第41話 PvP ②
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プレイヤー大河内翔真が、土煙を上げながらレックスに向かって滑るように走ってくる。
余程、レックスの勝利宣言が気に入らなかったようだ。
フルフェイスの兜で表情こそ分からないが、怒りの波動だけはバンバン伝わってくる。
プレイヤーは滑るように走る――と言うより飛翔しているようにも見える。
放たれた雰囲気が人間のものではない。
攻撃が軽すぎる上に傷を負わせた際の手応えがなさすぎる。
よくよく考えてもこれほどのヒントが目の前にぶら下がっていた訳だ。
レックスは自分の観察眼のなさに思わず辟易とさせられる。
つくづく、この現実世界『タカマガハラ』は、ゲーム世界『ティルナノグ』とは異なっている。いい加減に違いに気を付けて戦い方に適応していかなければ、待っているのは――死。
かも知れないのだ。
レックスは重心を落して向かい来るプレイヤーに神器を振り払った。
それをまたしても2本の大剣で防ぎ、レックスの首や間接部分などを狙って突きを放ってくる。
――いつまでも同じ要領でやられるレックスではない。
「【転撃活殺】」
プレイヤーの二刀流の刺突を軽くいなしたレックスは、そのまま流れるような動作で鋭い斬撃をお見舞いした。普通ならこの奥義を受けた者は大きくバランスを崩すのだが、プレイヤーにその様子はない。
――逃げられるタイミングではない!
右からの薙ぎ払いでプレイヤーの首が飛ぶかに思われた瞬間、無機質な中にも焦りを含んだ声が発せられる。
「【闇なる防壁】」
プレイヤーが使う初めての特殊能力である。
ぎりぎりのところで彼に迫る神器から身を護るように出現した闇の壁。
「斬り裂け! 『ヴィスティンノヴァ』!」
レックスが吠えると神器が大きく光り輝いて、出現した闇ごとプレイヤーをぶった斬った。
両断された金色のフルフェイス兜が、大きく斬り飛ばされる。
「ぐあああああああ!!」
これまでにない大きな絶叫がプレイヤーの口から出て木霊する。
HPの概念がほとんど意味をなさなくなった以上、人間であれば首を刎ねられれば即死するだろう。苦痛の悲鳴を上げることなどできようはずもない。
ということは――
「やはり死霊族か。さながら基本の職業は【死霊騎士Ⅹ】と言ったところか?」
「ぐぅ……なんだこのダメージは……」
そうやって話すプレイヤーの頭の部分にあるのは漆黒なる闇であった。
顔と思われる部分には、ただ赤色をした切れ長の目だけが張り付いているが、口もないのにどうやって声を出しているのか疑問だ。
レックスの方を見ているのかさえ判断できないが、何故大きなダメージを受けたのか戸惑っているのだろう。
もちろん、神器が強力過ぎるせいもあるが、それと相まって【破戒騎士Ⅹ】の力も込められているのだから当然の話。更に言うと恐らくだがプレイヤーの装備は聖遺物級であり、神器を覗けば最高のランクの神話級まではいかないと思われる。
「もう話すこともないだろう……では終わりの刻だ。覚悟するんだな」
先程は攻撃を止めたが、もうレックスは滅ぼすまで攻撃を止めるつもりはない。
一気に連撃と『全剣技』を持って叩き潰すのみ。
そう決めたレックスが徐に歩き出す。
その度にプレイヤーは一歩、また一歩と後退していく。
「【神聖斬】」
レックスが大きく振りかぶった大剣を神代の言語と共に大上段から振り下ろすと、蒼天から1本の斬撃がまるでギロチンのように落ちてくる。
すぐに察知したプレイヤーであったが落ちてくる異常なまでの光の斬撃に、慌てて闇の防御結界を纏った。
だが現実は甘くはない。
ゲーム的な力が働いている現実世界――耐性を得ていなければ攻撃はプレイヤーの身を簡単に焼き尽くす。
「ぐううわああああああ!!」
表情がないため分からないが、先程よりも大きな苦痛を味わっているように感じられる。闇の結界すらも斬り裂いた神聖なる斬撃にプレイヤーの体は鎧ごと両断されてしまったのだ。
だが瞬間的に黒い靄が霧散するものの、すぐに再集合して闇の体を形成する。
そこへ剣技を放った瞬間に爆発的に跳ね上がった速度でプレイヤーへ迫っていたレックスが容赦ない一撃を見舞った。
離散した闇が戻るには時間がかかるようで、レックスは神器の連撃を放ち続ける。
「ぐうううううううううう!!」
三度、絶叫。
「逝け! 大河内翔真よ!」
「【不浄なる闇槍】」
超至近距離から反撃の暗き大槍が射出される。
レックスが纏う魔力障壁を何枚か破られるものの、すぐに神器によって吹き散らされる。
既に戦いの趨勢は大きくレックスに傾いていた。
「陛下! 勝利は目前ですわ!!」
ルシオラの声が背後から飛んでくる。
それに続いてレジーナとメフィストの声も。
ただジークフリートは無言なので後でシバくかと考えつつ、レックスは再び神器を振るった。
◆ ◆ ◆
「(何なんだ……? 俺はこのよく分からない世界で、ゼパルと一緒に生きていられればいいと思ってただけなのに……)」
プレイヤーである『死を告げし黄金騎士』――大河内翔真はもう何度斬られたかすら、覚えてはいなかった。
痛くて痛くて堪らない。
体を内部から焼き焦がされるような熱い痛みだ。
これまでいきなり放り出されたこの世界で、特に苦戦することなく、痛いと言う感情を抱くことすら経験したことはなかった。
そもそも"あの刻"、俺は崩壊したパーティーに嫌になって、一生懸命に作ったNPCのゼパルと一緒に花火を見ていた。
何なんだ一体、この世界のことは今になっても全然分からない。
気が付いたら俺は人間じゃなくなっていたし、ゼパルも自分を主と言い始めた。
パーティーの人間たちは嫌な奴ばかりだったけど、この世界に来てからは会っていない。
でもゼパルが話し相手になってくれて、俺を護ろうとしてくれた時は嬉しかった。
あれからどれくらいたったんだろう……。
もう30年以上になるのかな。
生きることで精一杯で、本当の姿を隠すためにいつも完全防備。
魔物らしき生き物は弱かったので何とかなったが、辛い記憶ばかりだ。
唯一、心を満たしてくれたのはゼパルだけ。
それで行き着いた場所が、ルスティライル公国。
ヘルグレン大公が優しかったお陰で、何とか心を休めることはできたけど……。
そんな考えが大河内翔真の中で走馬灯のように次から次へと浮かんでは消えて行った。
「があああああああああああ!!」
もう既に超大剣を握る力も失われつつあった。
レックスに攻撃を繰り返し受けたことでもうボロボロだ。
大河内翔真の口からは繰り返し同じような絶叫が飛び出してくるだけ。
到底、耐えられる痛みではない。
普通に攻撃を受ける分には問題ないはずなのだが、こいつの攻撃は激しい痛みがやってくる。精神的にダメージがあり、それが肉体にも――といっても闇の集合体なのだが――影響を及ぼしているのか。
こんなことならもっと頑張って勉強すればよかった。
当時は12歳だったからあまり考えてなかったんだけど……。
本当になんでこんな変なところへ来てしまったんだろう。
母さん……母さんの元に帰りたい。
心配してるかな?
もう忘れられたかな?
ああ、もうゼパルもいなくなってしまったし、生きている理由は亡くなった。
また痛い攻撃が来た。
何だかもう自分の声も良く聞こえない気がする。
嫌な予感はしたんだ。
最初は自分だけが訳の分からない夢の中へ入り込んでしまったのかと思ったんだけど。
懐かしい。
あの時は大嫌いだったパーティーメンバーもいないかって探したな……。
結局、見つかったのは、聞いたことがあった〈黄昏の帝國〉と今戦っているプレイヤー。
きっとこれが最初で最期の出会いなんだろうな。
別の形で会っていれば、仲良くなれたんだろうか?
もう感覚も麻痺して来たが頭は冴えているのか、こんなにも多くの考えだけは浮かんでくる。
「ああ……あの日に帰りたい……」
◆ ◆ ◆
レックスが霧散していく死霊の闇を袈裟斬りに斬って捨てる。
再度――爆散。
だが今までで1番大規模。
最早、闇は塵のようになり漆黒の粒子と化して漂い始める物まである。
「これか……プレイヤーにもあるのか……いや死霊族だからかもな」
そう静かに呟いたレックスの目の前には拳大の黒き核。
それを目にして僅かな逡巡が生まれた。
核を破壊すれば終わる。
だが――
「すまないな……。俺は脅威を残したままいる訳にはいかないんだ……。それに自らに強くあれと誓った」
レックスにはこの大河内翔真と言う男が何を考え何を思い、この異世界で生きてきたかなど分からない。
もしかしたら楽しかったのかも知れない。
筆舌を尽くしがたい辛酸を舐めた末、苦労して生きてきたのかも知れない。
ガブリエルを『堕天』させて敵対を選ばなければ別の道があった可能性もあるが、今となっては考えても詮無きことだ。
できるとしたら――
「さらばだ。せめて安らかに……逝け!」
少しでも慮ってやることだけだ。
核を破壊した後、生き返るのか、完全にこの世界から消滅してしまうのか。
それは誰にも分からない。
心を決めたレックスはもう後戻りはできないと自覚して、神器『ヴィスティンノヴァ』を振り下ろした。
ありがとうございました!
次回、全ての元凶? ルスティライル公国の大公ヘルグレンの元へ。




