第39話 PvN
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両手で頭を抱えて苦しんでいたガブリエルが、俯いていた顔を上げる。
レックスは思わず顔をしかめた。
そのような顔は見たくなかった。
何故なら端整で柔和だった表情は憎い者を見るかのように歪んでおり、レックスをねめつけている。
あの美しく輝く金色の髪も澄んだ蒼い瞳も、そして白銀の翼も今では全てが漆黒に染まっている。全ては邪悪な漆黒のオーラを纏っているが故だ。
「これは……マグナ陛下、貴方もあたしの前に立ち塞がると言うのですね」
「すまないな。お前には辛い思いをさせてしまったようだ……すぐに苦痛から解放するから待っていてくれ」
心がちくちくと痛むが、これ以上、今のガブリエルを見ていたくはなかった。
だが目を逸らしていても始まらない。
既に覚悟は決まっている。
「辛い思いですか? あたしは心地が良いですよ? 何だか全てから解放されたようにさっぱりしてるんです。ずっと抑圧されていたような……」
レックスと言う敵を前にして、斜め上を向き晴れ渡る空に目をやっている。
その円らな瞳からは涙が零れていた。
「何故泣いているんだ? 解放されたんじゃないのか?」
「あれ……? 可笑しいな……何でだろ?」
やはり生まれて間もない子供のように感じられる。
自身の感情がどう言ったものか理解できていないのかも知れない。
「その解放は偽りのものだ。確かに抑圧されていたのだろう……だが今のお前を縛る物はないんだ。ただしそれは漆黒なる呪縛を断ち切った時の話だ」
ゲーム時代の『黄昏の王城』から出たことのない元NPCたち。
その時の彼女の想いなど想像もつかないが、抑圧されていたと考えるほど退屈な日々だったと言うことだ。
ガブリエルに限らず、彼らは一体何をどう考えて過ごしてきたのだろうか?
「覇王陛下、よく分かりませんがあたしは変わったんです。陛下があたしたちの敵になった以上、倒さなければならないんです」
「理解している。相手をしてやるからかかって来い」
レックスの言葉が終わるや否や、ガブリエルの超高速の右ストレートが、その顔面に伸びてくる。
流石に速いが見切れないほどではない。
頭を捻って紙一重で躱したレックスはすぐさま反撃に転じる。
既に抜き放っていた神器『ヴィスティンノヴァ』による攻撃だ。
空での戦いはガブリエルに分があるだろうが、負ける要素はない。
職業【破戒騎士Ⅹ】の特効は絶大だ。
レックスはとにかく飛び回らせないように、細かい連撃でガブリエルの動きを止める。中々自由に動けないガブリエルの表情が渋いものに変わり、眉間には皺が寄っているほどだ。
「しつこい!! 【深淵大洞】」
一旦、レックスから距離を取ったガブリエルが魔法を行使した。
突如として出現する漆黒の大穴。
それは全てを飲み込まんと感じさせる――まさに奈落そのものであった。
「チッ……吸い寄せられる……」
【高速飛翔】の魔法を使っていてもなお離脱することができない。
ならばとレックスは物は試しと攻撃魔法を放った。
「【爆裂】」
漆黒なる奈落が大爆発を起こし、暗黒粒子が周囲に飛び散った。
だが――それだけだ。
単なる爆発力だけでは通用しない。
となれば【破戒騎士Ⅹ】の力で押すか神聖魔法を使うか、【魔人】の闇魔法の大出力に賭けるかだ。
神聖魔法が使えないレックスは考えるのを止めた。
せっかくの特効。
「うおおおおおおらああああああああ!!」
直径10mはあろうかと言う大穴を神器で斬りつける。
神聖力、漆黒力を持つ者への特効――つまり根源たる力にも効果があると言うことだ。
【破戒騎士Ⅹ】の力で普段の倍近い長さになっていた神器がブラックホールを捉える。まるで空間が断絶したかのように大穴は両断されて霧散した。
「なるほど。流石は【破戒騎士Ⅹ】の御力ですね」
「その通りだ。お前では俺に勝てん。大人しく滅ぼされてみないか?」
「愚かなご質問ですね。如何に【破戒騎士Ⅹ】と言えど魔法にその力を乗せることはできないのではありませんか?」
「ほう……どうしてそう思ったんだ?」
「……? えっと……確か陛下は……あれ?」
ガブリエルはレックスの力の一端を知っている。
ゲーム時代に誰かが話していたのを耳にしたのか?
仲間たちからの情報なのか?
レックスは創造主から何らかの影響を受けている可能性について考える。
「どうした? ド忘れでもしたのか?」
「えッ……『瓜ィィィ』様のお気持ちが……確か……何故あたしはレックス様と戦わなければならないんでしょうか……?」
――レックス様?
守護者たちが自分のことをレックスと呼んだことはない。
戸惑いを覚えるレックスであったが、ガブリエルが混乱している今がチャンス――
「本当は戦う必要なんてないんだ。お前はゼパルによって操られているようなものなのだからな。だが――」
1度滅ぼさないことには『堕天』が解けない。
天使を堕天させることはできるのに魔神を天使化することはできないのだ。
レックスは一気にガブリエルとの間合いを詰めると神器を振りかぶった。
「……!!」
それに気付いたガブリエルはすぐに身を翻して蒼穹を舞う。
追うレックスに逃げるガブリエル。
「【失楽園】」
ガブリエルの周囲から数十条の光の閃光がレックスに向かって伸びていく。
「魔神になっても天使の魔法を使えるとか、マジかよ!!」
空の上で無防備なレックスに激しいほどに眩い光の刃が降り注いだ。
【魔人Ⅹ】をビルドしているため能力の魔力障壁が何重にも常時展開されている。
それで防げるか!?
「くっそ!! 反則だろ!!」
無限に思えるほどの光が魔力障壁をぶち抜いてくる。
一撃では破れなくとも果てしないほどの刃が降ってくるのだ。
兜の中の額から冷や汗が伝い、レックスに焦りが生まれる。
このまま喰らい続けるのはマズいので大きく横へ回り込むが【失楽園】は自動追尾型。
どこまでも追ってくる。
「うぉりゃあああああ!!」
ヤケクソでガブリエルに向かって特攻するレックス。
既に魔力障壁はボロボロに破られて、光の刃はレックスの体に突き刺さった。
【魔人Ⅹ】の能力に超再生があるためダメージを受けてもすぐに回復が始まる。
後は自動的に修復され再度展開される魔力障壁だが、攻撃過多で修復が間に合っていない。
となれば――
「【瞬間転移】」
任意の場所へ瞬間移動できる時空魔法だ。
転移先はもちろん――ガブリエルの背後。
天使族の周囲にも円状の結界が自動展開されているため、ガブリエルはすぐにレックスの存在を察知して、神聖力を乗せた拳を振り向きざまに放った。
強烈なまでの一撃がレックスの左肩を直撃するが、攻撃のチャンスを逃す訳にもいかない。痛みに耐えながらも振り抜かれた神器は、ガブリエルの背中を斬り裂き漆黒の翼を消滅させる。
「ぐぅ……」
天使族や魔神族が魔力で飛んでいるとは言え、翼を失えばその俊敏性は大きく下がる。
レックスはガブリエルを掴んだまま落ちていく。
そのまま大地に叩きつけるつもりなのだ。
「この……」
厄介なのはガブリエルの圧倒的な力。
攻撃に特化したが故に【覇王Ⅹ】を極めるレックスの力にも勝るとも劣らない。
両者が揉みあいになりながらきりもみ状態で落ちていく。
轟音――
超高速で大地へ激突したガブリエルから呻き声が漏れる。
完全なる泥仕合だ。
流石にレックスも想定外だったが地上ならば――勝てる。
「ガブリエル!! すまん!!」
ほぼ同時に立ち上がった2人であったが、レックスは容赦なく神器でガブリエルの体を袈裟斬りに斬って捨てた。
「うああああああああああ!!」
ガブリエルが苦痛の絶叫を上げる中、レックスは神器を返して更に中段から斬り上げる。
そしてトドメ――核に神器を突き刺した。
もう悲鳴は声にすらなっていない。
傷口からは暗黒粒子が舞い散り、徐々に塵と化していく。
「な、何で……レックス様……」
「すまなかった。ガブリエル。お前を1人で行かせた俺のせいだ」
本当に後悔している。
仕事はルシオラたちに任せっぱなし。
自分はまだ覇王ムーブなどと言う稚拙なことに拘っている。
何と言う愚かさなのか?
これで〈黄昏の帝國〉の盟主――王と言えるのか?
レックスの脳裏にはこれまでの軽率な言動が次々と過り、後悔ばかりが押し寄せてくる。
「すまん。俺はただの人間なんだ……何もできない考えなしの無能な人間なんだよ。一体こんな僕に誰が好んで付いてくるって言うんだろうね……」
そうやって後悔して反省しても愚かな自分はこれからも失敗を繰り返すだろう。
今のレックスにはそう考えながら謝ることしかできなかった。
「そんなことはないです……レックス様……」
体を風化させながらガブリエルの優しい声がレックスの耳に届いた。
俯いて懺悔するように涙を流していたレックスが驚いて顔を上げる。
ガブリエルはレックスの兜を取ると流れる涙を拭い、その頬に両手をそっと添えた。
「あたしはレックス様が好きです……これはきっと『瓜ィィィ』様も同じお気持ちだから……」
一体何が起きているのかレックスの理解の範疇を超えていた。
目の前には天使のような笑みを浮かべながらも暗黒粒子となって滅びていくガブリエル。
『堕天』の効果が消えたのか否か。
そして言葉の意味は。
「きっと大丈夫です……あたしたちがいますから……」
そう言い残すとガブリエルは完全に消滅し、舞い散っていた暗黒粒子も塵となり消えた。
「ガブリエル……僕は精神的に強くならないといけないんだな……守護者たちが子供? 僕の方が子供じゃないか」
ガブリエルは消滅した。
だが希望はまだあるのだ。
ナノグ金貨を代償に復活させられると言う希望が。
レックスには諦める前にまだやるべきことがある。
俯いて子供のように涙を流していたレックスは顔を上げると、誓いの言葉を口にする。言葉にすることが大事なのだ。必ずや実行するのだと。
「必ず復活させるからな。そして僕は……いや俺は強くなる! そのためにもまずはプレイヤーを倒す!」
同胞だからと言って容赦は不要。
レックスにとって大事な物が何なのか理解できたから。
彼らを護るためにレックスは他の全てを犠牲にする覚悟を決めた。
仲間たちと共に築き上げた〈黄昏の帝國〉とその国是を蔑ろにするつもりはない。
大切なのは優先順位。
〈黄昏の帝國〉と元NPCの配下たち、そしてレックスの下に集う者たち。
それらを護るためなら同胞とて殺す。
「よし。次は貴様だ。プレイヤー大河内翔真!!」
スックと勢いよく立ち上がったレックスは、ルシオラたちと交戦中のプレイヤーを睨みつけた。
ありがとうございました!
次回、レックスVsプレイヤー。




