第15話 虎狼族の王
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忠臣の進言によってどうにか帝城への帰還を果たしたヴァルガスであったが、正直何が起きたのかすら理解できていなかった。
こちらの兵力は二五○○○もの大軍。
そして遠くから確認できたのは十数名の者たちのみ。
結果は鎧袖一触――のはずであった。
しかしどうだ。
突如として大軍団が出現したかと思うと、両軍は正面から激突した。
数的優位にもかかわらず力で押され続け、戦線が崩壊したかと思うと突如として壊滅に至ったのである。
ウラーヌス帝國は世襲制ではあるが、基本的に後継者は力のある者がなるのが暗黙の了解となっている。この国は力のある者を尊重し、弱い者や弱気な者は迫害を受ける、まさに実力至上主義であったのだ。
ヴァルガスは位階48にもなる圧倒的強者であり、これまで誰にも敗北したことなどない。
「何だと言うのだ。あの国はッ!? 〈黄昏の帝國〉だと? いきなり和平を持ち掛ける弱輩だと思ったのがこの有様だ……」
「ヴァルガス様、やはり良く調べてから攻め込んだ方が良かったですな」
まるで他人事のように言い放った側近に不快な顔を見せるとヴァルガスが吠える。
「今更言っても始まらん! それにここで仇討ちをしなければ俺の立場が危うくなったんだぞッ!!」
エリザベートが殺したウラーヌス帝國帝王の後継者候補は彼の他にも存在する。
そのライバルを牽制するためにも、正統な後継者を名乗る意味でも弔い合戦をするのは当然の流れであったのだ。
「くっくっく……兄上、ご無事のご帰還何よりです。見たところ傷1つないようで……自ら戦う必要もなかったと言うことでしょうか……? ああ、兄上ほどの猛者ならば傷など付けられるはずもございませんね」
態とらしく嫌味を言ってきたのは帝王の五男ヴァイアルであった。
笑ってはいるが、自らの兄の無事を喜んでいるはずがなく、大失態を喜んでいるのである。
彼は報告を聞き、全て理解した上に言っていると言うことだ。
「ヴァイアルか。貴様が何を考えているかくらいは分かっているぞ。だが敵は強い。弟たちも皆死んだ」
「やむを得ぬことです。父上も彼の国の王を使者の前で侮辱したそうではありませんか。やれやれ、父上も兄上もとんだことをしてくれたものです」
ヴァイアルは心底呆れかえった様子で両手を広げてみせた。
大仰な態度で明らかに人を小馬鹿にしているのが丸分かりである。
「俺は和睦するつもりだ。勝てない戦はせん」
「ほう……兄上は徹底抗戦するおつもりだと思いましたが」
然も意外な言葉だと言わんばかりにヴァルガスを挑発するヴァイアル。
言葉からは露骨なまでに煽りの色が滲み出ている。
「そこまで猪武者ではないわ」
「ふっ……だそうだ! 皆の者! この軟弱な男が誇り高き虎狼族の王で良いのか! 帝王陛下を弑した者共を許して良いはずがないだろう! 起ちあがれ! こやつを牢へぶち込んでやれッ!!」
それまで淡々と、そして挑発的に話し続けていたヴァイアルの態度が豹変した。
かつてないほどの大音声でヴァルガスを糾弾すると、近衛兵たちわらわらと出てきて一斉に包囲する。
「なッ……貴様ら……叛逆する気か!」
「叛逆などと……お前が王になったと言う事実はない。戴冠式すらしていないではないか。次代の王はこの私だ」
位階が30程度であったヴァイアルは武力を持たなかったため、知力で勝負しようと普段から考えに考え抜いてきた。目を付けられないようにずっと雌伏していたが、天変地異が起きて未知の国家が転移してきたことを知ると言葉巧みに重臣たちや一部の兵を抱き込んでいたのだ。
万が一、強者が出現すれば武力を誇る者たちは競って自ら死にに行ってくれるだろうとの算段であった。
近衛兵の位階は高く屈強な戦士で構成されていたため、流石のヴァルガスも観念したのか大人しく捕まることとなり、地下牢へと投獄されてしまう。
「ふははははは! 帝位が転がり込んできよったわ。私は私のやり方で帝國を導いて行く!!」
王城には自らの想定通りにいったことを喜ぶヴァイアルの哄笑がいつまでも響き渡っていた。
◆ ◆ ◆
「マグナ陛下、本当に降伏勧告を行うのですか?」
撤退するウラーヌス帝國軍を追撃せずに、レックスは殲滅した虎狼族の装備品をあらかた回収した後、遺体を盛大に火葬させた。
敵対したとは言え、流石に哀れに思う気持ちは残っていた。
時々レックスは自分が怖くなるのだ。
覇王ムーブしている内に本当に覇王になってしまうのではないか?と。
覇王と言っても人間なのだから変わるはずがないとも考えるのだが、レックスの中の覇王のイメージが傲岸不遜、冷酷非情、唯我独尊のような感じなので現実化してしまうのではないかと不安に駆られることがある。
「ああ、別に虎狼族などどうでも良いからな。憎い訳でもなし……」
「しかし! しかし陛下が侮辱されるなど決して許される行為ではありません!!」
気怠げに、そして憂鬱そうに話すレックスに対して喰い気味で突っ込むルシオラ。
「ルシオラ、少しは落ち着いたらどうですか? 相手に多少考える脳があるのなら、これ以上の戦闘は不可能との判断に至ると思うのですがね」
「我もそう思うぞ? 確かに陛下に対する無礼は到底許せるものではないが……今は周辺国家とは和平を結ぶおつもりなのだろう?」
鬼武蔵に続いてドラスティーナが冷静な態度で、レックスに迫るルシオラを押し留める。それでもルシオラは怒りが治まらないようでぷんぷんとほっぺたを膨らませていた。彼女の様子を見た鬼武蔵は小さなため息を漏らすとレックスの方へ体を向けて尋ねた。
「陛下、1つお伺いしたいのですが、基本は和平路線でいくとして相手が悪い場合は如何なさいますか? 例えば戦争を仕掛けてきたなどと言う際は」
「まぁ此度は勧告を行うが、基本的には相手が悪いのならば是非もない。こちらを侮辱して戦争まで仕掛けてくるような相手などな。ましてや『黄昏の王城』を落とそうと言う者がいれば断じて許さん」
レックスにとって残された想い出だけは穢す訳にはいかなかった。
逆に言えばそれ以外はどうでも良く、煩わしさから解放されてこの新しい世界――『ティルナノグⅡ』の冒険を満喫したいとさえ思っていた。
「なるほど。当然、逆らった者たちは全て滅ぼすと言うことなのですね?」
「そうだな。あちらが悪いのならばやむを得んな」
レックスとしてはどんな侮辱をされたのか内容は知らないし聞こうとも思わない。
周辺国家との交渉は難航しそうだとは思うが、2度とこのようなことが起こらないように使者の選別を慎重に行い比較的冷静な人選を行えば良い話だ。
そう簡単に考えて平然と答えた。
「おお!! なるほど。そう言うことでしたか。では事後処理は私たちで行っておきましょう。陛下は本拠へ戻りお休みください。お任せ頂いても?」
「分かった。後は頼むぞ。鬼武蔵。ルシオラとドラスティーナと連携して事を治めろ。だが……やり過ぎんことだ」
鬼武蔵が感嘆の声を上げ、合点がいったと言う表情に変わる。
レックスに向けるその視線にはいつも以上の敬意が込められていた。
設定を確認した限りは、ルシオラとドラスティーナ、鬼武蔵はかなり頭がキレるはず。任せるのにこれほど最適な人材はいないだろうとレックスは考えているので問題はないだろう。
「(と言うか普通に守護者に任せておけば良かったかなぁ……意外と皆常識が通用するみたいだし)」
レックスはもっと守護者たちと交流すべきだなと考えながら【転移門】を開くと『黄昏の王城』へと帰還した。
それを礼をしながら見届けた鬼武蔵が愉快そうに微笑みながら早速口を開く。
「それではしばらく待つとしましょうか。直に向こうから使者がやってくるでしょうからね」
てっきりこちら側からもう1度和平の使者を出すものだと考えていたレジーナは疑問を覚えて鬼武蔵に問い質す。
「どういうことなん? うちらから使者を出すんちゃうの?」
「そのようなことはせずともよっぽどの馬鹿ならいざ知らず、少し頭が回る者であれば……いや自己評価が高い者ほど先に使者を送ってくることでしょう」
「ふーん。そう言うもんなんか? よう分からんねんけど……」
レジーナはよく理解していないらしく腑に落ちないと言った顔をしてその金色の髪を揺らしながら首を捻っている。しかしどうせ任されているのは鬼武蔵たちだとの考えに至り、その場のノリと勢いに任せることにした。
鬼武蔵はレックスの真意をルシオラとドラスティーナに話して聞かせた後、ウラーヌス帝國の王城付近に陣を移した。
既にレックスの覇王の軍団は消えているが問題はない。
ルシオラはトリガーとなる者を用意するために【伝言】で命令を伝えている。
後は待つのみ。
鬼武蔵はどんな使者が来るのか楽しみにしながら不敵に笑うのであった。
次回、ルシオラたちと虎狼族の思惑が交錯する!
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