第29話 モヤモヤ①
芹澤の襲撃から一晩眠って、翌朝。
朝食を適当につまみながら、俺は何とも言えないモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
ゲームやアニメで気分転換も上手くいかず、それじゃいっそ生産を、とやってもやっぱり変わらない。せっかくの休日だというのに、非常に精神的に悪い。
「これじゃあダンジョンに行った方がマシだったな……」
――ピンポーン。
ため息を吐いたちょうどその時、チャイムが鳴った。何か届け物が来る予定はなかったはず。となると……。
半ば確信しつつ、俺は扉を開ける。
「よぉ……」
「おはよう……」
玄関の前には、予想通り川辺と伊波が立っていた。
休日なのにどうした。なんて馬鹿な事は聞かない。
コイツらも俺と同じなんだろう。正直、来てくれてありがたく思う。
「おはよう。とりあえず上がってけ」
「あんがとよ。そんじゃ邪魔するぜ」
「悪いね。お邪魔します」
二人を中に招き入れると、勝手知ったるとばかりに冷蔵庫からそれぞれ飲み物を取り出す。俺も自分の飲み物を用意して、流れるままに三人でゲームを始めていた。
その間、一切の会話はない。ぼーっとゲーム画面を見て、惰性で手を動かしている。
集中してないため何とも酷いプレイ内容だったが、いつの間にか心が落ち着いている自分が居た。だからか、自然と呟いていた。
「なんかさ〜、昨日からめっちゃモヤっとしてんだよね」
「分かる。俺もそう」
「僕もだ。おかげで我慢できずに川辺に連絡を取っていたよ」
ああ、やっぱり皆同じか。
自分だけじゃなくてホッとするわ。
「俺ら、人を殺したんだよな〜ってのが頭の隅に残ってるっていうか」
「それな。必要な事だったと言い聞かせているんだが」
「僕はあまり引きずらないと思っていたんだけどね。存外、僕も普通の人間だったという事か」
「それはない」
「それはねぇよ」
絶対ないよ。
だってお前狂人じゃん。
「二人揃って言ってくれるね……」
「だって、なぁ?」
「むしろお前は喜んで殺すタイプじゃん」
「君らは僕を何だと思ってるんだ! 流石に殺して悦に浸るような癖は持ってないぞ!?」
「でもお前、必要とあらば躊躇しないだろ?」
「だな。昨日だってそうだったし。だから俺はお前が俺らと同じように引きずっていることに驚いている」
「いやそれは確かにそうだけど! そうは言っても君らだって芹澤を殺したこと自体に後悔してる訳じゃないだろ!?」
「そんなの当たり前だろ」
「ああ、あのクズは死ぬべき人間だ」
――あれ?
そういえばそうだな。アイツを殺したこと自体は後悔する必要が一切ないな。
……ちょっと整理してみようか。
「人を殺すのは、悪いことだよな?」
「まぁ、一般的にはそうだな」
「僕は状況によると思う。こう言ってはなんだが、死ぬべき人間というのもいると思うよ。だから僕は死刑賛成派だ」
「燃えそうな伊波の意見の是非は置いておくとして。それじゃあ、芹澤を殺すのは悪だろうか?」
「悪、とは言いたくねぇな正直」
「奴のこれまでの所業を思えば、むしろ善行だろう」
善行と言い切るのも問題ある発言だと思うが、まぁ俺も同感だわ。
アイツを放っておいたら、いずれ他にも被害者が出ていたはずだ。
それを処理したのだから、褒められてもいいくらいだろ。
「落ち込む必要なくない?」
「……確かにそうだな。いや、人を殺したこと自体は結構ショックだけど、直接手をかけたわけじゃないし。アイツらだと思うとなおさらどうでもいいよな」
「そうだね。むしろ芹澤どうこうというより、殺人の罪を犯してしまった事の方が――」
何気なく続けた伊波の発言に、俺たちは思わず顔を見合わせた。
――それじゃん!!
「俺ら犯罪の罪悪感でソワソワしてただけか! もっと言うと、バレて捕まるのが怖いだけだ!」
「うわっ、絶対それだわ。だって俺、アイツらが死んでむしろ喜んでるもん」
「そういうことか。それならこの不安感にも納得だね」
人を殺したことで感傷に浸ってるのかと思ったら、バレたら捕まるんじゃないかという自己保身からの不安だったというね。
マジで碌でもねぇな俺ら。
理由が判明し明るくなっていたが、また川辺が難しい顔になる。
「思った以上に利己的な自分には呆れるが、なんかスッキリしたわ。でもそれはそれとして今度は違う不安出てくるな」
「確かに。むしろ漠然とした不安が明確になって余計にソワソワしてきたね。逮捕されたら僕は親にどんな顔をして会えば……」
「そんなお前らに朗報です。実はあの後、アキラさんが俺に接触してきました」
「ほう、アキラさんが……なんで?」
「出来すぎたタイミングからして、偶然という事はないよね?」
「伊波君、正解です。何とアキラさん。実はチヨちゃんが人質に取られたところから隠れて見ていたそうです」
「「――助けろ(て)よっ!!!!」」
だよな。やっぱりそう思うよな。
「ちゃんとそこは文句を言っておいたし、いざとなったら助けるつもりだったらしいから許してやれ。んで重要なのはな、ベテランの探索者は情報交換して、芹澤みたいなクズが現れたら人知れず処分するそうだ。んで、協会の方もそれを黙認しているらしい。というか、協会の方からそれとなく相談をされるらしいぞ」
「えっ。それって協会も共犯ってことだよな? 怖っ!」
「僕はむしろ安心したよ。協会がそういう方針で良かった。逆に殺すのはやりすぎ、なんて平和ボケした考えで見逃す方が信用できない」
俺も伊波に賛成。命が掛かっている訳だしな。
表立っては言えないだろうけど、国としても害にしかならない悪党には消えて欲しいんだろうな。その為なら後ろ暗いことに目を瞑る度量はあるんだろう。
まぁともかく、だ。
俺達は犯罪者として捕まるのが怖かった。だけど協会が黙認してくれると分かった。さらに言うとそもそもダンジョン内で起きた事なので証拠もない。
「つまり、俺達が心配することはなにもない!」
おお~、と。川辺と伊波は拍手する。
それに、俺は小さく笑った。
「まっ、いきなりそれで安心しろっていうのも無理な話だとは思うけどさ。とりあえず今はそれでいいんじゃない? 時間が経てば慣れて、その内忘れるでしょ」
「だな。見て見ぬふりして毎日を過ごすのも社会人に必要なスキルだ」
「僕は既にわりと罪悪感が薄れているんだが」
だからお前は俺らのような凡人と比べちゃ駄目なのよ。
やっぱりこいつ狂人ですわ。
――ピコン。
携帯から音が鳴ったので確認すると、七緒ちゃんからの連絡だった。
「どうした?」
「七緒ちゃんからだわ。“今から行ってもいいですか?”だってよ。休みっていったのに物好きだよな」
「俺らと同じなんだろ。呼んでやれよ」
「だろうね。説明して安心させてあげるといい」
確かにそうだな。むしろこんな状況で休めと言う方が無理だったか。
皆で集まって騒いだ方が忘れられるか。それじゃあ、“いいよ、アイツらも居るよ”と。
――ピンポーン。
送った途端、チャイムが鳴った。
……いや、別にいいんだけどさ。
迎えに行くのもめんどくせぇ。入っていいよと、と携帯に送る。すると、遠慮がちに玄関が開いた音と、お邪魔しますという可愛らしい声が聞こえてくる。
すぐに七緒ちゃんとチヨちゃん、それからピーちゃんが部屋に入ってきた。
「おはよう。随分と早かったね」
「おはようございますっ! えへへっ、ちょっとびっくりさせたいなって」
「おはようございます。すいません、私は止めたんですけども」
チクリと嫌味を飛ばすが、チヨちゃんの悪戯っぽい表情で全て許した。可愛いってずるい。
「それで、どうしたの? 今日は休みなのに」
「えっと、ちょっと顔を見たいなと思いましてっ!」
「チヨがどうしてもと言うので、私は付き添いで」
七緒ちゃんはいつも通りだが、何かを隠しているかのようにチヨちゃんの挙動不審が伺える。
大方、俺達と同じように不安が収まらなかったのだろう。チヨちゃんは特に人質にされたからな。ショックもデカいに違いない。
分かりやすくて思わず笑いそうになった。直接指摘してもいいが、いきなり来訪という悪戯をかまされたからな。ちょっと意地悪してやろうか。
「チヨちゃん、何か隠してない?」
「えっ!? 何も隠して……ない、ですけど……」
ニヤニヤとして見ていると、チヨちゃんはますます気まずそうに眼を逸らす。
そんな俺達を見て、七緒ちゃんは小さく息を吐いた。
「ほら、チヨ。言ったでしょ? 心配しすぎって。見透かされてるわよ」
「うぅぅ、ごめんなさい。もしかしたら楓太さん達が落ち込んでいるんじゃないかと思ったら、居てもたってもいられなくて」
「えっ」
俺らの心配をしてたの?
自分が不安で会いに来たんじゃなくて?
「私が捕まったせいで危ない目に遭わせて、あんなことをさせてしまった訳ですから、落ち込んでいるかもって思ったんです。もしそうだったら励ましてあげないとって思って」
「私は三人共そこまで弱くないって言ったんですけどね。この子、私のせいだからって余計に心配しちゃって」
あっ、ああ。そういうことだったのね。
不意打ちで来たのも、悪ふざけをして落ち込んでいたら無理やりにでも元気づけようとしたのかな? 道化を演じて。
まだ十代の女の子にここまで心配されるとは。正解なだけになおさら恥ずかしい
気恥ずかしさで固まっていたら、なんでもないように伊波が答えた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ。僕達はさして気にしていないから」
「そっ、そう。その通り、むしろ俺らより二人は大丈夫なの?」
「だなっ! トラウマになってたり、罪悪感が出たりとかないか?」
伊波に乗っかり、上手い事誤魔化す俺と川辺。
そして川辺の問いに、二人はきょとんとしてから答えた。
「はいっ! 私は大丈夫です。もちろん思い出したら怖いですけど、それだけですね」
「私はアイツらが死んでくれてすっきりしましたね。昨晩は安心して眠れました」
あんな目に遭ったというのに、チヨちゃんはなんて強い子だ。
しかし七緒ちゃんはその、強すぎるというか、なんというか……。
「えっと、殺して後悔とか……」
「えっ? する訳ないじゃないですか。どれだけ私達が迷惑かけられたと思っているんですか。前々から殺してやりたいと思ってましたし、なんだったら私がトドメを刺したかったです」
「その、殺人で捕まるとか、考えない?」
「誰にも見られてないですからね。私達が喋らなければバレませんよ。ふふっ、ダンジョンに犯罪はないとか言っていたアイツらが、まんまとハメられて殺されるとか、笑っちゃいますよね」
七緒ちゃんは嘲笑を浮かべてそう言った。
強すぎるし、怖すぎる。まともに七緒ちゃんの顔が見れない。
俺らのような凡人の精神力じゃねぇよ。度胸がありすぎる。この子、実は誰よりも探索者に向いてるんじゃないのか?
内心で七緒ちゃんの評価を改めていると、彼女はそれに気づかずに続けた。
「三人とも元気そうなら良かったです。それでですね、実は次の探索でお願いがあるんですけど――」
基本的に俺の方針に従ってくれる七緒ちゃんからのお願いに、興味が沸く。
それは芹澤達の件が薄れるほど、面白い内容だった。




