第21話 新たなる民
いつもお読み頂きありがとうございます!
レックスたちがオークの集落に到着したのは朝方であった。
近くにあると思われるラージュ村は闇夜の中での行軍であったため寝静まっており目撃されることはなかった。
それにエルミナが周囲を警戒していたので問題はない。
神秘の森の中へと足を踏み入れた一向であったが、意外と大きな森林が広がっていることにレックスは驚かされる。何故、この大森林が『神秘の森』と言われているのかは知らないが、何らかの力が働いているようではある。
集落は森林に入ってから約1時間程度の場所にあり、周囲一帯の木々が切り開かれてかなりの広さを誇っていた。取り囲むように木製の板塀が張り巡らされており、集落と言うより砦と言った方がしっくりくる。
あちこちに火が灯されると集落の全様が明らかになってくる。
【暗視】があるとは言え、やはり明るい方が見えやすいのだ。
改めて集落を観察すると壊れた板塀、火災の跡が見られ、色々な場所に矢が刺さっている。
それにしても驚かされるのは人間と同等以上の建築技術だ。
試しに焼けた家を叩いたり、内部を覗き込んだりしてみたが、かなり頑強な構造になっているようだ。レックスが感心している姿をガルドンが興味深い目で見ている。
「ところでガルドンよ。王国騎士団はどんな攻め方をしてきた?」
「問答無用で襲い掛かってきましたぜ。明け方に奇襲で攻めてきたかと思うと、火矢の雨が降ってきて多くの家が焼けました」
族長の名前はガルドン。
レックスが1国の王だと知ると、言葉遣いが丁寧になった辺り、やはり賢いオークのようだ。別に畏まる必要はないとレックスは思うのだが、周囲に部下たちがいるのでそのままにさせている。
ちなみにこの森のオーク族は世襲制のようで息子が後を継ぐらしい。
オーガなどは強さで後継者を決めているらしいが、この世界のオーガはガルドンのように理知的なのだろうか。
『ティルナノグ』の世界ではプレイヤー以外は単なる魔物扱いだったことを思い出す。それほど人気のある種族ではなかったが……。
「どうやって押し返したんだ? 良く対応できたものだな」
「銅鑼を叩いて全員を叩き起こした後、全員で逆襲したまでですよ。特に戦術なんてありませんぜ」
ガルドンが指した方向を見ると櫓が組んであり、そこに銅鑼が設置されているようだ。
よくよく周囲のオークたちを観察すると、皆が腰に剣をぶら下げている。
オークと言えば優れた冶金技術を持つ印象があるのだが、この集落でもそうなのだろうか。先程確認した家の造りや、木の削り出しなどからも切れ味のよい刃物を使っていると予想される。
ただ調達先は気になった。
何しろ神秘の森と呼ばれているくらいなのだから木々の伐採は最低限で済ませているような気もする。
「力で押し返しただけでも大したものだと思うがな」
「王国の人間が弱かったんでしょうな。それよりマグナ様、家に興味がおありで?」
流石に興味深々で観察したり触れてみたりしていれば分かるのだろう。
ガルドンは特段、自慢げにする様子もなく、レックスに尋ねた。
「ああ、良い造りだと思ってな。職人は良い腕をしているようだ」
「皆で協力して建てたものですからな。伊達にこの森で暮らしておりませんぜ」
レックスが褒めるとようやく嬉しそうな表情を見せて喜んだ。
技術水準が高いのは異世界独自の進化を遂げたからだろうか。
レックスがガルドンから色々と聞き出ししている内に、元一般NPCの神の巫女たる天津風が【転移門】からやって来た。
今は用意してもらった簡易な椅子に座って木製のコップに入った飲み物を飲んでいる。彼女が眺めているのは王国騎士団に殺されて一旦、埋葬された遺体なのだが、よくもまぁ無表情で飲んでいられるものだと言うのがレックスの感想だ。
まだ【魂魄再臨】で必ず生き返ると決まった訳ではないので、全員掘り返す前に試してみるべきだろう。レックスが一旦作業をストップしてもらい、天津風に魔法を行使するように指示した。
とうとう死者を蘇生する瞬間が見られると言うことで、天津風を中心にオークたちが輪になって見物にやってくる。聞いたところ集落の人口は三五○ほどなので、ほとんどの者は見えないだろうに。
天津風は1体の小さなオークが目を閉じて横たえられている手前に移動すると、目を閉じて両手を遺体へとかざし魔法を行使する。
【魂魄再臨】
彼女が神代の言語を発した瞬間に天空から一筋の光が射す。
遺体へと向けて真っ直ぐに。
「おお……」
誰の口からともなく声が漏れる。
スポットライトが当てられたかのように遺体は神々しいまでの光に包み込まれていく。群衆の中からも感嘆するかのような、祈るような声が出始めて徐々に騒めきが強くなっていった。
そして遺体が眩く発光し、僅かな余韻を残して消える。
後には光の粒子が舞い散るのみ。
「(エフェクトまで同じだな……でも何で異世界なのに『ティルナノグ』の魔法が使えるんだ?って今更なんだけど)」
レックスが場違いなことを考えていたところに、大きなどよめきが起こった。
そして奇跡を目撃した者から大地に跪き、拝み始める。
大地に横たわっていたはずの遺体は最早、遺体ではなくなったのだ。
半身を起こして何も理解できないと言った様子で周囲を見回している。
生き返ったオークの親なのか、我が子に駆け寄って抱き締め合って涙を流している。
オークも生ける者なのだ。
喜びで笑い、泣き、攻撃されれば怒りもする。
「まさか……本当に蘇るとは……」
レックス自身が驚いているのだが、隣のガルドンは驚きを通り越して茫然としている。口から言葉が漏れていることすら気付いていない。
「どうだ? お前たちも故郷であるこの森を捨てて見知らぬ土地に移るのは辛いだろう……だが集落が見つかってしまった以上、更に言えば下手に王国の正規兵に勝ってしまった以上、この場所には居られないと思うのだ」
セル・リアン王国と1戦交えてこの辺りを奪い取ることも可能かも知れないが、周辺国家の戦力が判明していない状況で戦端を開く訳にもいかない。
第1に考えるのは〈黄昏の帝國〉の安全だ。
自国の国益を最優先するのは、ごくごく当たり前の話であり、自国民を護るの普通の考えである。
この先、友好国ができて通商などを行い、〈黄昏の帝國〉内に他国民が入ってくる未来もあるだろうが、国家の誇りに賭けて友好国の国民を保護しなければならないのも確かな話。
だが明らかな敵対国家が入り込むのは許されないし、ましてや国の中枢にまで介入してくるのは避けるべきことだ。
〈黄昏の帝國〉に至ってはその点心配ないとは思うが、国是に『全族協和・八紘一宇』を掲げる以上、よくよく考えておかねばならないことだ。
今後の未来が読めない現在だからこそ、注意深く慎重にならなければならない。
そうレックスは考えている。
「はい……約束は果たしますぜ。納得しない者もいるでしょうが、私が必ず説得しましょう。ですから死んだ者たちをお願いします。偉大なる王よ!」
「任せておけ! 移動は一瞬で出来るので心配ないが時間は少ないぞ。頼んだぞ」
別にレックスが魔法を行使した訳ではないのだが、覇王として威厳ある態度で言い放った。これだけは未だに慣れない小市民なレックスである。
「レックス様、そのように頼むなどと言わない方がよろしいのでは?」
「だーかーらーレガリアな? いい加減にしような? 俺のことを知ってる奴がこの世界にいるんだからな? バレたらどうする!」
確かに覇王なら軽々しく「頼む」などとは言わないかとも思うが、今は探求者のレガリアなのだ。
探求者ではない時には気を付ける必要があるかも知れないが、今は問題ないはずであるとレックスは考えていた。
「申し訳ございません! レガリア様! ここは責任を取って――」
「やめろぉぉぉ!! 腹を斬ろうとするな! 後、様を付けるな!」
毎回毎回、同じようなやり取りをしているような気がするレックスである。
しかしこれでオークの殲滅は達成できたと言うことだ。
実際はしていないが、無駄な血を流すのはレックスの本意ではない。
探究者ランクも上がるため、名声も高まるだろう。
様々な依頼を受けられるようになるし、これで実は〈黄昏の帝國〉のレックスでしたーと知れ渡れば各国に好印象を与えられること間違いなしだ。
レックスの顔はニヤケ過ぎて緩みきっていた。
「さーて、全員を送ってから探求者ギルドへ戻って報告だー!」
小声で喜びを爆発させながら次の依頼を夢想するレックスであった。
次回、これにはレックスさんもニッコリ。
お読み頂きありがとうございました!




