第16話 パーティークラッシャー姉妹②ー(2)
「はー、今日も疲れたな」
採集をしつつ来た道を辿り、無事に渋谷支部に帰ってきた。その間、戦闘は一度もなし。ピーちゃんの索敵による警戒が強すぎる。
「二人もお疲れ様。いつもと違って魔物と戦えて助かったよ」
「はい。こちらこそありがとうございました」
「小畑さん達のお陰でレベルが上がりました! ありがとうございました!」
「ははっ! いいよいいよ。お互い様だから。なぁ?」
「まぁ、そうだな。チヨちゃんのおかげで取り合いもせず戦えたし」
「二人が居なかったら、僕達もレベル上げが出来なかったのは認めよう」
なんでこいつらは素直じゃないんだ。
「それじゃあ帰還報告と素材売却に行ってきますから、ちょっと待っててくれます?」
「あっ、いえ。私も一緒に行きます」
「私も行きますっ!」
「えっ? そう? やることもないし、休んでいても……ああいや、なんでもない。それじゃあ一緒に行きますか」
たぶん、報酬を誤魔化されないか心配してるんだろうな。素材を全部売り払ってもたかが知れてるし、俺らの主な収入源はポーションだからあんま関係ないけどな。
「お前らはどうする? 待ってるか?」
「ああ〜。いや、行くよ。俺らだけ待つのもな」
「たまには皆で行ってもいいだろう」
二人の色良い返事を貰った所で、五人で受付に向かうことに。が、その前に。
「俺らは今日、ウサギ肉は持って帰ろうと思うんだけど二人はどうする? 持って帰る?」
「え? もしかして、売らずに食べるんですか?」
「うん。肉を売っても大した金にならないから食べて食費を浮かせてるんだよ。そろそろ在庫が切れちゃうから、今日は持ち帰り。二人も持って帰ったら? もやしメインの生活にちょっとはマシになるでしょ」
「大した金にならない……」
「お姉ちゃん。小畑さんがこう言ってるし、今日はそうしない? 私もちょっと食べてみたいし」
「そっ、そうね。小畑さんがそう言うならね……」
「分かった。じゃあ皮だけ売却って感じで」
同意が取れた所で、改めて受付に向かう。角ウサギと草狼の皮を全て売却し、今日の儲けは――
「一人当たり一万三千円か。結構行ったな」
「まじか。素材の売却だと最高額じゃね?」
「うん。やっぱりあれだけ戦えると違うね」
「お姉ちゃん……ッ! こんなに……!」
「よし! よしよしよしっ! これなら今日はまともな物が食べれる!」
へー、と感心する俺たちに対して、この七海姉妹の盛り上がりよ。ちょっと温度差が凄い。
「ほう。なんだ、活きがいい新人が居るな」
はしゃいでいる七海姉妹を眺めていたら、後ろから渋みのある落ち着いた男の声が聞こえてきた。
そこに居たのは、アロハシャツにショートパンツ姿の中年の男だった。なんとも場違いな格好とも思うが、それでも隠せない威圧感からして、おそらくトップ層の探索者だ。
格好は陽気だが、口周りの整った髭がワイルドでどこか危うい印象がある。こんな人に目をつけられたのかと思うと、俺達は例外なく身体が固まってしまった。
そんな俺達を不思議に思ったのか、受付の若い女性職員さんが首を伸ばしてこちらを伺うと、少しだけ驚いたような声を上げる。
「あら、斧田さん。お久しぶりですね。本日はどのようなご用事で?」
「ちょっと調べたいことができてね。資料室を借りてもいいかな?」
「ええ、もちろんです。それにしても、今日は珍しい服装ですね?」
「ああ、これか? 以前、タケの奴に言われてね。渋谷支部みたいな新人が集まる場所で本気の格好をしたら、俺の顔だと怖がられてしまうってね。まったく失礼な奴だ。俺のどこが怖いって言うんだか」
タケの奴……タケさん? この人タケさんの知り合いか?
「この格好なら、何をやられても笑って許してしまうような陽気なおじさんにしか見えないだろう? 今ならスキル攻撃をされても許してしまいそうだよ。はははっ!」
「いえ、逆に怖いですよ。その筋の人のプライベートかなって」
「えっ? ほんとに」
嘘だろ……と、その人は愕然としていた。ハッキリと言う職員さんだ。俺も正直同じこと思ったけど。
しかし、今のスキル攻撃云々というやけに具体的な内容……そしてタケさんの知り合い……もしやそういうことか?
「そっ、そんなことないだろう? なぁ、そこの君。君はそう思うよな?」
そう言って、その人はわざわざ俺に話を振ってきた。うん、これはもう確定だな。
【人物鑑定】――〈失敗。抵抗されました〉
【人物鑑定】――〈失敗。抵抗されました〉
【人物鑑定】――〈斧田 俊一 男 四十二歳〉
「はい! 俺もそう見えます! むしろなんでも許してくれるからって調子に乗って怒られちゃいそうかなって!」
「――! だよなぁ! いやーまいったな! そう見えちゃうかー! 俺の人徳とはいえ、ちょっと自重しなくちゃかー!」
「斧田さん? あの、本当に今日はどうしたんですか?」
「小畑さん、まずいんじゃないですか? 高レベルの探索者ですよっ!」
訝しむ職員さんと小声で注意してくる七緒さんを放って、俺は斧田さんと話を続ける。
「あの、斧田さんと呼ばれていましたが、もしかして斧田俊一さんですか? 俺、〈錬金術師〉の小畑です。タケさんから腕の立つ探索者だと話を聞いておりまして」
「――ほうっ! ほうほう! 君が小畑君か、俺もタケから色々と話は聞いているよ。いつか会えたらと思っていたが、ここで運よく会えるとはな。俺の事はトシと呼んでくれ」
「ではトシさんと。俺のことは小畑でも楓太でもどっちでもいいので」
トシさんが差し出した手を掴み、にこやかに握手をする。
すると笑みはそのままに、トシさんは意味深な目をして言った。
「本当に聞いていた通りだったな。君には本気で期待しているから、是非とも頑張ってほしい。タケと同様、俺もいつでも力を貸すからな。何かあったらなんでも言ってくれ」
「はい、期待に応えられるよう頑張りたいと思います。あくまで死なない範囲で、ですけど」
「はははははっ! それでいいんだよ。むしろその慎重さこそ探索者に必要な素質だ。あっ、もちろんそっちの川辺さんに伊波さんと……女の子達も新しい仲間か? まぁいい。応援してるよ」
トシさんに声を掛けられ、男連中は笑って小さく頷き、七緒さんとチヨちゃんは恐縮そうに頭を下げる。姉妹は大袈裟に見えるが、まぁ事情が分かってないでこんな怖そうな人に目をかけられたらこうもなるか。
それに満足そうに頷いてから、トシさんは一転、困ったような顔で俺に聞いてきた。
「ところで早速なんだが、低級ポーションを売ってもらえないか? 実は今度深い階層に潜る予定があってな。ポーションが足りてないんだ」
「もちろんいいですよ。ただ、俺のポーションの性能は最低限ですし、先にタケさんに頼まれた分があるのでその後でよろしいですか?」
「ああ、もちろん構わない。ただ、こちらも予定があるから、早めに用意してくれると助かる。もしスケジュールがきつくなるようなら特急料金ということで色を付けるよ」
「今は余裕があるのでよほどムリがないなら大丈夫だとは思いますが、そのあたりは予定を聞いてからですね。連絡先を教えて貰ってもよろしいですか?」
「ちょっ、ちょっと待ってください! 斧田さん、困りますっ! うちとしても小畑さんのポーションを必要としていてですね――」
トシさんと商談を進めていると、受付の職員さんが口を挟んできた。
その職員さんを、トシさんはじっと見つめる。職員さんは顔を青ざめ、ダラダラと汗を流し始めた。
「――文句あるのか?」
「……ありません」
目を逸らすと、職員さんは小さな声で身を縮こまらせた。
無理もないわ。完全に脅迫だもの……。
「ならいいんだよ。そもそもお前らが売らないのが悪いんだろうが」
「あっ、そういえばそうですね。そこに並んでいるのに、売ってくれないんですか?」
「ああ、購入制限があってな。一回の探索で何個までとか、月に何個までとか。そのせいで金はあるのに買えないんだ。ったく、俺らに死ねって言ってるようなもんだぜ」
「……制限をかけるのは買い占めを防ぐためで、低レベルの探索者にも行き届くようにと理由がありまして」
「何か言ったか?」
「……言ってません」
職員としての矜持を見せたが、やはり職員さんも最後は屈した。
職員のお姉さん、貴方は頑張ったと思いますよ。俺なら文句すらいえないです。
「それで金額と期限なんだが――」
その後、トシさんと取引内容について確認し、お互い納得できたところで握手。連絡先を交換し笑顔で別れた。
「一本五万……十本で五十万……一回の取引で五十万って……しかもあんな探索者とコネを作って……」
「小畑さん、凄い人だったんですね……」
「いやぁ、凄いのは俺じゃなくて〈錬金術師〉かな」
七緒さんは目元を抑えてブツブツと呟き、チヨちゃんは呆然としながら俺を見てくる。
まぁ、普通の新人探索者が稼げる額じゃないらしいから、驚くのも無理はないか。
しかし、今回は良い商談だったな。深い階層に行くからと買い取り本数が多く、それでいて指定があったから一本五万で買い取ってくれることになった。これはタケさんとの二回目の取引の際にもいい交渉材料になりますねぇ……!
「ああ、それとごめん。支部に売るならすぐに払えたんだけど、今回はトシさんからの支払いを待たないとだから、それまで待ってくれる? それを確認次第、二人にも分配するから」
「ええ……はい……もうなんでもいいで……え? ――えっ!?」
投げやり気味に答えていた七緒さんだったが、ぎょっとした顔でこっちを見てきた。
「えっ、あの! もしかして私達にも今の取引の報酬を分けてくれるんですか!?」
「ん? いや、当たり前でしょ。今回の探索で集めた材料を使うことになるんだし」
「そ、それにしたって……私達は採集しか……あの、ちなみに幾らくらい頂けるんでしょうか?」
「今回は五十万になるから、きっちり十万円だね。俺らは揉めないように山分けしてる」
「山分け……あれだけで? 二人でじゃなくて? 私とチヨにそれぞれ?」
「そりゃそうでしょ。一時的な仮パーティーとはいえ格差をつけるのは良くないし」
「本当に私も貰えるんですか? えっ、お姉ちゃん、良いの? これ貰って良いの? 平等じゃないよね? ねえっ?」
「そうだけど……ルールで決めてるなら……あのっ、本当にいいんですか?」
そう言って、七緒さんは俺ではなく川辺達に聞いた。
二人はヤケになったように答える。
「よくないよ。よくないけど、いいよ。俺らも口を出せる立場じゃないから」
「そう、僕らに何かを言う資格はない。全ての決定権は楓太にある」
「いやなんでだよ。パーティーなんだから全員で決めることだろうよ」
当然のことを言っただけなのに、二人は頭を抱えている。なんだ、俺が問題発言したみたいな態度じゃん。
「まぁいいや。で、次の探索なんだけど――あっ、まだパーティー組む気ある?」
つい次も一緒って考えてたけど、そもそもこの子達が嫌ならこの時点で解散だったわ。
まぁ、有用とはいえ俺もストレス溜まりそうだし、ここで終わりならそれはそれで――
「やりますっ! 是非お願いします!」
「私もやりますっ! 私、もっともっと頑張りますからっ!」
「おっ、おう。じゃあ次の探索もよろしくね」
思った以上に強い迫り方に困惑する。七緒さんなんかすげぇ嫌そうにしてたのにな。
……やはり金か。金は全てを解決する。
「じゃあ次の予定なんだけど、明日と明後日は休みにするから、三日後にしようか」
「えっ? 休み? それも二日も?」
「えっと、お姉ちゃんも私も、いつでも大丈夫ですよ? 今日もこんなに早く帰ってこれましたし」
「いやいや、そうじゃなくてさ。もともと探索の次の日は生産をしなくちゃだから休みにしてるんだよ。今回は特に、さっきのトシさんの依頼で多めに作る必要があるから」
「あっ、ああ。なるほど。そういうことでしたか」
「うん、そうそう。それにさ、二人共あんまり休んでないでしょ?」
そう言うと、なんとも答え辛そうな顔をする二人。
やっぱり予想通りみたいだな。
「二人がちょっと疲れてるって、初対面の俺でも分かるほどだよ。今までの疲労が二日で取り切れるとは思わないけどさ、運よく休める機会が来たと思ってリフレッシュしてきなよ」
実際、疲労が残って足を引っ張られる方が迷惑になるしな。それだったらしっかり休んで万全の態勢で探索をしてほしい。
というか、生産を頑張ることになるから俺が休み欲しいんだわ。休ませてくれ。
「贅沢させてやるとまでは口が裂けても言えないけど、俺らと一緒にやるなら生活もマシになるだろうしさ。ほら、これなら無理して働かずに休んだ方がいいって分かるでしょ?」
「……分かりました。何から何まで、お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きますっ」
「うん。あっ、それと――おい、プール金使わせるけどいいよな?」
「ああ、もう好きにしてくれ……」
ひらひらと手を振る川辺に、こくこくと頷く伊波。
なんとも適当だが、まぁ許可は取れたってことでいいか。
「二人からも許可が出たから、パーティー資金から二十万渡しとくね。二人共、装備がボロボロだし、これで買い替えなよ。余ったら美味しい物でも食べに行っちゃえ」
「えっ!? い、いえっ! 流石にそこまでしてもらう訳には……!」
「お姉ちゃんの言う通りですよっ! これは貰いすぎですっ!」
「いや、パーティーの運営として必要な金を出すだけだから。死なれても困るし、これは絶対にやって」
ここで遠慮される方が困るから、ここは強く言わせてもらう。
俺の気持ちが伝わったのか、二人はふっと肩から力を抜くと、また頭を下げた。
「分かりました。小畑さん……いえっ、楓太さん。これからよろしくお願いしますっ!」
「楓太さん! 私、頑張りますからっ!」
「うん? う、うん。お互い頑張ろうね」
……楓太さん? なんだ、いきなり距離詰めてきたな。
俺が困惑していると、七緒さんと目が合った。そして、七緒さんは今までからは信じられないような照れ笑いを浮かべた。
「……え、えへへっ」
……美人ってずるい。ちょっと笑いかけるだけで、今までの悪印象が全部どうでもよくなるんだもの。
♦ ♦
【探索のヒント! その十一】
〈商品の購入制限〉
探索者協会の各支部売店では、装備や各種アイテムなど様々な商品が売っている。だが、その中でも一部の商品に関しては購入制限が定められている。
具体的な例を上げると、回復ポーションだ。生産職の数が少ない現状、どうしてもポーションの供給は需要に追い付いていない。
運良くヒーラーがパーティーに居れば回復手段をポーションのみに依存することはなくなる。が、それでもポーションを一切使わないということにはならない。
深い階層であればあるほど、ヒーラーの驚異的な回復能力は必要になってくる。いざという時に備え、軽傷であればポーションで済ませて温存するということも必要になる。
そしてヒーラーが居ないパーティーは言わずもがな。ポーションの有無が生死に直結する。
これはどのレベル帯でも同じ話であり、トップの探索者に買い占められては駆け出しの探索者の死亡数が間違いなく増加する。そのため購入制限をかけたり、絶妙な値段設定で全体にポーションを行き渡らせるようにするのは当然の対応である。
上位の探索者からは、俺達の足を引っ張るな。
下位の探索者からは、ポーションの値段を下げろ。
探索者達から好き勝手に文句を言われている探索者協会であるが、彼らも彼らなりに、やるべきことはやっている。




