第17話 蹂躙される帝國
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ウラーヌス帝國の王城から新帝王であるヴァイアルを先頭に屈強な虎狼族の戦士たち二○○○○が出陣した。
側近たちからは制止されたが、ここは偉大なる帝王の新たなる門出の日となるのだ。ヴァイアルは欲目を出したのである。
「(あの武力をひけらかしておった兄共は死んだ! あれだけ誇っておきながら、ああもあっさりとな……そして後継者の兄は失脚した! 敵はそれほどにまで強いかのと思えば、たったの14人とは……ようやく私にも運が巡ってきたのだ。これからは私の時代なのだ! 人間族の国家を蹂躙し我が虎狼族の帝國を築き上げる刻がきた! そして私は賢王となるのだ! ふはははははははは!!)」
〈黄昏の帝國〉軍の本陣は王城から目と鼻の先にある。
一気に雪崩れ込んでしまえば、勝敗は決するのだ。
先行する一八○○○の兵はもの凄い速度で進撃――最早、突撃している状況だ。
虎狼族は騎馬などに頼らず自身の足で疾走するだけで、かなりの速度を誇る。
それもその強靭な肉体故だ。
ヴァイアル率いる二○○○の兵はゆっくりと進軍しつつ、先軍が敵を殺戮する様を眺めていれば良い。
そしてその刻は訪れた。
帝王ヴァイアルの表情がかつてないほどの愉悦に染まったものに変わる。
彼は勝利を確信し、力強く拳を握りしめた。
先軍が敵陣に突入したのを見て。
瞬間――前線で緑色の光が煌めいた。
◆ ◆ ◆
取り敢えずは〈黄昏の帝國〉の面々は約定を違えないように一切の動きを止めていた。
「やれやれ……どうやら自分を賢いと思っているだけの愚者だったようですね」
ウラーヌス帝國軍が一向に減速せず、むしろ速度を上げて突撃してくる様子を見ていた鬼武蔵は、心底呆れ果てた表情をして強い侮蔑の言葉を送った。
「だはははは! とんだ愚か野郎共だぜ! 前の人間よりかは強ぇんだろ? 腕がなるぜ!」
鬼人族のヴィクトルも興奮が高まってテンションが爆上がりしていた。
戦いに生きる意味を見い出す彼にとって強さのみが全てであり、今こうして戦えることに強い感動と狂喜を覚える。
「ガブリエルは空へ。オメガ零式は魔導砲の準備にかかりなさい。エリザベートとロクサーヌは戦う必要はないわ。下がっていなさい」
「おっけーい!!」
「分かっタ」
ルシオラの指示に従って行動を開始する守護者たち。
彼らは全員が全員、好戦的な訳ではない。
ないのだが、これまでほとんど出たことのない外。
それに加えて、転移後の防衛戦以外は敵と1度も戦ったことがないことから、極度の興奮状態にあった。
ずっと本拠地の『黄昏の王城』に閉じこもりっきりで敵が侵攻してきたことなどなかったのだから当然だ。
皆、偉大なる創造主によって生み出された位階100である自身の強さには自信を持ちながらも、それがどの程度通用するのか測りかねていた。
この世界で戦ったレギア同盟とゼキテ王国の人間たちは弱くて話にならなかったこともあって、今回の虎狼族には大いに期待していた。
そして待ちに待ったその瞬間がようやく、ようやく訪れた。
雪崩れ込んでくる虎狼族の大軍。
その突撃を先頭でオメガ零式が受け止める。
次々と大剣を抜き放って襲い掛かってくるが、その悉くが機械族である彼の装甲に弾かれてしまっている。
「ソウカ! ソウカ! これガ攻撃なノカ! コレが攻撃を受けると言うコトなのカ!」
防衛戦では攻撃を受けていなかったオメガ零式は、狂喜のあまり発熱して高温になり心身共に上気していた。
興奮で我を忘れかけたが、次はこちらの攻撃ターンである。
体を変形させて砲塔を5つ作り出すと、全砲塔から緑色の魔導砲を斉射する。
光線のような速度で迫る魔導砲など躱すことができる虎狼族は1人もおらず、オメガ零式の前面にいた者は体を千切れ飛び、物言わぬ肉塊に成り果てる。
【失楽園】
空からはガブリエルが放った魔法により、数えきれないほどの光の奔流がビームのように地上に五月雨に降り注ぐ。
圧倒的な光量は目が眩むほど。
光の奔流が虎狼族たちに叩きつけられ、その脆い体がバラバラに砕け散る。
無限に続くかに思われた光の豪雨が止むと、そこには抉られた大地のみがあった。
虎狼族は跡形もなく消滅したのだ。
しかしまだまだ数は多い。
ガブリエルは攻撃範囲に入っていなかった場所まで飛ぶと、次の魔法を放った。
【極弾光子】
掲げた右手の人差し指に光点ができると、それは徐々に大きさを増していった。
それはまさにこの世を照らす太陽の如き光球。
ガブリエルは五芒星を宿したそれを密集している虎狼族に向けて落とした。
彼女の眼下で直径3kmにも及ぼうかと言う大爆発が起こった。
それは衝撃波となり周囲に破壊と暴風を撒き散らす。
「こらー!! ガブ、何してくれてんねん!? うちらを巻き込むなーーー!!」
「このアホっ!! 何してんだ!! ガブリエルぅーーー!! 後でしばくぞこらぁ!!」
地上では守護者たちが全員巻き込まれていたが、皆吹き飛ばされることもなく耐えている。
「はっは~ん!! ごめんごめん。ついつい荒ぶちゃったよ~えへへ……」
当然の如くダメージは入っているが。
特に悪魔族のレジーナとメフィストも巻き込まれてかなりのダメージを受けていた。もちろん、魔神であるルシオラも同様だが、彼女は格が違うためそれほどのことでもない。
ガブリエルとはほとんど同格の存在であるが、その性質は真逆である。
しかしルシオラは余裕の表情で大地に佇んでいる。
近接戦闘を楽しんでいた鬼武蔵、ヴィクトル、ジークフリートたちは悪態を付きながら遠くに残っている得物目がけて走り出した。
位階100は伊達ではなく疾走する速度も桁が違うため、あっという間に残ったウラーヌス帝國軍へ躍りかかる。
せっかくの実戦経験の場なので、鬼武蔵は1人でも多くの強者と分析しながら戦いたいと考えている。
ヴィクトルは単純に強者と戦いたいだけ。
ジークフリートは義務的に敵を殲滅するのみ。
闇精霊族のインサニアはガブリエルの一撃で、一気に熱が冷めてしまい戦うのを止めてしまった。
ルシオラはオメガ零式を連れてゆっくりと前進していく。
「せっかくのドレスが埃っぽくなってしまったわ……それに歩くのも面倒ね。陛下の目を汚さずに済んで良かったわ……」
目的地はウラーヌス帝國の王城だ。
城は逃げないので、焦って進む必要もない。
それに今頃、王城にはルリとルラ、そしてドラスティーナまでもが侵入している。
宝物庫の確保、王城の制圧と留守居役の虎狼族たちの捕縛が目的である。
むろん逆らう者には容赦などしない。
彼ら全員の偉大なる君主が掛けた慈悲を無にしたのだから当然の対応だ。
「しゃああああああ!! んだよ! 虎狼族つっても人間とほとんど変わらねぇじゃねぇか!!」
ヴィクトルが気合と共に野太刀で敵を斬り刻む。
その膂力も相まって、その豪剣を受け切れる者などなく、剣を圧し折られて細切れにされるのみ。
鬼武蔵たちは帝王ヴァイアルの本隊、二○○○に追いついて強襲を掛けたのだ。
「この世界には強者なんかいなんじゃねーのか?」
そう言いながら大剣を振り回すジークフリート。
無機質な声色と仮面のせいで感情が読めない。
「まだまだ試行が足りないですからね。そう決めつけるのは良くないでしょう」
あくまでも慎重な姿勢を崩さない鬼武蔵は相変わらず、相手の力を推し測りながら戦っている。態々、愛刀『人間無骨』で攻撃を受けてみたり、攻撃を仕掛けて相手の反応を見たりしているのだが、虎狼族側からすれば弄ばれているとも言う。
「皆さん、総大将のヴァイアルは殺してはいけませんよ? 特にヴィクトル?」
「殺さねぇよ!! なんだよ人を殺人鬼みてぇに言いやがって!!」
「実際そんな感じじゃねーか」
鬼武蔵の忠告に反論するヴィクトルだが、ボソッと呟くジークフリートの突っ込みに開いた口が塞がらない。
俺はそんな感じに見えてるのか?と愕然として、落ち込むヴィクトル。
思わず大地に四つん這いになってショックを受けている。
野太刀『無頼専心』すら放り出して。
えぐえぐと涙しているヴィクトルに仕方なく鬼武蔵がため息を吐きつつフォローの言葉を掛ける。
「君が暴れないと殲滅が遅くなりますよ? 天下御免の傾奇者になりたいんでしょう? ここで傾いて見せて下さい」
「フォローがめんどくせーんだ。早く立ち直れよ」
ジークフリートからは相変わらずぶっきらぼうだが容赦のない言葉が飛んでくる。
それを聞いたヴィクトルは野太刀を再び握り締めると、雄叫びを上げながら敵大将のヴァイアルに向かって駆け出した。
「クッソぉぉぉぉ!! 覚えてやがれジークの馬鹿野郎がぁ!! 無頼漢、ヴィクトルいざ参る! テメーらは俺が捕らえるから見てやがれぇぇぇ!!」
捨てゼリフを残して。
またの名を負け惜しみとも言う。
「んだよ。お前は鬼人族だし鬼ってのは合ってんだろーが」
走り去っていく背中を見ながら呆れ声でそう呟くが殺戮の手は決して止めない。
神の眷属たるジークフリートと言えど、〈黄昏の帝國〉の一員。
敵に回った者に容赦などない。
◆ ◆ ◆
どうしてこうなった。
こちらは二○○○○、相手は14人。
どう考えても勝利は確実であり、負ける要素など微塵も感じなかったし、勝利を疑うこともなかった。
唯一の懸念事項であった敵の軍団も出て来なかったため、それも霧散した。
だが――あまりの誤算にヴァイアルは頭を抱えたかと思うと、唐突に取り乱しながら叫び散らす。
「なんだ! 何なのだこのザマは! それでも虎狼族の猛者なのかぁ!! 敵を見よ! 14人だぞ14人!! たったの! たったの14人だッ!!」
そんな新帝王に向けられる視線は冷たいものだ。
戦士たちはむしろ何故、あのような国に無謀な戦いを仕掛けたのか問いたいと感じていた。大義や誇り、生存を賭けた戦いならば勇んで死にもしようが、ここで死んでも無駄死にだと言うのが共通の思いであった。
「早く王城へ向かうぞ! 撤退して籠城だ!」
最早、誰も籠城など意味を為さないことくらいは理解していた。
あの大規模な魔法や、全てを薙ぎ払い味方を消滅させた緑の聖なる光であれば王城など呆気なく崩れ落ちて瓦礫の山と化すだけだと。
ヴァイアルを先頭にひたすら走る。
そんな中、後方からは悲鳴が上がり、その声が徐々に近づいてくる。
恐怖と死の香りが近づいてきて、背後にまで迫ってもとにかく駆け続けた。
結果、土壇場瀬戸際崖っぷちの状況で、ヴァイアルは数名の側近と共にどうにか王城へ転がり込んだのであった。
荒い息を整えていると思考がようやくクリアになってくる。
そこでようやくヴァイアルは城内の様子がおかしいことに気が付いた。
衛兵もいなければ、留守居役に残した者たちもいない。
本来であれば、出迎えの1つもあってもよさそうなものなのだが。
「なんだ。ようやく来たか。待ちくたびれて危うく帰るところだったぞ?」
不意に掛けられた声にヴァイアルの肩がビクンと跳ね上がる。
同時に心臓の鼓動も早鐘を打ち始めた。
そこにいた……いやあった――大いなる漆黒なる者が。
その圧倒的な存在感に当てられて膝から崩れ落ちたヴァイアルは跪く格好になってしまう。それはまるで一瞬にして捕食する者とされる者の関係ができてしまったよう。茫然としてただただ彼女――ドラスティーナの顔を見ることしかできないヴァイアルを見下して言い放つ。
「確か貴様が帝王じゃったな? 貴様の行動のせいで同胞が死んだぞ。この王城にも生き残りは少ない。とんだ愚王もいたものだ」
「ぐ、愚王だと……言うにこと欠いて愚王とは何たる無礼だ!」
何とか気力を振り絞って言葉にするヴァイアルであったが、その声は震えている。
「無礼? 無礼と言ったか貴様。偉大なる覇王陛下のお慈悲を踏みにじったのだ。これはその代償だと知れ」
「貴様らは何者だ……? 見たところ様々な種族の国家のようだが……。一体何が目的なのだ……?」
「我はヴァンパイアの王、真祖ドラスティーナ・レージーナ・ヘスカレーゼ。〈黄昏の帝國〉の守護者執政官が1人よ」
そう威風堂々と言い放ったドラスティーナから強烈な覇気が飛ぶ。
「ドラドラーーー!!」
「ド、ドラスティーナさーん! 牢獄にいた人たちも連れてきましたぁ~」
圧倒的な威圧感によって動けないヴァイアルの元へ子供たちが駆け寄ってくる。
そこには牢獄から連れ出された彼の兄であるヴァルガスの姿もあった。
弟に向ける視線には憐れみのようなものが混じっている。
「ふッ……無様なものだな、ヴァイアルよ。しかしまさか貴様が戦う選択をするとはな。正直、戦う振りをして講和するものとばかり思っていたが……」
言い返そうとするヴァイアルだが、王城の重厚な正面扉が軋みながら開いていく。
そして次々と王城へ入ってくる面々。
その中に虎狼族の姿はない。
漆黒の艶々しい長髪をなびかせて先頭を歩いてきたのは、得物を見つけたかのような輝く金色の瞳でヴァイアルを見つめる女性――ルシオラ。
その漆黒の魔神は静かに告げた。
「それでは始めましょうか。講和会議を」
次回、あっさりと敗北した虎狼族。待っているのは講和と言う名の……
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日は投稿できるか分かりませんが、できるなら12時の1回更新になりそうです。




