第2話 獣魔王、動く
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カラデュラ獣魔国は周辺の人間国家に対して苛烈なまでの対応をしてきた。
全てを統べる者――獣魔王ノゲラシヴァの考えは単純にして深い。
「では貴様がルスティライルからの使者と言う訳か」
「はい。カージナル帝國との交渉事のお手伝いをできればと思い参りました」
「鬼武蔵とやらは今もルスティライルにいるのか?」
「いらっしゃいます」
淡々と尋ねるノゲラシヴァの質問に使者の男も淡々と答えるのみ。
目の前にいる戦士とも思えない貧弱な肉体を持つ男からは恐怖の感情が全く感じられない。むしろ余裕の表情で笑みまで浮かべているほどだ。
「そうか。では貴様にはカージナル帝國へ行ってもらう。和平交渉をしてくるがよかろう」
「相互不可侵……と言ったところでしょうか?」
「慣れ合うつもりはない。そのつもりで臨むのだな」
「承知しました。条件などはどのようになさいますか?」
「一応は外務官がいるからな。そいつと話すがよかろう」
特に外交関係を築くことがなく、築くつもりもないこの国では外務官などただの閑職に過ぎない。せいぜいが西の闇精霊族の国家、ニーベンゲルムと度々交渉を持つ程度。
男は軽く礼をすると、外務官と共に玉座の間から出て行った。
途端に、玉座の両端にズラリと並ぶ戦士たちから声が上がり始める。
「けしからん! 陛下の御前だぞ!」
「人間如きが付け上がりおって! 」
ノゲラシヴァが黙って右手を上げ、掌を見せると、騒々しさは一瞬にして治まり誰もが口を噤む。
沈黙が降りる中、全ての者が耳目を属する。
絶対なる王の言葉に。
「戦争の用意だ。すぐにでも侵攻を開始する」
その言葉に周囲は再びどよめきに包まれる。
獣魔国は勇敢なる戦士の国家。
戦いになると聞けば、全ての者が高揚し、先を競うように人間を殺戮するのだ。
「おお! して、此度はいずこへ?」
「ルスティライル公国だ」
ノゲラシヴァが厳かに告げた一言に、歓声が上がり広い玉座の間に反響する。
「あの人間が攻めろと言っていたのだ! 滅ぼすのが妥当よ」
「余勢を駆って神聖ヴォルスンガ教国にも攻め込んでやろうぞ!」
「あのクソ野郎も血祭りに上げてやる!」
獣魔族の武官たちが好きなことを口にする中、1人の男がノゲラシヴァへと近づいた。
「陛下、どの程度のお力で?」
「ああ、王都の兵のみ、全力だ」
「御意」
獣魔国の宰相であるシュライゼは正確に王の意図を読み取って行動を開始する。
それに続いてノゲラシヴァも準備をすべく、玉座の間から出て自らの私室へと足を向けた。
私室では多くの侍女たちが、立ったまま身じろぎもしないノゲラシヴァの体に鎧などを装備していく。
どれも人間の国家を滅ぼして奪い取った力の宿った逸品ばかりだ。
赤色のガントレットに肩、膝、脛当て、足甲。
その硬い毛で覆われた体躯に普通の攻撃など通用しない。
動きやすさを重視しての軽装であり、最後に獅子の紋章が入った白いマントを羽織る。
ここにいる侍女たちは獣魔族だけでなく、多種多様な種族の女が存在しているが、その全てがノゲラシヴァのお手付きだ。
ちなみに当然のように人間族の女もいる。
獣魔族はほとんどの種族との間で交配可能であり、彼には多くの息子たちが存在している。多種族の血と交わることで、突然変異のような馬鹿げた強さを持つ者も現れ得るのだ。母体となる女は多くの場合、獣魔族が持つ巨躯のせいで出産に耐え切れず死んでしまうが。
着付けが終わったノゲラシヴァは近衛兵を伴って王城の廊下をゆっくりと歩いていく。
中庭では子供たちが剣を使って、戦いのごっこ遊びに興じている様子が目に入るが、あれはダークエルフとのハーフと豹族とのハーフだ。特にいがみ合うでもなく、仲睦まじげに遊んでいる姿に、思わずノゲラシヴァの表情が緩む。
「父う……陛下」
突然、呼ばれてノゲラシヴァは言葉の主に目を向ける。
「おう、エヴァンデルではないか。どうした?」
声を掛けてきたのは、獣魔族と人間のハーフであり第1王子でもあるエヴァンデルであった。
見た目は獣魔族だが、顔立ちには人間の面影が見られる。
故に表情から多少の心情程度ならば読むことも可能だ。
「ルスティライル公国を攻めるそうですが……戦力を測るおつもりですか?」
「ふッ……よく分かったな。あれほどの大言を吐いたのだ。それに鬼武蔵とやらが各地で暴れたのを知っておるか? ふふふ……試してたいと思うのが獣魔族の性なのかも知れんな」
「そうかも知れませんが……警戒なさいませ。自国を攻めろと言う言葉など理解ができません。裏に必ず目論みがあるはずです」
「分かっておる。此度は戦力と情報の確認だけだ。いつも我らの邪魔をしてきた猛者がいなくなったのなら、それはそれで悪い話ではないしな」
「他国の息が掛かっている可能性もございます」
「お前の言う通りだ。だが戦いで見た猛者共の姿が見えぬと言う情報があるのも事実よ」
獣魔国も当然、情報を得るために密偵を放っているし、人間のスパイも送り込んでいる。スパイは主に人間を脅して、もしくは利益で釣って潜入させて情報を抜くのが一般的なやり方だ。
特に人間は目先の利に飛びつきやすい。
後は思い込みを利用している。
獣魔族は人間を忌み嫌い、全ての者を虐殺すると言う思い込みを。
実は他国には知られていないが、獣魔国にも人間は暮らしているのだ。
「あの鬼武蔵と言う人間も恐らくルスティライルの者ではあるまい。強さを聞く限り人間であるかも怪しいものよ」
尚も心配げな視線を向けてくるエヴァンデルだったが、王たるノゲラシヴァがそこまで理解しているのならば言うことはないと思ったのか、礼をして立ち去った。
戦いには着いて来るつもりらしく、装備を整えに行ったのだろう。
ノゲラシヴァは兵の準備状況を確認すべく、近衛兵と共に兵舎へと向かった。
◆ ◆ ◆
漆黒に広がる闇の中から、黒スーツに刀を佩いた男がゆっくりと姿を現した。
場所はルスティライル公国のヘルグレン大公の私室。
"あの日"から全く変わっていない部屋は、相変わらず豪華な調度品で溢れている。
「お待ちしておりました。鬼武蔵様」
恭しい態度で出迎えたのはもちろんヘルグレン大公だ。
だが鬼武蔵はそれを見咎めて、はっきりと伝える。
「大公殿、私の立場はあくまで客人扱いですからね。礼など不要です」
「しかし――」
「まぁここは私室なので構いませんが、周囲には気を付けることですね。いくら全ての知識と経験を複製したとは言え、どうしても違和感と言うものは着いて回ります」
「は……」
鬼武蔵としても、目の前にいるヘルグレン大公の気持ちは分からないでもないが、仮にも1国の主がポッと出の客人に畏まる光景など決して見られる訳にもいかない。
「それで。カラデュラ獣魔国が軍を動かしたとか?」
「はい。およそ三○○○○ほどかと」
「まぁ想定通りですね。こちらの準備はどうなっているのですか?」
獣魔王も馬鹿ではないと知れたようで何よりだと、鬼武蔵がほくそ笑む。
「迎撃態勢は整っています。すぐに一八○○○は動かせるでしょう」
「数でも身体能力でも負けているのに、よくぞ今までやって来れたと言うべきか……プレイヤーがいたからこそなのですがね。それでは私も出るとしますか」
「そのような……鬼武蔵様直々に参陣される必要はございません」
「大公殿、何度も言わせないで頂きたいものだね。そして君も出るのだよ。実際にそうしていたと言う話じゃないか」
ヘルグレン大公は人間で言えば位階45にも及ぶ英雄クラス。
プレイヤーと共に常に先頭に立って戦っていたと言う話だ。
「では、すぐに行くとしましょう」
既に完全武装状態のヘルグレン大公は、鬼武蔵と共に部屋から出ると、将軍たちと合流しながら城門前へと急ぐ。
「陛下……此度の戦ですが……本当に野戦を挑むおつもりか?」
「当然よ。今までもそうだったでしょう?」
「は……そうですが、ショウマ殿やゼパル殿がいなくなった状態で、果たして獣魔族に勝てるのでしょうか?」
その2人のことは公国の重鎮たちも当然知っている。
途轍もない強さに、公国の守護者として受け入れられていた者が突然、姿を消したことに誰もが不審に思った。
直前に戦っていた見知らぬ人間たちによって、殺されてしまったと言う者が多く、士気は下がっている。戦いは城壁から多くの衛兵に目撃されていたのだから、当然と言えば当然の話だ。
「放浪していた鬼武蔵殿もいる。勝てんことはない」
「で、ですが……」
「この私も出るのです。負けはないと思いなさい」
ヘルグレン大公の鋭い眼光に射竦められた将軍が沈黙する。
鬼武蔵としても獣魔族の実力を測りつつ、彼らが今後どう動くのか見極める必要がある。できれば予定通りに、カージナル帝國にはカラデュラ獣魔国と結ばせて、上手くセル・リアン王国と激しい戦争を繰り広げて欲しいものだ。
「皆さん、放浪していた私を拾って頂いた恩を返すために、ここにおります。獣魔族など私が退けてご覧にいれましょう」
怪訝な目を向けられる中、鬼武蔵は自信たっぷりの態度でそう言い放った。
ありがとうございました!
次回、獣魔族の実力を測ろうとする鬼武蔵。




