第26話 覚悟の違い①
さて、スライムを倒そうと相談してからさらに三日後。
俺達は再度スライムの沼へと向かった。
半端に日数がかかったのはスライムに有効なアイテムの生産と、俺の【錬金術】の検証をしていた為である。
四人には安全な範囲で草原エリアで手に入る素材を集めに行ってもらい、俺はその素材を使ってひたすらアイテムを生産していた訳だが。
いや~、自分がどれだけバカだったのかと思い知らされたね……。
思った通り、協会で纏められた資料に載っているレシピ以外にも、同じアイテムを作るのに異なる素材のレシピが存在していた。
想像もしてなかった素材が使えたりして、かなり応用の範囲が広がったし、素材の収集が楽になったな。特に毒草がポーションとして使えるのには驚いたわ。
それだけじゃなく、素材によっては効力が若干落ちる代わりに一度に作れる量が増えたり、量が減る代わりに質が上がったりと、クオリティが大分違くなることも分かった。
一番バランスが良いのは協会のレシピなのは間違いない。というか、扱いやすい物を売り物にしているんだろうな。
でも同じアイテムでもその時何を求められるかは状況によって変わってくるし、そこの調整が出来るようになったのはかなりデカい。
それだけではなく、カタログには載ってないような未発見のアイテムまで作れるのだから、今までどんな縛りプレイをしていたのかを思い知らされた感じだ。
おかげで作っても作っても検証が終わらず沼に入りかけたが、その甲斐あって目的のアイテムは完成した。これならスライムにも多少は効くだろう。
準備は出来たので、いよいよ実践という訳だ。
「よーし、着いたぜ。楓太、貸してくれ」
「あいよ。メイスと盾寄越せ。預かっておくわ」
サンキュー、と気軽に返事をして、川辺は俺から長い棒を受け取る。
ホームセンターで買った竹の先端に、狼の牙で作った刃物を取りつけたもの。これが川辺に用意した対スライム用武器だ。
刃物部分は槍の部分に加え、そこに直角にもう一本刃が伸びている。いわゆる戟をイメージして作った。
素材をそのままくっ付けたようなシンプルな物だが、錬金術で再形成され強化されたそれは、通常の竹よりも丈夫で良くしなり、素材が完全に一体化している。
使い捨てでもスライムを狩るなら十分すぎる性能だ。当てられれば、の話だが。
「よしゃ! じゃあ行ってみるわ!」
「一匹だけだぞ。上手くやれよ」
「分かってるって。でも失敗したら助けてくれ」
上手く【挑発】で一匹だけを吊り出して、安全に狩る。下手すればまた大量に引きつけてしまうことになるが、これしかないからな。上手くいくことを祈るしかない。
「ふぅ――よしっ!」
俺が心配して川辺を見ていると、七緒ちゃんが急に前に出て、川辺の後ろで踊り出した。
意味のわからん行動に、俺達は目を丸くしてついつい眺めてしまう。
踊りには詳しくないが、軽やかなステップでリズムに乗って、見ているこっちが楽しくなる躍動感がある。
素人目だが、上手いなぁ、と感じる。流石アイドル志望だっただけのことはある。
だけど――
「いきなりどうしたの? 気が狂ったの?」
「――あんたが踊れって言ったんでしょうが!!」
え? なにそれ?
「そんなふざけたこと言うわけないじゃん」
「言ったでしょ!? 踊り子的な物を探すしかないって! だから覚悟を決めて踊ってたのに!」
あっ、それは確かに言ったわ。
それでスライムと戦うこのタイミングで踊ろうとしたのね。
でもそれならそうとあらかじめ言っておいてくれないと。戦闘前にいきなり踊り出すとか何コイツ? としか思えないよ。
「ごめんごめん。それじゃあ七緒ちゃんはそのまま踊ってもらうとして、川辺。始めていいよ」
「なぁ、俺も正直ダンスを見たいんだが」
「見なくていいから早くやってください!!」
「しゃあねぇか。あっ、見つけた。――【挑発】! よーしよーし、こっちこーい」
名残惜しそうにしながらも、川辺は一匹だけ沼から出てきたスライムに【挑発】をかける。
一瞬ビカッと光ると、スライムはのんびりと川辺に向かって這いずりだした。
ズリズリとスライムの這う音を背景に、長棒を持ったデブの後ろで踊っている女が一人。
めっちゃシュールだ。笑いそう。
「よーしよしよし、ほらほら、おいでおいで〜――死ねぇ!!」
情緒不安定かな?
優しく呼びかけたと思っていたら、川辺は急に武器を叩きつけた。
それは見事にスライムを捉え、ビチャッと液体部分を飛び散らせる。しかし核を捉えることは無かった。
「このっ! このっ! あっ、やばいこれ! 伊波! 頼む!」
「やはりこうなるか。――アイスバインド!」
叩けど叩けど一向に核を捉えきれず、危険を感じた川辺は素直に助けを求める。
それに応え、伊波の【魔術】がスライムの体に霜を生やした。
「これなら……よっと!」
液体部分が僅かとはいえ凍ったせいで、見るからにスライムの動きが鈍くなる。逃げ場が減ったのか、中にある核も同じだ。
しっかりと狙いを定めた川辺の一撃は核に突き刺さった。その瞬間スライムは力を失い、ビチャアとただの水になって地面に吸い込まれる。
「おおっ! 本当にあっさり倒せた!」
「あの規模の【魔術】でいいなら魔力も節約できる。これなら僕と川辺だけでもいけるな。もっとも、大量に狩れとなると話が変わってくるが」
確かにな。武器で攻撃するという性質上、一体ずつしか処理できないからな。それに武器の消耗も大きい。川辺の武器を見てみると、早くも痛んでいるように見える。
いくら【錬金術】とはいえ、やはり竹の強度では無理があったか。
だとしても、二人だけで処理できるというのは大きい。最悪アイテムが効かなかったとしても、コイツらに頑張ってもらえればそれでいけ――
「あ」
予定の修正している時、七緒ちゃんの間の抜けた声が漏れた。
「どうしたの?」
「いえ、あの、本当に新しいジョブが取れました。〈舞踏士〉っていうらしいです」
「マジで!?」
有ってもおかしくないとは思っていたけど、本当に見つかったの!?
半ば冗談のつもりだったが、これはいよいよ“アイドル七緒計画”が現実的になってきたな……!
それにしても、一回踊っただけで取得するのは驚きだ。ここまで早いということは、もしかしたらジョブ取得の保留状態みたいな感じだったのか?
候補として挙がっていたけど、その意思がなかったから決定ボタンが押されてなかったみたいな? どんだけやりたくなかったんだっていうね。
でも、取得できたということは――
「アイドルになる覚悟が出来た、っていうことでいいね?」
「よくない! そんなつもりはないから!」
「でも、七緒ちゃんならいけると思うぜ?」
「そうだね。僕も全力で応援する」
「お姉ちゃん。もう一度夢を目指すチャンスだよっ」
「チヨまで変な悪ノリするなっ! いくら恩人だからって毒されちゃ駄目よ!」
「まぁそれは冗談として。真面目な話、いつか七緒ちゃんの装備を作る時は踊り子とか歌手のような衣装にするけど、それは構わないよね?」
「それは……ッ! あの……なるべく露出が少ない感じで、大人しめな物を……ヒラヒラしたり、スケスケだったりするのはちょっと……」
「任せて。完璧な物を作って見せるから」
「そっ、そうですか? それならまぁ」
七緒ちゃんはほっと息を吐く。
その安心した顔に、俺はなおさら素晴らしい物を作らないといけないと決意した。
ヒラヒラは増やすし、スケスケも増やす。その上で七緒ちゃんを黙らせる。
全部やらないといけないのがクリエイターの辛い所だが、腕が鳴るぜ!
「川辺も試したことだし、次は楓太がやってみるかい?」
「そうだな。本命のアイテムを――げっ!?」
何気なく沼の方へ目をやると、うじゃうじゃとスライムの大群が陸に這い上がっていた。
とても捌き切れない数を見て、川辺は焦りだす。
「ちょっと目を離しただけでまたこれかよ! どうする? 一旦逃げるか?」
「――いや、逆にチャンスだ。やってみる!」
あそこまで固まっているなら、アイテムで一網打尽に出来るかもしれない。
捕まったら一気に骨にされると思うとかなり怖いが……。
俺はバッグから紙袋を取り出した。その中には白い粉が大量に入っている。この粉が対スライム用アイテム〈蒸発薬〉だ。
単純に水分を急速に沸騰させるアイテムで、液体のスライムが相手と考えた時に一番最初に作った物がこれだ。
ネーミングセンスに関しては言うな。単純でいいんだこんな物は。
「ぶっかけたら俺もすぐに下がるから、逃げる準備だけしておいて! じゃあ行くぞ! ――うりゃ!」
これだけの数が相手だと、紙コップで掬ってなんて悠長にやっている時間はない。袋の口を破き、ドバァと中身を全部スライム達にぶっかける。
本当は一体ずつ試して、適正な量を測りたいところだったが仕方ない。これだけの数を相手にのんびりしていられないからな。
一番効きそうなアイテムではあるけど、この数では流石に効き目が薄くなるだろうから、どんなダメージになるのかだけ観察して――
「――ピギッ!! ピギィイイイイイイイ!!!!」
「え?」
軽く様子を見て逃げようと思っていたが、スライムから甲高い悲鳴のような声が上がり、間の抜けた声が漏れる。
〈蒸発薬〉のかかった場所から、スライムの身体がブクブクと沸騰し始め、湯気を出してその体積を減らしていく。気づけばスライム達は一匹残らずその姿を消し、その場には大量のスライムの核が残された。
五人揃ってその光景を呆気に取られながら見ている。そして、カッと体が熱くなったのを感じて、ようやく我に返った。
「レベルアップした。えっ、マジで!? 本当に一網打尽にしちゃった!?」
「いや、これマジで凄いな。俺が戦う必要すらないじゃん」
「これは言葉が出ないな。まさかここまでとは」
「ついこの前、レベルが上がったばかりなのに? えっ、これどこまで上げられるの……?」
「お姉ちゃん。今度マホさんにお礼しにいこうね。絶対」
思った以上の結果に、俺も含め全員が呆然と呟く。
我が事ながら、まさかここまで効果が出るとは。これだけ核が地面に散らばっても、未だに信じられない――いや、ちょっと待て!
核が残ってるの!? スライムって何も取れないはずなのに!?
衝動的に落ちた核に手を伸ばし、【鑑定】を発動させる。
【魔物素材鑑定】
名称:〈スライムの核〉
スライムの核! 魔物素材だ! 【錬金術】でも使えそうな、今までに聞いたことのないそざ――うぉ!?
「おい、どうした? 大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっとクラッとしただけだ。それよりもこの核、めちゃくちゃ凄いぞ」
手に取った瞬間、頭の中で一気にレシピに変化が起きた。それこそ情報量で頭がふらつくほどに。
「あらゆるアイテムで、このスライムの核を加えたレシピが追加されている。これを使うだけで量や質を一段階は上げられるし、ほとんどのアイテムレシピに使える」
「なんだそれは? もはや万能素材じゃないか」
魔物素材としてこれほど便利な物は見た事がない。これだけ便利なら、誰もが使いたがるし、需要が在る筈。なのにどこにもこの核の情報がないってことは……。
「核を壊さずスライムを倒した奴が居なかったから、今までこの素材を持ち込んだ奴がいなかったのか?」
「そうだとしたら、私達で独占出来ますね。協会に卸しても高く売れそうですけど……これは黙っておいた方が良さそうじゃないですか?」
「うん。俺もそう思う」
この素材の価値を知れば、なんとかして手に入れようと協会も躍起になるはず。そうなったら、俺が作ったアイテムなんかすぐに他の生産職の奴が作り始めるだろう。
だったら協会へは売らず、俺達で消費した方が賢い。その間、スライムは俺達で独占できる。
アイテムをぶっかけるだけで簡単に倒せて、大量に経験値も稼げて、優秀な魔物素材まで手に入る。
一石二鳥、どころの話ではない。俺達は本当に、誰よりも早く上に――
「――ピッ!? ピィイイイイイイ!」
「えっ? どうしたのピー――きゃっ!?」
「動くなよ? 動いたら殺すぞ」
掴めるであろう未来を想像し、油断していたとしか言いようがない。
ピーちゃんの警告。チヨちゃんの悲鳴を聞いて振り返った時には、手遅れだった。
見覚えがある気がする若い男が、後ろからチヨちゃんの髪を掴み、ナイフを首元に当てている。
危機的な光景に硬直していると、森から音を立て、ゾロゾロと男たちが現れた。
「へへっ、やっと捕まえたぜ」
その先頭を歩いてきたのは、七海姉妹を狙っていたあのクズ男、芹澤だった。




