第3話 獣魔王の思惑
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両軍激突。
太陽が傾き始めた夕刻に戦いは始まった。
カラデュラ獣魔国とルスティライル公国のもう何度目になるかも知れない戦い。
恒常的に野戦が行われていたが、夜目が利く獣魔族はわざとその時間帯を狙って仕掛けていた。
鬼武蔵は最前線に躍り出ると愛刀『人間無骨』を振り回して、次々と目の前に立ちはだかる獣魔族を斬り捨てていく。
確かに獣魔族は大した膂力を持っているようだし、動きも俊敏、剣技も磨かれてはいるものの、やはり何処か物足りなさを感じる。
「ふむ。こんなものかな……位階は40ほどと言ったところですかね」
分析をしつつも黙々と挑んでくる獣魔族を撫で斬りにしていく。
しかし、仲間が殺られていると言うのに、全く臆することなく挑みかかってくる辺り、周辺の人間国家にとっては脅威だろう。
そもそもの話、人間はその大多数が強くない。
位階40もあれば、容易く蹴散らすことができるだろう。
「獣魔王の近習の力も見ておきましょうかね」
鬼武蔵の進撃は止まらない。
まるで障害にもならないかように、斬りながら疾走する。
獣魔族の巨躯が大地に骸を晒し、地面が血で染まろうと気にすることはない。
あっとう言う間に数キロ離れた獣魔族軍の本陣にたどり着くと、1人1人斬り捨てながら陣中へと歩を進めていく。
そして――
目の前には見覚えのある威厳と風格を兼ね備えた、覇気を纏いし王。
その他にも見るだけで理解できる強者の波動をビンビンと鬼武蔵は感じ取っていた。
「お久しぶりですね。獣魔王殿」
「久しいな。と言ってもそれほど経ってもおらんと思うがな」
突然の闖入者にも平然とした態度を崩さずに、平然と言ってのける獣魔王ノゲラシヴァ。まるで鬼武蔵の来訪を予想していたかのように悠然としている。
「そうでしたかね。こちらの提案は考慮して頂けましたか?」
「熟考中だ。それに貴様が肩入れするとなると、ルスティライルは以前よりも強力になるのではないか?」
「私はほどほどに参加する程度ですからご安心を。それにいずれは手を引きますのでルスティライル公国、聖クロサンドラ皇国と順に滅ぼしていけば貴国の悲願も叶うでしょう」
鬼武蔵の提案に乗ってこれば、両国にとって大きな利益となるだろう。
「おい、貴様。随分と強いらしいが、このような場所まで来られては獣魔族の沽券に関わる。私と勝負しろ」
突如、鬼武蔵と獣魔王との会話に割り込んできた者がいた。
その人間にも似た顔立ちをした獣魔族を見て、鬼武蔵は小首を傾げる。
しばし考えた彼の脳裏に思い浮かんだことがある。
獣魔族は様々な種族と子を為し、ハーフを産み出していると。
何故すぐに思い出せなかったのか?
それは鬼武蔵にとってほんの些細なことに過ぎなかったからだ。
「いいでしょう。獣魔王殿の近習からのお誘いとあっては断ることなどできようはずもありませんからね」
「近習だと? 私はカラデュラ獣魔国が第1王子エヴァンデル! 舐めた口を叩くなよ下郎が!」
激昂するエヴァンデルに憐れむような視線を向け、鬼武蔵が
「なるほどなるほど。それならばむやみやたらと殺すことはできませんね。どうぞ掛かってきてください」
「貴様……名乗ることさえできんのか! 人間はもっと名誉を重んじるものだと思ったがな」
その苛立ちを含んだ一言を聞いた鬼武蔵はすぐに察した。
彼は獣魔族と人間とのハーフなのだと。
「これは失礼を。仰る通りかも知れません。私の名は鬼武蔵。どうぞお見知りおきを」
鬼武蔵はわざわざ太刀を鞘に納めると、片手を折り口元に笑みを浮かべながら慇懃な態度で頭を下げた。ところが、それに怒りを見せたのはエヴァンデルを始めとした周囲の獣魔族たち。
「貴様は舐めているのか? 死にたいらしいな……」
「おや? 気に障ったようですね。謝罪致しましょう」
再び頭を上げる鬼武蔵に向かって、エヴァンデルが吠えた。
火に油を注いだのだ。
一気に背中の大剣を引き抜くと、鬼武蔵に向かって叩き付けるように振り下ろす。
短い呼気を吐き出して、黒刀を抜くと大剣を真正面から受け止めてみせる。
「何……!! 馬鹿な!」
これまで強力の一撃をまともに受け止められた者などいなかった。
エヴァンデルは狼狽しながらも獣魔族の誇りを護るべく大剣を振るう。
人間からは考えられないほどの、圧倒的な膂力を前にしても鬼武蔵は顔色1つ変えることなく、攻撃を弾き続ける。
躱すでもいなすでもなく、真っ向から受け止めているのだ。
エヴァンデルには何故、あの程度の細い刀が折れないのか理解できなかった。
「単調な攻撃ですね。まだまだ修行中と言った感じでしょうか?」
鬼武蔵の挑発めいた言葉に、エヴァンデルの表情が歪み、息が詰まる。
『剣技』を使うまでもないと鬼武蔵は、反転攻勢をかけ始めた。
―――
エヴァンデルは怒りの表情を見せながらも、冷静に鬼武蔵との戦いを分析していた。
元々、父である獣魔王ノゲラシヴァから鬼武蔵が必ず本陣にやってくるだろうと聞かされていたこともあるが、根が穏やかなこともあり彼は獣魔族には珍しく怒り狂うことは滅多にない。
「(強い……本当に人間なのか? 父上の言う通りではないか)」
最初こそ力任せに、大剣を振り下ろしていたが鬼武蔵には一向に通じない。
獣魔族の膂力を持ってしても、余裕で受け止められること自体が衝撃であった。
元来、獣魔族の戦士のほとんどが、その圧倒的な力に物を言わせて蹂躙する戦い方を基本としている。
人間や亜人であれば、それだけで事足りるのだ。
埋められない身体能力差がそこには存在していた。
だがエヴァンデルは鬼武蔵との戦いが自分にとって良い修行の一環になると確信する。ノゲラシヴァ曰く、鬼武蔵に獣魔国の主だった者を殺す気はない、と。
「グラァァァァ!!」
エヴァンデルが咆哮を発すると、その口からはまるで炎にのように燃え盛る緑色の魔力波が出現した。
鬼武蔵の細い目が少しばかり大きくなり、口元が吊り上がる。
「ほう……これが!」
そう呟く鬼武蔵の顔が喜色に染まる。
吠えたばかりのエヴァンデルは、大地を滑るように屈み込みながら疾走すると瞬く間に鬼武蔵へと肉迫した。
エヴァンデルの右足が強く大地を踏みしめると、左から大剣が薙ぎ払われる。
魔咆哮と下段からの斬り払い。
「(どうでる? 躱せるものなら見せてみろ!)」
せっかくの猛者との戦いだ。
せいぜい試させてもらわねばならない。
鬼武蔵は黒刀を一閃し、向かい来る魔咆哮を叩き斬る。
だがその時点で、エヴァンデルの大剣は鬼武蔵の足元に命中する寸前だ。
逃げられるタイミングではない。
「とった!」
一太刀浴びせられると確信したエヴァンデル。
だがその目の前に、いつの間にか鬼武蔵の左手が向けられていた。
手で受け止める気か?と正気を疑うが、今更、大剣の軌道は変えられない。
「【極炎】」
余裕の声と共にエヴァンデルの大剣を黒い炎が飲み込んだ。
まさかの魔法に驚きを隠しきれないが、炎が体に迫ることはない。
そのまま大剣を振り抜いて残心。
「……!?」
あまりの手応えのなさに、右手に握り締めた大剣に目をやると、そこにはあるはずの物がなかった。
鬼武蔵を斬り裂くはずだった刃が消滅していた。
残るは握る大剣だった物の柄のみ。
状況がうまく飲み込めないエヴァンデルをよそに、周囲の獣魔族からはどよめきの声が漏れ出ている。
「なかなかに素早い攻撃だったと褒めておきましょう。見せるつもりはありませんでしたが、あまりに貴方の顔がしたり顔だったものだったものでね」
「な、何が……? 魔法だと?」
ただの剣士だと思っていたが、よもや魔法も使えるとは考えてもみなかった。
エヴァンデルの背中を冷たい物が滴り落ちて、その体に戦慄が走る。
「ええ。こう言う芸もありますよ。と言う話です。少しばかり力を見せておくのも有効ですしね」
「あの魔法にそれほどの威力があると言うのか……?」
「所詮は素材が鉄なのですからね。一瞬で融解させるくらいは可能でしょう。まぁミスリル程度でも同じ効果はあったとは思うがね」
人間の強者でも今の連携は防げる者など存在しなかった。
平然と言ってのける鬼武蔵の顔を下から見上げるエヴァンデルだったが、余裕は言葉だけでなく表情にも表れている。
エヴァンデルとしては混乱するしかなかった。
剣と魔法を同時に扱える者になど出会ったことがない。
父ノゲラシヴァからその存在を聞いたことがあったが、それは剣に魔法のような力を込める戦い方をする者の話だ。
「おや? 驚いていらっしゃるようだ。やはりこの世界の職業のビルドとやらは随分と歪なようだね。流石は陛下。仰る通りだ」
「……職業だと? 陛下? 大公ではないのか?」
「その通りです。詳しく言うつもりはありませんが、私は〈黄昏の帝國〉を統べる覇王、レックス陛下の配下の者なのだよ」
そのような国名に聞き覚えがなかったエヴァンデルが、ハッとして獣魔王ノゲラシヴァの方へと振り返る。
だが彼が動揺している気配は全くなく、口元には微笑さえ浮かべている。
「獣魔王よ。よく覚えておくことだ。世界は思っているより広いと言うことをね」
「退却だ。銅鑼を鳴らせ」
鬼武蔵の脅しにも取れる言葉を聞いても、動揺することもなくゆっくりと立ち上がった獣魔王ノゲラシヴァが命令を下した。
「おや? 随分と早い撤退ですが、見極めは済んだのですか?」
「最早、戦う意味はない。余は無駄なことはせぬ。ではな」
特に取り合おうともせずにそう告げると、エヴァンデルへと視線を向けた。
そして踵を返すと、さっさと獣魔国の方角へ向かって歩き始めた。
意味ありげな視線に、エヴァンデルは鬼武蔵をねめつけると、すぐにノゲラシヴァの後を追う。
ここに僅か1時間ほどで戦いは終了し、全軍撤退となった。
―――
王都カラデュラへの道すがら、ノゲラシヴァは息子エヴァンデルへ向けて話し掛ける。
現在、全軍が自らの足で全力疾走中だ。
「〈黄昏の帝國〉か……戦いは避けねばならんな」
「父う……陛下、戦えば負けると?」
「そうだ。だが、全てが彼奴らの思い通りにはならんと言うことを教えてやる」
ノゲラシヴァの言葉が意味することを酌み取れずに、エヴァンデルが訝しげな表情で併走する王の横顔を見つめる。
我が子からの気配を察したノゲラシヴァは、エヴァンデルの方に目を向けることなく、はっきりと告げる。
「我らには我らの戦略がある。余はカージナル帝國へ攻め込むつもりだ」
「なッ……それでは奴らは怒って攻めてくるのではありませんか?」
「彼奴らにとってはどちらでもいいのだ。攻め込む先がカージナル帝國でもルスティライル公国でもな」
戸惑うエヴァンデルに向けて、泰然とノゲラシヴァは言い放った。
口元に気付かぬ程度の笑みを浮かべて。
ありがとうございました!
次回、南方での戦いが落ち着きを見せる中、
北方の鬼人族の国ではヴィクトルが動き回っていた。




