていたんだが」
「そうですね。俺ももう少し耐えられるかと思ったんですけど、目の前で見せつけられると現実が見えてしまって……」
「見せつけられって――おいおい、そこまでか? 予想外だったが、それは確かに辛いよな」
「ええ、思った以上に」
素直に俺は頷いた。俺がもう少し強ければ、こんな相談もせずに済んだんだけどな。
肉体という意味でも、心という意味でも。
こんな俺に共感してくれているのか、タケさんはやりきれなさそうな顔を作った。これだけで俺は救われる思いだった。
「仕方ないこととはいえ、しんどいよな。それで、楓太はどっち狙いだったんだ? 誰がそういう関係になった?」
「……ん?」
どっちが? そういう関係? 何それ?
「あの、すいません。タケさん何を言ってるんですか?」
「え? いや、だから……どの組み合わせかは分からんが、パーティー内で出来ちゃったんだろ? んで楓太が狙ってた子を取られて辛いっていう」
「ちっげぇよ!!!!」
何でそうなんだよ!!
全然分かってねぇじゃねぇか!!
「俺らが若い子に手を出すわけないでしょ!! 探索者としての真面目な相談ですよ!!」
「あっ、ああ。そうだったのか。俺はてっきり……でも良かったぜ。恋愛に詳しいってわけじゃないからよ。助言出来るか不安だったんだ」
ボケボケだなこの人。やっぱり相談するの止めようかな。
顔を赤らめながらビールを飲んでいるタケさんを見て、俺は内心で今からでも帰ろうか考えていた。
「探索者としての相談ね。パーティーとしては順調なんだよな。それでお前が原因で仲間に相談できないとなると――そうか。ステータスの問題が出てきたか?」
「……そういうことです」
帰るのは止めておこう。やっぱりこの人しかいない。
「実を言うと、レベル4くらいから感じ始めてはいました。でも、その時はまだ勘違いかと思える程度だったんです。だけどここ最近は順調すぎました。レベルが上がるのは良いことですけど、その度に明らかなステータスの差が出てくるんです」
戦闘についていけなくなる程度ならまだいい。それは最初から分かっていたことだ。だけど今は、一緒に歩くことすら難しくなっている。
俺が荷物を運んでいるとはいえ……いや、それがあったとしても、同行すら出来なくなりつつあるのが問題なんだ。
「一番ステータスが低いチヨちゃん以下で、ただでさえ戦闘に参加できない上に、移動にすらついていけない。これじゃあ俺がパーティーに居る意味がありません」
〈アイテム使い〉、あるいは〈運搬屋〉に該当するジョブが手に入れば、また違ったかもしれない。だがこれ以上は、足を引っ張るだけになってしまう。
「俺がダンジョンに潜れるのは、ここまでみたいです」
「……そうか。うん、そうだな」
タケさんは重々しく頷く。
「正直に言えば、最初から楓太がその壁に当たる可能性は高いと思っていた。それだけ生産職のステータスが低いのは分かっていたからな。ただ、楓太の計画が上手く行けばあるいは、という可能性も考えていた。だからあえて言わなかったんだ」
「ああ、やっぱりそうでしたか。やる気に水を差さないでいてくれたんですね」
「まぁな。だから厳しく言えば、予想通りのことが起きただけって言えばそうなんだが……お前の試みは本当に面白いし、頑張っていたから応援したいってのも本音なんだよな。これも他人事だから言えるんだろうが」
タケさんは名残惜しそうなうなり声を上げ、窺うような表情を俺に向ける。
「限界を感じているのは分かるが、せめて渋谷ダンジョンの一層だけでも続けたらどうだ? 一層の魔物ならお前を守りながらでも行けるだろう? その間に目的のジョブを取れれば話は変わって来るんじゃないか?」
「確かにその通りなんですけど、もう俺達のレベル的に次を考える段階なんです。だからこうして相談に乗ってもらおうと思ったわけで」
「ああ、そういうことか。悪い、下らないことを聞い――えっ? 卒業間近? お前らまだ二ヶ月くらいだよな? レベルは?」
「全員レベル9です。次かその次の探索で、たぶん10になると思います。ねっ? 一層も卒業でしょ?」
「あっ、ああ。それは確かに二層より先を目指す段階だな。……レベル10? 本当に? いくらなんでも早すぎじゃ」
「スライム狩りが本当に効率良くて。お蔭で俺の卒業が早まりましたけど」
「スライム狩り……そういえばアキラの奴が言っていたな。いやにしたって二ヶ月でレべル10? そこまで上がるものなのか……?」
呆然としているタケさんを見れば、俺のやってきたことはやはり普通じゃなかったんだなと思う。
これだけ見れば、凄いことをやったんだとちょっと優越感に浸れるんだけどな。望んだ物が手に入らないのなら、それも意味がない。
「タケさーん、正気に戻ってください」
「おっ、おお。すまねぇ。あまりにも衝撃だったもんで。お前らとんでもないな。……楓太のアイテムを使ってステータスを向上させるのはどうだ? これならついていくくらいは出来るんじゃないか?」
それは俺も真っ先に考えた。実際、僅かながらステータスを向上させるバフアイテムは存在する。俺でも作れそうな奴もいくつかある。
しかし、それも先延ばしに過ぎないと悟った。
「遅かれ早かれ、だと思います。常態的に強化出来るアイテムだと上昇率はたかが知れていますし、強力すぎるものは短時間な上に体の負担が大きすぎる。それを使っても戦えないことには変わりないですし、二層より先に行くとなると俺を守る余裕もなくなるでしょう。そこでレベルが上がれば、またついていくことすら難しくなる訳で……」
「そうか。そうだよな……」
タケさんはその後も考え込んでいたが、長い息を吐いて、力なく呟いた。
「駄目だな。何も思いつかねぇ」
「そうですよね。タケさんならとも思ったんですが」
もちろん嘘だ。都合よくこの状況を解決できるなんて思っていない。
今日相談に乗ってもらったのは、俺の未練を断ち切るための方が大きい。
「……楓太にこれを言うのも酷だとは思うが、実際ここで区切りを付けるってのは賢い選択だと思うぜ」
「やっぱりそうですよね」
ぼんやりと返事をする俺に、タケさんは思い返しているように話す。
「性格的に向いてなかったり、才能が無かったり。いろんな理由で限界を感じる奴らはいる。だが、そいつらの全員がすっぱり諦められるかっていうとそうじゃない。そのままズルズルと続けて後遺症が残る怪我をしたり、最悪死んじまう奴も居る。それと比べたら、冷静に判断できている」
タケさんはじっと俺を見ながら、続けた。
「ましてやお前は、ダンジョンに入らなくても稼げる。戦うだけの他の探索者と比べたらかなり恵まれている。誰からも必要とされる存在だから、仕事も無くならないだろう。アイツらと潜らなくなったとしても、縁が切れるという訳じゃない。仲間として、後方でアイツらを支えることにやり方が変わるだけだ。お前はお前のやり方で、アイツらを支えることが出来る。そうした方が絶対に賢い」
そう、その通りだ。
タケさんの言うことは正しい。自分でもハッキリと分かっている。反論する気は一切ない。
「でも、そういうことじゃないんだよな」
考え込む俺に、タケさんはそう言ってくれた。
困ったように笑いながら、冗談めかしてタケさんは続けた。
「参っちまうよな。出来ることとやりたいことってのは、全く違う話だもんな」
「……ええ。まさかこの歳で今さらこんなことで悩むなんて思いませんでしたよ」
「いや、年齢は関係ないだろ。お前が大人になって、ようやく本気にやりたいと思ったことが出来たってことじゃないか?」
そうかもしれないな。
前の仕事も嫌いではなかったけど、好きでやってた訳じゃない。ただ何となく選んだ仕事で、性に合っていたから続けていただけだ。
だけど、今は違う。
「俺、この二ヶ月アイツらとダンジョンに潜って、本当に楽しかったんですよね」
最初はビビりまくっていたし、今でも怖いと思う時はある。だけどそんな危険なダンジョンを探索していると、なんというか生きているって感じがした。
〈錬金術師〉なんて考えてもいなかったジョブを手に入れて困惑したけど、その有用性を知ってから夢中になった。作ったアイテムが売れる度、やりがいを覚えた。
ダンジョンで稼げるおかげで、会社に縛られず自分達で休みを決めて、怠けたり遊んだりと、自由を満喫している解放感も心地よかった。まるで学生時代に戻ったかのようだった。
金が欲しいなら仕事を増やして、遊びたいと思ったら休んで。どうしたらもっと稼げるか、強くなるか、自分で試行錯誤して、実際に試してみて。
何にも縛られず、自分達の意思で主体的に生きるっていうことが、こんなに楽しいとは思わなかった。
七緒ちゃんとチヨちゃんという、気の合う仲間が増えて、よりパーティーとして上手くいって、それがもっと楽しくなった。
だけど、楽しいと感じた一番の理由は――
「ダンジョンでアイツらと一緒に遊ぶのが、本当に楽しかったんですよっ! だから本当はずっと続けたかったんですっ!」
一人でやることになると思っていた探索者稼業。それが偶然にも三人揃ってやれるなんて思いもよらなかった。
オタクの夢が叶ったようなまるでゲームのような仕事を、親友と呼べるアイツらと一緒にやれたからこそ、ここまで楽しかったのだ。
なのに仕方ないとはいえ、俺だけが取り残されるような形になるのが寂しくて仕方ない。なんで俺だけがと思わずにはいられない。
悔しさで涙を堪える俺をバカにせず、タケさんは小さく頷いた。
「社会に出ると、昔のダチとは疎遠になるよな。それじゃあ新しく友人を作るかってなっても、大人になってから出来た友人って、昔とはまた違うんだよな。どこかに遠慮があるっていうか、自分を出しきれないっていうか。その点、お前らはガキがそのまま大人になったって感じだもんな。寂しくなるのは分かるよ。正直、ちょっと羨ましかった」
タケさんの言う通りだ。これからあんな友人が新しく出来るとも思えない。だからこそ、一緒に仕事が出来て楽しかった。
でも、だからといって足手纏いにはなりたくない。
「本当は、このまま一層でもいいからやっていたいです。でも、アイツらはもっと上に行けます。それなのに俺の我儘でそれを邪魔したくありません。だから、俺はここまでにしようと思います。生産に専念して、アイツらをサポートします。タケさんが言った通り、縁がきれる訳じゃないですしね」
「……うん、そうだな。それでいいと思うぞ。でも、一度ちゃんとあの二人と話してみろよ」
タケさんはそう言って、小さく笑った。
「たぶん、アイツらもお前と同じ気持ちだと思うぞ。続けるにしろ辞めるにしろ、勝手に決めたらそれこそ怒るんじゃないか? ちゃんとお前の気持ちも話して、それから決めろ。どんな選択になろうと、アイツらも受け入れてくれるさ」
「……そうですね。明日にでも話してみます」
「ああ、それがいい。さっ、今日は飲もう。いくらでも付き合ってやるからよ」
その後、俺は終電までタケさんと飲み続けた。
現実から逃げるように。悔しさも悲しさも、飲み込んで忘れようとばかりに。




