第20話 オーク族との邂逅
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レックスを先頭にブリジットとエルミナが【飛行】で空を飛翔する。
空は薄暗いが、レックスとブリジットは【暗視】を持っているしエルミナは悪魔族であるため特段問題がある訳もない。
神秘の森の南を東西に結ぶ街道上を往くオークの群れを発見するのは容易かった。
情報の通り、大勢のオークが西に向かっている光景はとても目立つ。
空から大地を見下ろしているのだから尚更である。
進軍速度はあまり速くはないようで、怒りによる怒涛の進撃で人間の街に向かっていると考えていたレックスは少し拍子抜けしてしまった。
「あれか……降りるぞ」
レックスの言葉に2人は威勢よく返事をすると、オークたちの先頭付近に舞い降りた。途上で見た街までまだ距離があるため見られる心配はないだろうが、探求者が依頼で様子を見ている可能性がある。
それにもしかすると、魔法でこの光景を観測している者の存在も考えられる。
「エルミナ、付近に見張る者がいないか探れ。念のためだ」
「はッ」
命令を受けたエルミナはすぐに眷族の蝙蝠を召喚して周囲に放ち、かつ大規模な広域検知技能を発動した。
「【反撃遠隔監視】、【監視遮断】、【攻性防壁】with【大爆轟】」
レックスも監視阻止のために次々と魔法を行使する。
ゲーム時代には他ギルドの拠点や、プレイヤー戦闘を覗き見ることのできる魔法が存在したため、念には念を入れてである。
監視自体を遮断し、もしされていた場合は反撃を行う。
【攻性防壁】は攻撃魔法と組み合わせることでアクセスされた瞬間に、アクセス元を解析後にそこへ攻撃魔法を叩き込む魔法だ。
準備が整う頃、オークたちがレックスの前へ姿を現した。
待ち構えている者の存在など気にしていなかった上、それがたったの3人だったことでオークが警戒して進軍を止める。レックスは先頭にいた巨躯と薄茶色の肌を持つ者を見て、少しだけ警戒感を抱いた。
ゲームでのオークとは似ても似つかないし、ライトノベルやアニメなどで描かれている姿とは大きく異なっていたからだ。身に纏っている物も何処ぞの未開人が着ているようなボロ布とは違い、戦闘のための革鎧を装備している者が多い印象を受ける。
だが、明らかに強い装備をしている者は見当たらない。
レックスはこの中にはプレイヤーは居なさそうだと安堵した。
「やぁ、オーク諸君。私の名はレックスだ。君たちの長と話がしたいのだが、よろしいか?」
急に現れた上に、急に話し掛けられてオークたちが困惑の表情を見せ、騒めきが大きくなっていく。
「意味が伝わらなかったか? 話がしたい。君たちのトップとな」
するとようやく1体の大柄なオークがレックスの前に進み出た。
その表情からはやはり困惑の色が見てとれる。
「俺だ……俺がこの豚人族を率いている。お前の目的は何だ……?」
「まずは確認をしたいと思ってな? 君たちは神秘の森に住むオークで間違いないかな?」
「ああ、そうだ。我が部族は大森林で静かに暮らしていた……」
「そこへセル・リアン王国の王国騎士団が攻めて来たと?」
「何処の軍かまでは知らないが、突然攻め寄せて来たのは確かだ……我々の集落は焼き払われ犠牲者が大勢出てしまった。だから追い払った。それだけだ」
「なるほど……穏やかな生活が破られたが故の反撃か……」
レックスにも彼の気持ちは痛いほど理解できた。
もしも〈黄昏の帝國〉に攻め込まれ、『黄昏の王城』に侵入された場合のことを考えると決して許せないと思うだろう。
「レックス様、検知に引っ掛かる者が見つかりました。鎧を纏った騎士らしき者と探求者らしき者がおります」
近くに寄って囁くように報告するエルミナにレックスは頷いて応える。
この辺りはランベリー領で領都ベリーズの近くらしいので、恐らくはその手の者だろう。監視がいると言うことであれば、オークを殲滅しても目撃情報が伝わりレックスの実力が知れ渡って大きな名誉を得られるのは間違いないと考える。
だが――
「君たちは人間を襲うのか? 近くに人間の村があっただろ? 静かに暮らしていたと言うことは何かしたことはないのか?」
「村があるのは知っているが、我が部族は人間を襲ったことなどない。中にははぐれのオークたちもいるにはいるが、我々とは関係ない」
「ふむ。君たちは突然攻められたと。その恨みを晴らすために人間の街へ行って殺戮するつもりなのか?」
「人間に団結されると勝ち目などないことは理解している。だがこれは誇りの問題なのだ……我々が長く住んでいたところに押しかけて殺す。そんな横暴があって良いはずがない! 我々は例え死すとも人間に痛撃を与えねばならないのだ。それが無念にも死んでいった者たちへの手向けなのだから」
ラージュ村の村民が神秘の森でオークの集落を見つけて不安を抱き、討伐して欲しいと陳情したと言ったところか。
この世界の人間はオークを魔物として認識している。
魔物は基本的に人間に仇為す存在であり、人間であれば誰しもが討伐しようと考えるだろう。
人間がオークを始め、自らに害を為す可能性のある存在を魔物と呼び討伐しようと言う考え自体は理解できるし、生存戦略として正しい。
目の前にいるオークの言動――魔物とは思えないほどに理知的で、気を配っているのが良く分かる。相互理解が進んでいないだけで、彼らは別に滅ぼすべき存在ではないのではないか?
レックスの胸にはそのような想いが去来していた。
「君たちの言い分はよく分かった。だが報復するのは止めてもらえないか?」
「レックス様!?」
「レガリア様、殲滅するのが約束なのでは?」
あまりに甘い言葉にブリジットとエルミナが驚き、意外そうな表情になる。
しかしブリジットは何度言っても名前を間違うな……後でお仕置きだと思いつつ、レックスが話を続けようとするが、オークが先に口を開いた。
「報復を止めるなど有り得ない。家族を失った者もいるのだ。俺は村の長として彼らに報いなければならない……」
死を覚悟した者にしか出せない気迫のこもった言葉であり、レックスは彼が言っていることに対して大いに賛同し、敬意を抱いた。
「では……そうだな。その死んだ者たちが生き返るとしたらどうだ?」
「……!!」
オークの表情が劇的に変わる。
周囲で2人の会話に耳をそばだてていた者たちも同様だ。
この世界では死者を蘇らせることはできない仕様、もしくはその位階の魔法の存在が知られていないか、行使できる者がいないかと言ったところか。
「そんなことが可能なのか……? 神でも不可能に思えるのだが……信じられん」
「生き返る可能性がある。それを信じてみないか? 君たちが引き返すと言うのなら王国の騎士に殺された者たちの命を救ってみせよう」
「……それは願ってもない話だ。だが……また同じことが起こるだろう……次は人間も大軍を送り込んでくるに違いない」
「そうだろうな。そこで提案なのだが、全て上手くいった暁には我が国に移住する気はないか?」
レックスはオークと言う種族の先入観に囚われ過ぎていたと気付かされた。
小鬼族や豚人族に偏見があったと言うことだ。
既に殲滅すると言う考えは霧散している。
「国……? お前、いや貴方は何処かの国の王だとでも言うのか?」
「その通りだ。最近、空が明滅して地揺れが起こっただろう? その時に我が国はセル・リアン王国の隣に転移してきたのだ。我が国は『全族協和・八紘一宇』を理念に掲げている。どんな種族であろうと私は差別する気はないと言っておこう。オーク族の繁栄を約束しよう」
「レックス様、ホントに生き返らせるんッスか?」
考え込む姿勢を見せ始めたオークの族長が黙り込む。
ブリジットが心配しているが、彼女もやはり第10位階の神聖魔法【魂魄再臨】がこの世界で行使できるのかを懸念しているのだろう。
「ああ、この世界の神とやらの存在も気になるし、何より復活ができるかの実験にもなる。やっておいて損はない」
小声でブリジットに返答するが、これはプレイヤーであるレックスにも効く可能性があるかの試行でもある。
元NPCたちはナノグ金貨によって本拠地で蘇生が可能なので問題はないが、今後、現地人と関わっていく上で検証しておくことは必要事項だ。
「分かった……そのような奇跡を起こせるとしたら貴国は神の国なのだろう……だが無理だった場合は人間と戦って誇り高く死ぬのみだ。貴国へ誘って頂いたのは有り難い話なのだが申し訳ないと言わせてもらおう。それに長年暮らしてきた土地を離れるのを拒否する者もいるかも知れぬからな」
「決まりだ。すぐに撤退するぞ。探求者が集まる前に急いで帰還する」
レックスはエルミナに監視者の排除を命令し、自らは【伝言】で【魂魄再臨】が使える元NPCの天津風を呼び出す。
排除と言っても殺さないように言い聞かせるレックス。
細かいところまで言っておかないと人間族を舐める元NPCがいるようなので、そこは意識改革が必要だ。
取り敢えず、急いで神秘の森とやらに向かうべきだと判断して、オークの族長を先導役にレックスたちは彼らの集落への道を急いだ。
これでまた未解明なことが解決される。
デスペナルティの確認、神の存在証明。
そして人口が増え、『勢力値』が増えれば……。
単純な温情と打算が入り混じっているが特に問題はないだろう。
レックスは全てが上手くいくように1人、天に祈った。
次回、レックスはオークたちに奇跡を見せ付ける。
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明日は12時の1回更新です。




