第24話 守護者、外の世界へ
いつもお読み頂きありがとうございます!
レックスは日々、ザロムスで高難度の依頼を順調にこなしていた。
今日はミノタウロスの討伐依頼である。
セル・リアン王国の北部に古代の迷宮都市があるらしく、その調査が進められていると言う話。しかしある広間にミノタウロスが3体住みついている場所があり、どうしてもその場所を突破できずにいたのだ。
レックスたちは王国内の街道を街に寄りながらゆっくりと北上していた。
飛んでいけば速いし楽なのだが、情報を得がてら進む方が有意義だとの判断からである。
地下迷宮はデロリアン地方の領都デロ・リアン近郊に存在するらしいのでおよそ5日ほどの道のりだ。先は長いので今日はホガルンと言う街で宿を取ることとなった。
「それにしてもミノタウロスか……やはり強さが気になるところだな」
「なーにを気にしてるッスか! レガリアさ……陛……に掛かれば瞬殺ッスよ」
「ブリジットの言う通りですわ。何を心配することがありましょうか」
一応、言葉遣いには気をつけてはいるようだ。
まだまだ不安だが及第点をつけておこうとレックスは少しばかりの譲歩を見せる。
特にブリジットな。
そして夕食の刻――
お店に入った瞬間、レックスは途轍もない場違い感を覚えたものだ。
現実ではしがない小市民だったので、染み1つない綺麗な壁に飾られている絵画や、隅に置かれている陶磁器の壺のような物、雰囲気、何を取っても高級感しか感じないため居心地が悪い。
客層も身なりが良い者ばかりで、その多くがウエストコート、ブリーチズで身を包んだ貴族や、チュニックに派手な装飾を施した衣装を着ている商人なのだが、中には通常の装備で来店した探求者までいる。
レックスは念のためにスーツを着用しているが、探求者の装備でも入れるのか、それとも彼がただの空気を読まない猛者なのかは分からない。
ドレスコードなどはないのだろうかと考えてしまう。
「うーん。やっぱり味が濃厚に感じるな。ザロムスとも少し違う感じだし地方地方で違いがあるのか。まぁそれもいいんだけど、意外と凝ってるなこの世界は」
高級料理店でプシーのワイン煮込みとラタ麦のパンを食べているのだが、現実世界や『ティルナノグ』のように食事にも多様性があるようだ。
ちなみにプシーは羊のような肉であった。1度、実物を見てみたいものである。
とは言っても『黄昏の王城』の食堂で食べる料理が1番美味しいのは間違いない。
「ええ、ですが我が国の料理と比べると些か劣っているかと思いますわ」
小声で呟いたつもりであったがエルミナの耳には拾われていたらしい。
流石の悪魔族と言ったところか。
「私は結構美味いと思うッス」
「貴女は喰い意地が張っているだけだと思いますけれど……」
「もしもしエルミナちゃん? 何でも美味しく頂けるのは探求者の強みッスよ? それに聖女は食べ物を無駄にはしないッスからね?」
「はいはい。聖女聖女」
2人が仲良さげにしているのを見ると、心が温まると言うものだ。
ブリジットの設定は慈悲深き清貧なる聖女だからな。
そうは見えないんだが。
ちなみに貧しいのは、とある部分もそうなんだけどね。
レックスは2人の会話を聞き流しつつ、周囲の会話に気を向けていた。
本当は生の情報を得るために、探求者や労働者が使う大衆食堂のような場所が良かったのだが、2人に反対されてしまったのだ。
次はどんなに反対されようとも必ず行ってみると心に誓ったレックスである。
「あの――鬼人族――国――しているらし――な」
「―――するのはいつものことだ――兵糧――込めば利益に――だろう」
「天使族の――行ってみた――楽し――だわ!」
「――的だからな。街も――と――だが――族も――のが――必要だ――南に――」
「うちの商会で――ぞ。私の――事項だ――ない」
「――本当なら――稼ぎに――な。――ここは――すべき――いやはや儲かって――止まりませんな。ただ――遠い――」
この店に訪れるのは貴族や大商人、羽振りの良い探求者、中には聖職者らしい者までいる。とんだ生臭坊主だとも思ったが、どんな宗教があってどんな教義なのかすらまだ分かっていない。
現代日本の価値観で判断するのは危険なことである。
レックスのように周囲に耳を傾けると意外な情報が眠っているもので、彼は淡々と食事をしながらも、この場を楽しんでいた。
やがて食事を終えたレックスたちは宿へと向かう。
等級が魔鋼級になったため、それなりの宿でないと示しがつかないと、普段は慎ましいエルミナが強く主張したのでレックスが折れたのだ。
オーク討伐依頼で多くの報奨金がもらえたことも大きい。
後は情報収集の時間だ。
レックスは宿で少しだけ休憩してから再び、夜の街へと繰り出すのであった。
◆ ◆ ◆
その頃、天使族の守護者、ガブリエルが『黄昏の王城』の外に出て大はしゃぎしながら天空を飛翔していた。
澄んだ空気、体に吹き付ける風、風を切る音、あらゆるものが興味深くて新鮮で。本当は結界を張って魔力だけで飛べば、強い風を受けて髪が乱れることもないのだが、彼女は敢えて自らの12枚の翼のみで飛んでいる。
お陰で彼女のショートな髪は乱れてバサバサ状態だ。
ガブリエルとしては、とにかく初めての体験を楽しみたいと言う思いが勝っていたため何の問題もない。
「うわーーーーい!! 気持っちいい!! 空はこんなに青くて綺麗なものだったんだね! なんて言う解放感なのだーーー!!」
ガブリエルの蒼色の瞳が陽光を反射してキラキラと煌めいて輝いている。
まさかこんな日がやってくるなんて夢にも思わなかった。
『黄昏の王城』に閉じこもっていた日々のことを考えると、今まで自分がどれほどの素晴らしい物に出会うチャンスを逃してきたのか。
そう思いながら、ガブリエルは空中遊泳をひたすら楽しんでいる。
「おーい! ガブ! ほどほどにしときー! あんさんが偵察に行きたいって言ったんやでー!」
地上からその様子をジッと眺めていたのは悪魔族のレジーナである。
2人は仲が良く一緒にいることが多い。
天使族と悪魔族なのだが、そこには何の障害も隔意もない。
「ほーーーい!!」
ようやく大地に降り立ったガブリエルは思いきり背伸びをして満面の笑みを浮かべる。余程、楽しかったのだろうがレジーナとしてはそれはそれで良いとして、別の心配が頭の中の大部分を支配していた。
「ガブ。ホンマに気ぃーつけーや? 陛下も言ってたやん。この世界にも強敵がいるかもっちゅーてな」
「分かってるよー! とにかく皆と仲良くしてこればいいんだよね?」
レジーナの心配をよそに楽観的な考えのガブリエル。
これが彼女の長所でもあるのだが、傍から見ていると危なっかしいことこの上ない。
「ちゃうねん……ま、悪くなるのは避けるべきやねんけどな? 仲良くしようとしたら実はそいつは敵対者でした!ってこともあるかも知れへんのやで?」
「きっと話せば分かってくれるんじゃないかなぁ……?」
そんな忠告にもお気楽な姿勢を崩さないガブリエルを見て、レジーナは大きなため息を吐く。
「甘い! 甘いでぇ……! 思春期の両片想いの男女がじれったくも付かず離れずしとるほどに大甘や!」
「なんかすっごい具体的!」
「とにかくな? ルシオラの言っとったのは南の神聖ヴォルスンガ教国の更に南の偵察や。そこは未知の領域なんや。ガブが強いのはよう知っとる。大丈夫やとは思うけど何かあったら悲しむんは陛下やで!」
「えーーー!! それは嫌だなぁ。よし! ガブリエル、気を引き締めて行っきまーーーす!!」
柄にもなく真剣な表情を作ると、敬礼して気合を入れ直したガブリエルが蒼穹に舞う。手を振りながら小さくなっていくのをレジーナは、手を振り返しながら見送った。
「ホンマ、大丈夫かいな……ルシオラ、人選間違ってへんか?」
意外な苦労人、レジーナであった。
ありがとうございました!
次回、レックスは北へ向かいつつも本拠に戻り毎日の報告を聞いていた。
だがレックスと守護者たちの考えは大きくすれ違い……。




