第34話 守護者の行く末
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レックスは迷宮都市で【転移門】を使って『黄昏の王城』へと帰還した。
できれば他の探求者の前で強大過ぎる力を見せるのは、決して褒められた行為ではないと自覚していたが、今回ばかりはやむを得ない。
玉座の間に転移したレックスの前には、既に守護者執政官、守護者、統括官らが集まり跪いている。
心なしか場の雰囲気がピリピリしているが、レックスも同様なのでそれほど気にもならない。
兜を脱ぎ捨てると、ルシオラが進んで受け取る。
玉座に勢いよく腰を降ろしたレックスは、不機嫌な声色を隠そうともせずに告げる。
「面を上げよ」
跪いていた部下たちが、一寸の狂いなく一斉に頭を上げた。
「それでガブリエルが行方不明とのことだが?」
「はい。ガブリエルからは定時連絡を、更に魔法による位置座標の確認を行っていたのですが、本日の15時頃に消失。以降、定時連絡も来ておりません」
レックスはコンソールを開くと、地図を開く。
未踏破領域こそ、霞が掛かったかのように隠されているが、すでに調査済みの場所はしっかりと表示されている。
ちなみにレックスが登録した国家名も表示されており、国境線こそないものの方角と座標を測定して登録したものなのでかなり精密な地図となっている。
「最後にいた座標はどこだ?」
「こちらです。神聖ヴォルスンガ教国の南西方向ですが、使い魔を派遣したところ都市が確認できました。ですが――」
ルシオラが言い淀むかのように口を閉ざした。
「ですがなんだ? 消されたか?」
「はい、何者かによって倒されたと思われます」
倒されたと言うことは、その国の何者かに見つかったことになる。
その地の国家の兵士――現地人か、あるいはプレイヤーか。
前者であればともかく、後者であれば大問題だ。
「使い魔の位階はいくつだ?」
「位階20でございます」
「微妙だな……」
レックスが迷宮都市で出会ったリリアンは位階19であった。
現地人でも十分至れる強さ。
判断がつかない。
「申し訳ございません!」
「まぁ良い。気にするな」
レックスは頭を下げるルシオラにそう告げると、再びコンソールを操作し始めた。
開いたのはNPC一覧のページである。
画面をスクロールしていくと、すぐにガブリエルの名前が見つかった。
つまり生きてはいると言うことだ。
「(どう言うことだ? 生きているが定時連絡はしない。座標確認ができない……それなら術式を破壊された? 捕まっている? それでも連絡はできる……いや移動阻害系の魔法を掛けられている可能性もあるのか? もしそうなら敵は……プレイヤ―の可能性が高い……)」
レックスが黙考しているのを邪魔しないように、誰もが口を固く閉ざしている。
静寂のみが玉座の間を支配していた。
「(これは迷宮都市は中断だな。僕が直接捜索した方がいいだろう。だけど僕が死んだらどうなるんだ? オークは蘇ったけど……。いやガブリエルは大事な仲間だ。死なせたら創造主の『瓜ィィィ』さんに顔向け出来ない!)」
考えているとイライラが止まらない。
まだプレイヤーに何かされたと決まった訳ではないが、状況が状況なだけに焦る気持ちを抑えきれない。
「陛下、陛下……」
か細い不安げな声を聞いてレックスがふと顔を上げると、心配そうな表情をしたルシオラと困惑気味のドラスティーナが目に飛び込んでくる。
どうやら気付かぬうちに貧乏ゆすりをしていたようだ。
覇王としてこんな様子を見せる訳にはいかないのに、マズいことをしたとレックスの血の気が引いた。
失敗を悔いつつも、どうすべきかを必死で考える。
『誰かを頼ればいいんですよ。困った時は信頼できる人に相談してみればいい。話してみればいい。吐き出してみればいい』
浮かんできたのはガブリエルの創造主『瓜ィィィ』さんの言葉。
ハッとさせられた。
そう、今でも仲間たちがいるじゃないか。
レックスは胸に去来する旧懐に襲われながらもぐっとこらえて口を開く。
「ルシオラとドラスティーナは此度の件をどう考える?」
優秀な守護者執政官や守護者たちがいる。
その者たちを頼ることもきっと必要なのだろう。
「は、我は捕らえられておると思うております。ガブリエルは肉弾戦、魔法戦共に桁外れの力を持っております。なれば捕らえたのはプレイヤーなる者。しかもかなりの強者かと存じます」
ドラスティーナの考えはレックスのものとほとんど同じような感じである。
やはりプレイヤーと戦う必要がある。
その事実にレックスの気が重くなる。
プレイヤーとはつまり人間――レックス・オボロ・マグナと同じ異世界に迷い込んだ同胞でもあるのだ。
黙り込んだレックスに、次はルシオラが私見を述べ始めた。
「私としてはプレイヤーの可能性もあるとは思うのですが、もしかすると相手が魔神だったのではないかと愚考致します」
「魔神?」
「はい。天使族と魔神族は同じ序列ならば力は伯仲しておりますが、戦闘特化のガブリエルが不覚を取るとも思えません。ですが唯一懸念があるとすれば……魔神が行使する特殊能力、『堕天』で魔神化させられた可能性があるのではと考えます」
「ふむ……なるほど」
全く想定していなかった答えだ。
これは魔神族であるルシオラならではの観点だ。
となれば、ますますレックス自らが動いた方が良いだろう。
職業、【破戒騎士Ⅹ】を極めているので神族、天使族、魔神族、悪魔族には特効の攻撃を与えることが可能だ。
「参考になった。ガブリエルの捜索には余自らが当たることとする」
決断したレックスは自身の考えを述べるが、案の定それを許す守護者たちではない。
「お待ち下さい! 陛下御自ら行かれる必要はないかと!」
「その通りでございます。敵がプレイヤーとなるとマグナ陛下と同等の力を持つ可能性がございます。ここは我々が総出で当たれば如何にプレイヤーであろうとも負けることはないでしょう!」
「せやねん、陛下。ガブの仇はうちが取るさかい。安心して見とってや!」
「オイ、鬼武蔵、同等トハ何たる不敬ダ。陛下の御力ガ信じラレヌと言うノカ!」
ルシオラ、鬼武蔵、レジーナ、オメガ零式から次々と発言が飛んでくるが、レックスは意見を変えるつもりはない。
ただ確かに1人だけでプレイヤーと相対するのは危険だ。
恐らく敵は2人以上。
「よし。捜索に向かうのは余とルシオラ、レジーナ、ジークフリート、メフィスト・フェレス、ロクサーヌとする」
『はッ!!』
名指しを受けた者たちが勇んで返事をし、頭を下げる。
「お待ち下さい! 私もご同行させて頂けませんでしょうか!」
鬼武蔵が喰い下がってくるが、ドラスティーナだけ残していく訳にもいかない。
本拠地の防衛を疎かにすることもできないのだ。
「鬼武蔵は本拠の防衛準備態勢を最大の1まで引き上げろ。ガブリエルが魔神化していた場合、情報が漏れている可能性がある。貴様がいなければ防衛が回らん!」
「くッ……畏まりました……」
悔しそうに顔を歪めながらも鬼武蔵はレックスの命令に従った。
「レジーナ! ガブリエルの仇を返してやれ!」
「わかりましてん!」
レジーナはガブリエルの親友のようなものだ。
事実、彼女の表情は怒りに燃えている。
普段は柔和な顔しか見せないのに、だ。
レックスは居残り組に命令を下すと、【転移門】で迷宮都市まで戻り、エルミナとブリジットに事情を話して攻略の中止を伝えた。
となれば〈黄金の狼〉のメンバーを放っておく訳にもいかないので、護衛してザロムスの街まで引き上げるように説得する。
急な方針転換に訝しげな顔をされたものの、自らの実力のほどは十分理解しているようで、すぐに同意してもらうことができた。
ただし、次の機会にも同行させて欲しいと約束させられてしまった。
とは言え、迷宮都市攻略と言う偉業の生き証人を作る意味でもレックスとしては願ってもない話なので問題はない。
後はブリジットとエルミナに絶対に〈黄金の狼〉を護り切ることと人間だからと舐めないことを厳命しておく。
特にブリジットとか、ブリジットとか、ブリジットとか、ブリジットとかだ。
こやつは何かをやらかす臭いがぷんぷんするからな。
そしてすぐに『黄昏の王城』へ戻ったレックスは、休む間もなく、南の地へと向かうことにした。
必ずやガブリエルをこの手に取り戻すと強く誓って。
◆ ◆ ◆
――ルスティライル公国
『死を告げし黄金騎士』がルスティライル公国の護り手となって33年の刻が流れた。
自身が創ったNPCである魔神族のゼパルと共に、『ティルナノグ』のサービス終了を迎えようと2人で本拠地から離れた場所で花火を見ていた。
彼は8人からなるパーティーに属していたが、最後の刻を迎える頃には皆の心は既にバラバラに離れ、ほとんど崩壊状態であったのだ。
転移直後は何が起こっているのか理解できず、自分が何処にいるかも分からず生きるのに途方もない苦労をして何とか生き延びてきた。
それもこれもNPCのゼパムが居てくれたからこそである。
死霊族の『死を告げし黄金騎士』は何処へ行っても馴染むことができずにいたのだ。何しろ周囲はほとんどが人間族か、亜人種であり死霊族など見る機会がなかった。いくら人間族ではないからと言っても元は人間である以上、腹が減るのは道理であった。
そこを救ってくれたのが、ルスティライル公国の女大公マレーナ・ルスティ・ヘルグレンであった。
放浪の苦難を味わった日本人として恩に報いるべく、また頼る者もいないことからヘルグレン大公にそのまま仕えることとなる。
そこに大公の打算があったとは気付かないまま。
「此度は誠に重畳でした。貴方が捕らえたのは間違いなく〈黄昏の帝國〉のNPCなのですね?」
「はい、そうです。名前はガブリエルで天使族……現在は魔神族ですけど、本人からの情報だから間違いないです」
その回答にヘルグレン大公は満足そうに口元を手で隠しながら上品に笑った。
彼女が嬉しいのは周辺国家で共有されている〈黄昏の帝國〉の対策で優位な立場に立てると考えているためであろう。
ガチ勢ではなかった『死を告げし黄金騎士』もその名前は知っているほどに有名なクランである。周辺のNPC国家や重要拠点を次々と制覇して領土を広げていき、他のギルドやクランとも何度も衝突していたと聞いている。
「あの国は危険だと聞いています。現在は和平に動いているようですが、いつ手の平を返してくるか分かりませんからね。それに様々な種族が存在していると言うではありませんか。情報を抜けなかったのもそのためですし、此度の情報は貴重なのです。我が国が盟主となり周辺国に強い影響力を発揮することができるのです。なんと素晴らしい! 特に人間の護り手を自負している神聖ヴォルスンガ教国を出し抜けるのが大きいわ……」
戦争になれば先頭に立って攻め込むほどの猛者であり、とても精悍な顔付きをしている大公であるが今は緩みきった満面の笑みを浮かべている。それほどまでに渇望されていた〈黄昏の帝國〉の情報。
「それでガブリエルを、やに放つと言うことでだいじょうぶですか?」
「ええ、情報は全て聞き出したのでしょう?」
「はい。既に聞き出しました」
「ならば、後は好きなだけ暴れさせなさい。そうすれば〈黄昏の帝國〉はやはり脅威であると言う認識になり諸国連合ができるでしょう。我が国を盟主として……ね」
ヘルグレン大公の野望は果てしない。
北大陸を手中に収めると言う途方もない野望を抱いているのだ。
「危険じゃないですか? あのクラン……国は位階100が多いです。あんまり無茶をしない方がいいかと思いますけど」
「問題ないのではなくて? ガブリエルを使って1人ずつ誘い出し、各個撃破していけばよいのです。貴方とゼパル、ガブリエルの3人で……ね」
『死を告げし黄金騎士』には難しいことは分からない。
幼いまま大人になってしまったから。
ただヘルグレン大公の言う通りにして間違ったことはなかった。
それにゼパルがいてくれる。
彼はプレイヤーとしてやれることをやろうと動き始めた。
ありがとうございました!
次回、レックスたちの捜索が始まるが……。




