第30話 モヤモヤ②
まだ午前中だったこともあり、時間も余っているので俺達は渋谷ダンジョンに潜ることにした。
七緒ちゃん達には悟られないよう平静を装っていたが、体を動かしていた方が気が紛れそう、というのが本当のところだ。
そして俺達は今、森の中に居る。ここまで来たので最終的にはスライムを狩ってから帰るが、この探索の主目的は二つ。
七緒ちゃんが新たに得た〈舞踏士〉の力を試すこと。
そして、チヨちゃんの新たなパートナーを見つけること。
「実は朝起きたらスキルが成長したことに気づきまして。テイム数が二匹に増えたのと、獣系の魔物をテイムできるようになったみたいなんですっ!」
俺の家で、チヨちゃんはワクワクを隠しきれない感じでそう言った。
チヨちゃんからすれば待ち望んでいた力だ。テイム数は説明するまでもないが、重要なのはテイム可能種族が解放されたこと。それも獣系という能力的にも優れ、見つけやすいタイプ。
このエリアだと〈草狼〉や〈森狼〉、あとは〈魔狐〉といった魔物が対象になる。流石に〈カームライノ〉のような強い魔物は無理だが、どれもピーちゃんよりも戦闘に向いた魔物で、これでよりチヨちゃんが戦闘に貢献できるようになる。
空からのピーちゃんの索敵に加え、獣系の魔物の戦闘力を保持するとなれば、どんなパーティーでも引っ張りだこになる。もう足手纏いとして扱われることはないだろう。
……むしろ俺らが見捨てられる可能性が出てきたな。おじさんは臭いから嫌です、なんてチヨちゃんに言われた日には死にたくなる。いや、チヨちゃんはそんなこと言う子じゃないけど。
でも、わりと真面目に引き抜きは警戒しないといけないレベルになるよな。可愛くて有能とか、それだけで俺らが妬まれかねない。
先頭を歩く川辺が、辺りを見回しながらいつもの調子で話し始めた。
「しかしまぁ、チヨちゃんも運が良いよな。都合良く欲しい能力が手に入るなんて」
「というより、前から望んでいたんだから取得する寸前までは行ってたんだろ。昨日のスライムでレベルアップして条件を満たしたってだけで」
まぁ、たぶん違うけどな。
ジョブやスキルの取得は行動と精神状態に関わるとして、昨日の件があったばかりですぐに覚えたってことは、おそらく――
「いえ。きっと私の中で覚悟が決まったんだと思います」
あえてぼかしていた所、チヨちゃんがポツリと呟いた。
「私、やっぱりコロの事を忘れられなかったんですね。だから今まで獣の魔物をテイム出来なかったんですよ。でも、昨日あの人達に捕まった時、思ったんです。犬のような魔物をテイムしていれば、匂いで接近に気づいてくれたんじゃないか。捕まる前に私を守ってくれたんじゃないかって」
それは確かにそうかもしれないな。
犬系であれば、少なくともピーちゃんよりも早く気づけたはず。不意打ちも防げただろう。
「二度と繰り返さないために。後悔しない為に力が欲しくて探索者になったのに、笑っちゃいますよね。そんな感傷で今まで必要な能力を得られなかったんですから。きっとそれに気づいたから、出来るようになったんですよ」
「チヨちゃん……」
寂しそうに笑うチヨちゃんになんと声をかけるべきか、迷う。
が、そんなことが杞憂であるとばかりに、チヨちゃんは目を輝かせた。
「それに、犬っぽい魔物をテイムしたところで私がコロを忘れるなんてことありえませんからねっ! そう考えたらなんかバカバカしくなりました! コロもきっと許してくれるでしょうし!」
「……うん、そうだね。きっとそうだよ」
コロがどう思うのかは分からん。でも、君が悲しむよりはずっと良いと思ってくれるのは間違いないだろう。
「ところで、本当に森狼でいいの? 魔狐とかも居るよ?」
「犬でっ!!」
「たまには目線を変えるのも大事じゃないか? それなら狐もありだと思うんだが?」
「犬でっ!!!!」
「本当にそれでいいのかい? 一度飼ったらそう簡単に手放すなんて無責任な真似は出来ないんだよ? 狐を選ぶならここが最後のチャンスかもしれないよ?」
「犬でっ!!!!!!」
――強いッ!
三人がかりの説得にも全くぶれないとは、なんという精神。昨日捕まって泣いていた少女の姿とは思えない。愛犬家とはここまで強いものなのか。
呆れつつも、七緒ちゃんが俺達を嗜める。
「その狐推しはなんなんですか……いえ、オタクの狐人気はなんとなく分かりますけど。チヨのパートナーなんだから、チヨに選ばせてあげてくださいよ」
「分かっているけど、諦めきれないんだっ! だって狐だよ? 絶対美人になる奴じゃん!」
狐なら成長すれば変化の術とか使えそうだし、なんだったら魔物にも絶対に〈種族進化〉的な成長で姿を変えるとかあるでしょ!
どちらにせよ、人型になる可能性は十分にある。というかないとおかしい!!
「玉藻の前的な狐耳巨乳の胸元おはだけ着物お姉さん……ッ!!」
「狐耳のじゃロリ巫女……ッ!!」
「モフモフ尻尾の人外美女……ッ!!」
「そんなことだろうとは思ってましたけど、男って本当に……仮にそうなったとしても主人はチヨだってこと忘れてませんか?」
「私、絶対にオスの子を仲間にします」
「そんな殺生な!?」
犬耳美女の可能性すら消していくなんて!! 血も涙もない!!
「――ピー!!」
雑談に夢中になっていた俺たちを現実に引き戻したのは、ピーちゃんの警戒音だった。
咄嗟に川辺がピーちゃんの向いている方向に身体を入れ、武器を構える。
それで奇襲の失敗を察したのか、木の影に隠れていたゴブリンが二匹、こっちに向かって突っ込んできた。
「グギャァアアアアアア!!」
「かかってこいや!!」
川辺の体が赤く光り、【挑発】が決まる。
いつも通りの流れなら、ここから伊波の【魔術】で決めるところ。
しかし、今日は違う。もはや伊波の火力に頼ることなく、ゴブリンを蹴散らすことが出来るからだ。
「――シッ!!」
〈舞踏士〉のジョブを手に入れ遥かに向上した身体能力で、七緒ちゃんは素早くゴブリンに接近した。
軽やかに跳躍するようなその移動方法で、瞬く間に距離を詰める。川辺を回り込むようにしてゴブリンの横に位置取りすると、両手に持ったナイフを構えた。
「――フッ!!」
短く息を吐き、霞むほどの速度で振るう。激しく、それでいて優雅に振るうその姿はまさに剣舞と呼ぶに相応しく、戦っている最中だというのに思わず見惚れてしまう。
二度、三度と同じ型を舞うと、ゴブリンは全身を血まみれにしてその場に倒れた。続け様に残りの一体も同じように片付け、あっさりと戦闘を終える。
「お疲れ様。やっぱり何度見ても凄いね【剣舞】。凄い技だ」
「技っていうより、剣の振り方が分かるってスキルですけどね。どちらにせよ確かに強力なのは間違いないか」
そう言う七緒ちゃんの顔は明るい。チヨちゃん同様役立たず呼ばわりされていた期間が長かったし、何だったらそれ以下の扱いだったらしいからな。
最近では〈吟遊詩人〉の役割が出来たと言え、ここまで直接的に戦えるようになって嬉しいのだろう。
「それだけじゃなく、見惚れる美しさがあるから凄い。もう何度目だというのに見ていて飽きないよ」
「うんうん! お姉ちゃん、カッコいいよー!」
伊波とチヨちゃんの賞賛に、七緒ちゃんは顔を赤らめる。
「あ、ありがとうございます。でも、私がここまで好きに動けるのも川辺さんがいてこそですから」
「そうだぞっ! 俺だって凄いんだぞっ!」
「分かってるから。そんな無駄にアピールすんなよ恥ずかしい」
いや、実際コイツやっぱり凄いんだよな。
七緒ちゃんがここまで活躍してるのは、川辺が【挑発】で敵を惹きつけているからだ。反撃されないと分かっていないと、あんなに踊り続けるなんて真似は出来ない。
全身が血まみれになってもターゲットを変えないゴブリンの姿は、ゾッとする恐怖を覚えるくらいだった。
川辺がどれだけ重要なのかが改めて認識出来たわ。やっぱり【挑発】はぶっ壊れてるな。
「でも悩ましいな。【剣舞】は強いけど、本来はバッファー兼デバッファーなのにそれに専念させるというのは……」
「基本は補助役で活躍してもらう方向でいいだろう。アタッカーはチヨちゃんが出来るようになる。まずはバフとデバフをかけて、手が余ったら【剣舞】で攻撃参加。こう考えると面白くないか」
なるほど、確かに伊波の意見は面白い。というか、それしかないな。
それに、とメガネを上げて伊波は続けた。
「こんな所で“アイドル七緒育成計画”を終える訳にはいかないしね」
「それがあったな。間違いない」
「じゃあ七緒ちゃんはこれからも歌って踊ってもらう方向で」
「絶対ならないですから! それだけは譲りませんからね!」
いや、絶対させる。チヨちゃんのペット選びとは訳が違う。
これはもはや俺らの責務だから。
「あっ」
チヨちゃんが突然、明後日の方向へ顔を向けて声を出した。
「すいません。こっちの方に行ってみてもいいですか?」
「ん?別にいいけど、何かあるの?」
「その、何となく気になると言いますか……」
「そっか。じゃあ行ってみようか」
よく分からないけど、チヨちゃんからこう言うのも珍しい。それほどの何かがあるのかもしれない。
チヨちゃんが示した方向に、しばらく歩き続ける。
変わり映えの無い景色に飽き始めていた頃、木の根元で居眠りをしている一匹の森狼を見つけた。
「おおっ、もしかしてあれが目当て?」
「はいっ! たぶんっ!」
たぶんかい。自分でもわかってないのかよ。
心の中で突っ込んでいると、七緒ちゃんが思い出したように言った。
「ピーちゃんの時と一緒ですね」
「そうなの?」
「はい。条件を満たせばどんな魔物ともテイム出来るみたいですけど、同じ魔物でも波長が合う子が居るみたいです。そうすると今みたいに、何となくその存在が分かるとか。ピーちゃんもこうやってチヨについて行ったら見つけて、ピーちゃんの方から近寄ってくれたんですよ」
へぇ、なんか運命じみた出会いだな。
まぁ人も合う合わないがあるからな。魔物との間にもそれがあってもおかしくはないか。
改めて森狼を見てみる。よく観察すると、いつも見る森狼と比べ、体が一回り大きい気がした。今もぐっすりと眠っていて、動く気配がない。
……いや、いくら何でも警戒心がなさすぎないか? 魔物って気配に敏感なのに。
鈍いのか、はたまた大物だから図太いのか。実は特殊な個体だったりするのか?
【魔物鑑定】
名称:森狼
年齢:生後四ヶ月
レベル:5
体がでかい以外は普通の森狼だな。いや、平均よりレベルは高いか?
でもそれなら、ただ呑気な性格をしているだけという可能性が出てきた。
「それでは、行ってきます!」
「大丈夫? 川辺について行ってもらおうか?」
「いえ! 家族になってもらうので、まずは一人で!」
チヨちゃんはおっかなびっくりと、眠っている森狼に近づいていく。
「こ、こんにちわっ」
「……ウォン?」
チヨちゃんに声を掛けられてようやく、森狼は起きた。
寝起きのぼやっとした表情で、チヨちゃんをぼんやりと見つめている。
「起こしちゃってごめんね。あのね、実は私、一緒に家族になってくれる子を探してて――」
チヨちゃん話を、森狼は変わらずぽけーっとしながら聞いている。正直、本当に話を聞いているのかも分からない。いや、ピクピク耳が動いているあたり、聞いてはいるのか。
いきなり襲われることがないのはよかったけど、しかしなぁ……。
「あれでテイム出来るの?」
「ある程度戦って上下関係を叩きこんだ方が、テイムは成功しやすいらしいですね。でも、チヨは家族になる子にそういうことはしたくないって言ってましたから」
ふむ。なんともチヨちゃんらしい。確かに仲間になってもらうのに痛めつけるのは違うか。
強さだけが従える理由ではないもんな。優しさだとか、器の大きさとか、そういう人柄の良さで人望を掴むことも――
「うん、うん。お肉ね。そうだね、君が望むなら――えっ? 一日五食? でも食べすぎじゃ――た、確かにおやつも含めればそうだけど――えっ、人の料理も? いや、それは流石に体に悪い――そっ、そっか。魔物だもんね。それならまぁ――毛づくろい? あっ、ブラッシングね。うん、モフモフだもんね。分かった、毎日のブラッシングは欠かさず――全身? ちょっとそれは大変かな――わっ、分かった。頑張るよ――散歩? もちろん毎日するよ! あっ、でもダンジョンに入る時は免除して欲しいかな――うん。ありが――十キロ!? 朝晩で二十キロ!? そっ、それはちょっと大変かなって――コースも自分で決めるの!? いや、黙ってついてくればいいじゃなくてね、私にも主人の威厳というものが――たっ、確かに君が家族になってくれたら嬉しいけど――週休六日!? いくらなんでもムリ――」
「舐められまくってない?」
「そっ、そうですね。流石にアレはまずいと思います」
聞こえてくる内容に、七緒ちゃんはヒクリと頬をヒクつかせる。もしアイツを連れて行くなら、七緒ちゃんも一緒に住むことになるからな。いくらチヨちゃんが主人といえ、許容できんだろう。
「犬のしつけは最初が肝心だと思うんだ。だよな?」
「当然だ。僕らの仲間になる訳だしね。他人事ではない」
「立場を教えてやらなきゃな」
二人も賛同してくれたことだし、皆でチヨちゃんの背後に立つ。
俺は薬。川辺はメイス。伊波は杖。そして七緒ちゃんはナイフ。
それぞれ得物を持って、怠惰で舐め腐った犬を見下ろす。
「……くぅーん」
「えっ、それでいいの? 本当に? わぁ、ありがとうっ! 美味しいご飯、食べさせてあげるからねっ!」
どうやらこちらの意図は察してくれたらしい。森狼はゴロリと横になってお腹を見せる。どこか固い表情に見えるが、まぁ立場を弁えたのなら許してやろう。
喜んで撫でているチヨちゃんに、水を差すこともないしな。
「テイム成功しました! この子、美味しいご飯をくれるならついてきてくれるって!」
「良かったね。名前は何にするの?」
「そうですね~。……決めた! マル! マルちゃんにします! なんかこの子将来丸くなりそうなので!」
話を聞いていた限り、なんか食欲が強そうな奴だからな。太ってもおかしくないわ。
「ピッタリな名前だとは思うけど、ピーちゃんとはだいぶ雰囲気違うね? 二世とか付けなくていいの?」
「付けませんっ! やっぱり死んでもいいって考えるのは間違っています! この子は絶対に死なせないという私の覚悟ですっ!」
「――ピッ!?!?!?」
ピーちゃんがギョッとした顔でチヨちゃんを見る。気持ちは分かる。だってピーちゃんの名前全否定だもんな。
でも安心しなさい。言葉の綾というか、だからといってお前がないがしろにされる訳じゃないから。ただこの子がアホなだけだから。
ともあれ、これでパーティーの戦力は更に上がることとなった。
壁役の川辺。砲台役の伊波。バフデバフと近接もこなせるようになった七緒ちゃん。索敵に護衛を手に入れたチヨちゃん。そしてアイテムによる補助役の俺。
新人としてはバランスが取れた破格の戦力だと思う。これなら本当にどこまでも上に行けるかもしれない。
それを想像するだけで、どんな問題も些細なことのように感じた。これから訪れるかもしれない明るい未来に比べれば、頭の隅に引っかかる小さな罪悪感なんて邪魔でしかない。
――うん、よし!
「この後スライムの予定だったけどさ、遠回りしちゃったし今日はもう帰らない? んでカラオケでも行かない?」
「ああー、それもいいかもな。いっそ全力ではしゃぐか」
「悪くないね。二人もどうだい? たまにはこういうのもいいだろう?」
「わーい! 行きます行きます! ねっ、お姉ちゃん!」
「そうね、たまには悪くないかもね。思う存分歌うわよ~!」
これからの為に、あえてはしゃいで残った不安を吹き飛ばす。
その為の提案だったが、皆も意外とノリノリだった。俺だけではなく、皆が皆、自分達を狙う脅威から解放され、これから待ちゆく未来に期待していたのかもしれない。
しかし、俺は何も分かっていなかった。
所詮は何もかもが、希望的観測にすぎなかったことを。
冷静に分析しているようで、全部が全部、子供の妄想と変わりなかったことを。
俺が無慈悲な現実を突き付けられたのは、ここから二週間後の事だった。
そんな時が来るとも知らず、俺達はこの日、朝まで歌い続けていた。
「そういえばさ、七緒ちゃんの家って犬飼えるんだね。結構良い所に住んでるの?」
「「あっ」」
♦ ♦
【探索のヒント! その十八】
〈テイムモンスターお預かりサービス〉
〈テイムモンスター管理運用制度〉により、テイムした魔物は〈調教師〉の管理の元であれば、地上へ連れ出すことが許されている。
とはいえ、魔物の中にはサイズや食料などの問題で、地上で飼育が難しいものも居る。そういった魔物を有料でダンジョン内に一時的に預かるサービス。
ダンジョン内であれば、場所の問題はもちろんのこと、食料も自給自足できる。ダンジョン管理という意味でも、テイムモンスターに狩りをさせることでダンジョン入口周辺の安全を確保できると両方に得がある。
都市圏に活動の拠点を置く〈調教師〉にとって欠かせないサービス。しかし実際の所、強力な魔物であるほどサイズも相応であることから移動が困難なことが多く、高レベルの〈調教師〉であれば当然のように利用するサービスである。
マル「チョロそうな子が来たから待遇を上げれるだけ上げようとしたら、武力で脅されました……マルです……。家族として扱ってくれるし、ご飯もくれるというからついていったら、いきなりダンジョンに置いてけぼりにされました……泣きそうです……。でもご主人は暖かくて良い匂いがするし、すぐに一緒に住めるようにするというので、信じてちょっとだけ我慢します……鳥が先輩面してムカつきますが、ご主人が悲しむのでそれも我慢します……。
でもクソ雑魚の癖に他の仲間と一緒になって薬で脅してきたアイツだけは我慢ならねぇ。序列はハッキリとしないとならない。いつか絶対に立場を分からせてやる」




