第37話 殴り込み
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――ルスティライル公国・公都ライハル
レックス一行は巨大な城門の前に立っていた。
既に人間の偽装は解いており、皆本来の姿に戻っている。
巨大な城塞都市。
一言で表すのならばレックスはそう言うだろう。
ミノタウロス討伐で足を運んだ迷宮都市もそうだったが、それよりも遥かに大規模な造りになっている。
三重の防壁が天高くそびえ立ち、王城の周囲に広がる街全体を取り囲んでいる。
更に防壁の外側には水掘りが張り巡らされており、たっぷりと水が蓄えられていた。
平城だが、すぐ西側に流れの速い川が存在し、水量も豊富だ。
掘りにはその川から水が引かれているのだろう。
また東側は湿地帯になっているので、攻めるには難いと思われる。
だが――それは兵士を送り込んで攻める場合の話。
レックスたちが乗り込む分には全く問題はない。
懸念があるとすれば、結界が張られている可能性が高いと言うこと。
プレイヤーとNPCがいるなら当然、物理的にも魔法的にも有効な防御魔法が掛けられていたとしてもおかしくはない。
「ルシオラ、どう思う?」
「は、結界で護られていることは必定でしょう」
だよな。
レックスもそう思う。
それどころか拠点防衛の観点から見れば『ティルナノグ』では基本的な対策だ。
本来なら結界を壊してから超弩級の究極魔法を叩き込んで王城ごと破壊し尽くすのだが、レックスとしては一般人を殺すつもりはない。
対象はプレイヤー、NPC、この国の君主だけだ。
破壊後に【飛行】で王城に侵入するつもりだが、恐らく邪魔が入るだろうと言うのがレックスの考えである。
「よし。結界を破壊するぞ。ルシオラ」
「はッ!」
結界を破壊させる魔法があるが、張った側と壊す側の魔力に差があれば結果は変わってくる。
ルシオラは漆黒なる12枚の翼をはばたかせ、防壁の側まで飛翔していくと右手を前に突き出した。
バチッと言う衝撃でその手が弾かれる。
結界がある証拠。
ルシオラの目が金色に光輝き、改めて結界に手を添えると明瞭な声が響き渡る。
【魔界崩壊】
ピシッ――
「ほう……」
レックスは素直に感心していた。
何故ならヒビこそ入ったものの、結界を破壊するまでには至らなかったからだ。
つまりは相手の魔力がルシオラを上回っていたと言うこと。
現にルシオラからは激情のような怒りの波動が伝わってくる。
屈辱に感じていることは想像に難くない。
他の者たちの表情も真剣なものへ変わっている。
「ルシオラ、俺が叩き壊す。交代だ」
「くッ……はい」
悔しそうな表情で地上に舞い降りるルシオラ。
普段の妖艶で柔和な顔付きからは想像もできないような表情をしている。
「(そりゃ破壊できなかった上、僕にやらせるってなれば怒るよなぁ)」
レックスが結界に近づくと防壁上には衛兵たちがこちらの様子を窺っている様子が見て取れる。
中には弓矢を持ち出して射かけてくる者もいた。
当たったところで弱ダメージなど無効化されるだけだ。
レックスは背中から大剣を抜き放つと、大きく振りかぶって結界に叩きつけた。
ガラスが割れるような音が響き渡り、王城と街全体を包み込んでいた結界にヒビが入る。ルシオラの魔法でダメージが入っていたところに、レックスの神器『ヴィスティンノヴァ』による攻撃だ。
あっと言う間にヒビは広がっていき澄んだ音を立てて崩壊――魔力の残滓、欠片が街に降り注ぐ。
「貴様ら! 後は予定通りだ!」
命令は既に下してあるので、制圧までの流れは決まっている。
これは運命。
レックスからすれば詰め将棋のようなものだ。
勝負は始まる前に決着している。
想定通りに全ては終わるだろう。
ルシオラたちが空を飛んでレックスの元へとやってくる。
そこへ――迫るのは黒い奔流。
想定通りの攻撃にレックスは軽く神器を一閃し、闇を薙ぎ払った。
「お前らがガブリエルのお仲間か……揃いも揃ってよくもここまで来たものだ」
空に浮かぶは黒き者。
闇を纏いし漆黒なる堕天使――魔神。
ルシオラたちがレックスを護るべく前に出る。
「ゼパル、そいつだ。そいつがプレイヤーだ」
ゼパルの後方から聞こえてきたのはしわがれた人間のような声。
と言うより何処か無機質な印象を受ける。
全身を金色の鎧で包み込み、レックスの神器よりも大きい超大剣を両手に持って待ち構えている。
そこへもう1人が姿を見せる。
見紛うことなきその姿は、全員がよく知る者――ガブリエル。
ただし神々しいまでに光り輝いていた面影はなく、全てが漆黒に染まり切っていた。
「これはレックス様ではありませんか。ここで何を?」
「ガブリエル。お前は自分が『堕天』させられたことを理解しているのか?」
「『堕天』……? 何を仰っているのか分かりませんが」
一瞬だけ頭を抑える様子を見せたガブリエルだが、すぐにレックスを見下ろすと言った。記憶があるようにも見えるが、自分が現在、魔神であることは理解しているようだ。
いつもの天真爛漫な表情はなく、ドス黒い笑みを浮かべている。
その瞳はまるで敵を見下すような冷たい目だ。
「ガブ! 陛下を上から見下ろすなんちゅう不敬はしたらあかんで! 正気に戻りーや!」
レジーナの言葉も届かないようで、その言葉を鼻で笑い飛ばした。
それを様子を見て彼女が怒りの形相に変わる。
レックスもチラリと窺ってからガブリエルとゼパルの背後に浮く者に注意を向けた。
「貴様がプレイヤーか。よくもガブリエルを『堕天』させたものだな。だが貴様らはやり過ぎた。〈黄昏の帝國〉に歯向かったことを後悔させてやる」
「ふん……お前たちの名は知っているぞ。悪逆非道な侵略者め。この世界でも同じことをしようと言うのか? ここはゲームではないのだぞ?」
「そんなことは百も承知だ。貴様の方こそ現実の仮想現実の区別が付いていないようだ。ゲームで何をしようと個人の自由。その程度も分からんポリコレ野郎なのかな?」
「そこのガブリエルがこの国に来た時点でお前の企みは知れた。私の名は大河内翔真だ。お前の名も一応聞いておこうか」
「大河内? まさか本名か? 俺の名前はレックス。レックス・オボロ・マグナだ。よーく覚えてから死ね」
「未だゲームの名など使っておるのか。ゲームが現実となった時の衝撃……よくもまぁ名乗れるものだな。帰れない無念……孤独……自分が何者か分からなくなる恐怖……私は、俺は大河内翔真だ!!」
「貴様にこのゲームが終焉を迎えた時の悲しみなど理解できるものか! 俺は誰よりも愛し! 尽くし! 人生を懸けてきた! ふざけるな! 俺には大切な仲間たちがいた! 俺はこの世界に生まれ落ちた覇王レックス! 仲間たちが残した大事な者を護るために存在しているのだ! 俺たちを愚弄することは許さん! そしてガブリエルを穢した代償は大きいと知れ!!」
この世界から抜け出せなくなったことに関してはレックス自身も諸手を挙げて喜んだ訳ではない。転生時に押し寄せてきた不安や心配……それを今でも抱えながらレックスは生きている。どうしようもできないと言うならば、大好きだったゲームで仲間となった元NPCたちと共に必死に生き残るしかないのだ。
レックスは言いたいことを翔真に叩きつけると、プレイヤ―の彼ではなく、ゼパルへと向かう。同時に守護者たちも動きだし、主を護るために翔真とガブリエルを牽制し始めた。
何故、ゼパルから倒すのか?
それはレックスが取っている職業【破戒騎士Ⅹ】の攻撃が神族、天使族、魔神族、悪魔族、その他の死霊系などに特効だから。
もう1つはガブリエルを『堕天』させたと思われるゼパルを倒すことで、ガブリエルが正気に戻る可能性を考えたからである。
「愚かな魔神よ。滅べ!」
空中で一気に間合いを詰めたレックスが気合と共に、ゼパルに斬りつけるが簡単に躱されてしまった。
どうにも空中戦は慣れることができない。
どうせなら地に足を付けて大剣を振り回したいところなのだが。
攻撃が当たらなかったにもかかわらず、ゼパルの顔が真剣な表情に変わっている。レックスの豪剣を見たが故の明確な変化だ。
『当たったら滅びる』
明らかに怯んでいるのは疑いようがない。
【常闇殴打】
拳に漆黒なる力を乗せて直接レックスを殴りつけようとするが、難なく躱しながらも攻撃の手を緩めない。魔神であれば攻撃手段は大体予想できるが、ゼパルがどう言うビルドになっているのかが問題だ。
他に何の職業を修得しているのかが鍵になってくるだろう。
ひたすらレックスの斬撃を躱し続けるゼパルにできた一瞬の隙――見逃すはずがない。
空いた脇腹目がけて神器が肉薄する。
が――
次の瞬間、ゼパルは左手に集めた漆黒のオーラで防いで見せた。
「何ッ!?」
とは言え、すぐに漆黒力は斬り裂かれ霧散して消滅する。
【破戒騎士Ⅹ】の力の一端だ。
「ぐああああああああ!!」
ゼパルの絶叫と共にその左腕が宙を舞って黒い塵と化して消える。
すぐに距離を取って態勢を立て直そうとしているが、レックスの頭の中はそれどころではなかった。
浮かんだのは――疑問。
たった今、ゼパルは魔法や能力、技能の力なしで漆黒の力を自らの左手に集めて操って見せた。
「(あり得ない……魔力……漆黒力を一か所に集める? そんなことができるはずが……現実化したからシステマチックだった力が異世界に最適化されたのか? となると魔法を使わずに魔力を行使できる……攻防の手札が増えると言うこと。位階100以上の力を引き出せる可能性すら期待できるぞ)」
目の前に敵がいるのにもかかわらず、興味を惹かれたレックスは左手を前に出すと集中した。
魔法を使う時の何処かと繋がるような感覚に少し工夫を加えてみる。
そもそも魔力が存在するのは体内なのか、大気中なのか?
とにかく湧きあがる力を手の平に集中する。
きた――
分かる。理解できる。手に集まる力を感じ取れる!
この世界は新しいものに溢れている。
可能性の塊だ。
まだだ……僕は強くなって大切な部下たちを護り、〈黄昏の帝國〉を存続させると言う使命がある!
何と言う至上の喜び!
何と言う未知なる異世界!
もしも神が存在するのならば、何故、僕は今ここにいるのか!
次から次へとレックスの胸に去来する思い。
「ゼパルよ。貴様には感謝する。大きな気付きを与えてくれたからな。最大限の敬意を込めて滅ぼしてやる!」
得たのはこれから衝突するであろう強敵たちと戦う上で有用な情報。
レックスはゼパルに大剣を向けると絶対不可避の死を宣告した。
ありがとうございました!
次回、レックスと愉快な仲間たちVs公国の守護者。




