第32話 ガブリエル対魔神ゼパル
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上空で睨み合いを続けるガブリエルと魔神。
真下は都市の中心部に近い。
ここで戦えば眼下の罪もない人々にも被害が及んでしまう可能性があった。
「貴様はこの国を護ると言ったな! 都市の住民まで巻き込むつもりか!」
「はッ……敵の分際で余計な心配をするものだ。少しは自分のことも考えるんだな」
相変わらず頭に血は上ったままのガブリエルであったが、住民を想うだけの理性は残っていた。
恐らくはプレイヤーの仲間。
となればこの国の上層部にいる立場のはず。
そいつらが国の民を護ろうともしないなんて!
そんな憤怒の想いがガブリエルの頭を駆け巡る。
「着いて来い! 狂った魔神!」
そう言うとガブリエルはゴダセンの街上空から離れるために飛翔する。
魔神もそれを見て後を追ってきた。
「ここらでよかろう。お人好しの天使よ。俺はこれから貴様を滅ぼしてやる。覚えておけ。俺の名はゼパル。記憶に刻み込んで死ね」
止まったのは街から5kmほど西に行った地点であった。
最強の攻撃力ビルドに仕上げられたガブリエルが力を使えば、5km程度離れたところでどうしても街に被害が出るだろう。
魔神ゼパルはもうこの場所で戦う気のようで、動く気配はない。
「あたしはガブリエル。今すぐ貴様を消し飛ばしてやるんだから!」
相対する2人の表情は対照的だ。
怒りに顔を歪めているガブリエル――いつも穏やかな彼女がここまでキレることはない。一方で人を喰ったような挑発的な笑みを絶やさないゼパル。
12枚の光り輝く翼を持つ熾天使と妖しく黒光りする漆黒の10枚の翼を持つ魔神。
ピタリと静止していた2人が突如として動く。
それはどのようなタイミングだっただろうか。
ガブリエルは肉弾戦で勝負を決めるべく、人間が見れば刹那にも感じられる速度でゼパルに肉薄する。
神聖力を溜めた右拳が唸る。
怒りに任せて放った一撃は、ゼパルが展開する防御フィールドを砕きながら本体へ。
【漆黒防陣】
ほぼ全ての防御フィールドを貫通した攻撃は、ゼパルの漆黒魔法によって受け止められた。
そう言うことなら手数で勝負。
ガブリエルはひたすらゼパルを殴り続け、その度に防御フィールドが破壊される。
それが延々と繰り返される。
このような多重結界を展開した戦いは、攻撃側は相手の術式を破壊して攻撃の術式を叩き込むのが基本である。
防御側は破壊された傍から新たな防御術式を展開する。
如何に大火力を持っていようとも、計算速度で負ければ防御は抜けない。
しかし――ガブリエルは執行官形態。
その攻撃は大火力であるのみならず、様々な攻撃手段も搭載されている。
「滅びろ!!」
ガブリエルは両手で殴り合いながらも、背中や肩に装備されている砲による攻撃を開始した。
砲塔から神聖力が火を噴き、ゼパルの防御フィールドはボロボロだ。
それでも余裕の笑みが崩れることはない。
ほとんどの防御を破ったガブリエルが勝機を見い出す。
天使族や魔神族はその翼の枚数が格を表す。
ゼパスは格下であり、攻撃について来れていない。
防御フィールドを張る速度も遅いので隙が生まれている。
【神聖剛拳】
――肉体に直接叩き込めば勝てる!!
ガブリエルの右ストレートがゼパルの体の中心核辺りに入る。
直撃しようかと言う瞬間にゼパルが飛んでくる右拳にそっと触れると呟くように言った。
【漆黒喰蝕】
触れた瞬間、膨大な神聖力がガブリエルの右拳から霧散していく。
「んなッ!?」
まさかあっさりと無効化されるとは思っても見なかったために驚きと困惑の声が漏れた。すぐにカウンターが来ると判断したガブリエルは、慌てて距離を取りつつ全砲塔をゼパルに向けると神聖力を撃ち出した。
神聖なる光の奔流が、流れるようにゼパルへと降り注ぐ。
響く轟音――
舞い散る光の粒子。
その光景は夏の川の畔を舞う蛍を幻視しそうなほどに幻想的で美しい。
集中砲火を浴びたゼパルはボロボロの状態で、体のあちこちから流血して辛うじて空に浮かんでいる。
手足がもがれ、体にも欠損部分が見られる。
翼は羽がささくれ立ち、片翼が千切れかかっていた。
それでも表情には余裕が見える。
「なるほどなるほど。大口を叩くだけのことはあるな。大した火力だよ」
「時間稼ぎは無駄よ。滅びろ! 【聖破流麗】」
不気味さを覚えたガブリエルが吠える。
創造主が言っていたことはちゃんと覚えている。
『慢心した方が負ける。これはフラグでありお約束だよ。むしろ法則と言ってもいい』
まったく意味は分からなかったが、慢心するなと言うことくらいは理解できた。
「チッ」
光の奔流が濁流の如く押し寄せると、一気にゼパルを飲み込んだ。
動くのもままならないゼパルを押し流したが、それで攻撃の手を緩めるガブリエルではない。
両手を前に突き出して大出力の神聖力をぶっ放す。
更には全砲塔をロックオンして誘導型光子弾を連続して射出した。
これで躱そうとしても、神聖力は何処までもゼパルを追い詰めるだろう。
心配なのは超再生能力。
ガブリエルはその昔、ルシオラと『黄昏の王城』の練兵場で戦った記憶がある。
その強さに終始ガブリエルは圧倒され、完全な力負けに終わった。
ルシオラにダメージを与えても超回復ですぐに傷が癒えるのだから反則だろう。
もちろんガブリエル本人も持っている訳だが……。
ルシオラは防御面に優れ、物理攻撃に特化し、多彩な魔法も扱える。
決定的だったのは神聖属性耐性を持っていたことであった。
つまり天使族や魔人族は序列によって違いはあれど、傷付いた体を自動で修復する能力を持っている。これは種族特性であり、キャラクターにこの種族を選択した時点で超再生能力を得ると言う訳だ。
神聖なる光が爆発する中で、ガブリエルは逃れる者がいないか攻撃と同時に索敵も行っていた。更に言えば、プレイヤーやその配下が援軍に表れる可能性も考えてのことだ。
――かかった!?
視界が霞むほどの光の粒子からゼパルが抜け出してくる。
圧倒的な攻撃を浴びながらも体は無事なようで、目力のこもった強い視線をガブリエルに向けると、大ダメージを負っているとは思えないほどの覇気を放つ。
それは憎悪と殺意にまみれた邪悪なる圧力。
「どこにそんな力が……? くッ……」
一瞬怯んだガブリエルであったが自身もその体から神聖力の波動を発すると、一気にゼパルの頭上に移動して両拳を叩きつけた。
通常時の彼女でさえ圧倒的な力を持つのに、現在は執行官形態である。
その力はプレイヤーにすら届くだろう。
凄まじい速度で大地に叩きつけられるゼパル。
衝撃で大地には大きなクレーターができて地響きが起こり、地獄に繋がろうかと言う底が見えないほどの亀裂が走る。
そして――トドメの追撃。
【失楽園】
ガブリエルの大音声が超空に木霊した。
数えきれないほどの光の奔流がビームのように地上に降り注ぐ。
目が眩むほど圧倒的な光量。
神聖なる光の奔流が大地に叩きつけられ世界の表層を破壊していく。
無限に続くかに思われた光の爆撃が止むと、そこには抉られた大地のみがあった。
「こ、これでどう……?」
肩で大きく息をしながら眼下を見下ろすと、かなりの大怪我を負いながらも生きているゼパルの姿があった。
思わず自分の目を疑うガブリエル。
その口からは無意識に言葉が漏れ出した。
「なんで……? かなりの神聖力を撃ち込んだはずなのに……」
ガブリエルの脳裏にルシオラの姿が過った。
ようやく気付いてハッとした表情になってしまう。
何故見落としていたのか理解できない。
「神聖力耐性持ちなの……?」
とは言えゼパルの体はボロボロで、もうひと押しで滅ぼせそうなほどに弱っている。ルシオラの時はほとんど効いていなかった様子だったはず。
だが――耐性はあくまで耐性に過ぎない。
「もう1度ッ――」
魔法を喰らわせてから直接殴って滅ぼす!
そう言おうとした瞬間に受けたのは強い衝撃。
あまりにも重い攻撃だが――打撃による攻撃ではない!?
ガブリエルは大地に叩きつけられる間際で何とか軟着陸することに成功する。
「何なのッ!?」
上空に目を向けるガブリエルの視界に映ったのは、漆黒の鎧を纏った戦士。
種族までは分からなかったが、気付かれずに自身に一撃を入れられるほどの存在だ。
ただ者であるはずがない。
ガブリエルの心に焦りが生まれ、水面に落としたインクのようにじわじわと広がっていく。
相手は2人。
撤退の2文字が脳裏を過った瞬間、体が異常に襲われる。
重くなる体、力が抜けていき、神聖力が吸われている?
ガブリエルがこの結論に至った時、背後でゼパルの声が響いた。
【堕天】
六芒星がガブリエルの足下と頭上に表れたかと思うと、その体が漆黒の円柱に包み込まれる。プラズマの如き放電現象が起こり、体が焼かれるかのような激しい痛みに襲われた。
消失していく意識。
麻痺していく思考。
ガブリエルの全ては漆黒に包まれどこまでも堕ちて行った。
ありがとうございました!
次回、レックスは迷宮都市を行く。そしてある報告を耳にすることとなる……




