第28話 覚悟の違い③
「それじゃあ、明日は完全に休養ということで。明後日改めて連絡するから」
「了解。それじゃあ、お疲れさん」
「ええ。お疲れ様でした……」
帰りは何事もなく、無事に渋谷支部へと戻れた。
さらっと帰還報告をした後、事が事だけに早く帰りたいと皆の意見が一致。明日は休養ということに誰も反対せず解散となった。
ちなみに、森での出来事は報告していない。俺達はスライムを狩っていただけだから、報告も何も無い。だから森で誰がどうなっているかも何も知らない。つまりそういうことだ。
支部で別れ、それぞれ帰宅の途につく。いつも通りの街並みを一人で歩いて、ようやく帰ってこれたと実感が湧いてきた。
魔物と戦うのとは違う怖さを感じた、そんな探索。それから解放されたと思うと、自然と息が漏れた。
「今日は本当に疲れたな……」
「うんうん、そうだよね〜……でも、みんな頑張ったよ〜……お疲れ様〜……」
…………怖いな。本当に怖い。
〈斥候〉の恐ろしさをこんなに味わう日になるなんて、全く思ってなかった。
足を止めて、恐る恐る隣を見てみる。
そこには、ニマニマと笑いながら俺を見上げているアキラさんが居た。
「アキラさん。お疲れ様です。いつから側に――いや、いつから見てましたか?」
「うん、お疲れ様〜……楓太くんの側に居たのは、渋谷支部を出てからだね〜……見てたのは〜……チヨちゃんが人質に取られたところから〜……」
「――助けろよ!!」
それほぼ最初っからじゃん!! いつでも助けられたじゃん!! なんだったらああなる前に守れたじゃんかよ!!
「ごめんね〜……でも、良い練習になると思ったんだよね〜……実際、初めてなのに上手く立ち回ってたよ〜……」
「言うてチヨちゃんを人質に取られましたけどね」
「斥候役がピーちゃんだけなんだから、そこは仕方ないよ〜……むしろ人質を取られたあと、仲間割れの演技をして薬を盛る時間稼ぎとか、感心したよ〜……」
「そりゃどうも!!」
こっちはいつバレるかとヒヤヒヤしてましたけどね!
「本当勘弁してくださいよ。最悪、あのバカ共が二人を本当に殺していた可能性もあったんですよ?」
「それは大丈夫〜……そうなる前に私が殺してたから~……」
……怖いっ! 本当に怖いっ!!
へらっと笑って言うこの人が怖い!!
「練習にしたって、俺達を守ってくれるつもりだったなら一言あっても良く無いですか? そうすれば俺たちももっと色々と試せたのに」
「駄目だよ〜……先に言ったら緊張感が薄れるでしょ〜……実戦以上の訓練なんかないんだから〜……」
分かる! 分かるよ!? 確かに本気でやる方が経験値が段違いだよねっ!
言ってることは理解できるけど……釈然としねぇ!
「それに~……私は楓太くん達じゃなくて、芹澤を追っていたからね〜……アイツが狙っていたのは知ってたけどね〜……」
「え? 芹澤を? 何のために?」
「間引き〜……」
――何なのほんとにもう!!
この人がどんどん怖くなるんだけど!!
「また物騒な言葉が出てきてますけど、間引きとは?」
「楓太くんは〜……今の探索者の死因で〜……一番は何か知ってる〜……?」
今の、ね。また物騒なことを。
顔に出たのかもしれない。アキラさんは俺が答える前に、ニッと笑って続けた。
「ダンジョンが出現して最初の一年は〜……魔物やダンジョンの環境で死んでいた人が多かったよ〜……でも、今は探索者同士の殺人の方が多いんだよね〜……もちろん、探索で死んでいる人もいるけどね~……」
それは聞いた事がある。
ダンジョンの出現当時はノウハウが固まっていなかったから、魔物やダンジョンの環境によって命を落としていた人が多い。つまり、探索に失敗して死んだと言う事だ。
死人が出ていたけど、それでも各国ともに、軍人を含めて探索者が減ることはなかった。放っていればスタンピードが発生する以上、人類の存続のためには潜らざるを得なかったからだ。
名誉の為、金の為、人を守る為。それぞれいろんな理由はあれど、間違いなく探索者達はダンジョン攻略に一丸となって協力していた。これは世界規模かつ、個々のレベルまで浸透していた筈だ。その結果、世界はある程度の落ち着きを取り戻し、今の社会が出来上がっている。
しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れるというのか。探索者としてのノウハウが固まっていくにつれ、余計なことを考える奴らが出始めた。
自らの欲望を満たす為に、探索者を襲う奴らが出始めたのだ。
「魔物に殺されるならまだいいんだよ~……悲しいけど、仕方のないことだからね~……でも、人を殺すのは許せないでしょ~……それがもし身内だったら、ね~……?」
「そうですね。分かります」
もし仲間を勝手な理由で殺されたとなったら、俺も全力で報復するだろうな。
たとえ犯罪者となったとしても、どんな手を使ってでも、必ず落とし前は付ける。
「そんな奴ら、魔物以上の害獣でしょ~……? だから万が一強くなったら面倒になりそうな奴らは、あらかじめ間引いておくんだよ~……仲間内で情報共有して~……手の空いた人が~、ね~……?」
「……正直、俺としてはありがたいし、やるべきだと思います。だけどそれ、協会にはバレてないんですか?」
「ダンジョンの中は~……見つからなければ犯罪じゃないんだよね~……証拠がなければ協会も警察も指摘出来ないよ~……あと~……」
「あと?」
「たまに協会の職員さんから~……問題児の連絡とかされたりするね~……そういう子に限って探索で死んでるみたいだけど、何でだろうね~……?」
これはつまり、あれだな?
協会も黙認している。というか、むしろ協力しているってことだな?
まぁ、探索者を害する奴らは邪魔っていうのは、管理する側も変わらんわけだしな。本音としては消せるもんなら消したいだろう。秘密裏に処理できるなら積極的にそうするか。
……公的な組織がそれをやっていると考えると、めっちゃ怖いな。
「探索者には~、こういう奴らもいるんだよね~……だからこそ、信頼できる探索者は大事にしないといけないんだよ~……」
「そういうことでしたか」
東さんやタケさんに信用できる探索者は大事と何度も伝えられたけど、つまりこういうことなんだな。
あえて襲う奴らも混じってくる中、警戒する必要もなく、協力が出来る仲間関係。そういう人は貴重なんだ。
嬉しそうに、アキラさんは笑う。
「能力があって~……口が堅くて~……変な正義感も無くて~……いざとなったら覚悟を決めて処理もできる人~……楓太さん達がそう在って欲しいとは思っていたけど~、期待以上だったよ~……童貞卒業おめでと~……」
「どっ、ちょっ……ッ! また反応しづらいことを!」
人殺しの、という意味だろうが。アキラさんみたいな小柄な女性から言われるとびっくりするでしょうがっ!
……改めて人殺しと意識すると、なんだかもやっとするわ。
微妙な気持ちになっていたところ、ん~? と、アキラさんは困ったように首を傾げる。
「その反応はもしかして~……本当に童貞?」
「いやっ、ちがっ、くっ、ないっですけど……なんと言いますか。機会がなかったといいますか。今さら積極的にも動くのもなぁ~というか……」
女に興味が無い訳じゃないし、性欲もあるのは間違いないんだけどね。まぁなくてもいいかもな~みたいな。風俗行くのも金がかかるし。
決して強がりではないんだけど。この感覚、分かってくれる人居るかなぁ。
「ん~……もしよかったら、私が卒業させてあげようか~……?」
「あの、すいません。そういう答え辛い冗談は勘弁してください。っていうかセクハラでは」
「冗談じゃないけど~……楓太くんなら別に構わないし~……」
「――マジですか!?」
えっ? 本当に!? まさか女性の方からそんなことを言ってくれるエロ漫画みたいなシチュが俺に!?
まさかこんな時が来ようとは。しかしアキラさんとね~! 小柄で、華奢で、顔は可愛い系で全然いけるから不満は――ふま、んは……。
「……あの、すいません。アキラさんが相手なら大変光栄なんですけど、その、なんといいますか。可愛いとは思うんですけど、小さい子はちょっと好みじゃないと言いますか。だから、ごめんなさい」
可愛いよ? 間違いなく可愛いいし、抱けるかどうかっていうと抱けるんだけどね。
なんていうか、そこまでして抱きたいわけでもないっていうかね……。
胸と尻の薄い子供に興味ないんだよね、俺。
「…………ふー」
アキラさんは長く息を吐くと。スッと俺に向かって手を伸ばした。
俺の頬を撫でると、指先でつまみ、ギュッとひねる。
「いでででででっ!? ちっ、ちぎれるっ!? ちぎっ――ッッ!?!?」
「ここまでコケにされたのは久しぶりだよ~……頑張ったご褒美のつもりだったのに~……この糞童貞がっ!」
ボソリと言った最後の一言がマジで怖かった。
マジで千切られるのではと恐怖を覚えた頃、アキラさんはパっと手を放し、フッと笑う。
「ちょっとだけ心配だったけど~……そこまで元気そうなら大丈夫そうだね~……罪悪感も一晩寝ればマシになるから、今日はゆっくりと休みな~……それじゃ、まったね~……」
「あっ、はい。お疲れ様です」
歩き出した背中に声をかけ、瞬きをした瞬間、アキラさんの姿は消えていた。
マジでスゲェな〈斥候〉。どうやって消えたのかすら分からなかったわ。
しかし、そうか。事情の説明もあったんだろうけど、心配して声をかけてくれたのか。
「まぁ、確かにちょっとは気が紛れたかもしれないな……」
今日の出来事は、意識せずに居るには印象がありすぎる。
家でゆっくりして、体と心を休めよう。大変な目に合ったんだから、自分を労わってあげんとな。
またすぐに、ダンジョン探索を続けるのだから。
♦ ♦
【探索のヒント! その十七】
〈間引き〉
素行の悪い駆け出し探索者を始末する際の隠語。
ベテランの探索者であるほど、他者を害する探索者に対して対応が厳しくなる。教育が出来るのであれば口頭での注意で済ませるが、更生の見込みがないと判断した場合、躊躇なくこれを処分する。
最も恐ろしいのは、同じ探索者であることをベテランであるほど知っている。ゆえにこれを放置するという選択はありえない。禍根が残らぬよう、若い芽の内に摘む行為は、自分のみならず正道を行く探索者を守ることにもつながるからだ。
探索者協会はこれを黙認しているどころか、協力している節がある。実の所こういった想いは探索者以上に、管理側の人間の方が強い。
凡人ですら数か月ダンジョンに潜っただけで、地上の人間では手に負えなくなる力を身につける。それが探索者である。
地上は法によって秩序が保たれている。だが法とは結局のところ、警察組織、軍隊などの暴力を背景として成り立つ。
もし、独力でそれらを跳ね除ける者が現れたとしたら?
また、その者が欲望のままに暴れまわる性質の人間だとしたら?
統治者たちは恐れている。探索者達による“力”が優先される世界――無法時代への逆戻りを。
今の平穏は荒波を前にした凪に過ぎない。そして火種は世界中のあちこちで既に転がっている。それが訪れる日はそう遠くない。
自分の身は自分で守るしかない。そう実感する日が必ず来る。




