第31話 激怒のガブリエル
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颯爽と雲一つない快晴の空を舞う。
向かうは〈黄昏の帝國〉から南へ行った場所にある神聖ヴォルスンガ教国の更に南だ。周辺国家はお世辞にも交渉が上手くいっているとは言い難いが、一応は和平の道を模索している。
となれば後はその向こうに存在するであろう国々の調査は必要事項。
世界がどれほどの大きさで、どのような地理になっているか一刻も早く把握しなければならない。
ガブリエルは能天気に見えて、しっかりと考えられるだけの頭を持っている。
人当たりが良く、初対面の者でも警戒心を解かせてしまうほどであるし、背中の12枚の翼を隠して人間になり切ることも可能だ。
戦闘力も天使族の最高位である熾天使だけあって格闘、魔法どちらを取っても後れを取ることは考えにくい。
何よりも空を飛んで高速で移動できることが大きい。
「おんやー? えっとヴォルスンガ教国だっけ。結構、街が多いなー。行ってみたいけど今回は駄目だよねっ! 急ごっと!」
神聖ヴォルスンガ教国はかなり発展した国のようで大きな都市がいくつも確認できた。好奇心旺盛なガブリエルとしては、色々と見て回ってみたいと言う欲求に囚われるが、レックスから託された命令である。
その達成が何よりも優先される。
レックスは〈黄昏の帝國〉の絶対者なのだから。
それだけが理由ではないが、ガブリエルはレックスのことが大好きだった。
何故かまでは分からないが、漠然とは理解できる。
創造主の思考が反映されているのだ。
至高なる御方であるレックスのことを考えると胸が苦しくなってしまう。
自身はその感情の意味を完全には理解しきれていなかったが好きなのは疑いようのない事実である。
「うーん。国境線が目で見れたらいいんだけどなぁ。そしたら楽なんだけど……」
当然、空から大地を見下ろしても国境に線が引いてあるはずもなく、特に柵や壁で仕切られている訳でもない。
かなり南下したはずと考えたガブリエルはちょうど目に付いた街に降りてみることにした。
一気に急降下を開始すると顔に痛いほどの風が当たるのが心地良い。
痛いのだがそれがまた良いのだ。
今まで味わったことのないことをやってみて実際に経験してみる。
直に肌で感じてみる。
敵を直接殴った時の痛みを知りたいし、逆に殴られた時の痛みすら知りたいと思う。
魔法で敵を殲滅したことはあるが、自身が受けたことはまだない。
どのような感触なのか、激痛が走るのか、どれほどの苦痛が待っているのか気になってしょうがない。
レックスは閉じ込められていた『黄昏の王城』からガブリエルを解き放った恩人でもあるのだ。
ガブリエルは地面に追突しそうになる瞬間、急制動を掛けてピタリと静止すると翼を消して大地に降り立った。周囲から多くの視線が感じられる。
「あちゃーやっちゃった……」
あまりに興奮しすぎた結果、街の広場に直接降りてしまったことに少しばかりの後ろめたさを感じるも、すぐにガブリエルは気持ちを切り替える。
「ダメダメ、もっと慎重にならなくっちゃね!」
両手で握り拳を作って気合を入れると、周囲を見渡してみる。
思ったよりも人が多く、自分が囲まれていることに気付いたガブリエルは、これは考えた以上にやらかしてしまったと再び頭が痛くなるが、くどくど考えていてもしょうがない。
そう割り切ると、近くにいた人間に声を掛けてみることにした。
「あ、あの、すみません。この街って何ていう場所なんですかー?」
「え、あ、あたし? えっとここはゴダセンって街だけど……あなた今、羽で空を飛んで来たわよね? ひょっとして人間じゃないの……かしら?」
話し掛けた女性は戸惑った様子で律儀にも質問に答えてくれたが、同時に警戒感丸出しで逆に質問してきた。
あれだけド派手に登場していれば当然の結果である。
「あれはですねーえーっとえーっと装備の力で空を飛んでたんです! ほら! 今は翼なんてないでしょ?」
「確かにそうだけど……あんなアイテムがあるのね……あたしも空を飛んでみたいわ……」
ガブリエルは適当な嘘をでっち上げてみたものの、女性からはまだ警戒の色は消えていない。だが空を飛んでみたいと言う。
「飛んでみますかー? あたしがお空へご案内しちゃいますよー!」
「あ、そ、そう。でも遠慮しておくわ……それじゃあ」
「あ……」
そそくさと去っていく女性に引き止めることもできずに見送るガブリエル。
この辺りは目撃者が多いと判断し、少しばかり街中を歩いてみることにした。
お上りさんよろしく、キョロキョロと辺りを見渡しながらゆっくりと歩を進めていくが、何もかもが『黄昏の王城』とは異なっており新鮮に感じられる。ピカピカに磨き上げられた石造りの家が傾斜に沿って建ち並び、整った街並みになっている。
時折吹きつける心地良い風を浴びながら探検気分で上に上にと上っていくと、細い路地が通っており、ところどころがちょっとした広場になっていた。そこでは人間族の子供たちが追いかけっこをして遊んでいて、とても微笑まし良い光景であった。
思わず自身の表情が綻んでいることに気付いて、ガブリエルは何処か温かい気持ちにさせられる。高い場所から遠くに目を向けると大湖に面しているようで港には船が並んでいるのが見える。
「わーーー!! すっごーーーい!! 綺麗な景色だなぁ!」
湖を見たことは初めてだが、記憶には存在していた。
何故なら創造主が話していた覚えがあるから。
確か他にも海と呼ばれる大きな湖があるらしいが『黄昏の王城』の近くにもそんな物があったらなぁと考えてしまう。
内陸国なのが残念だ。
楽しんでばかりもいられないと我に返ったガブリエルは近くにいた女性に声を掛けてみることにした。
「すみませーん! あの、このゴダセンの街って何処の国の所属なんでしょーか?」
「あらあら。この街は初めてなのかい? ここはルスティライル公国さ。なかなか良いところだろう?」
彼女は洗濯物を干す手を止めて愛想良い笑顔を見せて、気さくに答えてくれる。
人の良さが滲み出ているそんな女性だ。
「人間だけが暮らす国なんでしょーか?」
「多くは人間だけど、獣人や古精霊族もいるよ。特に諍いも起きてないし平和なもんさ」
創造主様たちの中にも獣人や古精霊族の御方がいらっしゃったなとガブリエルは思い起こしていた。
「もうお隠れ遊ばして長いけどね」と心の中で呟きながら。
「へぇ……仲良く暮らしてるんですね! ルスティライル公国?は何処かと戦争してたりしないんですかー?」
「隣のカラデュラ獣魔国やメッサメリダ王国と戦いになることが多いらしいわ。この街は神聖ヴォルスンガ教国に近いから比較的安全なんだけどね」
もちろんガブリエルが初めて耳にする国名である。
カラデュラ獣魔国は聞かされていたので知っているが、もう1つの国のことが気になるところ。ここはどんな国家なのか聞いておくところだろう。
「メッサメリダ王国ってどんな国なんでしょーか? 旅をしているので人間を襲うのなら避けなくちゃと思って!」
「あそこは小鬼族の国だよ。ゴブリンって知ってるかい?」
「いえ、知らないので教えてもらえますか?」
「なんだい、知らないのかい。緑色の肌をしてて醜い顔をしてるって話だよ。数が多くて凄く凶暴なんだって。何でも堕ちた精霊って言われてるらしいけどエルフとは似ても似つかないみたいだよ」
ゴブリンについてもガブリエルはちゃんと知っている。
記憶にはなかったが、ルシオラたちから教えられて知識だけは持っていたのだ。
他の守護者からは弱いと聞かされていたのだが……。
「強いんですかー? 人間では敵わない感じでしょーか?」
「そこまでは知らないけど、凄く強いのがいるってくらいかね。それくらいよ。知ってるのは」
「(ふぅん……一応強いゴブリンもいるんだね。どれくらいの位階なんだろ?)」
「北から来たんだろ? 旅をするなら東から迂回するか、南西方向へ進むといいと思うわよ?」
黙ってしまったガブリエルを見て気を利かせてくれたのだろう。
彼女は親切にも聞いていないことまで教えてくれた。
だから人間が好きなのだ。ガブリエルは。
「ありがとうございます! その方面にも国があるんですかー?」
「ああ、そうだね。南西には聖クロサンドラ皇国があるね。何でも教皇が国を治めてるって話だよ。東にはユグドポリスってのがあってね。幾つもの都市が集まってできた国らしいんだけど、都市の間に魔物が出ることがあるみたいだから南西方向から行った方がいいかも知れないねぇ」
「そこも人間の国なんですか?」
「皇国はそうだね。ユグドの方は都市ごとに違う種族がいるって聞いたよ」
この女性に聞いて助かった。
一気に色んな情報を得ることができたし、とても良い人間だったのでガブリエルは嬉しくなる。
「わっかりましたー!! 色々とありがとうございまーす! しばらくこの街で休んでから行ってみようかなって思います!」
「構わないよ。人には優しくしないといけないからねぇ。持ちつ持たれつだよ。人間ってのはね」
女性は満面の笑顔でそう断言した。
彼女の人柄がそんな考えを生んだのだとガブリエルは確信する。
なんて良い人なんだろう。
やっぱりあたしは人間が好きだなぁ。
陛下も人間だし、皆仲良く暮らそうって仰ってるし。
このまま周囲の国とも仲良くできたら良いんだろうけど……。
ガブリエルは人間を含めた全ての種族が仲良く暮らす光景を幻視して目を細めた。
刹那――
雷鳴の如き大音が周囲に響き渡る。
「攻撃ッ!?」
一瞬の殺気を感じ取り、ギリギリのところで攻撃を躱したガブリエルはすぐさま戦闘モードへと移行する。
全方向へ神聖力を飛ばして気配を探ると少し離れた空中に浮かぶ影が1つ。
すぐに敵だと判断して、話していた女性を逃がすべく注意を向ける。
――ッ!?
ガブリエルは言葉にならない悲鳴を上げた。
目に入ってきたのは――倒れ伏す名も知らぬ女性の姿。
敵の存在すら無視して彼女に駆け寄るが、既に息がない。
天使族であるガブリエルだが第10位階神聖魔法の【魂魄再臨】は習得していない。当然、種族特性もあり習得は可能なのだが、創造主は攻撃特化のビルドを選択したため使用できないのだ。
ガブリエルの中で何かがキレる音がした。
「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!! なんで殺したッ!! 何者だお前はぁぁぁ!!」
凄まじいまでの神聖力の波動が暴風の如く荒れ狂う。
それを受けた空に浮かぶ者が答えた。
「吠えるな。何処ぞの国から来たかは知らんが、この国に仇為す者は滅ぼすのみだ」
離れているのにもかかわらず、ガブリエルの耳には良く聞こえる。
そして察する。
「お前は……魔神かぁ!! お前はこの国の者か!? 何故、自分の国の仲間を殺すんだッ!! 彼女が一体何をしたって言うんだッ!!」
「貴様が悪いのだ。天使族が攻めて来たとなれば殺さねばならんだろう? 貴様が来なければその女も死ななかった」
天空に舞ったガブリエルの激昂は止まらない。
あまりの理不尽。
何と言う蛮行。
「あたしは話していただけだッ!! それの何処かおかしい! 人間を何だと思っているんだッ!!」
「この国の護り手たる我が主もそれをお望みなのだ。敵は殺す。その女は不運にも巻き込まれたと言うことだ」
無慈悲なことを言ってのける魔神の顔は挑発的なまでの笑みで歪んでいる。
ガブリエルは知っている。理解できる。
この魔神の主、それは――プレイヤー。
「執行官形態、攻撃態勢に移行する」
ガブリエルの体が機械のような物で覆われていき全身を包み込む。
現代人が見たらまるでロボットを連想させるようなメカメカしい姿だ。
フェイスガードが彼女の顔を隠すが、すぐにガードを解除する。
憎らしい魔神の顔をその目に焼き付けるために。
ルシオラには強者と出会ったら撤退しろと厳命されている。
だが、そんなものは無視だ。
決して許すことなどできない。
神が許してもあたしは絶対許さない。
神聖なる怒りの鉄槌を必ずや喰らわせて見せる。
そんなガブリエルの想いが爆発した。
「お前は……貴様だけは許さないッ!! 絶対にだッ!!」
「許さない? 貴様に許されようとは思わんな。哀れな貴様に格の違いを見せてやろうか?」
空中で睨み合う2人の体から神々しい神聖なる光の波動と禍々しい凶悪な漆黒の波動がぶつかり合う。
とてつもない圧力の中、ガブリエルの怒りは最高潮に達しようとしていた。
そして両者の魂からの叫びが重なる。
『貴様は殺すッ!!』
ありがとうございました!
次回、ガブリエルがガチギレする。




