第23話 激震の周辺国
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ウラーヌス帝國敗北す!
この情報は周辺国家へ一気に波及し、大きな衝撃をもたらした。
人間種や一部の亜人種を喰らう虎狼族、あの捕食者にして人間の天敵たる帝國が破れたのである。人類にとってこれほどの朗報はないのだが、何よりそのウラーヌス帝國を敗北へと追い込んだのが〈黄昏の帝國〉だと言うのだからその衝撃度は尚更だ。
――ラミレア王国
かつて〈黄昏の帝國〉に征服された人間族の国家であり、同じく『ティルナノグ』の世界から転移して来た者たちの末裔が暮らす国。
ラミレア王国は今から100年前に現在の場所に国家ごと転移して来た。
転移当時の状況を知る者は最早ほとんどいない。
ましてや転移前の記憶を持つ者などたった2人しか存在していない。
現在のラミレア国王ですらまだ32歳の若造なのである。
ラミレア王城内にある委員会議室の円卓には6人の男女が並んで座っていた。
どの顔も神妙で、場には緊張感が張りつめている。
最初の議題は〈黄昏の帝國〉についてであった。
「此度の件、どのように考えるか?」
長い顎鬚を持つ紫のローブを纏った司教風な男がそう切り出すと、他の4人が口々に話し始める。
「全く分かりませんな。転移して来たかと思えば、急に和平を持ち掛け、それだけでも驚きなのに今回は我々人類の敵である虎狼族を倒した」
「我らが教えられてきた帝國とは違っている。本当に歴史は正しかったのか……」
「方針を転換したのでは? 帝國の王は人間なのだろう?」
「異世界に来て慎重になっているのだろうよ」
皆が口々にそれぞれを思いを口にする中、ラミレア王国の大重鎮――齢113にもなるネメシスが右手を掲げる。
それを見た5人は揃って口を噤んだ。
「転移前『ティルナノグ』において〈黄昏の帝國〉は絶大な勢力を築いておった……当時、私はこの国にはいなかったが、彼奴等の名を聞かぬ日はなかった。彼の国は多種多様な種族が存在し、絶対なる覇王の下で一致団結しておる」
「し、しかしそのようなことが可能なのでしょうか?」
「その通りでございます! 人間が他種族と共生するなど……我々は亜人たちから日々国と民を護っていると言うのに……」
この世界では弱肉強食が当然であり、人間族は弱い部類の生き物に当たる。
領内に魔物がでるのはもちろん、隣国のウラーヌス帝國からは長年に渡り、狩猟目的の侵略を受け続けてきた歴史を持っている。
何とか組織力と数で撃退していたものの、国力の低下は計り知れなかった。
だが、国王が食客として放浪していた2人を招き入れたことで状況は劇的に変化する。彼らの活躍があったお陰で、魔物の被害は激減したしウラーヌス帝國からの侵略を撃退し易くなったのだ。つまりそれほどの強者であると言うこと。
「となると何故、〈黄昏の帝國〉はウラーヌス帝國と戦ったのか? 和平交渉に失敗したのかの」
「恐らくそうなのではないだろうか? あのウラーヌス帝國の虎狼族が人間と和平を結ぶなど有り得ぬよ。我々のことなど餌としか考えていないからな」
他種族と共生できている国家が他民族の国家へ侵攻するはずがないと言うのが、彼らの見解であった。恐らく〈黄昏の帝國〉側は和平を持ち掛けたが、虎狼族は人間風情と侮ったのではないか?
「両国の状況は掴めたのか?」
「流石に、密偵など送り込めるはずがありません。現在は拠点のみを魔法で監視しておりますが、講和を結んだ様子は見られません」
それを聞いて男が驚く。
漏れたのは心底呆れたと言った声。
「敗北しておいてまだ虎狼族には戦意があると言うことか? 無謀なのかなんと言うか……」
「〈黄昏の帝國〉がどれほどの戦力を抱えておるかは知らんが、多くは位階が100にも及ぶだろう。虎狼族が実力差を理解できないとは思えないが、敵対の道を選ぶなら滅亡は避けられん。私は貴国も周辺国と組んで対抗せねば帝國に滅ぼされるであろうと忠告しておこう。恐らく状況を理解すれば帝國は必ずや動き出すと私は思うがね」
ネメシスは自らの見解を述べる。
食客となってもうかなり長い間、世話になっているため彼ともう1人はラミレア王国のために行動しているのだ。放浪期間が長かったこともあって、助けられた身としては恩義に報いたいと思っていた。
現在では助けられているのは、圧倒的にラミレア王国側なのだが、2人は特に気にしていない。それだけ人間族が少数人で生きていくのは大変だと言うことだ。
「それではやはり〈黄昏の帝國〉包囲網を築いていかねばならないですね。いつ心変わりするか分かったものではない……しかし人間族だけで勝負になるのか……猛者を集めねば。英雄となる者を」
現状では〈黄昏の帝國〉が強いことくらいしか分からないのだ。
とにかく慎重に事を運ぶしかない。
委員会議室の5人は顔を見合わせて、それぞれの思いを確認するとコクリと頷いた。
◆ ◆ ◆
――サンドベルグ王国
ラミレア王国と同様に〈黄昏の帝國〉に征服された人間族の国家であり、『ティルナノグ』の世界から転移して来た者たちの末裔が暮らす国。
サンドベルグ王国は今から120年前に現在の場所に国家ごと転移して来た。
最初は何が起こったのか誰にも分からなかった。
魔物が跋扈する中、必死で情報を収集した結果、この場所はかつていた世界とは異なる世界であると結論付けられた。
南西には神聖ヴォルスンガ教国、北西にはレギア同盟、南西にはカージナル帝國とカラデュラ獣魔国。
幸いにもカラデュラ獣魔国以外は人間の国家であったため、サンドベルグ王国はそれほどの危機には陥らなかった。とは言え、周囲は『ティルナノグ』では聞いたこともない国家名であり、人々はかつて〈黄昏の帝國〉に征服された過去を思い出させた。
魔物も怖いが、人間も恐ろしい生き物であることを理解していたサンドベルグ王国は軍備力の増強に力を入れた。幸いにもナノグ金貨がこの世界ではかなりの価値を持つこととなり、国力も高めることができたのだ。
そして転移してから20年後、天の明滅と大地震と共に知っている国家が出現した。それがラミレア王国であり、友好国であった両国はすぐに連携を取って、より深くこの世界について調査していくこととなった。
知れば知るほどおかしな世界で、言葉は通じるが文字が読めなかったり、異世界であるのに『ティルナノグ』の魔法や技能が行使できたりと困惑することばかりであった。
他国と交流する内に、知らない魔法や技能らしき物の存在も明らかになる。
知れば知るほど訳が分からない――まるで複数の世界が入り乱れているような感覚。
混乱の収拾、軍備増強、富国、異世界の理解など時間はいくらあっても足りなかった。
そこへ来て〈黄昏の帝國〉の転移である。
それを知った時の国王の取り乱し振りは凄まじい物であった。
『ティルナノグ』にいた時の王太子が現国王であり、彼は十分に帝國の恐ろしさを知っていた。
和平の使者がやって来た時には何の冗談かと思った物であったが、どうやら本気らしいと知り、王国は和平派と抗戦派に割れた。
とにかく再び征服されることだけは絶対に避けなければならないと言うのは両派に共通した考えではあったのだが。
結局、返事は引き延ばしたまま時間だけが過ぎていったが、現時点では和平派が優勢な状況。
一方のラミレア王国は決して屈さずの構えを見せる。
そこへ今回の衝撃的な報せであった。
サンドベルグ王国は、一応はラミレア王国の北にあるウラーヌス帝國の虎狼族が人間族を捕食する脅威的存在だと聞いてはいたものの、領土が離れていたためにそれほどの実感を持てないでいた。
ただ〈黄昏の帝國〉の兵たちの位階が高いのだろうと言うことだけは理解している。
サンドベルグ国王タナトスは1人、執務室でワイングラスを片手に情勢について考えていた。
自国の騎士団の位階は15~25ほど。
一般兵だと10~12と言ったところだ。
驚いたことに、この『タカマガハラ』と言うらしい世界には位階の概念がない。
その癖、行使できる魔法にはちゃんと位階が存在し、現時点では第6位階までの魔法が確認されていると言う。だが恐らく『ティルナノグ』と同じく第10位階までの魔法の序列があると思われる。となれば更に上の極大魔法、及び究極魔法もあるはずだ。
サンドベルグ王国最強の魔導士が使えるのは第5位階が限界である。
職業は【賢者Ⅹ】を極めしザイオンと言う男で位階は37。
タナトスとしては位階の概念はなくとも、位階そのものはあると考えており、周辺国家の猛者の位階を調べている途中だ。
同様に職業や能力、技能などもしっかり持っているのではないかとも考えている。
幸いにも周辺国家とは険悪な関係ではない。
安定している時に〈黄昏の帝國〉が転移して来たのはまだマシだろう。
敗れ去った虎狼族の位階がどれだけかは知らないが、帝國の兵に比べれば子供同然のはず。
『ティルナノグ』にはプレイヤーと呼ばれる凄まじいまでの強さを誇る存在がおり、その位階は100にも及ぶと思われる。
「決して敵対してはならぬ……最悪、再び従属することになろうとも亡国の道をたどる訳にはいかんのだ」
タナトス国王はラミレア王国とは違い、現実的に考えた結果その結論に至った。
そしてグラスを傾けて残りを一気に飲み干すと呟いた。
「『タカマガハラ』の世界に他のプレイヤーが来ている可能性は高い。彼らの協力があればあるいは……だが希望は持つまいよ」
ありがとうございました!
次回、レックスが北へ。そして守護者たちも自ら偵察へと動き出す。




