第27話 覚悟の違い②
「芹澤……」
備えて無かったわけじゃない。
むしろコイツらの襲撃はあると考えていた。
ただ、こいつらのレベルからいってまだ森に入ってくるのは先になると思っていたし、その間に俺たちはスライムでレベルを上げられると思っていた。
上手くいけばレベルの差がさらに開いて、こっちが有利になると予想していたのに。まさかもうここまで追いかけてくるとは。
っていうか、チヨちゃんを捕まえたアイツはどうやってピーちゃんの警戒を掻い潜った? あそこまで近づかれて、ピーちゃんが気づかない訳がないのに。
クソッ、しくったな。まさかいきなりチヨちゃんが人質になるなんて。
「やっほー、七緒ちゃん。迎えにきたぜ」
「芹澤! アンタ――!」
「おっと、動くなよ。チヨちゃんに傷がついちゃうよ?」
「ひっ!?」
チヨちゃんにナイフを当てていた男が、見えるようにナイフを遊ばせる。
チヨちゃんの怯えた声を聞いて、七緒ちゃんは息を飲んだ。
「待って! 止めて、お願いだから、チヨを傷つけないで!」
「ピィイイイイイイ!!」
「だったら大人しくいうこと聞けよ。そっちの鳥もだ」
「分かった! 分かったからナイフを下ろせ! ピーちゃん、お前もこっち来い!」
主人を人質に取られ怒り狂うピーちゃんに、必死にアイコンタクトを送る。
頼む。気持ちは分かるが落ち着け。打ち合わせの内容を思い出せ。ここからでもなんとかできる手はあるから。
「ピッ――ピィイイ……」
「そうだ、よく我慢してくれた。――合図は見逃すなよ」
不満だろうに、俺の肩に止まってくれたピーちゃんにだけ聞こえるように、ボソリと呟く。
そんな俺達を見て気を良くしたのか、調子良く芹澤は喋り出した。
「そうそう、そうやって言うこと聞いておけば悪いようにはしないからよ。おい、しっかり捕まえておけよ」
「へへっ、分かってるって」
仲間の一人がチヨちゃんを羽交締めにする。あれじゃあ自力では逃げられないだろう。
「森に入って行ったのを見た時はどうしたもんかと思ったけどよ。無理して追いかけた甲斐があったな。こんな簡単に捕まえられんならもっと早く襲えばよかったぜ」
無理して? 今、無理してって言ったか?
【人物鑑定】
名称:芹澤 光
性別:男
レベル:4
こいつら、まだレベルを上げてないうちから森の中に入って来たのかよ。
安全マージンも取らずに無茶をする。そこまでして二人を狙ってたってことか。マジでキモいな。
にしても、気づかれずに接近出来た理由が分からん。
「……もしかして、レベルが低いのに入って来たのか? ここに来るだけでも厳しいのに、どうやって」
「おっさん。俺らを舐めすぎだろ。六人も居ればこの森くらい何とでもなるっての。それに、こっちには頼りになる奴がいるからよ」
そう言って、芹澤はチヨちゃんを捕まえたナイフの男を見る。
「前に言った新しく入った〈斥候〉の仲間がコイツだよ。【気配察知】で魔物を避けて、【隠蔽】で姿を隠して獲物に近づく。本当に頼りになるぜ。おかげで簡単にチヨちゃんが手に入っちゃった」
〈斥候〉のスキルか。知識として知ってはいたけど、まさかここまで分からないものだとは思わなかった。
流石に格上には通じないだろうが、同レベル帯には十分ということか。
勝ち誇っているのか、芹澤は意地悪い笑みを七緒ちゃんに向けた。
「どうせ俺らじゃ何も出来ねぇとか思ってたんだろ? そうやって俺らのこと舐めてっからこうなるんだよ」
「……力尽くでしか女をモノにできないくせに、偉そうに語ってんじゃないわよ」
「あー、そういう事言っちゃうんだ。七緒ちゃんってさ、顔は良いけど状況も理解してないバカだよね」
――ジジ、ジジジ。
「ひっ!? やぁ……!」
芹澤はゆっくりと手を伸ばし、チヨちゃんが着ているベストのファスナーを下ろした。ベストで押さえ込まれていたチヨちゃんの大きな胸が、羽交締めにされているのもあって、解放されてブルンと大きく揺れる。
おお〜! と、クズ共は囃し立てた。そして芹澤は遠慮なくその胸を掴み、じっくりと堪能し始める。
「うっお、凄っげ。おっも。でかいとは思ってたけどここまでかよ。服の上からでも柔らけぇ」
「いいなぁ、俺にも触らせろよ」
「やっ、止めてくださいっ……気持ち悪い……ッ!」
「あはははっ! 泣いちゃって可愛い〜!」
嫌悪感からか、チヨちゃんは身を震わせながら涙を流す。そんな彼女を見て、クズ共はむしろ喜ぶ。
……エロいな〜、とか。羨ましいな〜、とか。これが平時でアニメとかの出来事なら俺も楽しめたんだけど、リアルだとやっぱりダメだな。
「ピギィヤァアアアアアアア!」
「ピーちゃん、今は我慢だ。静かにしろ」
気持ちは分かる。だから安心しろ。コイツらは絶対に許さん。
覚悟はしていたけど、改めて決意した。
――何があっても、こいつらはここで確実に殺す。
「止めなさい! それ以上チヨに手を出すならタダじゃ――」
「いつまで俺に楯突いてんだ!! 状況を弁えろ!!」
「痛っ――!!」
芹澤に強く握りしめられ、チヨちゃんが痛みで声を上げる。その姿を見て、七緒ちゃんは思わず口をつぐんだ。
下卑た笑みを浮かべ、芹澤は満足そうに言う。
「分かりゃいいんだよ。それじゃあ、七緒ちゃんもこっちおいで。これ以上チヨちゃんが痛い思いするのも嫌でしょ?」
「……分かった。今そっち行くから。だからもう止めて」
悔しげに呟くと、七緒ちゃんは一瞬こちらを見てから芹澤の方へ歩いていった。
そして、チヨちゃんと同じように羽交締めにされ、弄ばれる。
「うわっ、こっちもやっぱデケェ! 姉妹揃ってたまんねぇな!」
「ははは! 苦労した甲斐がありすぎる!」
「本当に最低……クズが。――痛ッ!」
「こうなると強気なとこも尚更良いよな。姉妹で違うタイプとかめっちゃ唆るわ〜!」
「――テメェらいい加減にしろよ!! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!!」
地面まで揺るがすような声で、川辺は吠えた。
想定したケースの一つであるとはいえ、我慢の限界に来ていたらしい。コイツにしてはよく保った方だろう。
しかし、怒声を上げた川辺を小馬鹿にしたように芹澤は笑う。
「はははっ! 何だよデブ。まさか俺達をどうにかできるとでも思ってんのか? 無理に決まってんだろ」
「例えそうだったとしても、俺たちが協会に訴えればいい話だろうが! テメェら、散々周りに迷惑かけていたみてぇだな? 疑うことなく信じてくれるだろうぜ!」
「本当にバカじゃねぇか? お前らここから生きて帰れるとでも思ってんのかよ」
「まっ、待て! 嘘だろ? まさか本気で殺す気なのか?」
焦ったように、俺は尋ねる。
当然演技だが、自分の優位を疑わないバカ共はまんまと引っかかった。
「何も分かってねぇなオッサン。ダンジョンの中に法律なんかねぇんだよ。バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ。死人に口なしって言うだろ?」
「だからってそんな……本当に殺すなんて……」
「はっははは! おめでたい頭してんなぁ。だけどまぁ、俺らの目的はこっちの二人だからよ。オッサン達は見逃してやってもいいぜ? お前、なんか大量にポーションを持ってるらしいじゃん。俺らが使ってやるから、そのバッグは置いてけよ。そっちのデブとメガネはさっさと武器捨てろ! この二人がどうなってもいいのか!」
こいつバカか?
さっき自分で死人に口なしって言ってただろうが。
素直に従ったらどうせすぐに殺す気だろうが。騙すにしても上手くやれよ。
だが、これ以上向こうのペースに従うのもまずい。ここが仕掛け時か。
川辺と伊波に目線を送ると、僅かに頷いた。どうやら同じ考えらしい。なら、やるか!
「分かった! 分かったから二人に手を出すな! ほら、お前らも!」
俺は荷物を芹澤達の方へ投げ、川辺達を促す。しかし、二人は従わず武器を構えた。
そんな二人を見て、芹澤は苛立った表情をする。
「おい、どういうつもりだ。テメェら、この二人がどうなってもいいのか?」
「やるならやれよ。二人にそれ以上手を出したら、例え道連れにしてでもテメェらを皆殺しにしてやるよ」
「はっ――はぁ!? ふざけんなよデブ! 頭沸いてんのか!?」
反抗されると思ってすらなかったのだろう。
芹澤はキレ気味に怒鳴ってくる。それに乗っかるように、俺も言った。
「川辺! お前何バカなことやってんだよ! 俺らだけでも見逃すって言ってんだぞ! 状況分かってんのか!」
「分かってねぇのはお前だバカ! コイツらに武器まで渡したら殺されるに決まってるだろうが! どうせ殺されるくらいだったら相打ち覚悟でやるしかねぇんだよ!」
「そうかもしれないけど、でも……ッ!! お、俺は戦う気無いですから!! ほら、荷物も渡したでしょ!? 俺は殺さないでください!!」
俺は両手を上げ、川辺達から距離を取る。
そんな俺に、川辺は怒鳴りつけた。
「楓太! テメェそんなクズだったのか!! 見損なったぞ!!」
「仕方ないだろ!! そもそも俺らは関係な――あいたっ!? ピーちゃんやめろ!!」
「ピェエエエエエエエ!!」
芹澤たちも一人離れる俺に目をやっていたが、ピーちゃんにつつかれている俺をどうでもいい存在だと思ったのか、すぐに川辺に意識を戻した。
――今ならいけるな。
俺はチラリとピーちゃんに目をやり、両手を上げながら、袖口に仕込んだ粉状の薬を少しずつ溢した。
それを察したピーちゃんは声を上げるのを止め、体を敵の方へ向けて羽ばたき、風を送る。
俺たちの動きに、アイツらは気づいてすらいない。今にも飛びかかってきそうな川辺を何とか抑えようと言葉を続ける。
「おいデブ。本気でやる気か? この人数で勝てると思ってんのか?」
「何度も同じこと言わせんなよ。だいたいその二人を拘束しなくちゃいけないなら、人数的にはそう変わらないだろ。言うほど不利じゃねぇよ」
「ちっ! 面倒なことしやがって……お前ら、やるぞ。このデブをさっさと殺――」
「川辺。時間稼ぎご苦労」
伊波がポツリと呟いた瞬間、魔力による圧力が膨れ上がり、その余波で足元がじわじわと凍り始める。
バカでも分かる程の脅威に、芹澤達は揃って顔を引き攣らせた。
「は、はぁ? なんだよこれ……お前、こんな……!」
「秘密裏に全魔力を【魔術】に注ぐには流石に時間がかかるからね。いつバレるかとヒヤヒヤしていたが、お前らが悠長に勝ち誇ってくれていたおかげでなんとか間に合ったよ。ありがとう。バカで助かった」
「テメェ……! 今すぐその【魔術】を止めろ! この二人がどうなってもいいのか! ああっ!?」
慌てて仲間達が七緒ちゃんとチヨちゃんにナイフを突きつける。しかし伊波はそんな光景を見せられても、ニヤッと笑って見せた。
まったく予想もしてない反応に、芹澤は苛立った声で捲し立てる。
「なに笑ってんだテメェ! ハッタリだと思ってんのか! 舐めてんじゃねぇぞ! 本当にどうなってもいいんだな!?」
「かつてとあるアニメで、ヒロインを人質に取られてこう言った主人公が居た。〝テロリストには譲歩しない。これは国際常識だ〟と。僕も同意見だ。そう、人質を取るような奴らに主導権を渡したところで良いことはない。どのみち助からないなら、いっそ仲間である僕の手で二人諸共お前らを殺してやる」
「アニメって……お前イカれてんのか!? しかも諸共だと!? 人質がどうなってもいいってのかよ!」
「脅している側が言うなよ。それに彼女達を舐めすぎだ。お前達に狙われていると分かってから、そうなることも覚悟の上だ」
伊波は一層笑みを深くした。
本気を感じ取ったのだろう。芹澤の顔が引きつる。
「マジで狂ってんじゃねぇのか……おい、アイツを止めろ! このままだとお前らも死ぬんだぞ!」
「……伊波さんが言ったでしょ。こうなったらもう覚悟はしてるわよ。たとえ死んだとしてもこのまま迷惑をかけるくらいだったら。アンタ達の言うことに従うよりもよっぽどマシ!」
「ひっ……ひぐっ……ぐすっ……ッ!!」
七緒ちゃんは気丈に睨み付け、チヨちゃんは涙を流しながらも、コクコクと頷く。
そんな二人に、芹澤は信じられない物でも見たかのような目を向ける。
「なんなんだよお前らっ! 揃いも揃って、イカれてやがる……ッ!」
「助かりたければ二人を放せ。そうすれば命だけは見逃してやる。これを放てば確実に命はないぞ」
いつの間にか、立場が逆転していた。
伊波の勧告に、芹澤達は揺れる。
「おいっ、セリ! どうすんだよ!」
「はっ、放した方がいいんじゃ? アイツ、本気で殺す気じゃ……」
「馬鹿! 放したらそれこそ殺されるだけだろうが! 人質が有効なのは変わりねぇんだよ! 絶対に逃がすなよ!」
それは正解。
ここでまんまと放してくれれば伊波が終わらせたんだけど、流石クズ。自分がやりそうなことは気づくか。
「チッ! まさかこんなイカれて……ッ! おいっ、二人を連れてこのまま森へ――」
「【挑発】!!」
カッ、と赤く川辺の身体が光る。すると、視線を彷徨わせていた芹澤達は、一斉に川辺に注目した。
「はぁ!? なんだこれ……ッ! 他に目が……ッ!」
「なんかあのデブがめっちゃムカつくんだけど! マジで殺してぇ!」
「逃げようとしたのに……何で……ッ!!」
「バカが。逃がす訳ねぇだろ」
「自分は殺されないとでも思っていたのか? 悪いが、僕達はとっくに覚悟を決めている。遊び半分で来たのはお前らだけだ」
「このっ……テメェら……ッ!」
怒りと焦りで、みるみると芹澤の顔が真っ赤に染まる。
【挑発】で逃げることが出来ない。かといって仕掛ければ【魔術】が放たれる。七緒ちゃん達が居る以上、伊波も自分から【魔術】は撃てないが、いざとなれば躊躇はない。
動きたくても動けない。完全な膠着状態だ。動かなければ何も変わらない。
だけど芹澤。お前らは分かっていない。この状態はそのまま時間稼ぎに繋がるんだよ。
お前らが出来るのは、犠牲を覚悟で真っ先に伊波を殺しにかかることだった。だけどそれはもうできない。その時点でお前らの勝ち筋は無かった。
――毒が回るだけの時間は、既に稼ぎ終えている。
「ぐっ、おっ、おお?」
「あっ、あれ? なっ、なんだ……これ……」
「おい、これ、まさか……ッ!」
突然、芹澤達はフラリと体を揺らしたかと思うと、次々と膝を着いて、その場に倒れこんでいく。
ようやく効いたか。待ち望んでいた光景だが、正直気が気でなかった。上手く行って良かっ――
「うっ……うぅぅ……!」
「うっ……早く、解毒……ッ!」
「いけねっ! ごめんごめん! 二人共今助けるから!」
ほっとしている場合じゃなかった。
俺は慌てて駆け寄り〈痺れ薬〉に巻き込まれた二人に解毒薬を飲ませる。
一人だけ怯えて降参したフリをして、ピーちゃんの協力の元、密かに仕込んだのは〈痺れ薬〉だった。対人で有効な上に後遺症もない。最悪仲間を巻き込んでも問題ないタイプだ。
万が一、二人が人質にされた時はこれを使おうと話し合っていたが、まさか本当に使うことになるとはな。バレないように仲間割れの演技をしたり、思ったよりも効くまでに時間がかかったりとハラハラしたが、本当に上手く行って良かった。
「どうかな? すぐに効き目が出るはずだけどっ?!」
「ひっ……うっ、ぅぅ……うぇぇえええん……!」
「……大丈夫。もう大丈夫だから」
薬を飲ませ体が動くようになった途端、チヨちゃんは俺にしがみついてきた。
これセクハラで訴えられんだろうか、という不安が一瞬過ぎるが、震えて泣き続ける姿を見てそんな考えはすぐに吹き飛ぶ。
最悪本当に死んでいたし、良くても犯されるところだったんだ。そりゃこうなっても仕方ないわな。
安心させるように、優しく抱き締めて背中をポンポンと叩く。ガラじゃないが仕方ない。これで少しは泣き止んでくれたらいいんだが。
七緒ちゃんがこれを見て怒らないかだけが心配だ。そういえば、七緒ちゃんはまだ――
――ドゴッ!!
何か鈍い音が聞こえ、俺は反射的に振り向いた。
「あっ……がっ……はっ……!」
「ふー……ッ!! ふー……ッ!! ふー……ッ!!」
見ると、横たわっている芹澤と、そいつを見下ろして立っている七緒ちゃんの姿が。
芹澤は鼻が潰れており、鼻血がドバドバと流れ止まらなくなっている。見るからに痛そうな姿だが〈痺れ薬〉のせいで呻き声くらいしか出せない。
そして立ち上がっている七緒ちゃんは、まさに鬼の形相でそんな芹澤を睨み付け、荒い息を吐き続けている。
ああ。蹴っ飛ばしたのね。
そう察した瞬間、七緒ちゃんは躊躇わず芹澤を踏みつけ始めた。
「死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ね……死ねッッ!!!!」
「やめっ……やっ……たっ……ッ!!」
喋ることすら出来ない芹澤に、抵抗なんて出来る筈もない。ぶつぶつと呟きながら、七緒ちゃんは容赦なく頭や腹を踏み、蹴りつける。
マジで怖ぇんだが……ッ! 同情の余地はないとはいえ、思わずチヨちゃんを抱き締めている腕に力が入った。
俺と同じ恐怖からか、川辺と伊波が顔を青ざめさせながらこっちに逃げてきた。
「お疲れさん。あの、七緒ちゃんは」
「〈解毒薬〉を飲ませて動けるようになった途端、ああなってな。止める間もなく……」
「死んでも構わないし、止める必要もないとは思うが……というか、止めるなんて恐れ多いというか……」
まぁそうだよな。あれを止めるなんてとてもとても。こっちに矛先が向いたら藪蛇だし。
あっ。今度は他の奴を蹴り始めた。あれは……七緒ちゃんのおっぱいを揉んだ奴だな。徹底してやがる。
「ここでガス抜きさせた方がいいし、放っておこうか。悪いけどスライムの核を集めてくれるか。俺はちょっと手が離せない」
「ああ、いいよ。やっとくやっとく」
「何故姉妹でこうも違うのか……」
チヨちゃんの姿を見て察した二人は、快く引き受けてスライムの核を集める。というか、七緒ちゃんを直視したくなかったんだろうな。
二人が核を集め終わった頃には、チヨちゃんもなんとか落ち着き、そして七緒ちゃんの制裁も終わったところだった。
見れば、一人残らず顔の原形が留めていない。全員やったんか。これだけで七緒ちゃんの怒りが伺える。
「どう? 少しはすっきりした」
「ふーっ。……そうですね。私はこれで良いです。もう顔も見たくないので」
「もう見れた顔もしてないけど、まぁいいや。それなら帰ろう。もう長いことここに居たし、他の魔物が寄ってくるかもしれない」
七緒ちゃんが素直に頷いたのを見て、俺は追加の〈痺れ薬〉。そしてもう一つの薬を取り出し、芹澤達全員に満遍なく振りかける。
「七緒ちゃんの気もある程度は済んだようだし、俺達はこれで帰るよ。次はもうこんなことすんなよ。――じゃあな」
それだけ伝えて、俺達はすぐにその場を離れた。
ここも危なくなる。巻き込まれたらたまったもんじゃないしな。
♦ ♦
――結局見逃すのかよ。バカな奴らめ。
楓太たちの足音が聞こえなくなって、芹澤はそう考えていた。
口では殺すなどと言っておきながら、結局こうして見逃している。
確かに痛めつけられはした。顔も酷いものになっているだろう。手足やアバラの骨も骨折しているかもしれない。
だが、生きている。
生きているなら、復讐は出来る。
――次はするな? ああ、そうだな。こんなミスはしねぇ。次は何もさせずに殺す!
あのオッサン共は命乞いすらさせずに殺す。
女は好きなだけ弄んでから殺す。
この体では支部に帰るのも難しいかもしれない。だが、必ず俺は生き残る!
なにがなんでも生き残って、絶対に復讐してやる!
生き残るための行動を、芹澤は必死に考えていた。
そして、とうとう最後まで気づかなかった。
自分達に、次などないことに。
ガサッ、と茂みをかき分ける音が聞こえる。
その音に、芹澤は喉を引き攣らせた。
〈痺れ薬〉の効果はまだ切れていない。身体を動かし、確認することが出来ない。
だが聞こえてきたその声だけで、絶望に落ちるのは容易かった。
「――ギヒッ、ギヒヒッ!」
――ゴブリンッ!?
特徴的な声に正体が容易く察せられる。ペタペタと歩く足音から、複数のゴブリンが近付いてきているのが分かる。音だけしか分からないからこそ、それは余計に芹澤の恐怖を煽った。
恐怖から呼吸が早くなっていく中、弱者を甚振って弄ぶゴブリンの性質を思い出し、自分達の末路を悟った。
「――やっ……まっ……やえ……ッ!!」
〈痺れ薬〉の効果はまだ切れていない。声を上げて、助けを求めることも出来ない。
芹澤は最後まで気づけなかった。
楓太が使った薬は〈痺れ薬〉と〈誘引薬〉。魔物をおびき寄せる匂いを発する、先日芹澤が楓太たちを嵌めようと使った薬とは真逆のアイテム。それを使った意趣返し。
芹澤達は見逃されていない。死ぬことを確信しているから、放っておかれたのだということを。
楓太の言う次とは、次の人生では、という皮肉であったことを。僅かな期待を持たせるための、弱者を甚振る冷酷な言葉であったことを。
「――あっ……あっ……! やっ……やめっ……!」
助けを求めることも出来ないまま、芹澤達はゴブリン達の手によって弄ばれた。
この日、渋谷支部の未帰還リストに、六名の若き探索者の名前が記された。




