第5話 試すべきこと
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雑魚を蹴散らして本拠地の『黄昏の王城』へと帰還したレックスたちであったが時間も時間である。
ルシオラからは後は任せて無理せず休むように言われたのだが、現在は危急の刻。
できることはないかと考えたレックスは他にも試すべきことがあると判断した。
『覇王』の固有能力が使用できたこと、そしてその感覚を掴めたことは朗報だが、後は習得している『剣技』と『魔法』の検証が必要であると思い至ったのだ。
レックスは早速、鬼武蔵伴って『黄昏の王城』の11階にある練兵場を訪れた。まるで古代の闘技場のような造りになっており、剣闘士たちが血みどろになって戦い、見物客が熱狂していそうな雰囲気がある。
この場所はクラン〈黄昏の帝國〉のプレイヤー同士が気軽にPvPを楽しんだり、敵クランとの模擬戦を行うために作られたものだ。
「しかし陛下。私如きが11階へ入ってもよろしかったのでしょうか?」
鬼武蔵は畏まって恐る恐ると言った様子でレックスに尋ねた。
「構わん。現在は緊急時だ。それにもしかすると今後も使うことになるかも知れんからな」
一方のレックスは特にこだわりはないため、事もなげに答える。
だが懸念点はある。
拠点防衛戦でも当然のように共に行動していたものの、鬼武蔵たちは元NPCであり、レックスからしたら初対面にも等しい存在だ。
彼らはレックスのことをよく知っているようだが、まだ完全に信用することができずにいた。
様子を見て信頼関係を築いていくしかない。
これはレックス自身が納得できるかできないかの問題なのだ。
練兵場にいる位階1の一般兵が、太い木の棒に藁の束を括りつけた物を用意して地面に立てていく。こんな元NPCもいたのかと今更ながらに思いつつ、準備が整ったようなのでレックスは集中を開始した。
【伝言】の魔法や固有能力を使用した時のように行使しようとしている魔法名を思い浮かべながら感覚を探っていく。
狙いを分かり易くした方が良いかと考えたレックスは、右手を前に突き出して狙いを定めると何かが何処かに繋がるような感覚に襲われる。
まるで脳が何処かの場所にアクセスしているような感じである。
繋がった――
【爆裂】
レックスが言葉を紡ぐと目の前の目標が爆散して燃え上がった。
「(よし! 成功だ! 魔法は使える……後は感覚を掴むだけだ。発動までの時間は短い方がいいからな)」
「お見事にございます! 流石は覇王陛下!」
爆風に逆立った黒い髪の毛をなびかせながら、鬼武蔵が賞賛の言葉を送る。
【次元斬】
今度は目標が空間ごと断絶して目標が断ち切られてしまった。
「素晴らしい!! 私も扱えぬ高位魔法、流石でございます!」
【三重化・大爆轟】
爆発を超越した大爆発が起こりその衝撃波の影響が周囲にも及ぶ。
これは音速をも超える大火球を作り出し目標を爆圧と衝撃波で粉微塵にする魔法だ。今回はこれを三重に掛けたため、途轍もない破壊力となったのである。
「おお!! 凄まじい!! これほどまでの威力!! これが覇王陛下の魔法……何と言うことだ!!」
「ははッ……はははははは!! これは! この力があれば問題などない!!」
レックスは自分でも気づかない内に湧き上がる歓喜と陶酔感で感情が高ぶり、興奮に表情を歪ませて哄笑していた。
同様に鬼武蔵も細い切れ長の目を大きく見開いて喜悦に顔を歪めている。
魔法の術者には自動的に魔力障壁が展開されるようだが、鬼武蔵には適用されていないように見えるが興奮でそれどころではない様子だ。
「鬼武蔵、今のはおま、貴様にダメージはあったか?」
「はい。あまりの衝撃にかなりのダメージを受けてしまいました!」
その割には嬉しそうな表情なのだが、こいつはマゾなのかな?
レックスはそう思いつつも、何をしても喜びそうな鬼武蔵から忠誠のような感情を向けられていることを敏感に感じ取った。
「(忠誠か……偽りか……お約束だと糸目のキャラは裏切るって決まっているんだよなぁ……)」
ダメージが通ると言うことは、流石にこのレベルになると装備で魔法の属性耐性を上げていても貫くことができるのだろう。
確か、鬼武蔵は火属性に耐性を持っていたはずだ。
やはり敵対しようが、味方であろうが早急にしっかりと元NPCたちの情報を確認しなければならないとレックスは考える。
玉座の間でのみコンソールを開くことができ、『黄昏の王城』内の情報を参照できるのは既に確認済みだ。
「すまんな。これは試しておきたかったのだ」
「いえいえ! このような魔法を見せて頂けただけで私は世界一の果報者と言えましょう!!」
その笑みは最早狂気そのものと言って良いほどだ。
それに彼の言葉は何処か真に迫っている感じがして、とても演技には見えないのである。
鬼武蔵の言動もそうだが、実はレックスも高揚感と万能感を味わっていた。
それはとてつもなく甘美で、自己肯定感を高めるもの。
自信がみなぎるのがレックス自身、よく分かるのだ。
「よし。魔法の感覚は掴めた。次は剣だな。鬼武蔵、相手を頼むぞ」
「はッ……心得ましてございます」
レックスとしては魔法よりも剣の方が不安が大きいと言える。
何しろ、現実で剣など振ったことがないので、斬り合いなど出来る気が全くしない。
ゲームが現実化した今、相手の攻撃に反応して、システムが自動で剣を繰り出してくれるとはとても思えない。
そして『剣技』だが、魔法のように名前を言えば勝手に体が動いてくれるのか、それともレックス自身で体を制御する必要があるのか疑問は尽きない。
ここで鬼武蔵と戦って弱いと思われた場合のことを考えると怖くて怖くて堪らない。
やはり最後は自分が信じられるか否か。
信愛なる仲間たちが創り出した存在を信じられないはずがない。
「鬼武蔵よ。お前を信頼して言っておこう。俺は転移の際に力を失い上手く剣を扱えなくなった可能性がある……」
「ま、まさか転移にそのような影響が……!? 承知致しました陛下。例え剣の腕が落ちていようとも私が陛下の腕を再び引き上げて見せましょう!!」
固有職業の『覇王』はどちらかと言えば、剣の方に強い補正が掛かる。
レックスはビルドで魔法職も多く取っているため強力な魔法が行使できるが、今でも覇王ムーブをしたいと考えているため剣が扱えないのは許せない。と言うか、元NPCたちの期待に応える意味でも最強の剣士たらねばならないと考えている。
剣でも最強、魔法でも最強を目指すのがレックスの考える覇王なのだ。
鬼武蔵が黒スーツの腰に佩いた長い黒刀をスラリと抜き放つ。
その姿は本物の剣士のように様になっており、同時に美しい所作であった。
「では行くぞ」
レックスが練兵場にある剣を持ち鬼武蔵へと突きつける。
本来の装備は『ティルナノグ』最強の神器、ヴィスティンノヴァなのだが、ここで使用するのはただの鉄剣である。
『覇王』と『覇帝』の専用装備で凶悪なまでの補正値を誇るため、これで勝負しても真の実力が分からないためだ。
短い呼気と共にレックスが鬼武蔵へと迫る。
自分の動きが想定を遥かに上回る速度だったため、慌てて横薙ぎに剣を払うが簡単に払われてしまった。
繰り出されるのはカウンター。
まるで手が何本もあるかの如き刀捌きで四方八方から、攻撃が飛んでくる。
それを躱し、いなし、弾き返すレックス。
反応は――できる。
恐らく鬼武蔵が手を抜いているのだろうが、レックスが考えていた以上に体が動く。
嬉しい誤算なのだが、強いのかと言われると分からないと答えざるを得ない。
剣と刀の撃ち合いが何合にも渡って繰り広げられ、練兵場には澄んだ音のみが響き渡っていた。
剣での殴り合いはもういいと判断したレックスは肝心の『剣技』を使用することに決める。鬼武蔵と同じく、レックスも【剣聖Ⅹ】の職業を修めているので剣士系の『剣技』は全て扱えるのだ。
【全力斬り】
文字通り全力での攻撃で、職業が【剣士】でも扱える『剣技』である。
大上段から振り下ろされる一撃は大きく攻撃力を引き上げる。
鬼武蔵はそれを敢えて受けると周囲に凄まじい衝撃波が飛び、彼の踏ん張った足が地面にめり込む。流石に顔を歪ませる鬼武蔵であったが、途中で受け流して後方へ飛ぶと剣技を使用した。
【一閃】
横薙ぎに払われた刀から衝撃波が飛んでくるが見ることができる。
普通では考えられない現象だが、レックスも敢えてそれを受けるために剣で叩き切ろうと試みた。
タイミングを合わせて剣を振り下ろしたが、完全に斬ることができずに衝撃波がガラスのように砕けてあちこちに欠片が飛び散ってしまった。
予想していた結果にならなかったことでレックスが苦み走った顔付きになる。
【虎狼一閃】
言葉を紡いだレックスの姿が掻き消えて、次の瞬間、鬼武蔵の背後に立っていた。
これは一瞬で目標との間合いを詰めて斬り裂きそのまま通り過ぎる剣技である。
鬼武蔵は読んでいたのか余裕でそれを躱すとレックスの方を向いた。
【剛剣突貫】
2人の間合いが一気に詰まり長刀の刺突が繰り出されるが、それを受ける瞬間に剣技を発動するレックス。
【転撃活殺】
鬼武蔵の攻撃がするりといなされてバランスを崩したところへレックスのカウンターが決まる。しかし彼の体に肉薄した鋭い斬撃を刀の峰に腕を当てて強力な一撃をくい止めて見せた。
ただ威力は殺し切れずに、衝撃で足を踏ん張ったまま飛ばされる鬼武蔵。
後に残るのは踏ん張ってできた地面の轍のみ。
「(見えるし反応はできる……剣技の発動もできそうだ。後は斬り合いと剣技のタイミング。コンビネーションだ……)」
鬼武蔵は臨戦態勢を崩すとレックスに向かって言った。
そこに侮りなどはなく、あるのは真剣な表情と誠実な言葉だけのようにレックスには感じられる。
「流石は陛下です。剣技は問題なく行使できているようですが、使いこなすまでは至っていないように思えます。それと剣での打ち合いになるとぎこちなさが感じられます。もしかすると陛下は経験値を失われてしまれたのでは?」
耳の痛い言葉だが、金言でもある。
レックスの思った通り、打ち合いや駆け引きは戦士としてまだまだ未熟なようなので、最初は単純に『覇王』の力で押すしかないだろう。
そして言われた通り、戦闘経験を積んでいかなければならないと痛感する。
「すまんな。俺のために弱めの剣技を使っていたのだろう?」
「勿体ないお言葉! 謝罪など不要にございます! 転移により経験が失われた可能性を考えると、陛下は神器などに頼らない戦い方をして勘を取り戻すのが肝要かと存じます」
遠慮がちながらもはっきりと物申す鬼武蔵にレックスは好感を抱いた。
レックスとしても忌憚のない意見は非常に有り難い。
下手に誉めそやされるだけよりはよっぽど良いと考えている。
「その通りだ。金言感謝するぞ! 今後も遠慮のない発言をし……許可する!」
「はッ……勿体ないお言葉にございます」
鬼武蔵が畏まって敬服した態度を示す。
これは信頼しても良いかも知れない。
もちろん元NPCそれぞれに考えがあるのだろうが、疑ってばかりもいられない状況。
各々と積極的に交流していく必要があるだろう。
レックスの思考が巡る。
戦闘による気疲れと、鬼武蔵との模擬戦で疲労を感じたレックスは、玉座の間へと向かった。
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