第27話 ミノタウロス討伐
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レックスたちは〈黄金の狼〉のメンバーを加えた8人で迷宮内を進んでいた。
一応、フォーメーションを決め、陣形を組んだ状態でである。
レックスとしては全くその必要性を感じないのだが、探求者だししょうがないかと言われるがままにしておいた。
先導役のエルミナにレックスが付き添い、〈黄金の狼〉の戦士マッシュと剣士ガルドがそれを護る。
魔導士のリリアンと回復役のポートラン、弓使いのガリウスは真ん中を行き、最後尾はブリジットとなった。
「しかしまさか地図もなしに迷宮を進むことができるとは思いませんでしたよ」
マッシュが心底驚いた表情をしてレックスに話し掛けてきた。
かなり紳士的な態度で言葉に嫌みがない。
もちろん流石のレックスも人の本音や本質まで読み取ることなどできないが、誠実そうな言動しか見られないので信用はできそうな男だと判断していた。
「私も念のため地図を購入したのですが、必要ありませんでしたね。【地形把握】の魔法が使えたのは本当に助かります」
依頼達成のためにあまり時間を掛けたくなかったので、マッシュたちに教えたのだがこの世界では存在しない魔法だったようだ。いや、発動していると言うことは存在自体は認められているが、今まで知られていなかっただけなのか。認められていると考えるなら、誰が魔法を使えるようにしているのか疑問は尽きない。
ここは『ティルナノグ』ではないのだから。
「初めて聞いた魔法です……迷宮のルートが見えるなんて……一体、第何位階なんでしょうか?」
「それほど大した魔法ではありませんよ。第2位階の魔法です」
特段、隠す必要はない程度の魔法なので答えたが、あまり情報を出し過ぎるのも探求者らしくないか?とレックスは考える。
「第2位階ですか!? どんな風に修行すれば使えるようになるんでしょう?」
「それは私も興味がありますね」
マッシュの質問にリリアンが便乗する。
彼女も魔導士なので魔法のことが気になるのは当然だろう。
「どうしたら覚えられるのかは分かりませんが、野伏系ではないかと」
ルシオラからの情報では、この世界の住人は自分がどんな職業を修得しているか分からないらしい。
『ティルナノグ』では普通に分かることなので問題ないが、考えてみると職業が分からないとどのような系統に自分を強化していくかの方針が立てられない。
職業の熟練度が位階に繋がるのはこの世界でも同じようだが、効率良く強化することには向いていない世界である。
「野伏のような仕事をこなせば覚えられるのですか!?」
「まさか野伏で魔法を習得できるなんて思いもしませんでした……」
マッシュもリリアンも思いもしなかったのだろう。
驚きを隠せないでいる。
ちなみにエルミナは【暗黒導士Ⅹ】の職業マスターなので【地形把握】を覚えている。この魔法は暗黒魔法に分類されているのだ。
現地人は本当に不便な存在だとレックスは思わずにはいられない。
マッシュも戦士を自称しているが、実際の職業など分からない。
もっとこの世界の仕組みを調査して解明する必要性があるとレックスは考えていた。
「リリアンさんは魔導士だと思いますが、どのような魔法を扱えるのですか?」
「私ですか? 低位階の攻撃魔法しか使えません……才能がないんでしょうね……」
「回復魔法は使えないのですか?」
少し図々しい質問かとも思ったが、お互い様である。
どんな答えが返ってくるか期待していたレックスだが、リリアンの口からは意外な言葉が発せられる。
「え……? 攻撃魔法と回復魔法を同時に覚えられるのですか?」
「……恐らく可能だと思いますよ?」
リリアンの職業は恐らく【暗黒導士】なのだと予想できるが、普通に【光魔導士】になれば攻撃、回復両方の魔法を習得することは可能だ。
少なくとも『ティルナノグ』では両方とも基本職業なので職業を変更すれば、【暗黒導士Ⅹ】【光魔導士Ⅹ】などのキャラビルドが可能である。
「(なるほど……やはり自分で職業をシステム的に変更することはできないのか。彼女が光魔法を使えるように修行に励めば自然と覚えられる感じか? やはり効率が悪いな……)」
「で、できるんですか!? それは良いことをお聞きできました! ありがとうございます! そう言えば伝説上の人物が様々な魔法を操ったと言う話を聞いたことがあります……」
レックスが黙考する背後で興奮気味なリリアンの声が聞こえてくる。
こうなると彼女の職業が気になってくる。
エルミナにこっそりと情報を調べるように指示すると、リリアンの職業が判明した。
【魔術士Ⅹ】【暗黒導士Ⅴ】【格闘家Ⅰ】【棒術家Ⅲ】で位階は熟練度の合計なので19である。今まで確認した兵士たちよりも高位階なことにレックスは感嘆のため息を吐いた。
流石の銀級探求者と言ったところか。
「いえいえ、私たちの故郷では魔法の使い手が多くいたものですから。お役に立てたようで良かったです」
無難な返事をしつつ、ミノタウロスの位階はどれほどだったかなと考えていると、不意にエルミナが歩みを止めた。
そして手元の羊皮紙に書かれた地図を見つめている。
「着きましたわ。この扉の向こうがミノタウロスがいる部屋だと思われます」
【地形把握】の情報と地図を見比べて判断したのだろう。
レックスが目の前の大きな両開きの扉に目をやると、中々に意匠を凝らしたデザインが彫刻されている。
扉の上にはプレートが掛けられており、見たことのない文字が書かれている。
ネックレスの効果で読めるので問題はないが、どうやら『練兵場』を意味する文字のようだ。
「では行きましょう。さっさと終わらせてしまいましょう」
「やはりレガリアさんとブリジットさんが突っ込む感じですか?」
マッシュが心配げに尋ねるが、レックスの答えは決まっている。
「ええ、それが1番手っ取り早いですからね。エルミナは下がって様子をみているように。ミノタウロスが強いようなら援護を頼む」
「承知致しました」
今更だがエルミナはどうしても敬語を止めないなと思いつつ、レックスは扉に手を掛けると力を入れて押し込んだ。
軋んだ音を立てて重厚な扉が開かれていく。
何の迷いもなくレックスがブリジットを引き連れて中に入ると、エルミナと〈黄金の狼〉の面々も後に続いた。
練兵場だけあって大きく開けた場所になっており、戦いの障害物になりそうな物は何もない。
中央で寝そべっていた3体のミノタウロスが気配を感じて起き上がった。
体長が3、4mは有ろうかと言う巨躯で手にはバトルアクスを握り締めている。
「確かミノタウロスの位階は35……40くらいだったか……?」
小声で呟いたレックスが背中の大剣をスラリと抜いてゆっくりと歩み寄ると、殺気を敏感に感じ取ったミノタウロスたちも得物を構えて獰猛な威嚇の声を上げる。
空気を震わすほどの威圧の声だが、レックスたちには何の問題もない。
〈黄金の狼〉のメンバーは流石に怯んでいる様子だが。
ブリジットは戦うことが余程嬉しいようで、まるで聖女のような笑みを浮かべて飛び掛かった。
「(ってブリジットは聖女だったわ……本当に戦闘狂だなこいつは)」
レックスとブリジットが一気に間合いを詰めると、大剣と巨大十字架がバトルアクスとぶつかり合った。
念には念を入れて少しだけ力を込めての攻撃だったが、無用の心配だったようだ。
レックスの豪撃を受けたミノタウロスの手が痺れてバトルアクスが零れ落ちる。
少しだけ剣の軌道がズレて、大剣がその右腕を両断した。
手応えを感じないほどの防御力。
――紙だな。
「俺たちは援護だ! 戦いを目に焼き付けろ!」
エルミナはいつでも魔法を放てるように位置取り、〈黄金の狼〉のメンバーも援護できるように周囲に散る。
「おっりゃああああッス!!」
ブリジットが雄叫びを上げたかと思うと、大ジャンプして重力を乗せた一撃をミノタウロスに見舞った。
防ごうとバトルアクスを頭の上に掲げたミノタウロスであったが、抑えきれずに頭を叩き潰された挙句、勢い余って上半身にまで十字架がめり込んだ。
頭蓋骨と上半身の骨を粉砕されて絶命するミノタウロス。
位階77のブリジットの通常攻撃であっさりと死ぬ程度。
「ふん。こんなものか……」
となれば位階100のレックスが苦戦するはずもなく。
右腕を斬り飛ばされて苦痛で暴れるミノタウロスの首を大剣を横一閃に薙ぎ払い、一瞬で刎ねる。そこへタイミングを見計らっていたのか、別の1体が上段から大振りの攻撃を仕掛けてきた。
が――甘い。
その程度の攻撃など当たるはずもなく、横に半歩だけズレて悠々と躱したレックスは最後の1体を袈裟斬りに斬って捨てる。
「グモォォォォォォォォォ!!」
激痛で叫びを上げるが、魔物に掛ける慈悲はない。
ここは名誉のために死んでくれ、と心の中で呟く。
「煩いぞ。死ね」
レックスは返す大剣であっさりと、あまりにもあっさりとその首を斬り飛ばした。
ゆっくりと首のない巨体が沈む。
大きな地響きを立てて大地に倒れ込むミノタウロス。
戦闘が始まって数十秒。
あっと言う間に3体のミノタウロスの死体が練兵場に転がった。
激しい出血により血だまりが出来ていく。
「ふう……(攻撃は見切れたし最小限の動きで躱すことができた。こうやって経験を積んでいかないとプレイヤークラスの強敵に会った時マズいからな……)」
「ふッ、楽勝ッスねぇ……」
レックスは大剣を振って血を払うと背中の鞘に収め、ブリジットは巨大十字架を肩に担ぐ。
余裕過ぎて手応えがない。
そのせいか、ブリジットの表情は毎度のドヤ顔である。
「す、凄い……あっと言う間じゃないか……」
辛うじて声を絞り出したのはマッシュ。
その他のメンバーは驚きのあまり口をポカンと開けて固まったまま動けない。
エルミナだけは嬉しそうにレックスに駆け寄ると労いの言葉を述べる。
それに応えつつ彼らに歩み寄ったレックスが皆に声を掛けた。
「すみません。倒してしまいました。しかしこれでは物足りませんね……依頼は完了ですが迷宮の最奥まで行ってみますか?」
「そ、そうですね……本当に凄い……是非ご一緒させてください」
「なんと……これほどまでの差があると言うのか!?」
「魔鋼級は伊達ではないのだな! 凄まじい実力である!」
「これは魔鋼級なんてものじゃありませんよ……ガルドさん」
彼らの視線と言葉には畏怖の感情が混じっている。
現実でこのような経験などしたことがないレックスにとっては、それは甘美な蜜のような味であった。
依頼ついでに迷宮も踏破したとなれば、レックスの名声が上がり知名度も広がって、すぐにまた昇級するだろう。その結果、人間の護り手として認識されるようになればレックスの計画通りである。思わずニヤケるのが止まらない。フルフェイスの兜を被っていて本当に良かったものだ。
それに〈黄金の狼〉のメンバーが証人となり、その偉業を伝えてくれるはずである。
そんな打算と、更なる強者との戦いを求めて、レックスたちは迷宮の最奥部を目指すことに決めるのであった。
ありがとうございました!
次回、鬼人の国ディアヴァロスへ入る守護者ヴィクトル。




