第38話 悟りと介錯
いつもお読み頂きありがとうございます!
左腕を斬り飛ばされたゼパルであったが、既に特殊能力の『超再生』が始まっている。
これは神族、天使族、魔神族が持つ能力でダメージを負っても四肢を斬り落としても、トドメを差さない限り自動的に回復し続ける非常に厄介なものである。
勝負は速攻――
レックスは【飛行】ではなく機動性の高い【高速飛翔】の魔法を発動すると、上空へと逃げるゼパルを追う。
ガブリエルが援護に向かおうと漆黒の翼をはためかせるが、その前にはレジーナとルシオラが立ち塞がり進路を防いだ。その顔がいつもの天真爛漫なガブリエルからは想像もつかないほどに憎悪に染まっている。
一方のプレイヤーはジークフリートとメフィストと対峙していた。
どちらも中々動くことができずに時間ばかりが流れていたが、ついにプレイヤーが動く。ジークフリートは大剣を、メフィストはその小さな体には似つかわしくない超大剣を構え、【祝福Ⅹ】と【呪詛Ⅹ】の技能を使う。彼女の強化と弱化の力は全体に及び、今や全員の体が様々な色の光に包み込まれている。
ロクサーヌだけは地上に取り残されているが、普通の人間に見えて位階56である。『タカマガハラ』の一般兵には殺られることはないだろうが、物量で押された場合は【覇王の進撃Ⅹ】系の技能で護るつもりだ。
流石のゼパルもかなりの速度で飛翔しているが、レックスには簡単に追いつかれる。一気に決着を付けたいレックスとしては、ただひたすら大剣を振るい、連撃による攻撃がゼパルの体にどんどん傷が増やしていく。
傷口から浮遊するのは暗黒の粒子。
まるで光らない蛍が飛び交っているかのように幻想的な光景だが、同時にその漆黒は禍々しい。
「チッ……」
ゼパルはレックスの流れるような連撃を受けて防戦一方。
武器を持たずに肉弾戦と遠距離からの魔法で戦うイメージが強い魔神だが、ゲームが現実化したことで不利になっている感は否めない。
レックスの神器『ヴィスティンノヴァ』の攻撃力だけでもその威力は恒星をも破壊するほどと公式設定ではされている。
その攻撃を武器で受けるだけでも大変なのに、素手で戦うとなればもっと大変なのは言うまでもない。左手に漆黒の力を溜めたところを見た時には嫌な予感がしたレックスであったが、神器の攻撃を防げないのなら問題はない。
そして1番の問題は、ゲームが現実化したと言う事実だ。
ゲームならば攻撃を喰らおうがHPさえ残っていれば死ぬことはない。
だが現実ならば――
左腕が斬り飛ばされれば攻撃の手数が減り、手段も限られてくる。
NPCの核がどのように変質しているか、まだ分からないが、恐らく体の中心核を破壊すれば滅びるだろうとレックスは考えている。ましてや普通の種族にもなれば、頭を斬り離せば死ぬであろうことは想像に難くない。
HPと言う概念がない世界――となれば戦い方は変わってくると言うもの!
ゼパルは残った右手に漆黒の力を乗せてレックスの体を渾身の力で殴りつけてくる。相変わらずブレて見えるほどの速度だが、防御が難しいと言うほどでもない。
「このッ侵略者共がッ!!」
殴打の拳がレックスに叩き込まれる直前に、神器を捻ってゼパルの右腕が斬り離される。
やはり魔神であっても痛いものは痛いらしい。
苦痛と屈辱に歪んだ表情。
怨嗟の混じった呻き声がゼパルの口から漏れ出した。
「侵略? そいつは聞きづてならないな。貴様らがガブリエルに手を出さなければこのような事態にはなっていなかった訳だが?」
「信じられるものかッ!! あの天使は我が国の人間をかどわかそうとしたのだ!」
「それこそ信じられんな。ガブリエルがそのようなことをするはずがない!」
「本当にそうかな? 俺は翔真様から今までの世界とは違う世界に来たと教えられて、新たな感情、考え、信念が芽生えてそれを自覚した。そして記憶が鮮明になり、以前の俺が如何に惰弱で考えなしだったかを理解させられたのだ!」
漆黒の翼をはためかせて逃げるゼパルに追撃を仕掛けながら、レックスはかつてのNPC――ルシオラたちのことを思い出す。
そして転生・転移直後からずっと献身的に支えられていることを改めて実感する。
「翔真様以外にも俺のような存在がいて、それぞれに創造主がいた! だが奴らはクズ。我が主を愚弄する愚者だった! 俺は激しい憎悪に襲われた。この世界に来ているのかは知らんが2度と我が主に近寄らせないと誓ったものだ! その天使だって同じなんだよ! 貴様のことなど何とも思っていないし、命令だから嫌々従っているだけの面従腹背たる存在よ!」
なるほど。ゼパルの言い分は理解した。
そしてプレイヤーたる翔真が仲間に恵まれなかったと言うことも。
一旦、追撃の手を休めると、レックスは怒りと憐れみを含んだ声色で告げる。
「言いたいことはそれだけか?」
「何……?」
レックスから発せられる雰囲気が変わったことに違和感を覚えたゼパルが、訝しげな表情になり思わず尋ねた。
「言いたいことはそれだけか?と言ったのだ。長々とご講釈ありがとう。ガブリエルは断じてそのような者ではない。貴様のような愚者からはそう見えたのかも知れんがな。今更疑うものか! 俺はガブリエルを……いや仲間たちの残した部下たちを信じるッ!」
「……!!」
キッパリと断言して見せたレックスの言葉にゼパルが絶句する。
と同時にそれを耳にしたルシオラを筆頭とした守護者たちにも衝撃が走った。
「偉大なる我が君……」
「陛下……泣いてまうやん」
「覇王陛下ばんざーい!!」
「うぇぇぇぇぇん!!」
ルシオラが、レジーナが、メフィストが、言葉を漏らす。
ロクサーヌに至っては感極まって泣き出してしまった。
レクスはそんな彼女たちを一瞥もすることはなくゼパルにのみ神経を集中させていた。
遠目だが見える。
ゼパルの体が小刻みに震えているのを。
「なるほど……生まれたての赤ん坊のようなものか……」
本来の姿が精神体である魔神に言葉攻めが効いたのかは知らないが、ゼパルは間違いなく衰弱している。
ならば――終わらせてやろう。
レックスが神器を大きく振りかぶる。
「【神聖轟烈斬り】!!」
「ゼパルーーー!! 死ぬなぁぁぁ!!」
翔真の叫びが聞こえてくる。
恐らくだが、相互に依存し合った関係。
歪な共依存。
大出力の大上段からの斬り下ろしがゼパルを斬り裂く。
我に返ったようだが、気付くのが一瞬遅かった。
それでも――
「【暗黒幽玄】」
体を暗黒の粒子に変えながらもゼパルが最期の力を振り絞った魔法をレックスへ解き放った。レックスを中心として出現した黒き極炎が、包み込むようにして迫りくるが神器を横薙ぎに一閃。
その悉くを消滅させたが、その内の1つがレックスへと直撃した。
極炎に全身を包み込まれて、今までに味わったこともない苦痛がレックスを襲う。
だが――
「痛い! 痛いぞ! これがダメージか! ははははは! 俺は今、確かに生きている! 猛烈に生を実感しているぞ!」
レックスは狂ったように哄笑していた。
これこそが現実。
やはり夢などではなく、ここは紛れもない現実世界だと確信する。
「ゼパルぅぅぅぅぅ!!」
黒い塵と化し消滅してゆくゼパルを見て、プレイヤー翔真が悲痛な声を上げると牽制していたジークフリートとメフィストを突破して、それを掴む。
しかしそこには既に肉体はなく、掴んだのは暗黒粒子の混じる空気のみ。
翔真は空中でうずくまるようにして動かない。
ガブリエルは頭を抱えて低い唸り声を上げ始めた。
このまま『堕天』の効果が切れてしまえば良いのだが――
見ればルシオラとレジーナはダメージを受けた様子もなく特に問題はなさそうだ。
ジークフリートとメフィストはボロボロになっている。
恐らく、相手がプレイヤーだからと言う理由だけではなく、メフィストを庇いながらジークフリートが戦っていたせいもあるのだろう。
「お前ぇぇぇぇ!! よくも俺のゼパルをぉぉぉぉぉ!! ぶっ殺してやる!! 必ず俺が殺してやる!!」
猛り狂った絶叫をレックスに叩きつけるのはプレイヤー翔真。
「気持ちは理解できる。俺がお前の立場だったなら同じ気持ちになっただろうからな」
「知ったような口を利くなぁ!! お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるかぁ!!」
レックスと翔真の間にルシオラとレジーナが割って入る。
「陛下、プレイヤーと戦うのは危険かと。未だ生死の情報はございません。我が君がお隠れになると考えると……」
「せやで。あいつはうちらが片づけるさかい。陛下はガブを頼みましてん」
確かにガブリエルならそれほど苦労を掛けることもなく倒せるだろう。
『ティルナノグ』の方法で通用すればNPCは、大量のナノグ金貨と引き換えにして復活させることができる。もしそれが無理だとしたら、せめてもの償いにレックス自身の手で滅ぼしてやろうと考えていた。ガブリエルの創造主である『瓜ィィィ』さんに申し訳が立たないし、仲間であるルシオラたちに滅ぼさせる訳にもいかない。
「ルシオラ、後で俺が殺る。お前たちはダメージを受けないことだけを考えて牽制に徹しろ。いいな?」
ルシオラたちから返事はない。
心配されていることは百も承知だが、やはり全員を自分が倒す必要があるとレックスは強く思っていた。ガブリエルは当然のこととして、プレイヤーたる大河内翔真――同胞である人間だ。
まだ勝てると決まった訳ではないが、ここで会ったのも何かの縁だ。
「待てぇぇぇ!! 逃がさないぞぉぉぉぉぉ!!」
プレイヤー翔真の怒りの叫びを聞きながらレックスは、ガブリエルの元へと向かった。
漆黒に染まったままの天使の元に。
介錯のために。
ありがとうございました!
次回、レックスVs闇堕ちガブリエル。




